とある恋人たちの呪われた休日のこと
「ああ、困ったな。呪われちゃったみたいだ」
レオナルドとスティーブンの休日は、八割方、この言葉から始まる。
抑揚の一切をこそげ落としたような、わかりやすい棒読みで呪われてしまった、と。二人で並んで眠ったベッドの中、おはようの代わりに呟いた恋人に、レオナルドははいはいとその顎めがけてキスをしてやってから、今日の呪いはどんな内容ですか、とその顎に生えた短い髭を一本、爪でつまんでぷちりと毟りながら訊ねた。痛い、と不服そうに抗議されたけれど、聞こえなかったフリをする。
「どうやら今日は一日中、恋人に触れてなきゃならないみたいだね。じゃなきゃ、大変なことになる。だけど一日中触れてれば、呪いは自然に解ける」
「今日一日って事は、夜中の0時まで?」
「うん、当然だろ」
「タイムは何回?」
「存在する訳ないだろう、だって呪いだぜ? あー困ったなあ、でも呪いだから仕方ないよなあ」
「そうですねー、しかたねえっすねー。ちなみに、大変なことってのは?」
「……大変なことって言ったら、大変なことだよ」
「うわあ、すげえ頭の悪そうな呪い」
「仕方ないだろ、そういう呪いなんだから」
思いのほかスムーズに一本目の髭が抜けて、指先から伝わる感触が楽しかったから、二本目三本目と目に付く髭を続けて毟ったところで、ごつりと顎でつむじを押さえつけられる。そのまま威嚇するようにがうがうと何度か顎を大きく動かしてレオナルドの頭に微妙な攻撃を加えながら、スティーブンは同時進行で呪いの内容を説明していった。
聞き入れる方のレオナルドも慣れたもので、ふんふんと適当に頷きつつ、合間に四本目の髭を狙う事をやめはしない。
けれど伸ばした指で何度か顎に触れて新たな髭の存在を探ったところで、逆にスティーブンにするりと顎を撫でられた。あまつさえ「うわっ、つるつる」と聞き捨てならない事を言われたので、レオナルドはムッとして頭を上に突き出して、その顎に小さくない衝撃を与えてやる。つるつるなのではなく、育つのが遅いだけだ。三日くらい放置すれば、ざらざらになる。たぶん。
レオナルドの不穏な空気を悟ったらしいスティーブンは、ひどいなあとため息をつきつつあっさりと顎に添えた手を放し、ちゅっちゅとレオナルドの髪にキスをしながら、それで、と続ける。
「僕の素敵な恋人は、勿論呪いを解くのに協力してくれるよね?」
「はいはい。大変なことになったら困りますからね」
呪い。
二人の休日には必ずスティーブンにかけられるそれは、案外可愛らしいものが多い。とはいえ四回に一回は、若干特殊なセックスにおけるプレイめいたものが差し込まれるけれど、七十五パーセントは比較的健全な内容、と言い換えれば、かなりまともな気がしてくるから不思議だ。
今回はその、まともな方な部類だったので、交渉して呪いの内容に変更と譲歩を求めることなく(こちらも不思議なことに、スティーブンにかけられた呪いにはある程度の融通がきく。本当に全く、不思議なことではあるけれど)、分かりましたと簡単に、呪いを解くのに協力する事を受け入れた。
一番初めは、確かに呪いだった。ちゃんとした、というのもおかしな話だけれど、変更が不可能な、融通のきかないタイプのもの。
それもせっかくの休日がまるまる潰れて、ライブラとして広範囲に展開された呪いの調査と混乱の鎮圧に出向かなければならなくなる類の、傍迷惑な呪い。
内容はその人の抱く欲望の一つを表面化させて暴走させやすくする、なんて単純だけれど面倒なもの。理性で歯止めはきくけれど、一度欲求に身を任せてしまえば収めるのが難しくなる、そういう種類の呪い。
性的なものから殺人衝動といったものまで、あらゆる欲求を剥き出しにした人々の間を走り回り呪いの根っこを神々の義眼を使って探すレオナルドも、気を抜けば少し危なかった。恋人であるスティーブンに抱きついて、その肌に触れてぐずぐずになるまで抱き合いたくて、たまらなかった。
それは呪いの発信元が見つかって、無事解呪されてからも微妙に尾を引いた。一見すれば全く呪いの効果が及んでいないように見えたスティーブンも、それは同じだったらしい。
事後処理にもある程度目処がついたところで、ぱちりと目があってその辺のホテルになだれ込んだ二人は、そのまま深夜まで大変盛り上がった。ちなみにその日、ヘルサレムズ・ロットのホテルや売春宿はどこも大盛況だったと聞く。
そうして本当の、と言ってしまえば身も蓋もないけれど、本物の呪いよって潰れた休日の、次にやってきたスティーブンの休みの日。
予めバイトのシフトを調整して休みを合わせ、深夜から朝にかけて彼の家のベッドで散々泣かされたレオナルドは、昼近くになってやっと目が覚めた。そして隣で寝ていたスティーブンに、呪いが、と切り出された時には、またかよ、と心底がっかりしたのだ。せっかく二人で過ごせる休日なのに、また呪いで潰されてしまうのかとしゅんと肩を落とした。
しかししょんぼりしつつ、さっさと終わらせるべく起き上がって身支度を始めようとしたレオナルドとは対照的に、ちっともベッドから出ようとしないスティーブンに気づいてようやく、違和感を抱く。あまりに面倒な仕事が続けばブチ切れてちょっぴり壊れる事もあるけれど、基本的には仕事人間なスティーブンは、何か事件が起これば恋人との時間よりも事件の解決を優先する。
なのにちっともそんな素振りを見せないから、もしかして個人的に呪いを貰ったのかと心配して義眼の精度をあげスティーブンの身体をくまなく観察したけれど、そちらも何も見つからない。
そこでようやく、何かがおかしいと気づいたレオナルドに、スティーブンは若干気まずそうにもう一度、呪われたみたいだ、と呟いて、そして。
「恋人から百回キスをしてもらわないと、ベッドから出られない呪いにかかったらしい」なんて。騙されたと怒るのも馬鹿馬鹿しい、ひどく可愛らしい呪いの存在を告白したから、レオナルドは。
お望み通り、キスの雨をその顔の至る所に振らせてやって、見事恋人にかけられた呪いを解いてやる事に成功したのだ。
それからスティーブンは、休日の度に呪いにかけられるようになった。
呪いの主はスティーブンの夢の中の住人で、その内容の効力は長くて一日、レオナルドたちの休日が終わるまで。
時折うわあ、とドン引くようなベッドの上での遊びが混じるけれど、七十五パーセントは可愛らしいものだから、呪いを解くのも案外楽しい。
百回ハグする事、百回好きだって言う事、百個好きな所を言い合う事。
最初は百縛りだったものが、次は時間単位に変化して、それから終日のものに変化してゆく。
髪を撫でること、全てにイエスと答えること、逆にノーと答えること、小さな子みたいに甘やかすこと、スティーヴィーと呼んで普段よりぞんざいな口調で接すること。
日付が変わるまで、一時間につき百回のキスをした時は、流石に忙しすぎたのと、唇が腫れたのもあって、途中で変更を申し立てた。それから呪いへの異議申し立て及びある程度の融通をきかせられるようになった。
今日の呪いは、変更をねだらなくてもいいタイプのようだ。呆れ顔を作って貼り付けたものの、声色までは変えられなかったレオナルドは、ひどく甘ったるい声で仕方ないですね、と呟いて、すりすりとベッドの中の恋人に擦り寄った。
簡単だ、と思ったそれが、意外と大変だと気づいたのは、ベッドの中から這い出してから。
手を繋いだまま、四苦八苦しながら互いに服を着せあった時点で、かなり時間がかかってしまったし、トイレに行く際にも一悶着あった。
さすがにそこは一瞬、離れてほしいと主張するレオナルドに対し、しゃあしゃあと呪いがと神妙な顔で告げるスティーブンは、頑なに握ったレオナルドの手を離そうとはしてくれない。先に限界が来たのはレオナルドの膀胱で、仕方なくスティーブンを引き連れてトイレに入る。
手伝おうか、と頼んでもないのに伸びて来る手をぺしぺしと叩き落としながら、内側に溜まった水分を他所へと移動させ終える頃には、レオナルドはぐったりと疲れきっていた。
対してスティーブンはどこまでも楽しそうなのが、始末が悪い。だから続いて用を足し始めたスティーブンが、手伝ってほしそうにちらちらと視線を寄越していたのには気づいていたけれど、一切を無視してやる。仮に強引に手を引かれれば、強めに握って悲鳴をあげさせてやるのも吝かではなかった。
そんなレオナルドの不穏な空気を察していたのか、スティーブンが強硬手段に出る事は無かった。それでも気味が悪いくらいご機嫌で、近々そっち系統のプレイを強請られたらどうしようと、レオナルドは胸の中でひっそりと、スティーブンの中の新たな扉が開かれる事への危機感を育てつつあった。
かくしてどうにか着替えも終えて生理現象の始末にも折り合いをつけて、キッチンまで出向いた頃には既に、朝食には随分と遅い時間になっていた。
しかしそこからもなかなか、簡単にはいかなかない。
うきうきと機嫌よく食事を用意をするスティーブンの腰に抱きついてその後ろをついて回ったのだけれど、これがまた、なかなかに忙しかった。さほど広い範囲ではないけれどちまちまと方向転換をするスティーブンに必死にしがみついていれば、途中からは明らかにわざとらしく腰をふりふり、レオナルドを翻弄しようと大人げない恋人の悪戯が始まる。刃物や火を使っているからと、なるべく邪魔にならないようにしがみついていたのに、そんな行動に出られればレオナルドとしても黙ってはいられない。
腰に回した手を服の間から中に差し入れて、へそを弄って脇腹をくすぐったり、腹筋の割れ目を指でなぞって形を確認する。しかし全くスティーブンが反応しないから早々に飽きて、その下にゆっくりと手を移動させた。
くてりと力を失ったスティーブンJrをむにむにと揉んで、硬くなりかけたら放置してまた柔らかくなるまで待って、柔らかくなればまたむにむにと揉んで、という遊びを繰り返す。途中からはちっとも柔らかさが戻らなくなったので、硬くなった竿をぺちんと軽めに叩いてみれば、柔らかくなるどころかますます硬さが増した。直後、堪えきれないという風にくすくす笑ったスティーブンに、こら、と穏やかな声色で咎められ、レオナルドはようやくスティーブンJrから手を離す。
こんなに立派に育っちゃって、辛くないんすか、と背中に口をくっつけてもごもごと尋ねれば、ご飯を食べたらたっぷり可愛がってもらうから、と優しげな口調で、しかしきっぱりと告げられて、やりすぎたかな、と少しだけ反省と後悔をした。
ふんふんと鼻歌を歌うスティーブンに念入りに手を洗われてから、出来上がったオムレツと付け合せのポテトとベーコンを乗せた皿をダイニングのテーブルまで運ぶ。当然スティーブンにくっついたままのレオナルドが持ち運べる訳がなく、全てはスティーブン任せだ。
オムレツはほうれん草と玉ねぎ、人参がたっぷり入ったやつで、ベーコンは贅沢にも分厚く切られて肉汁がじゅわりとポテトに染み込んでいる。
鼻をくすぐるバターの匂いに、ごくりと唾を飲み込んだレオナルドは、ひとまず後のことは忘れて目の前のご飯に集中しようと決意した。
呪いの事があるので、レオナルドはスティーブンと同じ椅子の、その長い足の間へ腰を下ろす。尻に当たるスティーブンJrの事は努めて頭から追い出して、熱々のオムレツにナイフを入れた。
口に入れた瞬間、ふんわりと広がる卵とバターの優しい甘さについつい目尻が下がり、噛めば滲む野菜の味に唇の端が自然に上がる。ふへへ、とだらしなく笑っていたら、後ろからレーオ、と催促されたので、その口にも切ったオムレツを放り込んでやる。むぐむぐと噛み砕いたあと、ごくん、と飲み込む音がして、ちょっと野菜が固かったか、六十点だな、なんて言い出したから、レオナルドは思わず、けっとやさぐれた声を出した。
スティーブンが六十点と評したそれは、レオナルドにとっては百点を越える美味しさなのに。ちなみに、スティーブンの作るものは平均が百点を超える。つまりどれもこれも、美味しい。なのにスティーブンは毎回、自分の料理に厳しい点数をつける。それがレオナルドには少し、面白くない。
「こんなうめーのに六十点て。百点すよ百点、や、百二十点。まあ、どうせ? 俺は味の違いが分からない男ですけど?」
「君はいつも食事については、妙な拗ね方するよな」
ぶすっと膨れてボヤけば、おかしそうに笑うスティーブンに、口元までベーコンを運ばれる。面白くはなかったけれど、肉のいい匂いをチラつかされれば我慢出来なくて、思わずぱくりと食いついた。こちらも文句無しにうまい。噛めば溢れてくる肉汁と油で、口の中が幸せになってしまう。スティーブンはそろそろ脂身がきつい、なんてよく言っているけれど、脂がたっぷりの方がレオナルドとしては好みだ。
そのまま口元に運ばれるまま、ぱくぱくと口を動かしていればいつの間にか、スティーブンの分のベーコンまでレオナルドの胃の中に詰め込まれていた。以前ならスティーブンがレオナルドに肉を食わせようとして自分は我慢しているのではと恐縮していたけれど、今では単純に脂たっぷりの肉が、三十路すぎの朝の胃には重いだけだと知っているので、あまり遠慮はしない。
ならばスティーブンの分はベーコンは焼かなければいいのに、とも思うけれど、作る時はレオナルドと同じものを作って揃えたいらしい。そういう所はたぶん、レオナルドよりスティーブンの方が可愛らしい感性をしている。
たまにレオナルドが朝食を作る時、適当に飾った野菜の数が違えばそれだけですこし不服そうにする。細かすぎて面倒だとは思うけれど、けして嫌いではないし、どちらかと言えば好きな所だ。だって、そんな所を揃えたがるこだわりは、くだらなくってちょっと可愛い。
お互いに食べさせあいつつ食事が終わったら、皿を持って再びキッチンへ。先ほどとは違って今度はレオナルドが前に立って、スティーブンが後ろから抱きつくように着いてくる。屈めた腰がいたい、なんて弱った声を出しつつ、膝をがつがつ、レオナルドの太ももに自然な風を装って当ててくるなんて、いかにも長い足を自慢するような大人げない事をしてきたから、わざと早足で移動してやる。途中から割と本当に焦ったように、待て待て待てレオ腰にダメージが、なんて言ってたけれど、勿論聞く耳は持たなかった。
シンクの前に立ったレオナルドのやる事は、殆どない。食洗機に食器を並べて、適当に洗剤を放り込んで、蓋をしめてスイッチを押すだけ。食事の準備に較べてあまりにも簡単すぎるなあ、と多少の罪悪感を抱きながら、後ろにくっついてるスティーブンに何か飲みますか、と尋ねる。するとすかさず、レオナルドのが飲みたいなんて頭の沸いた事を言ったから、聞こえなかったふりでさらっと無視をした。どっちでもいいけど、なんて嬉しそうに言ってた気がするけれど、何と何を比較してどっちでも、と言ってるかなんて、絶対に聞いてはやらない。
それでも一応の許可は得てから冷蔵庫を開け、中のミネラルウォーターのボトルを取り出して、首に巻きついたスティーブンを引きずったままリビングに向かった。
リビングの真ん中に置かれた大きなソファー。ダイニングでそうしたように、膝の間に招かれるかと思ったけれど、先に座ったスティーブンにぽすぽすと隣を指示されたので、素直にそこに座る。腰を下ろすと同時に、すかさず顔を両手で挟まれて、ちゅっちゅと軽いキスをいくつも贈られたから、これがしたかったのかと納得して、くすぐったがるフリをしたレオナルドは少し笑った。
とろんと目尻を下げて、うっすらと笑んだスティーブンの顔は至近距離で見ても最高にカッコいい。けれど、キスの途中でやんわりと手を握られて導かれた先が、未だ硬さを保ったままのスティーブンの股間だったので、カッコよさも台無しだった。むしろ色男よろしく微笑んでいるくせに、ちゃっかりとレオナルドの手の上からやわやわと自分の手を動かして、股間を揉ませるなんて真似をしている分、残念さが際立っている気がしてしまう。
そのギャップに、また少し笑いを重ねたレオナルドは、悪い子ですねと呟いて自主的にスティーブンJrを撫でてやる。そして今度はレオナルドの方からちゅっちゅとスティーブンの顔のあちこちに唇を寄せると、内緒話をするように小さな声で囁いた。
「食べたばっかだし中はダメです。あと口も。それ以外ならいいですよ。スティーブンJrをここまで立派に育てたのは僕ですし」
十以上も歳上の恋人を、思い切り甘やかしてやりたい気分にはなっていたけれど、先手を打ってやれない事はやれないときっちり釘を刺しておく。以前、腹いっぱいになった直後に後ろに挿入した時、思い切り胃を圧迫されて吐きそうになった事がある。それはそれで興奮する、なんてスティーブンはのたまわっていたし、いくつかの薬を使えば老廃物さえ出ないように綺麗さっぱり胃の中のものを消してしまう事も出来るけれど、せっかくスティーブン作ってくれたものは極力消化して自身の身体に還元したい。ついでにまだうっすらと口の中に残る幸せの味も、消してしまいたくはない。
だからそれ以外ならどこでもいいですよ、と甘い声で囁いたレオナルドに、きらりと目を輝かせたスティーブンは、じゃあ背中で、と同じく甘ったるい声で囁き返した。
せいぜい手か、太もも辺りだと予想していたレオナルドは、その思いもしなかった部位の名前に、驚いてぴしりと固まった。
「服は脱がないまま、背中で出させてほしい。それで出した後はしばらくそのままでいてほしい。具体的には乾いてぱりぱりになるまで」
そんなレオナルドを真剣な眼差しで見つめたスティーブンは、やっぱり文句無しにカッコよかったけれど、その唇から漏れだした欲求には格好よさの欠片もない。マニアックな要求に、レオナルドは直前までの甘さもかなぐり捨てて、げんなりとため息をついた。
「……今日はもっとマイルドにいちゃいちゃする雰囲気じゃなかったんすか……」
「大丈夫大丈夫出すだけだから。マイルドマイルド。それが終わったらいちゃいちゃしよう。背中に僕の精液をつけたままの君といちゃいちゃしたい」
「真面目な顔しても言ってる事はただの変態ですからね。っつーかいつも思うんすけど、発想がちょっとアレっすよね、スティーブンさんって……」
「ハハハ、何だって? ああ、スティーブンさんのいっぱいかけてほしいって? レオは欲張りだなあ」
「言ってねーし」
いかにも呆れてます、との態度を崩さずに素っ気なくあしらっても、スティーブンは機嫌よく笑ってぐいぐいと身体を密着させてくる。ついでに股間に添えたままだったレオナルドの手に、軽く擦り付けるように腰を振ったから、こら、と指で弾いて諌めてみたけれど、ちっとも萎えてくれない。期待に満ち満ちた目でじっとレオナルドを見つめ、ねえ、お願いだよダーリン、と可愛こぶった声で強請ってくる。
予想外のおねだりに呆れはしたものの、甘やかしたい気持ちも辛うじて残っていたレオナルドは、しばしの葛藤の後に渋々ながらも頷いてしまった。レオナルドがそれに弱いと分かっていてやっていると知っていても、縋るようなその眼は反則だった。
頷いた途端にぱっと表情を輝かせたスティーブンは、いそいそとレオナルドを足の間に抱え込んで、手早く服の中に侵入させた手で何度も背中を撫でる。かさついた指に紛れていつの間にか、熱くて硬いものが背中に添えられるまで、さほどの時間はかからなかった。
「君はカートゥーンでも観てて。なんにもしなくていいから」
「うわあますます変態くさい」
はあ、と熱い息をレオナルドの耳に吹きかけながら、行儀悪くスティーブンが伸ばした足先で、器用にぽちりとテレビのリモコンの電源を入れると、可愛らしいキャラクターが動く映像が流れ始める。
とても意外ではあるけれど、カートゥーンはレオナルドよりもスティーブンの趣味だ。
基本的に休みの日に二人で観るのは、カートゥーンかハッピーエンドのヒーロー物に限られる。ニュースの類いは一切観ない。せめて休みの日くらい、ご都合主義の優しい世界だけ観てたい、なんて主張をされれば、レオナルドだってわざわざ他の物を観たいなんて言い出す気も起きない。
そんなスティーブンの趣向により、契約されたカートゥーン専門のチャンネルから流れるのは、特にスティーブンがお気に入りの、ブラックユーモアの要素が薄い、本当に単純な幼児向けのもの。
そんな映像を流しながら、人の背中で盛っているなんて、ある意味で倒錯的だなあ、なんて感想を抱きつつ、先走りで湿り始め、ぬるぬるといい具合に馴染み始めたスティーブンJrの熱に、自然とレオナルドの胸の温度も上がってゆく。
さすがに背中だけで快感を拾えるほど器用な真似は出来ないけれど、耳元でレオ、レオと名前を呼びながら、息を詰める男の声を聞いていれば、しかもそれが愛しい恋人のものとなれば、それがどんな不本意な状況だとしたって、興奮してしまう。
視線はテレビ画面に流れるキャラクターの動きを追っていても、音声は後ろから聞こえる息の音にかき消されて、ろくに頭に入ってこない。はあ、と気持ちよさそうな色っぽい吐息が鼓膜を震わせるたび、レオナルドのものもゆるゆると勃ち始める。
自分で触ろうか逡巡していれば、後ろから前に伸びてきたスティーブンの手のひらがズボンのゴムの隙間から侵入してきて、背中を滑るスティーブンJrが上下するのと同じスパンで、レオナルドのものを扱き始めた。
それから達するまではさほどの時間がかからなかった。悔しいことに、強めに握られて扱かれたレオナルドの方が先にイかされてしまい、それから少しも経たないうちに背中に熱いものがかけられる。
「レオ、背中、気持ち良かった? すぐイッちゃったね」
「……アンタが、人の耳元で、エッロい声出すから」
「いやあ、ほら、つい興奮しちゃって。それにまた、興奮しちゃいそう」
はあはあと荒い息を吐きながらも、揶揄うように小さく笑って、白濁を受け止めた手を動かしてにちゃりとわざとらしく音を立ててみせたスティーブンの行動に、レオナルドは羞恥を覚えて僅かに俯く。必然的にさらけ出す事になった項に、すかさずスティーブンの唇がちゅうちゅうと強めに吸い付いてきたから、この野郎と思いつつも為されるがままに身を任せる。
しばらくじゃれつくようにちゅっちゅぺろぺろと項に舌を這わせていたスティーブンは、ふとズボンの中に入れていた手を慎重に抜き取ると、自身の口元に持ってゆき、それに絡む白濁をにちゃりにちゃりと、舐めとる音をわざとレオナルドに聞かせてくる。
「ああ、昨日いっぱい出したからかな。やっぱりちょっと薄い」
「……変態」
「ハハ、否定出来ないかも。ほら、こうやって」
じゅぷんと指についたものを舐める音を立てながら、反対側の手、レオナルドの背中に触れた指でぬるつく湿りを広げると、まるで塗り込むように丹念に、何度も何度も執拗に背中のあちこちに撫でつけてくる。そしてようやく液体特有の冷たさを背中に感じなくなった頃、ぴらりと服を捲ったスティーブンは、蜂蜜でも溶かしたような甘ったるい声で、うっとりと囁いた。
「これ、前からやりたかったんだよね。俺の匂い、君にいっぱいつけてやるの。背中、どんな感じがする?」
「くそ、変態め……なんか、ちょっと皮膚がゴワッてする、ような?」
「うんうんいいねいいね! ああ、最高だな……。よし、じゃあこのまま、一緒にカートゥーンでも観ようか」
「えー、服にも染みてて、冷たいんすけど。前もちょっと気持ち悪いし、風呂、入りたいっす」
「あとで一緒に入ろう。しばらくこのままの君を堪能したい。ね、あとでちゃんと洗ってあげるから」
「……ほんと、へんたい」
変態に変態と言っても、あまり効果はないらしい。
恋人の身体に精液を塗り込む、なんてレオナルドの中には全く存在しなかったプレイ内容を、前からやりたかったと恥じる様子もなく告白したスティーブンに、心の底から出てきた感想がその四文字だったけれど、全く堪えた様子がなかった。
それどころか、捲った服を元通りにすると、後ろからぎゅっとレオナルドを抱え込んで、一緒にテレビを観ようだなんて言い出す。密着した分、背中に張り付いた服の一部は湿ってて冷たいわ、前は前でちょっぴり濡れていて落ち着かないわ、散々なのに、スティーブンは離してくれそうにない。
それどころか、途中でそうだ、とさもいい事を思いついたような、明るい声を出して、ちゅっとレオナルドの髪にキスをして。
恋人を宥める甘い言葉の一つでも吐いてくれるのかと思いきや。
今度、君のもっと色んな場所、精液でコーティングしてもいい? 五発ならまだ頑張れると思うんだよね、僕も。精力剤に頼ったらもうちょっといけるかも。全身埋めるにはそれだけじゃ足りないけど、背中とお腹と二の腕、あとほっぺたはマストだなあ。
なんて。
うきうき、心底楽しそうに語り出したものだから、とうとうレオナルドの方に限界がきた。
スティーブンと付き合うようになってから改めて自覚したけれど、レオナルドの性癖は比較的ノーマルな方である。スティーブンに強請られてあれやこれや、若干アブノーマル寄りのプレイに付き合う機会は多いけれど、それもスティーブンが喜ぶが故に合わせているまでのこと。
だから、つまり。
レオナルドだって、ある程度やれる事の限度がある。
レオナルドの身体のどこに精液を塗りたくるか、活き活きと話す恋人は、レオナルドの中ではギリギリアウトだった。
なんだ精液でコーティングって。変態か。変態だ。知ってるけど。いやでも、これはさすがにないわー。なんて、思ってしまった。
なので。
「スティーブンさん、恋人同士でもハラスメントは成立するんすよ」
にっこり。
振り返って目の前に現れたスティーブンに向けて、満面の笑顔を作ってからそう宣言して。
手加減なしの頭突きを、その額目掛けて一発。顎を狙わなかっただけ、良心的だと思ってほしい。
ふらつくスティーブンの腕からするりと抜け出したレオナルドは、すたすたとバスルームに向かって歩く。一先ずシャワーを浴びてさっぱりしたかった。ちょっぴり浮かれすぎてお仕置きに至った恋人への対応を考えるのは、それからでも十分だろうと判断して一切後ろを見ずに部屋から出ていこうとしたのだが。
「うっ」
短い呻き声と共に、どさり、と何かが落ちる音がしたから、レオナルドは慌てて振り返ってしまった。もしかして打ち所が悪かったのかもしれないと、心配になったから。
しかし。
「ああ胸が苦しい。恋人が触ってくれないから、呪いが発症したみたいだ。ああもう僕はダメだ、苦しくて死んでしまう。あーでも可愛い恋人が触ってくれたら、きっと呪いが治まって苦しくなくなるのになあ。うう、苦しいっ!」
レオナルドの心配を裏切って、スティーブンはとても元気そうだった。胸を抑えて床に蹲り、哀れっぽい口調で呟いているけれど、ちらっちらっと合間にレオナルドを見やるだけの余裕すら持ち合わせている。絶好調である。
なんだ心配して損した、とため息をついたレオナルドは、まるっと無視してバスルームに向かうべく再び踵を返そうとしたのだが。
目敏くレオナルドの様子に気づいたらしいスティーブンが今度は、「うわああ呪いが」と叫びながら、ごろんごろんと床を転げ回り始めた。広い部屋の端まで転がったかと思えば、すごい勢いでゴロゴロと転げながらレオナルドの足元まで近づいてくる。思わず避けたら、また胸を抑えて「の、呪いが」と懲りずに呟いている。大変に元気いっぱいである。
ある意味では、呪いの内容は真実となっているな、とレオナルドは足元で展開される惨状を眺めながら、冷静に思った。
だって確かに、大変な事になっている。あのスティーブン・A・スターフェイズが、恥も外聞もなく盛大にゴロゴロと床を転げ回って、呪いが呪いがとアホみたいな主張をしながら駄々を捏ねている。全く本当に、大変な大惨事だ。
どうしようか、と少し迷ってからレオナルドは、部屋を出てゆく代わりにしゃがみこんで、大変なことになっている恋人にむけて、語りかける。
「今すぐ一緒にバスルームに行くなら、呪いの進行を止めるの、手伝ってあげてもいいっすけど?」
自分も大概、この人に甘いなあとため息をつきながら。
大人げなく床を転げ回って呻く恋人に向けて、手のひらを差し出して、そして。
風呂では普通にいちゃいちゃしましょうね、と。
なるべく厳しい顔を作ってから、少しアブノーマルな性癖を持っているらしい恋人へと告げて。
じゃなきゃまた呪いが再発しますからね、と、念を押した。