そんな二人の関係
レオナルド・ウォッチとザップ・レンフロは、付き合っていないし、愛人関係にもない。
けれど二人の間には、肉体関係がある。
仮に世間一般の基準に照らし合わせるならば、セックスフレンドというのが一番近いかもしれないが、それも微妙に正解とは言い難い。
通常、セックスフレンドと言えば、セックスをする知り合いの事であるけれど、レオナルドとザップの間に存在するものは、世間一般の意味からは外れている。
セックス『を』する友達でなく、セックス『も』する友達。或いは、セックス『も』する同僚かつ先輩後輩の間柄。
確かに二人の間にセックスは存在するけれど、それだけが全てではない。ただの仕事仲間というには、多少親しく付き合うようになった過程において、要素の一つとしてセックスが加わっただけ。
これが他の相手とだったならば、多大なる後ろめたさと気まずさにより、単純に仕事仲間として付き合っていくにも支障をきたした事だろう。
けれど、レオナルドはある種の諦観と共に、このどうしようもない現実を許容していた。
(だってザップさんだしなあ)
始まりは最悪。あれは紛れもなく、レイプだったと断言出来る。
気まぐれにレオナルドの家にふらりと顔を見せたザップが、散々好き勝手飲み食いし、部屋を荒らすだけ荒らして帰ってゆくのが、恒例となってしばらく経った頃。
深夜、ガンガンと乱暴にドアを蹴りつける音で目を覚まし、渋々玄関に向かえばレオナルドが招き入れる前に、勝手に鍵を開けて部屋に入ってきたザップの目は、完全にキマッていた。
うるせえふざけんなと放り出す前に、強引に押し入られ、ちょっと待ってくださいザップさんおいおい正気かいやいやばっちりキマってんのは分かりますけどね、と慌てて制するも全く聞き入れられず、必死で抵抗したものの、血法を使うまでもなく、あっさりと片手でねじ伏せられた。
全くあれは、本当に最低最悪の夜だったと、ある程度許容した今に至っても、未だ思い出すたび、レオナルドはぞっと背筋を震わせる。
ザップとしては、愛人を相手にでもしてるつもりだったのだろうけれど、生憎レオナルドは愛人ではなかったし、おまけに女ですらなかった。
おざなりな愛撫の後、強引に挿入されても、慣れた女性の柔らかな肉なら仕方ないわねと優しくザップを受け入れられたかもしれない。
しかしザップが狙いを定めたのは、熟れた女性のそこではなく、男であり、しかも排泄以外の用途に使用した事の無いレオナルドのアナルで、当然多少触られたくらいでは濡れる訳もない。
薬でトリップしていても、一応何かおかしいと感じたザップが、ポケットから取り出したローションをだらだらぶっかけはしたので最悪を超えた大惨事だけは避けられたけれど、それでもレオナルドのそこは、異物を受け入れるにはあまりにも固く閉じられていた。
そんな場所に、強引にチンコを捻じ入れられらばどうなるか。
あまり詳細に思い出したくはないので、最中の過程は省く。正確には、殆ど覚えていないのだけれど。
結果だけ淡々と述べれば、一通りの行為が終わったあと、レオナルドは二日間熱を出して寝込んで、しばらくは立ち上がるのも難しいほどのダメージを受けた。
ようやく薬が抜け、レオナルドと自分の格好から状況を察し、珍しく狼狽した様子のザップが、悪態をつきつつも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたものの、最初は口も聞きたくなくて、存在ごと無視していた。
しかし普段不遜な態度のクズが、最悪だとか陰毛野郎相手にとか、口では言いつつも、どことなく気まずそうに目を伏せ、レオナルドが無視するたびに、途方に暮れたように肩を落とす様子を半日近く見せつけられれば、怒りを持続するのも難しかった。
「もういいです、ザップさんがクズな事なんて、とっくに分かってた事だし。犬に噛まれたとでも思っときますわ」
「はあああん? 陰毛野郎が生意気言ってんじゃねぇよ!」
はあ、とわざとらしいため息の後、呆れたように呟けば、すかさずザップが舌打ちと共に大声を張り上げたけれど、その言葉とは裏腹にほっとしたように笑った。
その表情を見れば、つられてレオナルドも気が抜けてしまって、どこか強ばってた部分もなし崩しに解けてしまう。
許した訳ではないけれど、どうせこれからも顔を合わすのは必然。
ならばグチグチと引きずっても仕方ないし、引きずってダメージを受けるくらいなら、忘れた方が建設的だとレオナルドは割り切る事にした。
普通なら、二度と同じことをすまいと固く誓う筈で、当然二回目が発生する訳がない。
けれど残念ながらザップは、普通ではなかった。
あれからレオナルドの家に寄り付かなかったザップだったけれど、しばらくすれば再びちょくちょくとやって来るようになって、以前のように我がもの顔で好き勝手するようになった。面倒くさいし理不尽だとぎゃあぎゃあ喚いて抵抗はしたものの、レオナルドはどこかでほっとしていた。
ザップはクズでどうしようもない先輩だと思ってはいるけれど、嫌いではないし信頼もしている。金をせびられるのは勘弁してほしいけれど、かといってよそよそしくされるのも気持ち悪い。別に虐げられたい願望はないけれど、少しずれてた歯車が元通りに収まった気がして、やっぱりこっちの方がしっくりくる。
なんて、呑気に思ってたのが悪かったのか。
二回目は、酔っ払って完全に出来上がったザップと共にやって来た。
リベンジだとのたまわって、嫌がるレオナルドを無視して、強引に進められる。
薬ではなく酒でゴキゲンになってる分、一度目よりは多少理性があったのか、割と丁寧に解してからだったので、痛みはそこまででもなかったし、終わったあとに熱も出さなかったけれど、無理矢理な事に変わりはない。
しかも翌日、目が覚めて酔いがある程度抜けた後には、裸で眠るレオナルドを見て青ざめ、ぎゃーぎゃー騒いで喚く始末。
正直に言えば、ショックは受けていた。クズだクズだと思ってはいたけれど、前回の時は本当に反省していたように見えたから、まさか同じ轍を踏むとは思っていなかったのに。
けれどそれも、慌てふためいて唸り威嚇のように罵詈雑言を喚くザップの姿を見ているうちに、馬鹿馬鹿しくなって、ある種の諦念と共に納得する。
(あ、この人、マジでどうしようもねぇ……)
諦念、と言うと、消極的に聞こえるかもしれないけれど、一種の悟りのようなものだ。
ザップとの付き合いを続けるなら、多分、これからもこういう、理不尽にかち合うに違いない。けれどそれにいちいちショックを受けたり傷ついたりするのは、馬鹿馬鹿しい。
変に考えるより、こういうものだ、と納得した方が心に優しい気がしたレオナルドは、自分よりよほどショックを受けて見えるザップを適当に罵りながら、自分の中で結論づけた。
レオナルドが予想した通り、それからも酒に酔ったザップにべたべたと絡まれ、なし崩しにセックスに持ち込まれる機会が何度もあった。
カツアゲと同じ要領だと割り切ったレオナルドは、さして抵抗もせずに流され、ザップが満足するまで付き合うことにした。変に抵抗するより、そっちの方が身体への負担も少ないから、結果として楽なのだ。
カツアゲだって最初は恐ろしくて理不尽さに腹を立てたけれど、物理的に対抗する力がないレオナルドが真っ向から立ち向かってもどうしようもないと、考えた末に被害をなるべく最小限に抑える方法を生み出して、それでなんとか乗り切れるようになった。
ザップの相手も同じだと考えれば、抵抗するより進んで差し出して最低限の被害で抑える方が、理にかなっている。
例えばもしそれが、ミシェーラに関するものであれば、死にものぐるいで抵抗して欠片ですらも手放すまいと必死に抱え込んだだろうけれど、カツアゲにしろセックスにしろ、多少切り取って差し出したところで、レオナルドの根幹を揺るがすようなものにはなり得ない。だから、差し出す。
理不尽ではあるけれど、その辺を割り切って臨機応変に対応できなければ、このヘルサムズ・ロットでレオナルドのような貧弱な存在が生きてゆくのは難しい。
逆に言えば、外の一般人並の身体能力しか持ち合わせていないくせに今の今までしぶとく生き抜いている時点で、レオナルドは十二分にこの街の住人として適応して馴染んでいた。
それにさすが下半身で生きているだけあって、ザップは上手い。身体を這い回る手に逆らわずに身を任せれば、その分気持ちよくなれるし、ザップの機嫌も良くなってますます手つきが優しく丁寧なものになる。
前戯が丁寧であればあるほど、挿入される時の気持ち悪さや圧迫感も薄れて、じわじわと快感に似たものも生まれやすくなる。
どうせ抵抗したって最後にはヤられることは確定していて、ならば痛いより気持ちがいい方が、断然いい。だから進んで協力するようになった、ただそれだけのこと。
カツアゲみたいなものだとはいったけれど、カツアゲよりはザップの相手の方が、幾分かマシだった。
ザップはザップで、最初のうちは朝に腕の中のレオナルドを見つけるたび、冗談じゃねえと舌打ちをしてチビ糸目相手に勃つなんてとげんなりと顔をしかめていたくせに、何度か同じシチュエーションに遭遇するうちに慣れたらしい。
途中からは大して動揺する事もなくなった代わりに、欠伸をしながら、メシ、と図々しい要求と共にレオナルドをベッドから蹴り出したあと、朝ごはんが出来るまでの間、二度寝に入る。
全く、本当にどうしようもない男だけれど、動揺されるよりはそちらの方がザップらしくて気持ち悪くない、と思ってしまうあたり、レオナルドもなかなか毒されている。
二人の間にセックスが当然のように組み込まれるようになってから、他にも少しだけ変わった事がある。
例えばレオナルドの部屋でゲームをしている時、以前より身体の距離が近くなり、ふとした瞬間、ザップの方から何気ないキスを贈られるようになったこと。
おそらく最初は、愛人とうっかり間違えて。
その証拠に、レオナルドにキスをしたあと、うわあと嫌そうに顔を歪めたザップは、舌打ちをして間違えた、と呟いた。
当然レオナルドも、ザップに負けないくらいうげえと顔をしかめて、アンタまじで一回死んでくださいよと返し、そのまま罵詈雑言の応酬となってその場はうやむやになったのだけれど、それ以降も似たような事は多々発生し続けた。
誤作動を起こしているのだ、と、レオナルドはザップの不可解な行動を分析して結論づけた。
ゲームをしているだけとはいえ、せまい部屋の中で二人きり、しかもたまにセックスをする相手、ということで、理性で考えるよりも先に無意識が、勝手にレオナルドの事を愛人みたいなものだと判断してしまったに違いない。
最初はそれなりに動揺して気まずさを感じていたレオナルドだったけれど、ザップにとっては無意識レベルで出てくる習慣で、ぽんぽんと口をついて飛び出る悪口雑言とさして変わらないものと考えれば、意識するのも馬鹿馬鹿しくなった。
数度目で早々に受け入れたレオナルドは対照的に、ザップは誤作動を起こす度にむすっと膨れて、まるでレオナルドに非があると言わんばかりに悪態をつく。
それが十回を超えればさすがにレオナルドの方も鬱陶しくなり、わざわざ丁寧に解説してやった。
アンタにとっちゃ、ハローよりも軽いもんなんでしょう、それ。なのにいちいち、絡まれてたらたまらんですよ、クソ面倒臭い。
俺だって呼吸やめろって言われても無理だし、ザップさんのもそのレベルでしょ。
今更アンタの根っこが変わるとも思わないし、変えようとも思わないし。
そりゃあ、可愛い女の子じゃないのはショックでしょうがね。いい加減慣れてくださいよ。
うんざりとこれみよがしにため息をついて、レオナルドが吐き出した言葉にザップは、陰毛のくせに生意気だと容赦なく頭を叩いてきたけれど、一応は納得したらしい。
それからはキスをしても、変に絡んで来る事はなくなった。
キス以外にも、やたらと触ってきたり、腹に手を回して足の間に抱え込んできたり、とても友人や仕事仲間相手にするようなものではないスキンシップも追加された。
もしもこれが、ザップ以外の相手だったら、レオナルドもそれなりに意識して動揺しただろうけれど、なにせ、ザップだ。
はいはい呼吸呼吸、と呟けばそれで納得して、以降はさして特筆するでもない、二人の間の普通に組み込まれる。
たまに、尋ねられることがある。
付き合ってるのか、だなんて。
それは仕事場の仲間であったり、ダイナーの店員であったり、たまに鉢合わせるザップの愛人であったり。
その度に二人揃って首を横に振り、まさかと否定するけれど、それだけで納得してくれない相手もいる。
一応、世間一般的な同性の友人や、仕事仲間にしては些か、スキンシップの度が過ぎている自覚はあるレオナルドは、そんな時、あははと笑って、補足する。
ザップさんは、ザップさんって種族みたいなもんですし。ほら、犬とは犬の、猫とは猫の、それなりの付き合い方ってもんがあるでしょう。そんな感じっすよ。
ザップに聞かれたら怒りだしそうなので、こっそりと囁くように。
スティーブンとK.Kには呆れたようにため息をつかれ、ツェッドには理解不能なものを見る目を向けられた。
ダイナーやデリの店員にも肩を竦めて首を振られたけれど、意外とザップの愛人たちには納得される。
今日、バイトが終わり、家に着けば既に我が物顔でベッドを占領していたザップは、いつもより面倒くさい。
どうやら愛人の一人に手酷くふられたらしく、半裸で放り出されてそのままレオナルドの部屋にやってきたザップは、おそらくは途中で誰かから強奪してきたであろう酒瓶を抱え、すっかりといじけて拗ねていた。
何でだよマーガレット、こんなのアリかよ、なんていかにも被害者ぶってぶつぶつ呟いていたけれど、話を聞くまでもなく100%ザップに非があるに違いないと決めつけたレオナルドは、はいはい可哀想可哀想と適当にあしらいながら、そのままザップを素通りしてバスルームに向かう。
閉めた扉の向こうからは、ふざけんなクソ死ねおい陰毛チビ糸目慰めろ! と喚き散らすザップの声が聞こえたけれど、いちいち構ってはいられない。
だってどうせ、一通り愚痴った後は、やたらと甘ったるい声で擦り寄ってきてレオナルドを抱く事は分かりきっている。
ならば予め用意していなければ、男であるレオナルドにはいろいろと不都合あるのだ。
「後で構ってあげますから! 冷蔵庫のサラミとチーズ、食べていいですよ!」
じゃあじゃあと降り注ぐシャワーの中から、大声を張り上げればすかさず、もう食ったわバーカバーカ! とふてぶてしい声が聞こえてきたから、ついついため息をこぼしてしまった。
さっさと汗を流して準備を済ませ、トランクス一枚で出てゆけば、待ってましたとばかりに腰に抱きついて太ももに顔を埋めたザップに、一通り愚痴を聞かされた後は、レオ、レェオ、レオレオ、レオー、とひどく甘ったるい声で名前を何度も呼ばれる。
「拗ねたり甘えたり、忙しい人ですね」
「バーカ、誰が甘えるかよ」
「はいはい、そうっすねー」
全く、口を開けば可愛げのない事しか言わないくせして、ちゅっちゅとレオナルドの太ももに吸い付くザップは、もしかして少しだけ可愛いかもしれない。
そんな事を考えつつ、よしよしと頭を撫でてやったレオナルドは、諦念と共に思うのだ。
(まあ、ザップさんだしなあ)
おそらくはこのまま、朝までセックスコース。フラれたあとはいつもよりねちっこいから、途中で多少手を抜かねば付き合ってられない。
ざっくりと頭の中で、ペース配分を考えるレオナルドは、諦念に端を発するとしても、全てを受け入れていた。
レオナルド・ウォッチとザップ・レンフロは、キスもすればハグもするし、セックスもする。
しかし、付き合っているかと言われれば二人揃って首を振る。
恋人でも愛人でもないし、お互いに恋心を抱いてるのかと言われれば、どちらも嫌な顔をして思い切り否定するだろう。
けれどレオナルドは、ザップの事が嫌いでは無いし、付き合いをやめる心積りも今のところない。おそらくは、ザップも。
傍から見れば、ひどく歪でおかしな関係なのかもしれない。
けれどレオナルドは、現状にさして不満を抱いていなかった。
だって、相手はザップなのだ。
だから普通の付き合い方なんざ端から出来るとは思ってないし、この歪な関係こそが、レオナルドとザップの日常である。
レオナルド・ウォッチとザップ・レンフロは、セックスをするけど付き合っていない。
そしてレオナルド・ウォッチは。
この関係に、案外、満足していたりする。