無自覚の自覚


だってさあ、俺らって、そーゆー感じじゃないでしょ。

そりゃね、ザップさんのこと、嫌いではないですよ。
どうしようもないクズだと思ってるし、いろいろとサイテーだし、マジほんとなんで俺この人と友達やめないんだろうなって週六で思ってますけど、でも嫌いじゃあないんすよ、ザップさんのこと。
だって友達だし。そう、友達。職場のセンパイで、トモダチ。仕事だけの付き合いっちゅーには、昨日も一昨日もその前も一緒にメシ食ってるし、ゲームもしたし、ザップさん俺んちに泊まってったし。フツーの会社がどんなもんか知らないんで、フツーの基準はよく分かんねえっすけど、でもただの職場の人とここまで一緒に遊ばないでしょ、多分。現にクラウスさんやスティーブンさんは上司って感じだし、ザップさんやツェッドさんとはやっぱ違うし。
クズでどうしようもないけど、ザップさんと一緒に遊ぶの楽しいし、嫌いじゃないし、まあ、好きですよ。友達、友達としてですからね!

だから、俺とザップさんがヤるのって、どう考えてもおかしいと思うんすよ、俺。だって友達とはヤんないでしょ、フツー。少なくとも俺の常識では、友達とはセックスはしねえんすよ。
そもそも考えてもみてくださいよ。俺のケツに、ザップさんのチンコ突っ込むって、なんだよそれ、もう完全にコメディじゃないすか。それもど三流の、趣味の悪い、鼻で笑うしかないやつ。はは、笑える。いや笑えねえわ。映画なら絶対、客席ガラッガラのやつですよ。ザップさんだってそんなん観たくないでしょ? 俺だって観たくねーっすわ。だったら家でゲームする方がよっぽど有意義でしょ。


言いたいことは山のようにあって、頭の中にはさっきからずっとぺらぺらと捲し立てる自分の声が響いている。
相手にもよるけれど、少なくともザップに対しては考えて喋るというよりも、思いつくと同時にそれが言葉になって口から飛び出す方だ。反射、惰性、脳を通さずに場当たり的にぽんぽんと言葉を投げつけ合ってくだらないやり取りをするのは結構楽しいし、多少言いすぎたって相手はザップ。レオナルド以上に口が悪くって品性が底をつきぬけてマイナスに振り切っているから、取り繕う必要も特に感じない。
だから、いつもみたいに、いつもなら。考えると同時、レオナルドの口からそれはすらすらと流れ出ている筈なのに、開いた口から飛び出すのは、まるで思考とは一致しないものばかり。

「あっ、ん、ん、ひあっ、あ、あ゛ああ゛っ!」

それは思考を写すどころか、意味のある言葉ですらなかった。切れ切れに飛び出す短い音、ガラガラに濁ってぐしゅぐしゅに湿りきっているそれは、引っかかった喉をぶるぶると震わせて弾ける。
レオナルドの部屋、一人用の安いベッドの上。
レオナルドの尻には、現在進行形でザップの陰茎がぶっ刺さっている。
ほら笑えよ、ど三流のコメディなんだろ、全然面白くねえよって鼻で笑えばいいじゃん。
ちかちかと頭の中に流れる声には、どこか煽るような響きが乗っているのに、それに触発されて反発する余力はもうとうに尽きてしまった。

「あ゛っ、あ゛あ、んっ、やっ、も、やああぁっ」

部屋のランクはせいぜい下の上、良く言って中の下。最低限の安全しか保証されていない部屋の壁は当然薄くって、隣人の歌声やテレビの音が聞こえてくるなんてしょっちゅうで、どれくらいの大きさ音を出せば隣にまで響くか、おおよそは把握している。その基準と照らし合わせれば、今、レオナルドが発している声は完全にアウト。ボーダーラインを大幅に超えてしまっていた。
一応、ちょっと前までは声を抑える余裕も辛うじて残っていたのだ。ぐっと奥歯を噛み締めて、くふんくふん、それでも鼻から漏れるくぐもった音は、顔を押し付けた薄い枕に吸い取ってもらっていた。
それなのに。

「うあっ、あっ、ん゛、あ゛っ」
「はっ、すっげーヨダレ。お口ゆっるゆるでちゅねー、レオナルド・ウォッチくんよ」

目の前には、いやらしく嗤う男の顔がある。自分だって汗で額に前髪を貼り付けてるくせに、心底楽しそうにレオナルドをからかってみせるザップに、カチンとして何か言い返してやりたかったけれど、どうにか唇を動かそうとしたタイミングで狙ったようにばちゅん、大きな音を立てて尻に腰を打ち付けられる。声にならない悲鳴をあげて、ひうう、思わず息を飲み込めば、唾が喉に引っかかってけほけほと噎せてしまう。それを見たザップがニヤニヤと笑っているのが、ものすごく楽しそうな顔をしているのが、本当に、本っ当にムカつく。

だって、全部ザップさんのせいなのに。俺、ちゃんと枕で声抑えてたのに。涎も汗も涙も鼻水も全部、枕が吸い取ってくれてたのに。布がぐしょぐしょになって気持ち悪くって、ああ、コレ、あとで丸洗いしなきゃダメだわ、めんどくせえなって思ったけど、声、漏れたら困るから我慢してたのに。
そんな俺の努力、全部台無しにしたの、ザップさんじゃん。
こっち向けよっていきなり俺のことひっくり返したから、やめろって止める間もなくって、向かい合った状態、縋れる枕はもうなくって、だから声も涎も全部垂れ流すしかなくなったってのに、ちくしょう。

それでも、我慢すればいい話だ。分かっている。頼みの綱の枕がなくったって、口を閉じれば声は抑えられる。簡単な事だ。分かっている。
けれど分かっていても、出来ない事だってあるのだ。一時間前のレオナルドなら難なく出来たであろうそれを、今のレオナルドが実行するのは難しい。
そう、一時間。はっきり測った訳じゃないから正しいかは分からないけれど、多分それくらい。じゃれ合いの延長でそういう流れになった始めのうちは、枕に頼らなくったって自分でちゃんと声を抑えられたし、それどころかとめどない喘ぎ声の代わりに、思ったことをそのまま口にして文句を言ってザップを罵る余裕だってしっかりあった。
けれど一度イッたくらいじゃ終わってはくれないザップとのそれに、ざりざりと削られてゆく体力はあっという間に底をついてしまった。まるで嬲るような執拗な愛撫で、身体中のあちこちから根こそぎ力が奪われてしまう。
言葉を発するために上顎に舌をつけようと思っても、たっぷりと舐めしゃぶられて痺れた舌はうまく動いてはくれない。それでも気力を振り絞って口を動かしたら、喋ろうとする、その動作のために舌先が触れた上の歯の裏、付け根のあたり。ついさっきまでザップの舌や指で散々弄られ刺激されていたそこは、自身の一部に僅かに触れられただけで弱い快感を生じさせてしまう。もしも無理を押して言葉を紡げば、喋る、ごくごく当たり前のことで、もっと気持ちよくなってしまう。予感に少しの恐ろしさを感じたレオナルドは、罵声を吐き出すことを諦めてそっと舌を引っ込めた。
半開きの口だって、似たようなもの。心地良さに脱力してしまった体、唇をきゅっと引き締めているには、意識してそこに力を入れなきゃいけなくって、そうして触れた上唇と下唇。いつもは当たり前にあるもので、そこに口があるって意識もなく閉じているはずなのに、自分自身の唇の柔らかさでザップの唇を思い出してしまう。その唇に与えられた心地良さを、体が勝手に追い求めようとする。
本当は、声を出すのだって億劫だ。いっそ声も出なけれれば、薄い壁のことなんて気にしなくって済むのに。
けれど引き攣れた喉から飛び出す音、それだけは止まってはくれない。ずちゅりずちゅり、体の内側を抉る熱のせいで、押し上げられた臓器が勝手に肺を圧迫して空気の塊を吐き出させる。塊はするりとスムーズに喉をくぐることなく、引っかかって声帯を震わせてしまう。

「は、ふ、ふっ……ん゛うっ!」
「はっ、ぶっちゃいくやのー」

ほら、だからやっぱり、全部ザップさんが悪いんじゃん。
思うように吐き出せない言葉の代わり、ザップの腰の動きが止まったタイミング、ふ、ふ、短く息を吐き出しながら恨みがましく目の前の男の顔をじろりと見てやれば、まるで狙いすましたかのように強く腰を突き上げられ、ひしゃげて潰れて濁った音が震えた喉から飛び出した。
そんなレオナルドの反応をみてにっと目を細めたザップは、ぐっちゅぐっちゅと 粘った水音を立てて、腰を動かし続ける。

よくやるわ、途切れない自身の声を聞きながら、レオナルドは思う。飽きもせずに腰振って、それだけじゃなくって、ご丁寧に乳首まで弄って、指でつうっと腰を撫でて、レオナルドが特に弱い場所を狙いうったように抉って、自分はまだ一回しかイッてないくせに、レオナルドばかりしつこく何度も何度もイかせて、それでもまだまだ飽きずに腰振ってるなんて。ほんと、マジで、よくやるよザップさん。呆れと感心が半々の気持ちで、辛うじて保ち続けている理性の切れ端がため息を吐き出す。
俺ばっか気持ちよくなっちゃって、マジでさあ、どうしろってんだよ。

困るのは、何もかもが気持ちよすぎることだ。
保っているつもりの理性ですら、それを否定は出来ない。こんなの全然気持ちよくないし、そんな強がりの嘘で自分を騙すことが出来ないくらい、身体中に渦巻く快感はいっそ暴力的なほどに圧倒的だ。
熱い肉茎が出入りをする度に擦られる穴の縁はどろどろにふやけきっていて、どこからどこまでが自分のものなのか分からなくって、境界が溶けて消えてしまったみたいなのに、ずりゅずりゅと擦られるとふわふわと頭が甘い靄に包まれてしまう。境目の感覚が分からないのに、それが気持ちいいって事だけは分かってしまう。
内側の肉を巻き込んで引き抜かれる陰茎に、体の一部ごと抉り取られてしまった心地の、腹の底がひやりとするような感覚にぞくぞくと背筋が震えて、ばちゅん、突き込まれて足りない内側が自分以外の存在で埋められると、充足感にも似た気持ちがじゅわりと腹の底から溢れて仕方ない。もう、十分すぎるくらい気持ちがよくって、これ以上なんてある筈がないって思うのに、擦られる内側の肉、ぎゅっと摘まれた乳首、ふわりと羽のような軽さで撫でられた肌、そこかしこから新たな快感の火種がぽつぽつと生まれては弾けて、ぱちぱちと炙って体温を上げてゆく。
全身、どこもかしこも剥き出しの性感帯になったみたいで、ザップが動く度に微かに揺れる空気が肌を撫でる感覚さえ、気持ちがよくって仕方がない。
自分ばっかりしてやられるのは面白くないのに、快感にすっかりと支配された体では何か仕掛ける事も出来ない。受け入れて流されるだけで、精一杯だ。

「ひぁっ……!」

不意に、体勢が変わる。ずっぷりと差し込んだ陰茎は抜かないまま、仰向けに寝転がっていたレオナルドの背に回ったザップの手で、強制的に起き上がらせられ、太ももの上に抱き込まれる格好になる。その指に、背骨をつっとなぞられただけで、ふるりと喉を震わせたレオナルドはまたイッてしまった。
射精の鋭い快感とはまた違う、腹の底から湧き上がるなだらかな絶頂は、極めてもすぐには引いていってくれないから、苦手だ。だって、気持ちがよすぎる上に、果てが見えないから。

「レェオ」

くたりと脱力してザップにもたれかかり、短い呼吸を繰り返して快感の余韻にぼんやりと浸っていれば、耳に注ぎ込まれた低い声。いつも、レオナルドをからかう時のへらへらしものとは違って、水気をたっぷり含んだしっとりとした音。耳たぶに吹きかけられた湿った息、鼓膜を震わす振動に、なだらかに下り始めていた波がまたざぶりと盛り上がる。びくん、びくん、声すらも出せずに身体を震わせていれば、もう一度名前を呼ばれて、そして。

「きばれ」
「……ふっ、あ?」

続いて紡がれた単語の、意味するものがよく分からなくてぼやけた声で聞き返す。とろとろに溶けかかった思考の奥、ろくに考えることも出来なくなりつつあったけれど、なんとなく、嫌な予感がしてならない。

「ほれ、クソひり出す時みてえにやってみろって」
(さ、最ッ低だ……!)

果たして、そんなレオナルドの予感が正しかったことは、すぐに証明されてしまう。
ふっと耳元でザップが笑う気配があって、さわさわと腹を撫でられ、へその下を軽く指でくっと押し込まれる。外から圧迫されて、僅かに狭くなった内側の肉がぎゅっと中に抱えこんだザップの温度が、より一層存在感を増す。内側と外側からいっぺんに擦られて撫でられたようで、またそれで軽い絶頂に達してしまいそうだったレオナルドの、昂った体を一瞬、冷静にするだけの威力のあったザップの言葉。
嫌な予感は、大当たりだ。全然嬉しくない。最低だ、あまりにもデリカシーが無さすぎる。
なあ、ほら、レオ、耳元で急かすように名前をよんで、耳の穴に舌を差し込んでぴちゃぴちゃとわざとらしい音をたてるザップの表情は見えないけれど、どんな顔をしているかはすぐ分かった。ニヤニヤいやらしく笑って、最高に楽しくって仕方がないって顔をしている。間違いない、声にはそんな色が混じっていた。完全にレオナルドをからかって嬲って遊んで喜んでいる。さすが期待を裏切らないクズだ。

だぁれが、んなことするかよ!
心の中では、威勢よく叫んでいる。絶対に嫌だと、断固拒否の姿勢を見せている。
それなのに。レオナルドの身体は、持ち主であるレオナルドの意志を裏切った。

「ん、ふっ」
「おーおー、そうそう。ほれ、もっとイけるだろ」

もう全身どこもかしこもどろどろでだらだらでへろへろで、指一本すら動かすのが億劫だった筈なのに、勝手に腹に力が入る。ザップのいった通り、下半身をふんばってきばろうと体が勝手に行動を始める。
なんだよ、馬鹿じゃねえの、なんで言う通りにしてんだよ。少し慌てた声が心の中で喚いた途端、反射的に、だって、と声がする。
だって、気持ちいいんだもん、ザップさんとヤるの。ずっと気持ちよくって、何しても気持ちよくって、そんで、ザップさんの言う通りにしたら、もっと気持ちよくなるって分かってるんだもん。普段は全然信用ならねーけど、セックスの時のザップさんの言うことは間違いなく、気持ちいい事に繋がってんだもん。そうだよ、気持ちいいんだよ、仕方ないだろ。
拗ねて不貞腐れたレオナルド・ウォッチが、やけっぱち気味に開き直る。その勢いに、理性を担当しているつもりのレオナルドは、まず同意してしまった。ああ、うん、確かに気持ちいいんだよなあ。一度頷いてしまえば、たちまちレオナルドの理性と本音は合体して一つになってしまった。
だって、しょうがないじゃん、気持ちよすぎるんだってば!

くっと息を詰めて腹に力を入れた途端、よくよく馴染んだ覚えのある感覚、排泄に似た感触を覚えてひやりと体の真ん中が冷たくなる。本当に大丈夫かな、これ、何か出ちまうんじゃないかな。
事前にヘルサレムズロット産の洗浄薬で腹の中身は綺麗さっぱり空にしている筈で、五時間は大丈夫だって箱に書いてたから、タイムリミットまではまだまだ時間がある。
それでもあまりに身に覚えのある感触が、もしかして、危機感を刺激する。
けれどそんなレオナルドの不安を嘲笑うように、咥えこんだザップの陰茎がずるりと奥にもぐりこむ。異物を排出すべく外に向けてうねる壁を、逆向きにずろりと撫で上げられる。自分の内側が毛羽立つような感覚が気持ち悪くって、ぶわりと全身に鳥肌がたつ。なのに、その気持ち悪いのが、とんでもなく気持ちがよくってたまんない。ザップとのセックスでそれなりに快感を拾うことに慣れた身体は、違和感をすぐに気持ち良さに変換して受け入れてしまう。もっと、もっと、よくなりたくって、腹に込めた力が増す。
すると、いつもより少し浅い部分で、中に潜り込んだ先端がごつりと奥にぶつかった。本当ならもっと奥の方、ぴったりと隙間ないぐらいにぎゅうぎゅうに押し付けられてようやく、亀頭の先っぽがくぷりと嵌るぐらいの所にある筈のそれが、記憶にあるより下がっている。
まずい、だってそこは、軽くこじ開けられるだけで、びりびり痺れてしまうぐらいに気持ちがよくって、そんなところに、いつもより深く挿れられてしまったら。

「あ゛あああ゛あ゛あ゛あ゛……っ!」

けれどレオナルドが腰を引くより早く、それは突き立てられてしまう。ぐぽん、自分の体の中から鈍い音がしたと同時、普段は触れられたこともない場所まで一気に進む肉茎。頭が真っ白になって、目の前にちかちかと光が飛んで、仰け反りながら絶叫したレオナルドがひゅんと息を吸い込めば、体の中が動く気配があった。きばっていきんで下がっていた部分が、呼吸と同時に元通りの位置に戻ろうとした。けれど咥えこんだ陰茎が邪魔をする。ちゅうちゅうと亀頭にしゃぶりついたまま、一緒に奥へと引き込もうとするのにうまくいかなくって、中途半端な位置で引っかかった中の肉がもどかしげにひくついた。その動きが雁首をきゅっと締め付けて、奥に飲み込んだ形を浮き彫りにしてしまう。ザップは動いてはいないのに、ひくんひくん、引き攣れた内壁が勝手に、ずっしりと質量のある快感をとめどなく生み出してゆく。
声を出したって、叫んだって、追いつかない。容赦なく膨れ上がってゆく快感の濁流を、うまく吐き出して昇華出来ないうちに、新しいものが次から次へとせりあがってゆく。
そうしてとうとう、オーバーヒートしてしまった体の中、ぶちん、何かが決壊する音がした直後。しょろろろ、水音がどこか遠くから聞こえてくるのを沸ききって溶けた頭で、レオナルドは聞いた。
何だろうこの音。ぼんやりと考えたレオナルドは、次の瞬間ざっと顔を青ざめさせ、少しだけ正気を取り戻す。
だって、腹も太ももも、やけに生暖かい水で濡れていて、精液や潮だというには量が多すぎる。向かい合わせ、対面座位の形でくっついたザップとレオナルドの間に溜まってゆくそれからは、ほこほこと湯気があがっていて、つんと鼻をつく独特の匂いだってして、更には今もレオナルドのくったりとした陰茎の先からちょろちょろと流れ出している。
状況を理解したレオナルドは、気力を振り絞ってザップから離れようとした。胸に手をついて距離をとって、足を踏ん張って立ち上がろうとした。

「はっ、漏らしてやんの。きったねーな」

なのに。ザップはレオナルドを離そうとはしない。口では嘲るような事をいいつつ、至極楽しげにけらけらと笑うと、二人の体の間に溜まった尿が体につくのも気にしない素振りで、ますます強くレオナルドを抱き込んでぐっと奥に入り込んだままの切っ先を押し付ける。
何してんだよ、アンタ汚ねえって言ったばっかじゃん。じわり、快感の中に焦りが滲む。どうにか止めたくって腹に力を入れれば、また深い部分まで自分からザップを咥え込むはめになって、恥ずかしくて情けないのに気持ちがよくって、もっともっとおかしくなってしまいそうで、ますます追い上げられて追い詰められる頭の中。どうしよう、どうしよう、おろおろと慌てる自分自身の小さな声が響く。

だってさあ、俺らってそーゆー感じじゃないじゃん、ねえ。

セックスは、いい。いや、良くはないけど、この際仕方がない、いいことにする。
だって、分かるから。それはけして気持ちよさに流されたとか、そういう意味じゃない。そういう意味もあるっちゃああるけれど、そうじゃない部分。
たとえば昔、まだ地元にいた頃。友達と一緒にするサッカーも、スケートボードも楽しくて好きだったけど、一番好きだったのはやっぱりゲームだ。レオナルドが好きなゲームで、友達とわいわい言いながら遊ぶのが一番楽しかった。運動はそれほど出来ない方だったから現実のサッカーではあっさりとボールをとられてしまっても、画面の中のサッカーゲームならレオナルドが一番か二番目くらいにドリブル操作は上手くって、すげえじゃんレオ、そんな風に賞賛すらされることもあった。好きで得意なゲームだと、足を引っ張ることなく思い切り遊べるのがいい。
レオナルドがずるずるとザップとセックスをしてしまうのは、そんないつかの自分の姿をザップの中に見るからだ。今日はこれで一緒に遊ぼうよ、新作のゲームを見せて友達を遊びに誘ったみたいに、セックスして遊ぼう、ザップに誘われてる気がしてしまうから。
レオナルドがサッカーのルールを覚えたように、ザップはセックスのやり方を覚えて、レオナルドがゲームにのめり込んだように、ザップはドラッグやギャンブルにハマっていった。それはきっと、世間一般に言うような悪い遊びじゃなくって、ザップにとっては純粋な遊び、追いかけっこやかくれんぼと同じようなものだったんじゃないかな、そんな風に思えてならない。
レオナルドにとってのエックスステーションが、ザップにとってのセックス。そう考えるととてもぴったりときて、差し出された遊びの誘いを断ることが出来なくなってしまう。
それに、ドラッグやギャンブルは勧めてこないところも、一応はレオナルドと一緒に一番楽しめそうな遊びを選んでいるようにも思えて、絆されてしまう。まあセックスならいいか、そんな風に思ってしまう。
だってレオナルドはザップのことを友達だと思ってて、ザップも多分。本人に聞けば罵声混じりに否定されるだろうけれど、きっとザップもレオナルドの事を友達だと思ってるから。
友達と一緒に、自分の知ってる楽しいこと、自分の得意なことをして遊びたい。その動機は分かるから、セックス自体はいい。

だけど、これはダメでしょうよ、ザップさん。

(なんっつーかお、してんだよアンタ)

だって、これは違う。
ようやく空っぽになった膀胱、中に溜まっていた尿でべしょべしょに湿った下半身。うげえ、最悪だわ、そんなことを口にするザップが浮かべた表情はいたく上機嫌なままで、その瞳が。レオナルドで遊んでる時のザップの、子供みたいな無邪気な光を湛えた目が、やんわりと細められて、その。口振りとは裏腹なその、ザップにあまりに似つかわしくない優しげな眼差しに、くらり、目眩がしそうになる。
ザップがレオナルドのことを好きなのは知っている、つもりだ。それは、勿論友達として。
レオナルドだってザップのことは友達と思ってて、一緒に遊ぶのは楽しいし、その遊びが世間一般の常識から外れていても、まあいいかと思ってしまうくらいには好きだ。けれどそこに、それ以上のものはなかったはずなのに。
ザップの手によって一方的に高められてぐちゃぐちゃにされている時だって、ザップの目にあるのは好奇心とレオナルドの痴態を面白がる感情だけで、まさに遊んでいるというのが一番相応しいものでしかなかったはずなのに。
満足そうに細められた目、柔らかな光を称えた瞳はとろりと蕩けていて、まるで。大事なものを愛でるかのような眼差しに、ぎゅっと胸が痛いくらいに締め付けられる。

なんだよそれ、アンタらしくないでしょ、ザップさん。
そんなの、そんな顔。
だって、だって、そんなの。
まるでアンタが俺のこと、愛しちゃってるみたいじゃん。

まさか、浮かんだ考えを否定したくって、ザップの瞳を見つめても否定出来る材料が見つからない。それどころか、瞳の表面にうつるレオナルドも、ザップと同じような顔をしていることに気づいてしまったから、いよいよいたたまれなくって逃げ道がない。

どうしよう。どれだけキスをしようがセックスをしようが、そこにあるのは純然たる友情だって心の底から信じていたのに、それ以上のものをお互いの中に見つけてしまって狼狽えたレオナルドだが、ゆっくりと悩んでいる暇もない。相変わらずレオナルドの深い部分にザップが入り込んだままで、考える傍から思考が快感で染められて散らされてゆく。
いい加減にしろ、制止の声をかけたくっても、ぎゅっと力を入れたり抜いたりを繰り返す自分の腹を動かすのはレオナルド自身だ。さっきザップに教えられた新しい気持ちよさを自ら追い求めているのだから、ザップのことを責められたもんじゃない。

それでも。理性を振り絞って顔を動かしてザップのそれに近づける。もしも本当に友達以上の気持ちがあったのなら、それを自覚してしまったのなら、何か変わるんじゃないかと思ったから。何も変わらなかったとしたら、なあんだ、気のせいじゃんで流してしまえる気がしたから。何も変わっていないでくれ、どこか願うような気持ちでザップの唇に唇で触れる。
必死で顔を上げて、寄せた唇でザップのそれにちょんと触れた時間は、一秒にも満たない。舌も入れない、唇を食んだりもしない、キスというのも躊躇うほどの、刹那の接触。
たったそれだけなのに、唇を合わせる直前、目の前の男の瞳の色を思い出せば、唇から全身へと甘酸っぱいむず痒さが広がってゆく。尻の奥を突かれるより、陰茎を擦られるより、乳首を抓られるより、心が甘い充足感で満たされる。ぶわりと胸の中で膨れ上がり今にも心臓を突き破って飛び出してしまいそうな気持ちは、きっと幸せによく似ていた。

わざとらしいくらい、あからさまに違う。分かりやすく特別すぎて、友達との遊びの一種だなんてもう言えそうない。
そんな自分のあんまりに単純で簡単すぎる反応が悔しくって、素直に認めてやるのが癪で、もう一度ぐっと唇をザップのものに押し付けてみる。結果は、散々だった。気のせいなんかじゃなくて、やっぱりとびきり気持ちがよくって仕方がない。まざまざと思い知らされたレオナルドは、渋々現実を受け入れる。

そして。
ああもう、そうだよ、好きだよ、悪いか。
やけっぱち気味に、いつの間にかザップへと抱いていたらしい友情以外の気持ちを、認めてやることにした。