※仮定の話として四肢欠損表現があります
He is mine.
筋肉があまりついていないせいか、女のようとまではいかなくても、どこを触っても柔らかい。背が低いから近くにいてもさほど邪魔にならず、気軽に持ち運ぶには若干ウェイトがありすぎるものの、一応ギリギリの許容範囲内。
男に興味は無かったけれど、弾みで抱いてしまえば締め付けも触り心地も案外悪くなくて、反応もそれなりに良かったから、それからもちょくちょく事あるごとにヤッている。あちらは何かの間違いか勘違いだと思い込んでいるようだけど、こちらとしては間違いでも勘違いでも、ましてや気まぐれでもなく、よしヤろうという確固とした自発的な意思をもって抱いている。
つつき方を間違えて怒らせてしまった時も、あれこれ機嫌を取って構わなくても適当に扱っていればいつの間にか勝手にへらへら笑っているし、言いすぎたところで同じかそれ以上に言い返してくるから、気を遣うなんて慣れない行動に出なくていいのも楽だ。
気にいってる、というのは、少し違う気がする。
口ばかり達者で腹の立つことも多いし、イラッとしてぶん殴りたくなることなんて日常茶飯事だ。実際、思うだけでなく遠慮なく手も足も出しているし、痛みに呻く姿を見てやりすぎたと後悔するよりも、ざまあみろと胸がすく事の方が圧倒的に多い。
けれどそんなぞんざいな扱いをしているくせ、放り出して遠くにやってしまう気がさっぱりと起きないのは。
おそらく頭のどこかで、レオナルド・ウォッチという生き物は、自分のものであると思っているから。
その心の大半を占めるのが最愛の妹の事だとして、その眼を人ならぬものに奪われ生き方を縛られたとして、それ以外はザップのものだと、理屈ではなく当たり前のものとして捉えている。
見つけて拾ったのもザップで、死の瀬戸際から何度もひょいと助け出してやっているのもザップだ。ザップの存在がなければ十中八九、とうにおっ死んでいることを思えば、それがザップのものだとするのは妥当な判断であるとすら思っている。
当然、レオナルドの許可は必要ない。
道端で拾ったコインにわざわざ、お前は俺のもんなと口に出して念押しせずに尻のポケットに放り込むのと同じ要領だ。物と人という違いはあれど、何度も何度も手の内にその命を拾い上げているうち、ポケットに捩じ込んだコインのように、気づけば自分のものだと思うようになっていた。
レオナルドはザップのものだから、つまりレオナルドの金はザップが自由にしていいものだ。かっさらって使う事に罪悪感はないし、足として利用するのに躊躇いもない。
何かあれば助けてやるし守ってもやるけれど、それは自分の物がとられるのは癪だし、なくなると不便だから。
では、ザップ・レンフロは、レオナルド・ウォッチがどうなれば必要ではなくなるのか。
もうコイツいらねえわと、放り投げる気になるのは、いつの事か。
そんな事を考えたのは、病室のベッドの上、包帯でぐるぐる巻きになったレオナルドをぼんやりと眺めていた時の事。
血界の眷属が現れて、その戦いの最中。
レオナルドが諱名を読み取り、クラウスにそれを伝えた直後。
レオナルドの右腕、肩から先がすぱりと切り離されて、宙を舞った。
レオナルドの動きに不審を抱いた血界の眷属が、対峙していたザップたちの警戒の隙間を縫って、その刃を届かせたのだ。
鮮やかに噴き出た血に動揺が走る前にクラウスによる密封が速やかに為され、最優先で止血と切り離された腕の保存が適切に行わた。タイミングよく浮上していた幻界病棟へと運び込まれたおかげで、数時間も経たないうちに分たれた右腕は綺麗に元通り。
おそらくは後遺症も出ないとルシアナからのお墨付きも貰い、殺気立っていたメンバーはそれでようやく、安堵の息を吐く。
ザップも、腹は立てていた。自分のものを傷つけられて、憤ってはいた。
仮にいつかの未来、封じた血界の眷属を完全に滅しきる方法が見つかったならば、まず一番最初にそいつを潰そうと考える程度には。
けれど一方で、こうも思ったのだ。
もしレオナルド右腕が元に戻らなかったとしても。
多少不便ではあるけれど、さして問題はないな、とも。
当然日常生活のあちこちに支障は出る。スクーターの運転も難しいだろうから、ピザ屋のバイトは勿論、足としても使えなくなる。
ただでさえ貧弱なくせに、腕一本使えなくなれば今よりも更に戦場に立つのは困難となるだろうし、相手が血界の眷属となれば尚更の事。諱名を打ち込むにも多少手間取るようになるかもしれないし、ザップ達への負担もそれなりに増えるだろう。
セックスの時、縋るように背中に回る手が一本減ってしまうのは惜しいし、体位のバリエーションも減ってしまう。嫌がるレオナルドをあやしてなだめすかし、両手を使って尻たぶを広げさせ早く早くと強請らせるのは結構気に入っていたから、二度とさせられないのは非常に残念ではある。
けれど、所詮その程度。
レオナルドなら片手でも出来る別のバイトを見つけてくるだろうし、元々貧弱なのが更に貧弱になっただけだから、守る負担が増えるといっても誤差の範囲。
ヤれる体位は減ったとして、その分ザップが好きに出来る部分が増えると思えばそんなに悪くもない。たまに本気で嫌がって抵抗する時、両手で殴ってくる事もあるから、抑え込むのも楽になる。
病室からは既に他のメンバーの姿は消えていて、残ったのは眠るレオナルドと、窓際に寄りかかって眺めるザップだけ。
クラウス達が帰り支度を始める中、なんとなく帰る気がせず動かずにいたら、目覚めたら連絡するようクラウスからもルシアナからも言いつけられた。
しかしまだまだレオナルドが目覚める気配もなく、やることもなくて非常に暇だった。だが、途中で放って帰れば後からスティーブン辺りに何か言われるだろう。それも面倒くさい。
だから、レオナルドが目を覚ますまでの暇つぶしに。
どこまでゆけばそれを、手放す気になるのか考えてみる事にした。
片腕だけなら問題ない。
じゃあ両腕なら、と。
ザップは頭の中で、まるで野菜でも切るように、さくりとレオナルドの左腕を切り落とす。
こうなれば日常生活への支障は、いよいよ深刻だ。
バイトは当然難しくなる上に、物を食べるだけでも苦労するだろう。風呂に入るにも服を着るにもいちいち大変であるし、排泄に関してもなかなか難しそうだ。外出した時に万が一絡まれでもすれば、ろくに避ける事も出来ずあっさりと野垂れ死ぬかもしれない。
戦闘においても、諱名の入力だって難しくなるし、護衛の難易度も格段に跳ね上がる。咄嗟の時に、胸や頭を庇える腕が一本も無いというのは、致命傷に繋がりやすくなる。
まあ、でも、それでも。
やっぱり問題はないと、ザップの頭は結論を出した。
日常生活はザップが手伝ってやればいいし、雛鳥のように口を開けて待つレオナルドに、餌を食べさせてやるのはなかなか楽しそうだ。ザップの手に握られて用を足すレオナルドは確実に嫌そうな顔をするだろうけれど、苦虫を噛み潰したような表情を作りつつも渋々とこちらに身を委ねるしかない。その様を思い浮かべれば、なかなか下半身にくるものがある。
バイトについては難しいけれど、スティーブンに相談すれば、表も裏も含めていくつか見つかる筈だ。
何かあった時のための護衛にはザップがつけばいいし、その分高くふっかければ問題ない。場合によっちゃ、今より稼げる。
血界の眷属が現れた時は、仕方ないからザップがメッセンジャーになってやろう。声があれば伝達に問題はないし、なんなら義眼の力で視界を転送させてもいい。おそらくレオナルドの事、やれる事の範囲が狭くなればその分、別のもので補填すべく動くはずだ。
案外そうなれば、わざわざ戦いの最中に出向かずとも、離れた場所から諱名を読み取る術を見つけるかもしれない。今よりもずっと安全に、神々の義眼を活用し始めるかもしれない。
セックスについては、やはり失われる部分は多いけれど、得るものもそれなりにある。
普段から慌てたり嬉しい事があれば大袈裟に手をぱたぱたと動かす癖のあるレオナルドは、情交の間も割と雄弁に手で語る。ぎゅっとシーツを握ってみたり、何か掴みたそうにザップの方へ手を伸ばしてきたり、腹立たしそうにキツく皮膚を抓ったり、ぺちぺちと弱々しく叩いたり。
その全てが失われてしまうのはさすがに、味気ないものがあるけれど、普段けしてレオナルドが譲らないこと。例えば事前の準備とか、終わった後の処理とか、諸々全て、ザップがやってしまえるのは悪くない。
じゃあ次はどちらにしようか、と少し悩んでから、左脚を付け根からざくりと切り落とす。
こうなればいよいよ、レオナルドはザップの手助けなしには移動するのも難しい。日常生活の何もかもを、ザップに委ねるしか術がなくなる。
車椅子に乗せて押してやるのも悪くないが、そこまでいけばまどろっこしい、抱えて歩く方がよほど早い。
常にレオナルドを持ち歩く、というのは、なかなか悪くないどころか、とてもいいアイディアに思えた。
だってレオナルドが一人でいるより、ザップの近くに居た方が安全である。HLにおいては、家の中に閉じこもっていたって100%の安全は保証されてはいない。
愛人の所へ行く時は脇に置いておかねばならないけれど、途中で騒がれては冷めてしまうから、仕方ない。ヤりたくなったら、レオナルドに突っ込むことにしよう。なにせどこへ行くにも一緒だ。その気になったら、すぐにヤレる。レオナルドはぎゃあぎゃあ煩く騒ぐだろうけれど、けして抵抗できない。
想像してみれば、悪くないどころかちょっと興奮した。
右脚を切り落としてからも、概ね同様。
むしろコンパクトになって運びやすくなった分、便利になった。バランスもいいから、その辺に置いておきやすい。
元々身長の割に肉の比重が大きいレオナルドも、そこまで小さくなればそれなりに軽くなるだろう。始終持ち歩くには、都合が良い。
全く問題なし。
次は少しだけ悩んだ。
レオナルドの腹から下を、さくりと切り落とす。
自分で動けないのはさして変わらないけれど、穴が無くなってしまう。これじゃあヤれない。困った。
しかもただの穴ではない。それなりの時間をかけて育てて開発して、すっかりと馴染みの良くなった具合の良い穴だ。それがなくなってしまうのは、ザップにとっては割と重要な問題である。
しかししばらく考えた末、それでもまあいいかとの結論に達する。
まだ口が残ってるし、いい感じに育ってきた乳首も残っている。ヤろうと思えば十分楽しめる範囲だ。
その次は、いよいよ首から下を全て切り離す。
残ったのは、頭だけ。
さすがに頭だけで生きる事は外では難しいだろうけれど、この街においては場合によっちゃ可能だ。
これもあまり問題はない。
持ち運び安くなった分むしろ良い面が増えたし、まだヤれる。口がきけるから意思の疎通も出来るし、神々の義眼だって使える。
何よりそんな状況になればさすがに外で生きてゆくことが出来ないから、何があったとしてレオナルドはこの街に留まるしかない。
オーケイ、悪くない。
次は、神々の義眼。
失えば牙狩りとしては大きな損失であると分かってはいるが、レオナルドがいるかいらないかという点に限定すれば、やはりそれもさして問題はない。
もしも神々の義眼を失ったあと、そこに本来のレオナルドの目が戻ってくるなら、プラスだとすら思う。
仮にがらんどうの空洞が残ったら、そこには綺麗な硝子玉を嵌めてやればいい。
赤か、緑か、黄色か。ピンクなんて趣味が悪くて笑えそうだけど、結局は青が一番しっくりと馴染みそうだった。
さすがに口がきけなくなれば不要になるだろうと想像してみたけれど、それでもまだ手放す気にはならない。
レオナルドは喋らずとも、表情だって豊かで騒がしい。完全にとは言わずとも、それなりに意思の疎通は出来る。
じゃあその、表情の変化すらも失えば、その時は。
(そしたら、別の容れモンに移すか)
いよいよいらなくなるかと思ったけれど、不要の判断を下す前に頭の中で別の選択肢がぽんと浮かぶ。
脳を引っこ抜いてそこから情報を引き出すなんてえげつない手段まで横行しているこの街であれば、合法非合法問わずなりふり構わず探せば、脳や思考、人格を別の容れ物に移す方法も見つかる気がする。
出来ればレオナルドそのままの身体が都合がいいけれど、ないなら仕方ないから適当なものを見繕って。
どうせなら機械の身体にしてやるのもいいかもしれない。メンテナンスさえすればいつまでももつだろうし、ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れないだろう。
どうせどんな姿になったって、レオナルドの根っからの性分は変わらないに違いない。慣れない身体でも困ってるやつがいたら危険な場所と分かってすら、真っ直ぐに走っていくに決まっているから。頑丈であるに越したことはない。
あまり重くなりすぎると咄嗟の時にザップが受け止めてやれなくなるから、重さはあっても今と同じくらい。パトリックに頼めば、喜んでそれらしいパーツを組み立てることだろう。ついでにレオナルドには内緒で、いくつかギミックを仕込ませて、何かの拍子に驚かせてやるのも面白いかもしれない。それこそしょっちゅうレオナルドにめぼしい武器を見立てては押し付けようとしているパトリックのこと、ザップが言わずともマシンガンの一つくらいは勝手につけるかもしれない。
そうしてメカレオナルドを脳内で組み立ててゆき、ロケットパンチを装着したところでようやく、思考が大幅に脇道に逸れていることに気づいて軌道修正を図る。
つまるところ、少々見た目が変わったとして、それの中身がレオナルドであればザップの中でいらないものには分類されないらしい。変わらずザップのもののままで、放り投げる気がちっとも起きない。
試しにメカに突っ込んでみたけれど、それをその辺の犬猫だったり、言語も通じなさそうな分かりやすい見た目の異界存在に置き換えてみても結果は同じ。
やっぱりそれは、ザップのものである事に変わりはない。
じゃあ、と方向を変えてみる事にした。
もしも、レオナルドが死んだら。
他の容れ物に中身を移す前に、中身がなくなってしまったら。
ただでさえしょっちゅう死にかけるレオナルドのこと、機械の身体を得るよりよほど現実的な未来の一つに思えた。
なのに。
どうしてか、ちっともレオナルドの死に様を思い浮かべることが出来ない。
血の気の引いた青白い顔で横たえてみても、すぐにむくりと起き上がってへらりと気の抜けた顔で笑う。バラバラに切り刻んでみても、頭だけでぴょんぴょんと跳ねてザップさんザップさんとやかましくまとわりついてくる。生首のレオナルドより、死体の方がよほど想像しやすいはずなのに、脳裏に浮かべたレオナルドはどうやったって大人しく死にやしない。
ようやくどうにか形に出来たのは、レオナルドを透けさせてゴーストにしてやってから。それでも隣に、冷たくなったレオナルドの骸を並べて想像することは出来なかった。
ゴーストになったレオナルドは、うわあ俺死んだんすか、と困ったように笑って、ザップの隣にふよふよと漂っている。
すぐさま空からはキラキラと光が降ってきて、ラッパを鳴らしながら天使がやって来た。
神なんてちっとも信じていないザップが作り出す想像としては些かファンタジックだったけど、天国や地獄なんてものがあるならきっと、レオナルドは天国に行くだろうとのイメージが頭のどこかにあったからかもしれない。ついでに天使の姿は、以前レオナルドと一緒に観たネロとパトラッシュのアニメーションに出てきたそのまんまだったから、なんともちぐはぐで浮いている。
そんなハリボテの天使が、透けたレオナルドの手を掴んで空の上へと連れてゆこうとした瞬間。
想像の中の自身が勝手に、薄っぺらな天使の姿を血の太刀で斬り捨てた。
ぽかんとするレオナルドをよそに、現れた天使を全て斬れば、アニメーションから抜け出してきたそいつらは塵すらも残さず綺麗に消える。
何してるんすかザップさん! あんたそんなことしたら罰当たりますよ! なんて。
自分が死んだ時には困ったように笑うだけだったレオナルドが、あわあわと両手を振り回して泣きそうな顔でぐるぐるとザップの周りを飛び回る。
だってなあ、と、脳内のザップは再び勝手に喋り出した。
天国や地獄なんつーもんがあるなら、俺は間違いなく地獄行きだろ。オメーと違ってよ。
そんなことないですよ、と想像のレオナルドは言わなかった。ぐっと言葉に詰まり、難しい顔で確かにと頷く。ザップの想像の産物とはいえ、失礼なやつである。
憤る現実のザップとは裏腹に、脳内ザップはけけけと笑って血紐でレオナルドを囲った。
オメーだけ天国行きなんてずりぃじゃん? んなら、地獄まで道連れにしてやらぁ。
透けているから捕まえられるはずがないのに、ぐるぐると血紐で縛られたレオナルドはぎゃんぎゃん喚きながらも大人しく捕まっている。一人で勝手に、天国なんて胡散臭い場所に行く気配もない。
ふうん、と。
展開された脳内劇場の結末に、ザップは頷いてから口の端を歪めて笑った。
どうやらザップ・レンフロは、たとえ死んだとしたってレオナルド・ウォッチを自分のものとして勘定する事をやめないらしい。
そこまで拘っているつもりは無かったから少しも動揺しなかったと言えば嘘になるものの、ある意味では当然の事かもなとも考える。
だって、たかだか死んだくらいでいらなくなるなら、きっと。
最初から自分のものだなんて思っていない。
いつか掴んだ手をすり抜けて消えてゆくものだったならば、わざわざ自分のものとして勘定していない。
ケチだ強欲だなんて言われることもあるけれど、真実ザップのものだと言えるものなんて数えるほどしか存在してはいない。
金は一時的に手の中にあってもすぐさま出てゆくものだし、愛人と一晩を共にしても彼女たちはザップのものではない。ポケットに捩じ込んだコインは少しも経たないうちに葉巻か酒かクスリに変わるし、対価を払って得たそれらだって、すぐに煙や酔いに変わって消え失せる。
変わらずザップの手の内に残っているものと言えば、せいぜい、着慣れた服と、オイルライターと、ランブレッタ。そして、そこにいつの間にか加わっていた、レオナルド・ウォッチ。それくらいだ。
たったそれっぽっちしか持っていないのだから、その分手放すのが惜しくなるのもおかしな話じゃない。
ゴーストがいるなんて心底信じてる訳じゃないけれど、もしもレオナルドが先に死んだらとっとと一人で天国に行ってしまうかもしれない。見掛け倒しの薄っぺらな天使にコロッと騙されて、ほいほい連れてゆかれてしまうかもしれない。
馬鹿みたいによく見える眼を持っていないザップに、それを見つけることは難しそうだから。
「道連れにしてやりゃあいいか」
脳内で出した結論と同じものを、口に出して呟いた。
手放してやるつもりがないから、先に死なせる訳にはいかない。どうせならザップが死ぬタイミングで道連れに出来れば都合がいいけれど、年の差の五年分くらいは待ってやってもいい。
死ぬ時には確実に手元にある筈の着慣れた服とオイルライターは自動的にお陀仏だろうし、ランブレッタ、あれはいい女だから勝手についてきてくれる。待つのは性にあわないけれど、その辺でランブレッタに跨ってエンジンをふかしていればそのうち、レオナルドも追いついてくるだろう。
遅くなった分レオナルドをたっぷりと責めて気が晴れたあとは、タンデムシートに二人、地獄へ向けて一直線。フルスロットルでかっ飛ばす。
もしも天使がレオナルドを迎えに来たら、片っ端から斬り捨てて、レオナルドにも片棒を担がせてやる。そうすればさすがに天国の門だって閉じる筈だ。
地獄がどんなもんかは知らないけれど、悪魔やら化け物がその辺にうようよしていて、そこかしこで血飛沫が舞っている程度ならば、HLとさして変わらないだろう。
わざわざあちらのルールに従って審判やら罰やらを受けてやる必要なんてないし、ケルベロスに追いかけられたらレオナルドに運転を任せてザップが応戦すればいい。必要なものがあればその辺で適当に調達する。
街に暮らすに当たって人間社会の中、決められたルールにそれなりに迎合してきたけれど、地獄ならばその必要もなさそうだ。弱肉強食がそのまま適用されてくれるなら、むしろザップとしてはやりやすい。
そうしてレオナルドと二人、ぎゃあぎゃあと騒いで過ごせるならば、地獄だってそう悪いものでもなさそうだ。
そんな死後の楽しい地獄への旅を想像して、ようやく。
ザップはレオナルドの死に顔を頭に描く事が出来た。
まるで死んでいるようには思えない、薄く微笑んで事切れたレオナルドの姿を。
「う……」
ちょうど、そのタイミングで。
現実のレオナルドが、低い声で呻いた。
意識が戻ったかと近づいて確認するも、そうでは無かったらしい。小声で名前を読んでみたけれど、返事はない。
もぞもぞと寝返りを打ちたそうに動いていたけれど、がっちりと固定された右腕のギプスと、ついでにあちらこちらに巻かれた包帯で動きを制限されているせいで、なかなかうまくいかないようだった。
仕方なく、少しだけ手を貸してやる。改めてそれが自分のものだと認識すれば、多少丁寧に扱ってやってもいい気がしていた。
すると、ギプスで固定されていない左の手が、体勢を変えてやろうと動いたザップの手を、きゅっと握る。そのまま確認するようにやわやわと手を揉んだあと。
眠るレオナルドの唇がへらりとだらしなく笑んで、ザップさん、と小さな声で呟いた。
やっぱり、口はあった方がいい。
握った指を剥がさずそのままにしてやりながら、思う。
別の容れ物に入れてもいらなくはならないけれど、このままの方が表情もわかりやすいし、何より間抜けヅラがよく似合う。
腕も無ければそれはそれで楽しそうではあったけれど、あるに越したことはない。セックスの最中に縋る腕も、愛人に刺されて死にかけているザップの服を掴む指も、無いと何だか味気ない。
脚があれば勝手にフラフラどこかへ行ってはしょっちゅう事件に出くわしているけれど、変なものに追いかけられて半泣きになりながら逃げるレオナルドの姿は割と面白くて笑えるからそれも、あって構わない。げしりと蹴られるのはムカつくけれど、まあたまになら大目に見てやろう。セックスの時に暴れるのを宥めるのは面倒なものの、その過程が嫌いかといえばそうでもない。
なくても支障はないけれど、ない方がいい訳ではない。
だってレオナルド・ウォッチは、ザップ・レンフロのものだから。
多少欠けたところで、それどころか死んですら捨てる気にはならないものだとして、わざわざ好んで損なわせるつもりは毛頭ない。
それに。
死後の旅路は決まったけれど、それがいつになるかはさっぱりと分からない。
もしかして明日かもしれないし、一年後かもしれないし、数十年後かもしれない。
いつ来るともしれない終わりならば、それまでめいっぱい楽しまなきゃ損だ。
美味いものを腹いっぱい食いたいし、楽しそうな事があれば冷やかして回りたいし、レオナルドが行きたがってる場所に付き合ってやる約束もしてしまっている。
財布代わりに連れ歩く時、黙っていては味気ない。ほら、やっぱり口は必要だ。
抱えて歩くのも悪くないけれど、ぶうぶうと文句を言いながら短い足で小走りにザップの背中を追いかけてくるのも嫌いじゃない。ほら、だから足も必要だ。
セックスをするには穴だって必要で、気まぐれにこちらへと伸ばされた指に気づかないふりをして、そっと身体に触れた熱がそのうち、同じ温度になって自分とレオナルドの境目が分からなくなるのは、たぶん。悪くないよりも、もっと上。気に入っている、と表現しても差し支えないものだから、手も必要で。
(だってコイツ、俺のもんだし)
妥協して譲ってやるなんて、そもそもザップの性分ではない。仮定した前提からして間違っていたのだ。もしも身体の一部が無くなれば、なんてそんなの、くだらない戯れ言でしかなかった。
だってレオナルド・ウォッチはザップ・レンフロのものだから。
指一本だとして、誰にもくれてなんてやらない。
目の前でレオナルドの腕が飛んだせいで、らしくもなく弱気になっていたのかと自嘲したあと、握られた指とは反対の指で、眠るレオナルドの頬をつつく。最初は軽く、柔らかな感覚が面白くて次第に、ぐっと指先が頬の肉にめり込む程度の力で。
眠っているくせして、うぐぐと唇を歪めて指から逃れようと首を振ったレオナルドは、反動でぶすりと自ら指を頬に深く突き立て、ぐふぅと喉の奥から奇妙な音を出して呻いた。
ばーか間抜けめ、と笑ってから、頬に刺さった爪の痕を指の腹で撫でてやり、低い声で囁く。
なぁに、腕持ってかれそうになってんだよ。
お前は俺のもんだろ。
当然、返事は無かったけれど、代わりに。
頬を撫でる指に、すり、と擦り寄ってきたから、それを勝手に謝罪の意味で受け取ってザップは、重ねて笑ってぴんとレオナルドの鼻を弾く。
レオナルドが退院したら、何をしようか。
飯を奢らせるのは決定で、また散々足として使ってやるのも決まっていて、約束した場所の一つくらいは付き合ってやって。
ああ、でもその前に。
バッテリー・パークから、北に向けて一直線。ランブレッタのタンデムシート、後ろにはレオナルドをのせて、ブロードウェイを駆け抜ける。信号も制限速度も無視して、一気に突っ走ってやろう。
さながら、いつか来る死出の道行きの予行演習のように。
ザップの腰に腕を回してしがみつき、罵声混じりの悲鳴を上げるレオナルドの声は、ちょうど良いバックミュージックになるだろう。
べちべちと頬を叩く風を想像するだけで、そわそわと落ち着かなくなって、狭っ苦しい病室に留まっているのが焦れったくて仕方ない。
けれど、一人で走っても意味は無いと知っているから。騒がしいBGMを引き連れてようやく、楽しい想像が完成するものだと分かっているから。
「はよ治せや、アホ」
もう一度、レオナルドの鼻を強めに弾いて。
頬に残る爪痕と握った指にそれぞれ、そっと唇を寄せてリップ音を響かせた。