続きは明日になってから


ザップにしてはそれなりに、気を遣ってやっている方だと思う。

なにせ相手がレオナルドだ。色事に長けた愛人たちとは身体の造りからして違う上に、知識も技術も何もかも足りないときている。
たとえば爪の手入れ一つからして、てんでなっちゃあいない。
伸びっぱなしにはしていなくても、柔らかな粘膜に触れるにしては長すぎるそれを気にすることなく、自らの尻穴に突っ込んで傷つけそうになることはしょっちゅうで、ようやく短く切りそろえる事を覚えてもやすりのかけ方がイマイチ甘い。
細かな傷が入った穴に無理やりぶち込んで、痛い痛いと悲鳴を上げられるのはけしてザップの趣味ではない。回数は多くなりがちだけれど、好むプレイ自体は割合ノーマルに寄っている。
たまに気が変わって強引にコトを進めたくなることはあっても、多少違ったシチュエーションを楽しんでいるだけで、わざわざ苦痛に満ちた呻き声をあげさせるためにやっているのではない。
そもそも野郎の怯えた悲鳴なんてライブラの任務で嫌ってほど耳にしているし、そうでなくとも普通に街中を歩いているだけでしょっちゅう耳に飛び込んでくる類のものだ。そんなありふれたものをわざわざ、ベッドの上でまで聴く趣味はない。

しかしレオナルドに準備を任せれば、全くそんな意図がないにも関わらず自動的に、加虐紛いの拷問じみたプレイに発展する可能性が高い。
爪だけでなく一事が万事そんな調子で、愛人相手なら任せておいても平気な部分も、レオナルド相手に任せて放っておけば、あっという間に血と苦痛に満ち満ちた特殊プレイに突入する羽目になる。
だからその辺の諸々はザップがやってやるしかない。快適なセックスライフを送るためには、仕方の無いことだ。

なぜそこまでしてレオナルドとヤらなければならないのかと聞かれたら、ザップは少しだけ返答に困るだろう。
ものすごく具合がいい訳でもなければ、テクニックがある訳でもない。前戯に時間をかけるのは嫌いではないものの、それにしたって挿入までに時間がかかりすぎるし、面倒になったことが一度もないと言えば嘘になる。
手慣れていて抱き心地も良い愛人たちの方が簡単に、しかもとびきり気持ちよくなれると分かっているのだから、どう考えたってそっちとヤる方がいい筈だ。
けれどあれやこれや理由を考えるよりも先に、ザップのマグナムがレオナルドに反応してしまったのだから仕方ない。誤作動で誤魔化すには無理があるほど、明確に矢印を向けて熱を持った己の一部に気づいてしまえば、それを無理にねじ曲げて別の愛人に向けることは出来なかった。

周りからはザップの愛人で一括りにはされていて、ザップ自身誰かに話す時にはそうして扱っている節もあるけれど、ムラっとした時の相手が誰でもいい訳じゃあない。リズとヤリたいと思った時にはリズとヤるし、ベネッサとヤりたい時にその気持ちのままカミラとヤるのはザップの美学に反する。フェラチオならやっぱりミランダがいいし、クスリをキメてヤるならシエラ、数時間ぶっ通しでヤるならマリー。その辺りはザップの中で、きっちりと分けて考えている。
それにうっかりと他の女の事を考えながら本番にしけこめば、途中で怒らせてしまうか終わった後にフラれてしまう事だって多い。ベッドの上での駆け引きに馴れた女達は、向き合う男の心がどこにあるが察するのにも長けている。

だから。
誤反応にしろレオナルドに反応してしまった以上、愛人たちにそれを向ける訳にはいかない。ザップなりの論理に基づけば、レオナルドに向いた矢印は責任を持ってレオナルドでどうにかしなければならない。

最初のうち、レオナルドにザップの主張を認めさせるのには骨が折れた。
けれど所詮、レオナルドはレオナルドであり、レオナルドでしかなかった。
それなりの時間を付き合ってきて、どういう出方をすれば頼み事を受け入れやすいか、何を引き合いに出せば譲歩を引き出せるか、どこを突けば弱いか、おおよその事は分かっている相手だ。
いつもならレオナルド相手にはけしてしないような態度を存分に振舞って、猫なで声で囁いて、愛人たちの存在まで盾にして、粘りに粘った結果。とうとうザップは、レオナルドから諦め混じりの同意を取り付けることに成功した。チョロい。
そうして一度目のあと、再び矢印が向けばまた粘って二度目に持ち込んで、三度目四度目と繰り返したあたりで、レオナルドが徐々に順応し始めた。本当に、チョロい。
嫌々渋々というポーズはなかなか崩さなかったけれど、言葉を尽くさなくてもあっさりと乗ってくるようになったし、自分で準備をするのにもさほどの躊躇いを見せなくなってきた。
それで気を良くして何から何までレオナルドに任せたところ、惨憺たる結果になってしまったから、それからは全てザップがしてやることになった。
恥じらっていたのは、最初のうちだけ。
すぐに慣れて、簡単に何もかもをザップに身を任せるようになった。抵抗するのを面倒くさがっただけに見えるものの、やりやすくなったので特に問題は無い。

けれどその、レオナルドの妙な順応性が、今日になって。
大変に困った問題をザップへと、突きつける羽目になってしまった。


「おいコラ、陰毛頭! レオ、レオレオレオ、レーオ!」

ムラっとして矢印が向いた先、押しかけたレオナルドの家にて。ザップにしては割合早い時間に訪れたのに、迎えたレオナルドは既に半分夢の中だった。
気にせずそのまま玄関先でキスをしかけたものの反応は薄く、好き勝手に口の中を舐めまわしてもレオナルドの舌は沈黙を保ったまま。むきになって舌先で何度か弱い部分をつついてなぞったけれど、それでもやっぱり思うような反応が返ってはこない。
たっぷりと唾液を送り込み、ようやく口を離した頃にはレオナルドの唇は赤く色づき濡れててらてらと光って、それなりにらしいものに染まっていたのに、当の本人は濡れた唇を拭うことなくふわあと大きく口を開けて、間抜けな顔で欠伸をしていたから、いろいろと台無しだった。
それでも止めてやる気にはならず、寝ぼけたレオナルドの背を押してベッドへと連れ込んだ。特に抵抗すること無く従ったレオナルドは、下を脱がせばようやく、眠いんですけどともにゃもにゃ呟いき軽く身を捩って逃げようとする。それでも手を止めることなく続ければ諦めたようにため息をついて、勝手にしてくださいと言ったので、その通り勝手にすることにした。

そこまでは良かった。
反応は鈍くて眠そうにはしていたものの、下準備ついでにいろいろ弄ってやればそのうち、目が覚めてぶうぶう文句を言いつつもなし崩しに本番に持ち込めると思っていたのに。

異変に気づいたのは、アナルセックス用の薬を使って腹の中を綺麗に洗ってやって、さあやるかとローションをたっぷりと絡ませた指を尻の穴に突っ込んだタイミングで。
それまでは鈍いなりに、もー、だとか、うわあ、だとか呟いていて、合間合間に反応は見られたのに、ぐにぐにと指を動かして触れたしこりを撫でてやっても、妙に大人しいまま。
怪訝に思って顔をあげて、レオナルドの様子を見れば。
寝ていた。寝ていやがった。
すやすやと呑気な寝息をたてながら、それはもう気持ちよさそうに眠りの世界に旅立っていた。
さすがに完全に寝こけられるとは想定していなかったので、ザップは思わず手を止めてまじまじとレオナルドの間の抜けた寝顔を見つめてしまう。そうして視線をレオナルドの顔に固定したままわざと、傷がつかない程度の雑さでぐっと指で穴を広げてやったけれど、やっぱり反応はないまま。寝たフリでなく、本当に眠っているようだった。

お前、ケツの穴ほじられながら寝るったぁどういうことだよ。ありえなくね? いやいや、ありえなくね? 慣れる方向おかしくね?

心底呆れ返ってしまったザップは、一旦指を引き抜いてたっぷりと絡んだローションも拭わないまま、ぺちぺちとレオナルドの頬を叩く。軽く叩いただけでは全く起きる気配が無かったから段々と力を込めていって、そこそこいい音が響き出した頃にようやく、不機嫌そうに眉を顰めたレオナルドが低く唸りながら反応した。
無理矢理にでも起こそうとした理由は呆れたのと腹が立ったのが大半ではあったものの、一応、怪しげな薬や呪術の類の線も疑っていたから、少しだけほっとした。そういうものならまず何をしたって起きないから、極めて普通の寝ぼけたような反応が返ってきたということはつまり、単に眠くて寝ていただけってことだ。
そういやここんとこ、事務所に詰めて資料の解読の手伝いに駆り出されてたっけと、そこに至ってようやくレオナルドの眠気の原因にも思い至る。やはり薬ではなさそうだと、そちらの要因も併せて判断した。
厄介なものが関わってなさそうだと理解した途端、安心して気が抜けたのを誤魔化すように、ザップは殊更乱暴にレオナルドの肩を掴んで前後に揺すった。どれだけ眠かろうが、知ったことじゃない。

「オラ、起きろって」
「んー、もーなんなんすかぁ……」
「ヤるぞ。好きにしていーっつったのオメェだろうが」
「うん……うん、好きに、してくだ……」
「くっそ、また寝んのかテメー!」

しかし。
ようやく目が覚めたと思っても、少し口を開けばまたすぐに寝る。むにゃむにゃと喋る言葉が途中で寝息に変わる。何度も叩いた頬は赤くなっていたけれど、レオナルドは怒ることなく夢の世界に引っ込んでしまう。
あんまりにも起きないので、途中で諦めたザップは掴んだ手を離した。薄いマットレスに沈んだレオナルドの頭からはごつんと大きな音がしたけれど、それでも少し眉を顰めるだけで終わった。
そんなレオナルドの様子を見て舌打ちをしてからザップは、再び無防備な尻の穴に指を突っ込む。叩き起こすのは諦めたけれど、ヤるのを諦めた訳ではない。
正直なところ、反応のない相手とヤるのは趣味ではない。しっかりと意識のある状態で喘がせた方が楽しいし、眠る女に手を出すほど飢えてもいなければ不自由もしていない。
けれどそれはそれ、これはこれ。
普段なら眠る相手に盛る趣味はないけれど、状況が状況である。前戯の最中に気持ちよく寝られるなんて初めての経験に少々腹も立っていた。
そっちがその気なら、こっちだって好きにしてやらぁと舌打ちに乗せて胸の中で呟いて、黙々と作業を再開することにした。

いつもなら大袈裟に騒ぐ場所を執拗に嬲ってみても、中で遠慮なく指を広げてみても、やっぱり大人しいままだったけれど、一切何の反応もないという訳ではないらしい。
寝ているくせにきゅうきゅうと指を締め付け絡みついてくる内側の肉は、明らかにザップの動きに反応していてそれなりにいやらしかったし、ぐっと指の根元までつき込んでやれば寝息の合間に低いうめき声が混じる。そのまま軽く抜き差しすれば穏やかな呼吸が徐々に乱れはじめ、ひどく気持ちよさそうに鼻をならして少し身を捩る。ともすれば顔を真っ赤にしながらも悪態をついてばっかりの普段よりも、ざらつき始めた息の音の方がよほど可愛げがあって色っぽい。
しかしそんな、反応を始めたレオナルドを見てもザップの気は一向に晴れなかった。寝ながら吐息を湿らせるレオナルドにざまあみろと思っても、いまいち気分は上がらない。
そうして、いよいよ。
すっかり解れた尻の穴にぴとりと自身のものの先端を押し付けたザップは、挿入してしまう前にレオナルドへと声をかける。

「オラ、起きねーとマジでこのまま突っ込むぞ」

返事は、ない。数度先端を擦り付けるように前後させても、すやすやと眠ったまま。
そんな呑気なレオナルドの姿を見ているうち、ザップの腹の底からむかむかと激しい怒りが湧き上がってくる。
それまでだってムカついてはいたけれど、こんな風に身のうちを焼き尽くすような怒りではなかった。
ないがしろにされた事に腹は立っていた。だけど新たに生まれた怒りは、それとは種類が違っていた。

だって、こんなの。
あまりにも危機感が無さすぎる。
そりゃあ始めたのはザップだったとはいえ、ここまでやっても起きないままで、しかもあとは挿入されるのを待つだけの状態。
危機感がない所の話じゃない。
だって、こんなの。
ザップ以外のやつにだって、簡単にホイホイとヤられてしまいそうだ。
本人に自覚のないまま、好き勝手に食い荒らされてしまいそうだ。
ザップがレオナルドを好きにする分には問題ない。けれど他のやつにまで好きにされるのは、考えるだけで腹が立つ。
別に愛人たちがザップ以外の誰と寝ていようが、ザップと一緒にいる時に持ち出さなければ気にならない。その場その場でお互いに楽しめればそれでいい。
けれどレオナルドはダメだ。なぜだかは分からないけれど、考えるだけでムカつくし納得がいかない。
これを好きにしていいのは、ザップだけだ。
恐ろしく理不尽で筋の通らない論理を、理屈よりも先に感情で展開させたザップは、怒りのままに己自身を根元まで一気にレオナルドの中に捩じ込んだ。

いつもなら段階を経て開いて進めてゆくところを、無理矢理に一気に奥まで突きこめばさすがに、衝撃は大きかったらしい。
腹の底から無理矢理押し出されたような、苦しげな呻き声がレオナルドの口から漏れて、眉がきゅっと顰められる。苦しさから逃れるためか弱々しく横に首を振ったレオナルドの姿に、それでも構うことなく腰を打ち付けて何度も思い切り奥を抉った。

「んぐっ、ひっ、うう、……うあ?」

そのまま遠慮なしに抽送を繰り返すこと数度。
ようやく、レオナルドが目覚める気配があった。
さすがにこれでも起きなければどうしてやろうかと思っていたから、抱いた怒りは晴れないまでも溜飲は少しだけ下がる。
まだいまいち状況が分かっていないようだったから、わざとギリギリまで腰を引いて先端だけを縁にひっかけてから、思い切り中の肉を抉りながら奥まで突き入れてやる。
ひゅっと喉を鳴らして仰け反ったレオナルドは、慌てた様子できょろきょろと周囲を見回して、やっと。
己を犯している男の存在を、見た。

閉じているようにしか見えない糸目が、自身に向けられた事を感じてザップは、にんまりと嗤う。
さてレオナルドは、この状況にどんな反応を示すだろうか。
怒るか、驚くか、それとも暴れるか。
どれにしたって宥めるのは面倒くさそうだが、眠りこけたままよりはよほどいい。その唇からどんな罵声が飛び出してくるかと、身構えつつもどこかわくわくしながら待っていたのだが。

「な、に……ん、んん? ……んー? ん、ん、うん、んー……うん、んんん……へへっ」

レオナルドの反応は、ザップの予想したどれとも違った。
ザップを見つめて不思議そうに首を傾げたレオナルドは、面倒くさそうにしつつも糸目をごしごしと乱暴に擦って、ふわぁと欠伸をしてからはっと動きを止めてまじまじと己の下半身を見つめる。そこにずっぽりと嵌ったペニスの存在をようやく認識したようだった。
しばらくじっと自身の尻の辺りを眺めてから、うんうんと唸って首を捻りながらそろそろと視線を上げてゆき、再びザップの顔に辿り着けばもう一度、視線を落として繋がったままの下半身を確認する。
ザップの予定ではそこから、顔を真っ赤に染めたレオナルドがきゃんきゃんと喧しく吠えて、勢いよく噛み付いてくる筈だったのに。

なのにレオナルドは、笑った。
目尻を微かに下げ、とても嬉しそうに。
微笑みながら己の腹に手をあてて何度か擦り、間抜けな笑い声を上げてますます目尻を下げる。

「……なに笑ってんだ、オメー。寝てる間にケツ掘られてんだぞ。ちったぁ危機感持てや」

そんなレオナルドの間抜けな反応に燻る怒りがふつふつと再燃し始めたザップは、容赦なく何度も腰を打ち付ける。その度にレオナルドは、喘ぎ声とは程遠い苦しげな声を漏らしてしたのに、それでもやっぱり怒り出す気配がない。ふへへ、と間の抜けた声で笑って、何度も腹を摩ってみせる。
さすがに不審に思ったザップは、動きを止めてまじまじとレオナルドの顔を見た。
そうしたら、また、へにょりと目尻を下げて微笑んだレオナルドが。

「だって、これ、ザップさんのって、しってるし……苦しいけど、でも、ザップさんでいっぱいで、なんか、すげぇ、おちつく……あんしん、する……」

まだ、寝惚けている。
すぐに分かった。
普段のレオナルドなら絶対、そんな事は言わない。
けれどザップは動かなかった。ちゃんと起きろとせっつくように、腰を動かすことをしなかった。
ぐっぷりと奥までザップのものを埋めた腹を、嬉しそうに撫でるレオナルドを、ただ見ていることしかできなかった。
しばらくそのまま腹を摩っていたレオナルドは、次第に動きが鈍くなってゆきまたすやすやと呑気な寝息を立て始める。どこまでも穏やかで間が抜けていて、安心しきった顔で。唇にはうっすらと笑みを浮かべながら。

「……クソ陰毛頭が」

未だザップのものはレオナルドの中にあって、まだ一度も出せてはいないし萎える気配もない。
けれどそれ以上独りでヤる気がさっぱりと起きなくなってしまったザップは、脱力してレオナルドの上にのしかかる。
あと数度腰を振れば、簡単にイけそうな気はしている。ここまで来れば最後までやったとして同じだと思いつつ、うっかり暴発させないようにそろそろと慎重に中から自身のものを引き抜いたザップは、下敷きにしたレオナルドを腕に抱えてごろりとベッドに横になってため息をつく。

寝惚けているのは分かっていた。
ただの寝言のようなものだと、分かっていた。
我慢なんてザップの性分ではないし、不完全燃焼のままの下半身は未だ不満を訴えている。
それでも。
このままヤってしまうのは、勿体無い気がした。
どうせヤるなら起きているレオナルドの方が、いい気がした。
きちんと覚醒すればあの、やけに可愛げのあったレオナルドは消えてきゃんきゃんと煩く騒ぐ陰毛頭が現れることは分かっていたけれど、そっちのレオナルドとヤりたい気がした。
だってザップの下半身が反応したのは、そちらのレオナルドなのだから仕方ない。

レオナルドが寝惚けているのは分かっていた。
分かっているからこそ、それが本音なのだとも分かってしまった。
寝ている間に好き勝手に尻の穴を弄られるような無防備さも、危機感のなさも、それは誰にでも向けられるものでなくザップだからこそのものらしい。
何をされても安心しきって眠っていたのも、それがザップだと無意識で認識していたかららしい。
最初は渋って抵抗していたくせに、なし崩しに順応していった根っこにあるものは諦めと妥協に似たものかと思っていたら、案外それだけでもなかったらしい。

それを理解しただけで、あっさりと内側に燻る怒りは色を変える。
ちゃんと分かってんじゃねえかと気分が上がって、ざまぁみろとせせら笑いたくなって、丸ごと突きつけてからかってやりたくなって、好き勝手な事を言ってまた眠るレオナルドにムカついてもいて。
でもそれだけじゃ、足りない。
その隙間を埋めるのは、言葉にならない柔らかな何か。ぎゅっと心の奥を握られたような、むずむずと落ち着かないような、追い出してしまいたくなるような、それでもずっと抱えていたいようなもの。

それに静かに身を浸したザップは目を瞑って抱えたレオナルドの髪に顔を埋める。
未だ下半身には熱が燻っていて、とても眠れるような心地ではなかったはずなのに、息を吸うたびに嫌でも香ってくる、安いシャンプーと汗と皮膚の匂いが混じった慣れた匂いを嗅いでいるうち、レオナルドの眠気が移ったかのようにとろとろと頭の奥が重くなってゆく。

(起きたら、覚悟しとけよ)

鈍くなってゆく思考のうち、ザップは薄く笑ってレオナルドの旋毛に唇を寄せる。
けして止めた訳じゃない。あくまでただの一時休止だ。
ちっとも起きないから仕方なく少しの間待ってやることにしただけ。続きは明日、レオナルドの目が覚めてから。

レオナルドの目が覚めたら。
散々待たされた分、好きなだけ貪って、ついでに寝惚けた言葉を引き合いに出してからかってやろう。
きっと覚えていないだろう言葉を突きつけられたレオナルドは、どうするだろうか。
怒るか、驚くか、暴れるか、それとも。
照れて、喚いて、開き直って、自棄っぱちに認めるだろうか。
どんな反応でも楽しそうだけれど、一番最後。
悔しげに唇を噛みながらも、渋々認めて顔を赤くするレオナルドを想像したらまた、ザップの胸の中。
隙間を占める名前のない柔らかなものが、ふわりと膨れて存在感を増した気がした。