恋のお葬式


そうだ葬式をしよう。
ある日突然思い立ったレオナルドが、ちょっぴり疲れておかしくなっていたのは間違いない。
しかし突如脳裏に閃いたものは、その時のレオナルドにとってはまるで天啓のごとくきらきらと輝いて見えてしまったのだ。


葬式、といっても死体がある訳でもなし、まさかレオナルドが死ぬ予定もさらさらない。
葬るのは、恋心。それもとびっきりタチの悪いやつ。
どこをどう間違ったか、何をとち狂ったか、いつの間にか職場の一番身近な先輩に抱いてしまっていたもの。
率直に言ってクズ、控えめに言ってもクズ、クズの中のクズ。どうあがいてもクズという呼び名がこの上なくしっくりくる、ザップ・レンフロ相手に。
レオナルド・ウォッチは、気づけば恋をしていたらしい。
なんの冗談だと笑い飛ばしたいところだけれど、残念ながら冗談ではないのでちっとも笑えやしない。

そりゃあレオナルドだって、最初からそれが恋だと認めた訳ではない。むしろ往生際悪く抵抗した方だと思う。
なんだかザップが妙に格好よく見えたり、可愛く見えてしまう瞬間が増えて、ついでにとくりと心臓が変に跳ねる事も多くなった辺りから、己の心に疑いは持っていたけれどけして認めちゃあいなかった。
ほらザップさんって、戦ってる時はまあ、普段とは違ってカッコイイと言えなくもないし? 図体はでかく育っても中身は子供みたいなもんだから、可愛く見えなくもないし? 心臓が跳ねるのは、不意打ちに驚いたせいじゃねえの? なんて、そんな風に。
遠い昔に経験した初恋の胸のときめきによく似たものを無理矢理に違うものに押し込めて、ともすれば赤くなりそうな頬を誤魔化し誤魔化し、なんとかやっていたのだ。しばらくの間は。

けれどある日、目を逸らし続けるのにも限界が来てしまった。
ものすごくわかりやすく即物的に、ザップへの恋心が発現してしまったのだ。早い話が、ザップの夢を見て夢精した。
それがもしザップと愛人の濡れ場だったり、まかり間違って相手がレオナルドであったとしても、まだしぶとく抵抗したと思う。反応したのはザップではなく、シチュエーションのせいだとどうにか言い訳出来た筈だ。
しかしながら、レオナルドがその日見た夢はそういう類のものとは全く違う種類のもの。登場するのはザップだけで、服だってきちんと着ていた。
そのザップが、楽しげに笑う。皮肉めいた表情ではなく、心の底から嬉しそうに、おかしくってたまらないといった様子で笑う、たったそれだけの夢。
そんな色っぽさとは無縁の夢を見た朝に、夢精なんてしてしまえばさすがにレオナルドだって認めざるを得なかった。
ただただ笑うだけの姿にすら欲情してしまうくらいには、レオナルドはザップに恋心を募らせているらしい、と。


しかし己の中に燻る恋心を自覚するのと、受け入れるのはイコールではない。
渋々ながらザップに恋している事実を認めたレオナルドは、どうにか思い直そうと全力で自分自身を説得にかかった。

考え直せレオナルド・ウォッチ、あれは人の形をしたただのクズだぞ。百歩譲って同性を好きになったとしてあのクズだけはないだろう。確かに見てくれだけはいいけれど、中身はどちらかというと人間より野生の猿に近い。
いいやまてよ、それは猿に失礼だごめんなソニック。だって確実にソニックの方がザップさんより賢いし、自分以外を思いやる心だって持っている優しいやつだ。つまりザップさんは知能も思いやりも猿以下で、極めつけにとびきりのクズだ。
そんなものにまさか恋心を抱くなんてお前どうにかしちゃってるんじゃないか、レオナルド・ウォッチ。
今ならまだ引き返せるぞ、思い直せレオナルド・ウォッチ。

おおよそそんな感じの内容を、暇さえあれば延々と己の内側に向かって語りかけた。おそらく、軽く百回は繰り返したに違いない。時には今までザップから受けた仕打ちを具体的に盛り込み、並べた所業のあんまりの最低っぷりに改めてしみじみと本当にあの人ってクズだなあと思うことだって少なくはなかった。
殴られるわ、罵られるわ、金を巻き上げられるわ、なけなしの食料を奪われるわ、記憶に残る思い出を軽く拾っただけでも散々な目に合わせられている。盗られた金の総額を計算して、ムカついてきたことも一度や二度ではない。
普通ならば恋するどころか絶縁しててもおかしくないレベルである。

なのに、だ。
レオナルドの恋心はことのほか手強かった。
一通りザップのクズっぷりを思い出して腹を立てて、ほうらやっぱりあの人だけはねぇわ、で綺麗に締めくくろうとすると、心の隅から恋するレオナルドがひょこりと顔を出して、でも、と呟くのだ。

でも、それがザップさんだし。確かにクズだけど、いいとこだってあるし。クズだけど、憎めないし。そういうとこ、ちょっと可愛いし。ザップさんがクズじゃなくなったら、気持ち悪いし。想像してみろよ、クズじゃないザップさん。ただのイケメンじゃん、逆にムカつく。あの人たまにすげぇかっけーし、普段はあれくらいでちょうどいいんだよ、お前だって分かってるだろうレオナルド・ウォッチ。

そんな、呆れ返るほどの盲目っぷりでザップを弁護する恋するレオナルドは、どれほどザップがクズであるか説明したって一向に納得してくれない。それどころか、同じ内容に恋のフィルターを通して甘く色付けしたものを振りかざして、こちらを言いくるめようとしてくる。仮にもレオナルドの一部なので、その主張にどれほど筋が通ってなくても説得力だけは変にあった。まあそうだよな、とうっかり頷きかけて慌てて首を振ることもしょっちゅうだ。

思い直すために始めたはずの説得なのに、気づけば自分がどれだけザップのことを好きなのか知らされるハメになり、ムキになって反論すればますますドツボにハマる。
勘違いだと言い続けるのがバカバカしくなって、説得の前に確かにあの人のことは好きだけどと前置きすることが多くなった。
ザップの夢を見て濡れたパンツと共に目覚める朝も次第に日常になってゆき、せめて服ぐらい脱げよと夢の内容に舌打ちするくらいにはすっかりと慣れてしまった。

しかしながらある程度は受け入れたとして、諦めることを諦めた訳ではない。
だってどう考えたって、抱いた恋心には可能性がなさすぎる。
相手は何度刺されて死にかけても懲りることのない生粋の女好きで、レオナルドの事を好きになるザップなんてちっとも想像出来ない。
何度か想像力の限界に挑戦してそんな未来を描こうとしてみたけれど、うんうんと頭を捻って絞り出したレオナルドを好きなザップはなぜか人の形をしておらずアメーバ状の何かになっていた。それくらいレオナルドの中ではありえないことであるらしい。レオナルドを好きなザップ、その言葉にときめきを覚えるより恐怖と気味の悪さを抱いてしまうくらいには。

じゃあせめて好きでいられればそれでいいなんて殊勝な事を言えれば良かったけれど、自覚すれば自覚した分だけ無駄に傷つくことも増えていった。
ザップが嬉々として愛人の元へと向かえば、それがザップだと納得する一方で愛人たちがうらやましくなって、無造作に肩を組まれれば金の催促かと身構えると同時にどきりと心臓が跳ねる。
レオナルドのことを好きになるザップをちっとも想像出来ないくせして、恋心は勝手に反応していたずらに胸を騒がせる。

片想いが一番楽しいと聞いた事があるけれど、レオナルドのそれはちっとも楽しくなかった。無駄に振り回されて、疲れて、心労が溜まってゆくばかり。
対外的にはいつも通りを装っているつもりで、特にザップを前にした時は抱いた気持ちの欠片も滲まないように細心の注意を払っていたけれど、段々とそれにも限界がきたようだ。
疲れた顔をしている、と指摘される事が増えて、心配される事が多くなってしまった。
自分の中だけで処理できていれば、楽しくない恋心と渋々付き合ってゆく事も出来ただろうけれど、人に言われるくらいに表に影響が出てきてしまった以上そんな悠長な事も言ってられない。
早急に、どうにかする必要がある。

そうして思い悩んだ結果。
レオナルドはこの恋の葬式をしようと決めたのだった。


恋心の葬式、なんてなんとも少女の夢想めいたものは、当然レオナルドの発案ではない。
言い出したのは、記憶の中のミシェーラ。
確かあれは、ジュニアハイにあがるかあがらないかの頃だったと思う。
とても真面目な顔つきをしたミシェーラに、失恋したの、と切り出されたレオナルドは、一瞬何を言われたのか分からなくって頭が真っ白になった記憶がある。
知らないうちにミシェーラが恋をしていたことにも驚いたし、失恋という遠くにしかなかった言葉を身近な存在の口から飛び出たことにもショックを受けた。
どうやって慰めるべきか、いやそれとも何も言わないべきか、どうしようどうしようと一種の恐慌状態に陥ったレオナルドとは対照的に、真面目な顔つきを一転、なぜだかとても楽しげに笑ったミシェーラが、だからね、とうきうきと弾む声で先を続けた。

「せっかくだから、恋のお葬式をしようと思うの!」

そう言ってにこにこと笑うミシェーラの顔は、とても失恋した人間のものには見えなかったことはよく覚えている。

ミシェーラに言われるがままに恋のお葬式とやらの手伝いをする最中、よくよく話を聞けば失恋相手は物語の中のヒーローで、それも今日恋におちたばかりのそのヒーローはついさっき物語の終わりにヒロインと結ばれるエンディングに辿り着き、ミシェーラは失恋に至ったという、とても急ごしらえの失恋劇だった。
恋のお葬式というのも、その物語の中で出てきたイベントの一つだったらしい。すっかりその話に感銘を受けてしまったミシェーラは、ヒーローがヒロインと結ばれたのを幸いに早速それを実行すべく行動に移したようだ。
手順は簡単で、ミシェーラが書いたラブレターを土に埋め、黙祷を捧げる。私が手紙を書く間お兄ちゃんは穴を掘っててね、と言いつけて部屋に戻るミシェーラの失恋の相手が生身の人間でなかったことにほっとしつつ、レオナルドは仕方ないなあと肩を竦めてミシェーラのために小さな穴を掘ってやった。

そうして恙無く執り行われた恋のお葬式を、ミシェーラはいたく気に入ったらしい。
それからしばらくの間日替わりで、誰かに恋をしては失恋をし、恋のお葬式をするわよ、と張り切って手紙を書く。最初のうちはテレビの向こうのスターだったり物語の主人公だったり、相手は一応人の範囲に留まっていたのに、そのうちネタがつきたか、その辺の木や花や猫まで恋のターゲットにされていった。
葬式のバリエーションも増えた。穴を掘って埋めるだけでなく、川に流したり細かく契って風に乗せて散らせたり、よくもまあそんなに色々と思いつくものだと感心するほど様々な方法で数多の恋心を葬っていた。

「これがこの恋を葬るのに、一番ぴったりの方法なんだもの」

突然恋多き女に変貌したミシェーラは、レオナルドがどんどんと面倒臭くなってゆく葬り方に難色を示せば、胸を反らしてそれらしい事を主張する。まるで本当に、恋の辛酸を経験したかのごとく振る舞うミシェーラの勢いにレオナルドはいつだって言い負かされて、庭の木に止まった青い鳥への恋心を葬ってやるべく木に登って一番高いところに手紙を結びつけてやったものだ。

もちろん、あれがミシェーラのお遊びだったことは分かっている。いつかトビーには昔話として多少の脚色を交えて話してやろうとは思っているけれど、ごっこ遊びの域を出ないものだったことは重々承知している。
けれど今のレオナルドには、持て余した己の恋心に区切りをつけて昇華するのにそれが、一番の方法に思えてしまったのだ。


葬式をすることに決めたレオナルドは、記憶のミシェーラの言葉に従ってどんな葬り方がこの恋心にぴったりな方法なのかしばし考え込んだ。なにせ昔のミシェーラのおかげで、記憶の中のバリエーションだけは多岐に渡っている。
そうして考えた結果、火葬が一番だろうとの結論に落ち着いた。想いを綴った手紙が綺麗に燃え尽きて灰になればすっきりする気がしたし、何より火はザップのイメージと重なる。
そんな火に恋心を燃やし尽くされてしまえば、さすがに踏ん切りをつけるきっかけになってくれそうな気がした。

手順を決めれば、次は準備だ。
レオナルドはまずは、事務所にてスティーブンに物を燃やす適当な場所がないか訊ねた。出来るだけ盛大に、気持ちよくキャンプファイヤーが出来る場所を。
するとなぜだか正気を疑われた。ついでに胡乱気な視線でまたおかしな事件に関わってるのではないかと探りもいれられた。
ごくごく個人的に盛大に燃やしたいものがあるだけだと強調すれば、疑惑の眼差しはそのままにHLの中のキャンプ場をいくつか紹介される。
けれどキャンプ場はレオナルドのイメージとは違った。おそらくは家族連れやら恋人たちやら友人連れで賑わう中で、粛々と恋の葬式を執り行うのは格好がつかない。
もっと海辺とか原っぱとかそういうところ、それも一人でこっそりキャンプファイヤーを出来る場所がないか尋ねると、再度胡乱な眼差しを向けられてしまった。
どうにか誤解を解きつつ強引に話を進めたけれど、残念ながら適当な場所はないらしい。正確にはなくはないけれど、治安の面でレオナルドが一人キャンプファイヤーをするには不向きだという。
スティーブンならそういう場所に詳しそうだと思っていたので残念だと呟けば、春風のような笑みとともにどういう意味だと優しく問われて、ついでに下半身を凍らされかけた。さすがにあれは失言だった。

出だしからケチがついてしまったけれど、目的に向かって邁進するレオナルドは止まらない。
外でのキャンプファイヤーが難しいなら仕方ない、部屋の中で燃やそうとあっさり方針の転換を決めて、適当な灰皿を探しに店を回った。
一応部屋には既にザップが持ち込んだ灰皿が置かれているけれど、あれで葬式を執り行うのは微妙な気分になりそうだ。終わったら後腐れのないよう灰皿ごと捨ててしまおうと決めて、一ゼーロショップで安くて葬式に似合うものを調達する。
この辺りから、だんだん楽しくなってき始めた。
ラブレターを綴るための便箋を選ぶうちわくわくと気持ちが浮き立ってきて、ザップへの恋心を自覚して初めて片恋の楽しさを経験した。昔のミシェーラがあれほど楽しそうに何度も何度も恋のお葬式ごっこをしたがった気持ちも、少しだけ分かったような気がした。

結局、イメージにぴったりくる便箋が見つからなかったので、HLの日常を撮影した写真を印刷したペラペラのコピー用紙に綴ることにする。瓦礫と化した店を気にすることなく行き交う人々を切り取った写真も、安っぽい質感の紙も、レオナルド・ウォッチからザップ・レンフロに宛てる手紙には一番相応しく思えたから。
何を書くかは、かなり迷った。
好きな部分を並べてみたり、逆に見下げ果てた部分を並べてみたり、レオナルドとザップの間にあるエピソードを挙げてみたり、試行錯誤するもどうにもしまらない。
そのうち下書きがただの日記になりかけたので、あれこれと綴るのはやめてシンプルにまとめる。
好きです、とただ一言だけ。ザップの名前と、レオナルドの名前も添えて。書き上げたそれは、綺麗に畳んで白い封筒に収めた。
ラブレターと呼ぶには素っ気ないその手紙は、抱いた恋心の形にすんなりと馴染んで重なった。


燃やすための灰皿も用意した。マッチはバイト先から拝借して、ラブレターも書き上げた。
準備は万端、さああとは実行するだけとなったそのタイミングで。
ザップが、レオナルドの部屋に押しかけてきた。
ドアを蹴りつける音に少しも動揺しなかったと言えば嘘になるけれど、比較的冷静なままレオナルドはザップを迎え入れる。
さすがにこのタイミングでとは思っていなかったけれど、そろそろザップが何らかのちょっかいをかけてくることは予想済みだった。
何しろ最近のレオナルドは以前とは違って、機嫌がいいねだとか楽しそうだなと声をかけられることが多くなっていた。その原因は誰にも言っていないけれど、人が楽しそうにしていれば横槍を入れるか首をつっこんで自分もその楽しい事に混ぜろと強引に割り込んでくるのがザップである。
ついでに恋の葬式の準備に忙しくって、事務所にも必要最低限しか顔を出していなかったしザップからの愛人宅への足要請はバイトを盾にして断り続けていたから、何か文句を言われる頃合だと思ってはいた。
だからこそさっさと葬式を終わらせて区切りをつけて、何も無かった顔をして今まで通りに戻ろうと思っていたのに、それより先にザップが焦れて行動に出たようだ。

不機嫌を隠しもせず、オメー散々人の呼び出し無視しやがって、とぶちぶち文句を言いながらずかずかと中に入ってきたザップは、いつもとは違う部屋の様子にすぐさま気づいたようで、顎をしゃくってテーブルの上の灰皿を差し、舌打ちと共になんだよコレと未だ機嫌のよろしくない声で尋ねる。

「灰皿ですけど」
「んなこた分かってるっつーの。お前、俺が何回言っても灰皿置かなかったのに、どういう風の吹き回しだよキメー。っつーか趣味ワリーなコレ、やべーわ葉巻不味くなるわ」
「あ、それザップさん用のじゃないですよ」
「はああ? 俺のじゃなかったら誰のだよ。……陰毛、まさかオメー、変なクスリやってねぇだろうな」
「違いますよ、燃やすんですよその中で。燃やしたら灰皿ごと捨てます」
「燃やすって、何を」
「ラブレター」
「……は?」

一ゼーロショップで見繕ったそれは、レオナルドの目から見ても大変趣味の悪い代物だった。色は紫とピンクのマーブルで、表面にはうっすらとラメが入っている。悪趣味を体現したようなデザインの灰皿は、レオナルドの悪趣味な恋心にはぴったりだと思った。
趣味が悪いと言いながら灰皿を指で弾くザップに、それがザップ用でない事を告げればただでさえ不機嫌だったザップの声が一段と低くなる。ついでにあらぬ疑いまでかけられそうになったので、ため息の後にレオナルドは素直にその用途を白状した。

「ラブレター? 燃やす? ……なんで?」

ラブレターという単語を発すれば、ぽかんと口をあけたザップが動きを止め、レオナルドと灰皿を数度見やったあと、心底不思議そうに首を傾げる。
だからレオナルドは、懇切丁寧に今から行う予定の儀式について説明してやった。
結果。

「こ、こいの、ソーシキ……っぶははは! ばっかじゃねーの!」

ぎゃははははと、腹を抱えて笑い転げるザップは、直前までの不機嫌をかなぐりすて、指をさしてレオナルドを馬鹿にしてからかい始める。一応今から恋を失う予定の後輩に対して、あんまりな態度である。どこまでもクズで最低な男だ。
しかしレオナルドは分かってて全てを話した。多分めちゃくちゃ笑って馬鹿にするだろうな、と予想して話してみたら見事的中した。
心底楽しげにバカ笑いをする姿に、やっぱりこの人どうしようもなくクズだなあとしみじみと思い、この恋心は葬るべきだと自身の決断の正しさを確信する。
むしろ変に気遣われでもすれば心が揺らいだかもしれないので、期待通りの最低の反応をしてくれて助かった。

笑いの引かないザップを放って、レオナルドは勝手に予定を進める事にする。
灰皿にラブレターを置いて、マッチを擦って火をつけようとすれば、寸前に伸びてきた血紐が伸びてきてラブレターを絡めとった。

「折角だ、優しい先輩が童貞君のラブレター直したるわ……ってなんじゃこりゃ」
「うっわーザップさんサイテー」

灰皿から移動したラブレターは、にやにやと笑うザップの手の中に。悪びれることなく封筒の中身を取り出したその姿に、果てしなくクズだ、と思ったけれどレオナルドは慌てない。
中身を確認して目を見開くザップの手から、落ち着いて手紙を取り上げて自分でも目を通す。

ザップさん、好きです、レオナルドより。
確かにそこには、間違いなくそう書いてある。ただし速記文字で。
こんな風にザップにラブレターが見つかった時の事を想定してのことだ。ザップのことだ、見つけたら面白がって中身を読みたがる可能性が高いと見越してわざわざ速記文字を使ったのだ。それがまさに今、効力を発揮していた。
ザップに後輩を気遣う心があれば無用となったはずの対策がばっちりとハマってしまった現実に、本当になんでこの人のこと好きなんだろうなあ、と自分の恋心に改めて疑問を抱きつつ、手紙を封筒に収めて灰皿の中に置く。

「……オメー、やばくね? 読めねぇんだけどそれ、ラブレターの前に字の練習したほうがいいんじゃね?」
「これ、速記文字ですもん。俺が読めるからいいんすよ、今から燃やすし」
「あー、あの暗号みたいなやつ。……なー、レェオ、レオくーん、なんて書いてあんの?」
「教えませんよ」
「えー、くっそつまんねぇ! もっと先輩を楽しませる心を持てよこの陰毛頭!」
「俺に人のこと陰毛扱いする先輩はいないんで」

真面目な顔でレオナルドの文字の汚さを貶したあと、速記文字だとあかせばくるりと表情を一転させてにやりと笑い、猫なで声でレオナルドの名前を呼んで中身を教えろと迫ってくる。にべもなく跳ねつければぶすりと唇を尖らせてぶうぶうと文句を並べ立てる。短い間に怒ったり笑ったり拗ねたり、忙しい男だ。

いちいち付き合ってたらいつまで経っても始まらないと適当にあしらいながらレオナルドは、いよいよマッチを手に取った。
しゅっと擦って火をつけると、ようやくザップの煩い口が閉じる。短い木の棒の先に灯る炎をしばし見つめてから、ぽんと灰皿の中に放り込んだ。
マッチの先端から紙に移った火が、みるみるうちに封筒を黒い色に染め上げてゆく。中に詰めたレオナルドの恋心を、炎に包んで灰に変えてゆく。
死にゆく己の恋の形を、レオナルドはじっと見つめていた。
瞬きもせず、白い紙が全て炎に巻かれやがて燃え尽き、黒く焦げた残骸が残るその時まで、ずっと。
燃やすものがなくなり小さくなった火が、ひゅんと音も無く消えたあとは、俯いてしばしの黙祷を捧げる。

追い詰められて捻り出したごっこ遊びの延長のようなものだったけれど、案外と効果はあったかもしれない。抱いた気持ちが劇的に変わった訳ではないけれど、区切りにして変われそうな予感がした。
さようなら、恋心、と少し感傷的な気持ちで胸の中で最後の別れを告げていると、いつの間にか横に来ていたらしいザップにおい、と声をかけられる。
もう少し浸らせてくれたっていいのに、とどこまでも勝手なザップにイラッとしながら、なんですか、と応えて顔をあげそちらを振り向いたら。

ちゅ、と水っぽい音をたてて、なにかが唇に触れた。
一瞬何が起こったのか分からず、いつもは閉じた瞼を思い切りかっぴらけばなぜだな眼前にどアップで迫ったザップと、ばちりと目が合って。

「う、うわあああああっ!」

そこでようやく、唇に触れたものの正体に気づいてレオナルドは悲鳴をあげて後ろに飛び退った。

「ちょ、なに、なにしてくれてんすかあんたはぁっ!」

ごしごしと急いで袖で唇を擦ったけれど、唇にふれた柔らかな感触は消えるどころか、目の前のザップの唇と結びついて生々しく甦ってくる。

「うっわー最悪だわ、陰毛とキスしちまった……最悪だわー……」
「最悪はこっちの台詞だっての! もーなんでこんな自爆技仕掛けてんすか……」

そしてザップはといえば、自分から仕掛けたくせしてひどく嫌そうに顔を歪めていて、最悪だ最悪だと繰り返している。
勝手な言い分にムカついたレオナルドは語気を荒らげて言い返したあと、ため息と共に一応動機を聞いてみた。
すると、腑に落ちない顔で首を傾げたザップが、なんでだろうな、と不思議そうに呟いたあと。

「分かんねーけどよ、しとかにゃいかん気がしたんだわ」
「ええぇー、意味わかんねえ……」

その口から飛び出したのは、全く理由になってない理由。
さっぱりと納得のいかないレオナルドは、このシルバーシットめと悪態を吐き捨て、再度念入りに唇を拭く。
全く、最悪最低だ。
せっかく抱いた恋心をに、区切りをつけられそうな予感がしていたのに、何もかも台無しだ。
ほんの一瞬唇が触れただけなのに、馬鹿みたいに心臓が跳ねて体体温が上がっている。憎まれ口を叩いていなければ、あっという間に抑えこんだ気持ちが表情に出てしまいそうだった。
葬式をするときめてから比較的大人しくしていた、内なる恋するレオナルドがここぞとばかりに顔を出して、浮かれてぎゃあぎゃあ叫びながら頭の中を走り回っている。こんなのじゃとても、区切りなんてつけられそうにない。

「で、恋のソーシキは終わったんかよ」
「……ザップさんのせいでめちゃくちゃですよ、仕切り直しです」
「ふーん」

未だ不意打ちのキスの余韻を引きずるレオナルドとは対照的に、あっさりと開き直って立ち直った様子のザップがどうでも良さそうに聞いてきたから、レオナルドも素っ気なく応える。
そうだ、仕切り直しだ。
今度こそきちんと葬式をして、区切りをつけるのだと第二弾に向けての闘志を燃やし始めたら。

「次はちゃんと読めるラブレター書いとけよ」

にやりと笑ったザップが、まるで次も参加して当然とでもいうように、そんな事を言い出したから。
次はもっと長々と想いを連ねた恋文を速記文字でうねうねと綴ってやって、またザップを悔しがらせてやろうと決めたレオナルドは、知らない。

妙なところでしつこくって勘の働くこの男が、読めないと匙を投げたはずの手紙の文字の形をしっかりと覚えていて、第二回恋の葬式開催の時までに最初と最後の文字を見事解読してくることを。
ザップさんへ、レオナルドより。
手紙の最初と最後に書いたその二つの意味をしっかり理解したザップにより、第二回葬式会場であったはずのレオナルドの部屋が、瞬く間にモーテルの一室に様変わりする事を。

リベンジに燃えるレオナルドが、その時まで知ることはない。