週に二日の恋人関係
うっかり、たまたま、偶然。
そんな言葉で言い訳が出来るのは、せいぜい三度までが限界だと思う。
レオナルドの部屋の狭いベッドの上。
ザップと二人、揃って素っ裸のまま朝を迎えるのは、既に三度目どころではなく、四度五度も通り越して、六度目だった。とうにうっかりで収まる範疇を超えている。
ここまでくれば最早、下半身にじんわりと広がる違和感だとか、普段は存在すら忘れかけている乳首がやたらとひりひりすることだとか、身体が異様にベタベタカサカサすることだとかに、いちいち驚く事もなくなった。
またやってしまったと自己嫌悪に陥りつつ、ムカムカする吐き気をこらえながら、ザップを起こさないようにシャワールームへと向かう。わざと蹴っ飛ばして起こしても良かったのだが、そうすれば先にシャワーを使われてしまう可能性が高い。一刻も早く身体のベタつきを洗い流してしまいたかったレオナルドは、物音を立てぬようにそっとベッドから下りた。
それなりに時間をかけて身体の隅々まで洗えば多少吐き気もマシになり、着替えて部屋に戻ったレオナルドはむわりと立ち込めた臭いに思わず眉を顰めた。寝ている間に身体に染み付いていたか、起きた直後はそこまで気にならなかったけれど、ものすごく酒臭い。ついでに若干生臭い。
この中にいたらまた臭いがついてしまうと、慌てて窓を開けて換気を始める。
朝の空気はひんやりとしていて、少々肌寒い。服を着たレオナルドですらそう感じたのだから、素っ裸で眠るザップには一層寒さが突き刺さったようだ。
不機嫌そうに低い唸り声をあげて目は瞑ったまま、掛け布を探すように手を動かしていたけれど、おそらく触れたシーツの肌触りが、愛人の所にあるような上等なものでない事に気づいたのだろう。
いきなりカッと目を見開いてはね起きて、キョロキョロと周りを見てレオナルドの姿を見つけると、マジか、と呟いて大きなため息をつく。
マジですよ、と呟き返したレオナルドの声にもげんなりと疲れた色が混じっていて、とりあえずシャワー浴びてきてくださいとザップをバスルームに追い立てたあと、シーツを引っぺがして丸めて洗濯籠に放り込み、床に転がった酒の瓶を回収してゆく。
ザップと二人で安ワインを二本あけた所までは覚えているけれど、拾った瓶の数は全部で四本。記憶より二本も多い。ペースからして大半はザップが飲み干したとしても、おそらくレオナルドもそれなりの量は腹に流し込んだのだろう。
ソニックの寝床は空っぽだったものの少し乱れた跡があったから、途中で気を遣って出ていったんだろうなと推測出来て、若干気まずい。あとでちょっといいバナナを買って謝ることに決める。
それにしても。
またやってしまった、と項垂れたレオナルドではあるが、けして酒癖が悪いという訳ではない、と思っている。現状を鑑みれば全く説得力がないけれど、けして嘘ではない。
酒が飲める年齢になってから、ライブラの飲み会やら打ち上げやらで酒を飲む機会は増えたけれど、そういった場で限度を越えて記憶がなくなるまで飲む、なんて事はしたことはなかった。クラウスやスティーブンから酒の飲み方やマナーを教えられたこともあって、思考がぼんやりし始めたら水を飲んでセーブしているし、しつこく酒を勧められた時の躱し方もそれなりに身についた。
二日酔いになる事もほとんどなく、酒を覚えてさほど経ってない割には、それなりに悪くない飲み方を覚えている方だと思っている。
ならばなぜ今、こんな惨状になっているかといえば。
ザップと飲んでいる時に限っては、その自制がうまく働いてくれないからである。
大体はレオナルドの部屋で飲むから、非常に気が緩んでいるという前提はある。質より量で安酒ばかり選んでいるのも原因かもしれない。
けれど一度失敗すればさすがに学習するはずなのに、二度三度を越えて六度目まで至ってしまった理由は、それだけでは説明がつかない。初めてやってしまった時は二日酔いにプラスして、動けないほどの下半身の激痛に二度とザップとは飲むまいと心に誓った筈なのに、だ。
詳細は全く覚えてはいないけれど、明らかにヤッたと分かる証拠が双方に残っている状況を何度も迎えても、ほとぼりがさめればまた、二人で酒を飲むはめになってしまうのは、つまり、結局のところ。
(だって、ザップさんと飲むの、楽しいんだもんなあ)
楽しいから。それに尽きる。
別に特別な事をする訳では無いし、そんな上等な舌をしてはいないけれどライブラの打ち上げで飲む酒の方がよほど美味いことは分かっている。
けれどさして美味くもない酒を飲んで、ザップとくだらない話をして馬鹿みたいに笑って、だらだらと過ごす時間をレオナルドは気に入っていた。
それに毎回毎回、二人で素っ裸でベッドで目覚める訳ではない。平均すればおおよそ四回に一回くらいの割合だ。失敗すれば揃って頭を抱えて二度と間違いを繰り返すまいと誓うし、失敗しなければ多少の二日酔い以外は楽しいだけの時間で終わる。何事もなく翌日を迎えられる事が続けば、もう大丈夫だろうと油断もする。
その結果、とうとう本日、六度目を迎えるに至った訳だ。
楽しくてついついここまで来てしまったけれど、さすがにもうダメだろうとレオナルドは決意する。
今度こそ、本当に、二度とザップと酒は飲むまい。
失敗さえなければ楽しくって、知らず知らず溜まっていた鬱憤も吐き出せるからそれなりに良い事づくめなのだけれど、現に今日もまた失敗してしまっている。これ以上回数を重ねるうち、ひょいと何かを越えてしまうのも怖い。
ちょうどタイミングよくザップがシャワーを浴び終えて出てきたのもあって、決意が鈍らぬうちに宣言してしまうことにした。
ところが、だ。
「んな気にすることなくね?」
あっさりとそう言ってのけたザップは、レオナルドの宣言を綺麗に撥ね付けた。ザップだって朝、レオナルドと二人で裸でベッドにいることに気づいた時には、いかにもしまったと言わんばかりの表情を浮かべるくせにだ。
「またヤッちまったらまずいですし。ザップさんだってやでしょ」
「んーあー、まあ? でも大したこたぁねーだろ」
ふわあ、と大きな欠伸をしながら、本心からちっとも気にしてはいない風に言うので、さすがヤリチンめと舌打ちして小さな声で毒づく。確かに日替わりで愛人の家を止まり歩くザップにとっちゃ、些細すぎる失敗なのかもしれないけれど、レオナルドにとっては違う。今のところレオナルドがそういう事をしたことがあるのは、ザップのみである。
相手が男でこちらが掘られている事やさっぱりと覚えていない事を勘定にいれれば、回数に数えるのは馬鹿馬鹿しいのかもしれないけれど、レオナルドにとっちゃそれなりに大したことだ。
ザップに童貞だとからかわれる事を承知で、その辺りを包み隠さず説明したのだけれど、やっぱり取り合ってもらえない。ここで飲むのが一番安上がりなんだよ、なんて普段もおそらく誰かの金でタダ飲みしてそうなくせして、それらしいことを言ってひたすらにごねる。
レオナルドだってザップと一緒に酒を飲むこと自体は嫌ではない。むしろ楽しみにしているといっていい。けれど二人で飲めばそのうちまた、ハメを外す未来がありありと見えていた。
なかなか二人の主張に折り合いがつかず、飲む飲まない、気にする気にしないの応酬を、数度どころではなく数十度繰り返したあと。
「あーもーしゃーねぇなあ。童貞君がそんな気になるっつーんならあれだわ、付き合っちまえば問題ねぇんだろうが」
渋々譲歩してやったと言わんばかりの態度で、しかし譲歩どころか突拍子もないことをザップが言い出した。
当然レオナルドも、それはいい考えですね、なんて同意する訳が無い。
何いってんですか馬鹿じゃねーの、馬鹿って言う方が馬鹿なんですぅ、と途中ひたすらに罵りあいを繰り返して脱線すること数度。昼近くまでぎゃんぎゃんと騒いで互いに疲れ果てた頃、いい加減うんざりして話を終息させるべく動いた結果。
週に二日、恋人となる事で話がついた。
正直、どうしてそんなとんでもない所に着地したのか、後に正気に返ったレオナルドはさっぱりと分からなかった。
おそらく、疲れていたせいだと思う。
そんな風に投げやりのグダグダで決まったことに従う義理もなかったのだけれど、なぜだかそれ以来、週に二日の恋人付き合いが続いている。
初めのうちはザップの悪ふざけが大半を占めていたと思う。
ザップが旋毛にキスをしてきたり、手に指をからめたりしてきて、そのたびにいちいち大袈裟に動揺して挙動不審になるレオナルドを見ては、ニヤニヤと楽しげに笑ってはさすが童貞なんて揶揄われ、一方的に振り回されるばかりだった。
しかしレオナルドだってやられてばかりで済ませるつもりはない。慣れない事をされれば動揺はしていたけれど、始終楽しげなザップの様子に、つまりこれはいかに恋人らしく振る舞うかというごっこ遊びの一種だと理解して割り切ってからは、仕掛けられる前に積極的に攻撃に出るようになった。
さすがに唇目掛けて熱烈なキスをぶちかますなんて行動には出られなかったけれど、それとなくザップに触れてみたり、手を繋ごうとしてみたり、レオナルドなりに恋人らしい振る舞いを心がける。
そしてとうとう、すくい上げた指先にキザったらしく唇を寄せれば、ぽかんと呆気にとられるザップの顔を拝むことに成功したから、ヤリチンのくせに案外初心なんですねとここぞとばかりに笑ってやった。
以降ザップからの攻勢はますます激しくなり、対抗するレオナルドの行動も一層エスカレートしてゆくこととなる。
元は酒を飲んでの失敗の口実として始まった週に二日の恋人関係で、わざわざ二日にしたのも飲んで翌日まで寝こける事を想定してのことだったのだけれど、毎週毎週そこに合わせて飲み会を開けるほど規則正しい生活を送れている訳ではない。ライブラ絡みで大きな事件が入れば、合間に酒を飲んでいる余裕なんてないし、そもそもいくら安酒とはいえそんな頻繁に酒を大量に買い込めるほどの金がある訳でもない。
懐具合からしてせいぜい月に一度がいいところで、事件が入ればもうすこし間隔は開く。
だから別に毎週きっちりと恋人ごっこをする必要はなくって、二人で酒を飲む時だけ持ち出して適用すればいい筈なのに、なぜだかそちらだけはしっかりと習慣化して馴染んでしまっている。
いつもは愛人の所へ行くか賭博場や酒場で過ごしているザップが、その二日に限っては暇さえあればレオナルドの元へ顔を見せにやってくる。バイトが入っていれば終わりの時間に合わせてわざわざ迎えに来るし、何もなければなかったで朝からレオナルドの家に居座っている。
別にそこまでしなくてもいいのにと言えば、鼻を鳴らしていかにも馬鹿にした口調で、さっすが陰毛頭なんも分かってねぇな、と暗に恋人がいたことがないことを揶揄される。
付き合うっつったらこれくらいすんだろうが、と言うザップの主張を、否定できるほど具体的なお付き合いの例を知ってはいないので、釈然としないものの渋々納得せざるを得ない。
そうして納得してしまえば今度は、ごっこ遊びのようなものとはいえ、恋人と過ごす日にバイトを詰め込むのも悪い気がして、その二日には極力予定を入れるのをやめて他の日に回すようになった。
それに、素直に認めるのは癪だけれど、恋人ごっこをして遊ぶは案外楽しいものだった。
いかに相手を動揺させるかを競い合って、らしい行動をとるのはくだらなくって面白かったし、あんまりにもそれっぽい雰囲気を作れてしまった時は、たまらず二人して噴き出して腹を抱えて笑い転げた。
恋人らしい付き合い方というものがさっぱりと分かっていないとザップにからかわれすぎて腹を立てたレオナルドが、それならばとデートを企画して二人でランブレッタに乗って出掛けてからは、いつしかそれも自然と習慣のうちに組み込まれた。
目的地を決めて出掛けることもあれば、何にも決めずただふらふらと走り回ることもある。その結果、行き止まりの裏路地に辿り着くなんてこともしょっちゅうで、けれどそれはそれで悪くない。やっぱあそこは右だったんですよ、いーやあっこは右行っても行き止まりだったわ、なんてゆるく言い合って、また引き返して適当にランブレッタを走らせる。一日中走り回って、結局どこにも寄らずにそのまま家に帰るなんてこともザラにあった。
酒を飲む予定でなければそのまま、家でもダラダラと話しながらいつの間にか寝落ちして、飲むと決めた日なら買い込んだ酒を飲みながら、やっぱりダラダラと話をしてそのうちに酔いが回っていつの間にか寝落ちている。よくもまあそんなに話すことがあるものだと思わないでもないけれど、振り返れば何を話したかさっぱりと覚えていないくらいの薄い内容なので、逆にいつまでも取り留めもなく喋っていられるのかもしれない。
そもそもの原因である例の失敗は、恋人ごっこを始めてからも何度かやらかした。
酔って二回、素面で一回。
酔った末の流れはいつもと似たようなものだったけれど、素面の時はさすがに動揺した。したけれど、長くは続かなかった。
ある程度までは雰囲気たっぷりに進んでいたのに、思わず硬直するレオナルドにザップが盛大に噴き出してからは、空気がいつもの悪ふざけ混じりのやり取りに変化する。
なぁにマジでびびってんだよ。
だってザップさんすげえ空気出してくるし。
バーカ、あんなんまだ序の口だっつーの。
ヤリチンこえー。
まあ童貞君にゃ刺激が強かったか。
うわあくっそムカつく、あれでしょ、こんな感じでやりゃあいいんすよね。
はん、全然ダメだわなっちゃいねー。
うっそだぁ、今ちょっとビクってしたくせに。
そんな風にお互いにふざけて悪ノリしていると、言葉でのやり取りが軽い噛みつき合いに発展し、その流れでなんだかんだ最後までいたしてしまった。
クールダウンしたあとは一応、やべえまたヤッちまったと思いはしたものの、以前に飲んでやらかした結果目覚めた朝に感じる後悔に比べれば、ずっと軽いもので済ませてしまえることに気づいて、行為そのものよりも己の心の有様に狼狽する。
週に二回の恋人関係が始まったのは、うっかりザップと寝てしまった事に起因していて、それでやらかした事に対する抵抗が減ったなら、どうしてそうなったか分からない関係にもそれなりに意味はあるのかもしれない。
けれど、じゃあ良かったなであっさりと流すことも出来なかったから、レオナルドはそれをきっかけとして、改めて現状を見つめ直すことにした。
恋人、と銘打ってはいるものの、実質はごっこ遊びの延長線上だ。ザップが散々ふざけていたのは知っているし、レオナルドだって乗っかって遊んでいるつもりになっていた。
しかしながらそもそもの話、恋人ってどういうものだっけ、とレオナルドは考える。
残念ながらちゃんとしたお付き合いというものを経験したことはないけれど、小説や漫画にドラマ、それに友達の話から想像するレオナルドなりのお付き合いの定義を一つずつ挙げてゆく。
セックスは、まあするだろう。婚前交渉をしないパターンもあるだろうけれど、レオナルド的には相手が嫌がらないならば前者を希望したい。
一緒に居て楽しい相手と、というものも重要だろう。そうでなきゃ、わざわざ付き合う意味が分からない。
デートは、出来る限りしたい。仕事があれば時間の調整が難しそうだけど、好きな相手ならば会う時間を作って顔を見たいと思う筈だから。
セックスはしない時でも、ボディータッチでコミュニケーションをとるのも必要な気がする。恋人と友人の境目を考えるに、積極的に触りたいかそうでないかが一つの基準になりそうな気がするからだ。触れたくって、触れられるのも嬉しくなるような、そういう関係はとても恋人らしい気がする。
あとは、その他は。
そうやっていくつも条件を列挙していって、これ以上何も思いつかないとなったら、それらを改めてレオナルドとザップの関係に照らし合わせてみた。
すると、全てが当てはまるという訳では無いけれど、半分くらいは一致してしまう。
嫉妬や独占欲を感じるかといえば微妙だし、ドキドキするのは命の危険を感じる時だけだからその辺りは当てはまらないけれど、一緒にいるのは楽しいし触れるのも触れられるのも嫌じゃないし、デートもセックスもしている。
ごっこ遊びと思い込んでいたけれど、思っていたよりザップとレオナルドはちゃんと付き合っていたかもしれない。少なくとも傍から見れば、付き合っているように見えただろう。
それが嫌でないどころか、満更でもないと思っている自分に気づいて、レオナルドはいよいよ途方に暮れる。もしかして俺って実はザップさんの事好きなんじゃ、なんて思考にも混乱が生じはじめる。
そうして、もしも。
もしも、週に二日の恋人関係が、週に三日、四日と増えたらと仮定して。今より更に悪ふざけでやったような、友人にしては度が過ぎる触れ合いが増えたとしたならば。
自問自答の末に生じた仮定にまず思ったのが、楽しそうだな、ということ。
さすがにこれ以上は無理だなんて、欠片も思いもしなかった。そりゃあ多少、面倒は増えるだろうなとも考えたけれど、それも初めに思いついたものではなかった。
反射的に浮かんだのが、ザップともっと一緒に遊べるなら楽しくて面白そうだな、なんてものだったから。
レオナルドは認めざるを得なかった。
それが恋慕と言えるかは分からないし、もしかしてただの友情かもしれないけれど、ひとまずのところ。
四六時中一緒に居ても嫌でないどころか楽しそうだと思ってしまうくらいには、レオナルドはザップのことが好きらしい、と。
レオナルドが自覚してから四日後、再び週に二日の恋人の日が巡ってくる。
自覚したとはいえ、すぐさま何かが劇的に変わった訳ではなかった。
今までだってそれ以外の日はさっぱりと恋人らしい事はしなかったし、ライブラに用がなければザップは愛人の元へ出かけ、レオナルドはせっせと詰め込んだバイトに励むのが常だ。
ザップ相手に殊更に意識して挙動不審になることもなく、それまで通りの関係のまま、恙無くそれ以外の日は過ぎていった。
そして恋人になる日がやってきても、途中までは今までと同じ。昼から二人でランブレッタに乗ってその辺をふらついて、適当に目に付いた場所で休憩して、陽が沈みかけた頃に二人分の食料を買ってレオナルドの家へと帰る。だらだらとくだらない話をしながら夕食を食べ、食後にゲームでもしようかという流れになった。
ここまでは、いつも通り。
変わったのは、テレビの前に並んで座ってコントローラを握ったタイミングで。
さも今思いついたと言わんばかりに、実際半分くらいは忘れていたから間違いではなかったのだけれど、先程までのくだらない話の延長線上のような軽さで、ひょいと提案を口にする。
「あ、そうだ。今度から、週三にしません?」
言葉にするまでは、それほど大した事のつもりではなかった。自覚した分の下心は多少混じっていたかもしれないけれど、大半の動機は至極単純なもので、もっと遊ぼうと友人を誘うくらいの心積りだった、筈だった。
なのに。
言った途端、かっと頬が熱くなる。
心臓も一気に、鼓動をばくばくと速くした。
ごっこ遊びの最中、もっとあからさまな愛の言葉を並べたてた事だってあったのに、こんなに緊張したことはなかった。するすると紡いだ胸焼けしそうな美辞麗句にザップと二人して笑いこけはしても、体温を上げた事はなかった。
それなのに。
口にしてようやく、レオナルドは自覚が足りなかった事に気がついた。
友達を誘うつもりなんて、どの口が言えたのだろう。
悪ふざけの一環でなく、冗談でもなく、それは。
紛れもなくレオナルドの芯から飛び出た、告白の言葉だと。
ザップのことが、特別に好きだと告げるものだったと。
自身の発した言葉が音となって耳に入ってようやく、己が無意識のうちに含んでいたものに、気がつかされてしまった。
恋慕も友愛もどちらも丸ごと含めて、レオナルド・ウォッチはザップ・レンフロのことが、好きだったらしい。一緒にいられる時間が、少しでも多ければいいと望んでしまうくらいには。
熱くなる頬とは裏腹に、ひゅっと胃の下は冷たくなる。
ザップはどんな反応をするだろうかと、いつもは全く気にならない隣に座る人物の様子が気になって仕方ない。
笑われて一蹴されればまだいい。
でももし、たとえ冗談でも気持ち悪がられたらきっと、レオナルドはショックを受けるだろう。うまく笑えるかも分からない。
気づいたばかりの己の心の扱い方が分からなくって、思わず唇を噛み締めたレオナルドの横で。
小さく、噴き出す気配があって。
「オメーそこはよ、せめて週四っつうとこじゃね?」
嫌になるくらい、いつも通りのふざけた調子で。
けれど隣を見ないレオナルドの頭を乱雑にぐしゃぐしゃと撫でたかと思うと、いかにもらしい丁寧さで頬に軽く口付けをして。
「で、週三と週四。どっちにすんの?」
心底楽しげな、レオナルドを揶揄う時の声色で。
告げたザップの言葉に思わずそちらを向けば、軽い口調とは裏腹に、強い視線に捕えられる。
「……週、さ、よ、……ご?」
「おう、じゃあ次から週五な」
素直に答えるのは気恥ずかしくて、けれど自分だけが余裕がないのも悔しくって、ついつい意地を張って選択肢になかったものまで追加してみた。少しはザップも驚けばいいと思ったのだ。
しかしザップは驚くどころかすぐさま頷いて承諾し、重ねて何か問うこともからかうこともせず、じゃあゲームすんぞとあっさりと催促した。まるきりいつもの通りに。
負けませんから、とレオナルドもいつものように応えたつもりだったものの、吐き出した声は多少震えてしまった。誤魔化すようにコントローラを握る手に力を込めたけれど、なかなか落ち着かない。
ちっとも画面に集中することができなかったから、たまらずちらりと横目でザップを見た。
一見すればいつも通り。
だけどレオナルドの見間違えでなければ、心なしか機嫌が良さそうにも見える。
今にも鼻歌を歌いだしそうなくらいには。
画面に視線を戻したレオナルドは、キャラクターを選択しながら、こっそりと胸の中で呟いてみた。
週に五日の恋人がいつかは、週に七日になる時が来るかも、なんて。
じわりと響いた己の心の声の甘ったるさに慌てて首を振り、まずは目の前の勝負に勝つことを優先させるべく、画面に意識を集中させる。
けれどレオナルドの意思を無視して勝手にリズムを速めた心臓の音に邪魔をされて、結局。
その日の対戦は、十戦十敗と散々な結果となったのだった。