つまり子供と同じです
先日の血界の眷属についての報告書を上げるため、ライブラの事務所に立ち寄った時の事。
ぶうぶう文句を垂れるザップを引き連れてやってきたレオナルドは、たまたま事務所にいたツェッドとK.Kと、軽く言葉を交わした。
大した事は話していない。レオナルドのバイトの話とか、K.Kの子供の話とか、そんなごくごく普通の、万が一盗聴されたとして全く問題のない、当たり障りのない話でちょっと盛り上がっただけだ。
だというのに。
ちょうどレオナルドが、バイト先で貰ったタダ券を使って、知人と観に行った映画の話をしている最中、突然不穏な空気を纏ったザップが、無言のまま、どしどしとわざとらしく音を立てて事務所を出ていってしまった。
「……なんでしょうか、あれ」
「……さあ?」
突然のザップの不機嫌アピールに、さっぱり心当たりのなかったレオナルドとツェッドは、ぽかんと呆気に取られた後、顔を見合わせて首を捻る。
そんな二人とは違った反応を見せたのはK.Kで、少し考え込んだあと、そういえば、と、一見すればまるっとザップの事を無視したような、別の話をし始めた。
「そういえばこの間ね、家に帰ったらうちの下の子が、ぶすくれて泣いてたの。で、どうしたのって聞いたら、友達と喧嘩したみたいなのよ」
「あはは、可愛いですね。ミシェーラもちっちゃい頃、よく友達と喧嘩して泣いてたなあ」
「うんうん可愛かったわあ。で、何で喧嘩したのって聞いたら、お友達が違う子と仲良くしてたってそれで怒ってんのよ。ほんっと可愛いわうちの子」
随所に自分の子がいかに可愛いかを主張しつつ、K.Kが語った息子の喧嘩の顛末をまとめると、一番仲良しだと思ってた友達が他の子と仲良くしてて、喧嘩に発展したらしい。更にその、自分より他の子と仲良くしてると思ったきっかけが、一本のゲームだった。
「元々、新作のゲームを今度買うんだって話はしてたみたいなの。対戦型の格闘ゲーム。で、うちの子はてっきり、自分とそのゲームで遊ぶんだと思ってたんだけどね、相手の子が誘ったのは別の子で、それで拗ねちゃったの」
「ああ、こっちから見れば可愛い喧嘩ですけど、本人はショックだったでしょうね」
「そういうものですか」
「そういうものなのよ。まあね、約束してた訳じゃないから、うちの子の早とちりでもあるの。相手の子としては一番そのゲームやりたがってた子を誘っただけで、別に約束を破ったんじゃなかった。だけどうちの子は、まずは自分が誘われるもんだと思ってたから、すっかり拗ねちゃったってわけ」
やれやれ、と肩を竦めて事の顛末を語り終えたK.Kの話に、じっと耳を傾けていたツェッドが、そこでああ、と呟いてうんうんと頷いた。
「つまりこういう事ですね。レオ君が映画に誘ってくれなかったから、あの人は拗ねてしまったと」
「その通りよ! さっきのザップっちの顔、何か見たことあるって思って。で、よくよく考えたら、あの時のうちの子と同じ顔だったのよ」
すっきりしたわーと笑うK.Kと、いかにも納得したと頷くツェッドとは対照的に、レオナルドはえええ、と嫌そうに顔を顰めた。
「いやー、だって、ザップさんいくつですか。二十四ですよ二十四! さすがにK.Kさんとこのお子さんと一緒にするのは……」
「しかしレオ君。あの人より五歳の子供の方が、まだ大人なんじゃないかと思うこと、僕はありますよ」
「私も。うちの子の方が、ザップっちよりしっかりしてるわーって、しょっちゅう思ってるわよ」
「う……、ええまあ、正直! ものすごく! 分かりますけど!」
まさかいい歳こいた、しかも愛らしい子供とは正反対の、爛れまくった遊びにどっぷりと浸りまくったザップが、たかだか映画に誘われなかっただけで拗ねるなんてまさか、とは思う。
そう思うものの一方で、言われてみれば確かに、ザップは大人の遊びを覚えただけの子供に見えない事も無い。
まじか、と呟いたレオナルドは、でも、とささやかに反論する。
「映画のタダ券貰った時に、ザップさんには言いましたよ。でも、全然興味なさそうだったし。だから、同じ映画観たいって言ってたバイト先の人誘って……って、うわあ、まじでK.Kさんとこと同じですね……」
「そうなのよーうちの子も一緒にやりたいって言わなかったくせに、当然自分が誘われるもんだと思ってて」
「小さい子ならそれも可愛いですけど……ザップさん……クソ可愛くねぇ……」
しかし反論したものの、改めてザップとの間にあった事を言葉にしてみれば、まるっきりK.Kの語った子供の喧嘩と概要が重なる事に気づき、レオナルドはがくりと項垂れた。
そんなレオナルドをどこか微笑ましげに見つめたK.Kは、ほら、と柔らかな口調で語りかける。
「ザップっちって、ほら、あの子、友達いないじゃない?」
「いやいやさすがにそれはザップさんが可哀想っすよ! ちゃんといますよ、ヒューマにもビヨンドにもよく声かけられてますし!」
「あーそうね、ドラッグとかギャンブルとか、そういう悪い遊びするお友達はいるわね。でも、あの子、絶対、一緒に映画観に行くような友達はいないわよ」
「まあそりゃあ……でしょうけど」
確かに、言われてみればザップの私的な交友関係は幅広いけれど、分類すればドラッグか酒か金づるかギャンブルか、もしくはセックスに分けられる気がする。間違っても、セックスとは無関係に、誘い合って映画に行くような交友関係は、持ち合わせていない。
一応ちらりとツェッドの方を見てみたけれど、無言で首を横に振られてしまった。
「だから、楽しみにしてたのよ、きっと」
「……興味ないって言ってたのに? あの人絶対、途中で寝ますよ」
「それでもよ! ちょっと待って、確か……ほら、これあげるわ。キッズ向けの映画の前売りだけど、ザップっち誘ってあげなさいよ」
「いや、でもこれ、K.Kさんがお子さんと行くんじゃ」
「……これじゃなかったのよ……ママ、話聞いてなかったのって怒られて絶対行かないって拗ねちゃって……違うの、話聞いてなかったんじゃないの、タイトルが似てたから勘違いしちゃっただけなの……」
「ああ……キッズ向けのアニメとか戦隊モノとか、名前ごっちゃになりますよね、分かります」
「そうなのよ! しかもシリーズは同じシリーズなのよ! タイトルは別だけど! ま、という訳で、行く予定もないから使っちゃって」
「はあ……『ピュアピュア☆ハニー&レバー』すか……行きますかね、ザップさん」
「ピュアピュア……あの人とは正反対ですね」
「だいじょーぶよ! 絶対行くわよ! ほらレオっち、あの子誘ってきなさい」
完全に母親の顔をしたK.Kに手の中に押し込まれたチケットを、ザップに見せても馬鹿にされる気しかしなかったけれど、ほらほらと背中を押すK.Kの勢いに呑まれて、ツェッドと一緒に事務所の外に出た。
すると。
「うわあ……」
「これは……ある意味、行き先がわかり易いですが」
まるで道しるべのように、道路のあちこちに倒れるいかにもガラの悪そうなヒューマとビヨンドたち。死んではいないけれど揃って気を失っている彼らは、明らかに誰かに喧嘩を売られた形跡があって、その犯人が誰かなんて考えるまでもなく分かりきっている。
「急ぎましょう。これ以上被害を広げる訳にもいきません」
「そうですね……なんか、すみません、ザップさんが……」
「こちらこそ。兄弟子が、すみません……」
はあ、と同じタイミングでため息をついたレオナルドとツェッドが、顔を見合わせてまたがくりと肩を落とし、駆け足でヒューマとビヨンドで構成された矢印を追ってゆく。
果たして、目標は少しも経たずに見つかった。
ちょうどまさに、二人組のビヨンドに因縁をつけているところで、どこのチンピラだよと呟いたレオナルドにうんうんと頷いたツェッドが、素早く仲介に入った。
(ほんと、これで機嫌直んのかね)
K.Kの勢いに押されて出てきたけれど、そもそもの推測が間違っていれば、更に逆上させる事にもなりかねない。
そうしたら諦めて殴られてついでに飯を奢ろうと腹を括ったレオナルドは、大声でやり合う二人に向かって、ゆっくりと近づいていった。
後日。
とある映画館にて。
小さな子供と保護者、ついでにSPの姿で溢れる中、やたらと周囲から浮きまくったチンピラが、その子分らしきヒューマーにとても子供に聞かせたくない下品な言葉を吐き続けたため、途中でつまみ出されるという小さな事件が発生したという。
「ザップさんあんたほんっとどうしようとねえクズだな! 大人しく観てらんねぇなら寝てろよ! 何で起きてんだよ!」
「はああ? 童貞くんが『どうしても観たいんですぅ』って泣いて頼むから付いてきてやったのになあぁぁに生意気な口きいてんだぁあぁん?」
「そんな事言ってませんけど。さすがシルバーシット先輩、頭の中でもクソ以下ですね」
「オイコラ陰毛チビ。テメェ泣かすぞコラ」
尚、それ以来。
その映画館の出禁リストには、二名の名前が新たに追加されたらしい。