Sign


とても不本意ではあるけれど。
言葉は無くとも唇が触れただけで、おおよその事は察してしまえるようになってしまった。
目尻やこめかみの辺りに触れるだけの柔らかなキスが落とされるのは、機嫌のいい時。がぶりと頬に噛み付いて歯形に舌を這わせてくるのは、暇を持て余している時。唇にちょんちょんとバードキスをしてくるのは、照れくさい時。上唇をがじがじと噛んで強めに吸うのは、機嫌の悪い時。
そして。
唇の隙間から強引に舌を捩じ込んで、息継ぎもままならないほど執拗に口の中を舐め回してくるのは、今すぐお前にぶち込みたいっていう合図。


「ちょっ、待ってくださいってば! どこ行くつもりっすか!」
「あそこの路地の奥」
「外はやだっつってんでしょおおおおお! せめてトイレ! そこの右曲がって真っ直ぐ行ったらパークの公衆トイレがありますから!」
「……しゃーねぇなあ」

聞き込みを終えて報告を済ませ、揃って事務所を出た途端。
何の前触れもなく胸倉を掴んで引き寄せられ、こじ開けられた唇の隙間からたっぷりの唾液を送り込まれて息も絶え絶えになったレオナルドは、そのまま腕を引いて暗がりに連れ込もうとするザップに両足を踏ん張って必死で抵抗する。
外でしたことは何度かあるけれど、以前に路地から出た瞬間どこかからぴゅうっとからかうような口笛が飛んで来て以来、すっかり苦手になってしまった。しかしザップはさして気にした様子もなく変わらず場所を選ばず合図を送ってくるので、レオナルドの頭の中にはHL中の公衆トイレと安宿の位置が示された地図が常備されるようになってしまった。
出来るならば家がいいけれど、脳内地図によればまだ結構距離がある。とてもそこまで待ってくれそうな気がしない。無理に促せばたちまち、途中でどこかの路地裏に連れ込まれるのがオチだ。
だったらと最低限の妥協案として、一番近くの公衆トイレの場所を叫べばようやく、腕を引く力が緩む。それでも完全に離してはくれない。
ランブレッタは、と最近では専ら二人分の足になっているザップの愛車に言及すれば、すぐそこだろとの答えが返ってくる。確かに駐車場までランブレッタを拾いに行く事を考えれば、このまま歩いて行った方が早い。
答えに一応納得はしたものの、歩いた方が早いとすぐに判断出来るほどに場所を把握きているなら、最初から路地裏でヤろうとしないでそっちに行きゃあいいのにと、どこか釈然としない気持ちを抱いてレオナルドは、つかつかと大股で目的地に向かうザップに引き摺られる形で、小走りでその後を追いかけていった。


目的地に到着して慌ただしく連れ立って入った個室は、男二人で入るには少々手狭だ。戸を閉めた瞬間胸ぐらを掴まれてキスを仕掛けられたレオナルドは、慌てて後ろ手で鍵を閉める。
そのまま閉めた戸に身体を押し付けられて、舌の裏を執拗に嬲られればじゅわりと染み出した唾液をうまく飲み干せなくて、口の端からたらりと溢れてしまう。けれどもザップは気にすることなくぐいぐいと顔を押し付けてくるから、ようやく離れた頃には口の周りがびっしょりと湿っていた。
キスが途切れたタイミングで、ザップと場所を入れ替わる。背負ったリュックからローションを取り出して渡せば、ザップがはんと鼻を鳴らしてにやにやといやらしく笑った。

「オメーも期待してんじゃん」
「うっ……だって、ザップさんがどこでも盛るから」
「へーへー、そういうことにしといたるわ」

心底可笑しそうに告げられた言葉に、反論はしたけれど一瞬言葉に詰まってしまったせいか、あまり説得力はなかった。
だらしなく緩んだ唇の形はそのままに、ザップがローションの蓋を開けて手のひらに馴染ませ始めたから、レオナルドもそれ以上の反論はせずにズボンを少し下ろして、ザップに向けて尻を突き出し目の前の壁に手をついた。
別に期待している訳ではないけれど、客観的に見ればそう言われても仕方ない事は分かっている。
リュックに常にローションを携帯するようになってしまったことはもちろん、定期的に尻の中を綺麗に洗うのがクセになってしまったことも、尻を突き出す事に躊躇いがなくなったことも、箇条書きで取り上げてみればまるでレオナルドがそれを望んでいるようだ。
けれど仕方ない。抵抗したらしたでザップは面白がりつつもムキになって余計ヒートアップするし、必然的に外でヤる時間が長くなってしまう。それならさっさと終わらせてしまった方が断然いい。
それに、多少は図星でもあったから。
時々むずむず腹の底が焦れったくなって、無性に尻の奥まで突かれたくなる事がすっかり増えてしまっていた。その辺について深く考えるとドツボに嵌りそうだったから、努めて頭の中を空っぽにしてくいっと心持ち尻を上げる。

ぬるりとローションに塗れた指が、前触れもなくぐっと尻たぶを割って中心に差し込まれる。おそらくは親指で、それも両手を使って二本。一本ならまだしも二本ならそれなりの太さになろうに、後ろは痛みを訴えるどころか急な異物をすんなりと受け入れてしまった。
ローションを馴染ませるように縁を親指の腹でなぞられればむずむずと焦れったい感覚が生じ、ぐにぐにと指を引っ掛けて左右に伸ばされれば内側が外気に触れてひやりとして、穴が勝手にひくついてきゅうきゅうと指を締め付ける。

「ゆるくね?」
「お、ととい、も、したから、でしょぉ……も、さっさとヤっちゃってくださいよ、あんま、長居できねーし」

なんとも失礼な言葉が後ろから聞こえてきたけれど、腹を立てる代わりに息を吐き出して続きを促した。ため息をついたつもりだったのに、唇をくぐった呼気はひどく湿って熱い。
場所が場所だけに、たっぷりと前戯に時間を割かれるのは困るから、尻をゆらゆらと前後に振って飲み込んだ指を締め付けた肉で擦る。中のいい所には当たらないけれど、広がった穴の縁がぬるぬると刺激されるのはそれなりに気持ちがよくって、次第に前もゆるく勃ち上がりつつあった。
そんなレオナルドの催促を受けたザップは、指で穴を数度揉み込んでから、ふんと鼻で笑って手を離した。努めて義眼の精度は落としているから背後にあるザップの表情までは見えていないけれど、さぞ楽しげな顔をしているに違いない。

触れた手が離れていたのは、一瞬のこと。
かちゃかちゃとベルトを外す音が聞こえたかと思えば、またすぐに尻たぶを両手で割り開かれ、中心に熱いものがぴとりと当てられる。そして両手はそのまま、おそらくは血法を使って密着した部分にとぷとぷとたっぷりのローションをかけられてから。
一声もなく、唐突に。一気に中ほどまで貫かれた。

「う、ぐ……っ」

痛みはない。けれど衝撃はある。
勢いよく内側の肉を割広げられる感覚に、ざっと身体中の毛穴が開いてぶわりと鳥肌が立ったあと、少し遅れてやってきた強烈な快感がちかちかと脳を焼いた。たったそれだけで痛いくらい前が張り詰めて、きゅうっと下腹がきつく締まって引き攣れる。
一番奥よりは少し手前で止まったザップは、すぐに律動を開始することなく、再び尻にたぷたぷとローションを垂らした。そうして内側に馴染ませるように、緩慢な速度で抜き差しを始める。
じわじわと奥にまでローションが染みてきて、肉と肉が擦れる感覚が次第に滑らかになってゆく。ぎちぎちに隙間なく詰まって内側の肉を引き摺られるような感覚も実は嫌いではないけれど、ぬめった場所をスムーズに圧迫されるのも気持ちがいい。
しかしもっと強い快感に慣れてしまった身体では、緩いピストンでは満足出来ない。内側を行き来する肉の感触が馴染んでしまてば初めに感じた強烈な快感の波は引いてゆき、だんだんと物足りなくなってくる。
次第に焦れったくなって、先端が中ほどのいい所を掠めるタイミングでわざとそこに押し付けるように腰を揺らし、奥まで差し込まれればもっと深い場所に導くように後ろに思い切り尻を突き出した。

「はっ、すっげぇ腰、揺れてんなっ……!」
「揺らしてん、す、よっ、……も、いいから、早く、……もっと、奥、いっぱい、突いて……」
「……こんの、エロガキ……っ!」

少し掠れたザップの声が、そんなレオナルドの痴態をからかってくる。それに反発する余裕もなくて、もっともっととねだれば、舌打ちの後にばちんと皮膚と皮膚がぶつかる大きな音と共に、勢いよく尻に腰を打ち付けられた。
その勢いで一番奥、いつもなら時間をかけて開いてゆく場所にくぷりと先端が嵌って、腹の奥にびりりと鋭い電撃が走ったような心地を覚える。かっと焼けるようなそれをすぐに脳が処理出来なくて、一度ずるりと抜かれたものを再び容赦なく打ち込まれてようやく、熱くぬらぬらと滾ったものが快感を形作り始めた。

「あうっ、んっ、あ、ああっ、んんっ」
「オラ、どーよっ! お望みどーりっ、奥まで、突いてやってっけど? 感想をドーゾ?」
「う、あっ……ん、あっ、ああ、ぐうっ……!」
「ははっ、ナマイキ言ってた口は、どーしたんだよっ、と!」
「ひっ、う、うう、んーっ!」

頭の後ろから聞こえてくるザップの言葉を、理解出来ないほどすっかりトんでいた訳ではない。けれど揶揄いの声に応戦しようと開いた口の端からは、音よりも先にぼたりぼたりと涎が垂れてゆき、喉から押し出した声は言葉をうまく形作れず切れ切れに散ってしまう。
何度目か、尻たぶに硬い骨が当たったのが分かるくらい奥まで突かれたタイミングで、張り詰めてきりきりと痛みを訴えていた前がぱちんと弾けた。それでも快感は引くことなく、奥に嵌った切っ先を舐るようにぐりぐりと押し付けられれば、甘い痺れが腹の底から全身に広がってゆき、薄れることなく新たな波を作り出してゆく。
気づけば壁についた手の位置は随分と下の方まで下がっていて、顔面に迫ったプラスチックの便器の蓋の上には零れた唾液が小さくない水溜まりを作っていた。吐き出した息が跳ね返って頬を湿らせ、汗と息とですっかりと濡れて額に張り付いた前髪の先から、つっと雫が伝ってぽたりと落ちる。
一度吐き出したせいか痛いくらいの射精欲からは解放されたのに、達する様子もなく依然としてがつがつと奥を抉る腰の動きに、柔らかな薄いベールのようなとらえどころのない快感が幾層にも積み重なってゆく。
昂った熱を荒い息で逃がそうとしても、すぐにそれ以上の熱に攫われてどんどんと追い詰められていって、レオナルドの意志とは無関係にびくびくと身体が引き攣つるように跳ねて反った。

「おーおー、すっげ、締めてきやがってっ……ナッマイキ……っ」
「うあ、あー、ふ……んん……」
「……レオ? いんもー? ……はっ、聞こえて、ねーのか、よっ!」

ふわふわと積み重なってゆく甘い痺れがぶわりと身体の内から膨れ上がって滲みだし、まるで真綿に包まれたように何もかもが遠くなってゆく。自分だけが外から切り離されたようで、煩いくらいに響くザップの声もとらえどころのない音の羅列に変わりつつあった。
それなのに遠慮のない動きでがつがつと奥を突く熱いものが絶間なく強い快感を生み出し続けていて、閉じられた世界の中でそれだけが強く存在を主張する。
与えられる熱を処理しきれなくなって、無意識に前に這い出て逃げ出そうとすれば、強く腰を掴まれてぐっと後ろに引き戻された。

「どこ、行こーっての? あぁん?」
「ひゃあっ、んう、は、あっ」

ばしん、と鋭い痛みが腰の辺りに走る。どうやら平手で叩かれたらしい。確かにそれは痛みである筈なのに、新たに与えられた感覚はそれ以外のものも孕んでいた。
叩かれたと同時に、きゅうっと内側の肉が締まって中を行き来する異物の形をくっきりと浮き上がらせる。ひくついて絡む肉がそれの血管の形までなぞって伝えられた気がして、すっかり茹だった思考の片隅、僅かばかり残った理性が羞恥で真っ赤に染まった。

「……ほんっと、エッロい身体に、なりやがってっ」

そんなレオナルドの状態にすぐに気づいたらしいザップによって、二度三度と続けて腰を打たれる。同じ場所を打たれるたび、じんじんと痛みが強くなってゆくのに、燻る熱は散るどころか強くなるばかり。
びくんびくんと断続的に痙攣し始めた身体を止められなくて、息をするだけで精一杯だった。
許容量を超えた快感に逃げ出したくって、けれどずっと浸ってもいたくて、いやいやと横に首を振りながら知らず知らず腰を後ろに突き出して揺らしていた。
やがて激しく抽送を繰り返していたザップのそれが一番奥を抉ると同時に、触れた肌がふるりと震えて熱いものが吐き出される。腹の奥にじわりと広がる感覚はけして気持ちよくなんてない筈なのに、ザップが達した事をまざまざと感じさせられて、その事実だけでレオナルドもまた中をひくつかせてイッてしまう。

狭い空間に響くのは、はあはあと荒い息の音。ずるり、と柔らかくなったザップのものが中から引き抜かれれば、またその刺激で緩い快感が生まれてびくんと背中が跳ねる。
出して終わりのザップとは違って、すっかりと後ろでの快感を覚え込まされたレオナルドはすぐに快感の波からは脱けだせない。
断続的に与えられる動きがなくなっても、尾を引く甘い疼きにぼんやりと身を浸して脱力していれば、くるりと身体をひっくり返されて便器に座らされる。
そして降ってきたのは、噛み付くようなキス。
零した涎でべたべたに濡れた口周りをぺろりと舌で舐められ、ちゅうちゅうと舌を吸われてそのまま中まで舌を押し込まれる。されるがままに口を開けば、尖った舌先でつつかれた上顎からぞくぞくと新たな痺れが腹の奥に集まってゆく。
力の入らない腕をどうにか持ち上げて、ぺしりとザップの背中を叩いて抗議をしたけれど止まってはくれない。
結局そのまま、背中に回した手で抱きつくような格好になって、途中何度かびくびくと腰が跳ねてしまう程には、隅々までたっぷりと口の中を貪られる羽目になった。
全く、本当に、どこまでも、不本意で仕方ない。
なし崩しに流されて新たな疼きを与えられたレオナルドは、頭の隅で舌打ちをしつつ、腹いせまじりに背に回した手になけなしの力を込めて思い切り抱きついてやった。






横目でちらりと低い位置にある横顔を見るだけで、考えている事は大体分かるようになってしまった。
しきりに頭や顔に手をやって撫でるのは、機嫌のいい時。ぷくぷくと頬を膨らませたり凹ませたりして遊んでいるのは、暇を持て余している時。軽く唇を突き出して口の端を下げるのは、照れくさい時。口をきゅっと固く引き結んで閉じているのは、機嫌の悪い時。
そして。
薄く唇を開いて上唇をぺろりと舐めるのは、今すぐ腹の奥までめちゃくちゃに掻き回されたいっていう合図。

未だ半分くらいはトんでいて、少し首筋を指で擽ってやればそれだけでまたイッてしまいそうなとろりとした表情をしているくせ、よろよろと立ち上がりリュックの中からウェットティッシュを取り出すと、あちこちを拭いて掃除し始めたレオナルドを眺めてザップは薄く笑う。そんなもの放っておけばいいのに、変なところで生真面目なレオナルドは外でヤッたあとはきっちりと掃除を始める。
合間に力の入らない声でのろのろと、中に出したことについて文句を言われるけれど、ザップは鼻で笑って取り合わなかった。
いつからからレオナルドのリュックの中に常備されるようになったのは、ローションとウェットティッシュ。けれどゴムについてはその時々で、無いことだって結構多い。それで中に出されたくないなんてよく言えたものだ。
狭い空間にいつまでも閉じこもっているのも窮屈だからと、そんなレオナルドの文句を全て聞き流して外に出ようとした時。
ほんのりと赤く染まった頬のまま、ぶうぶうと文句を捻り出すレオナルドの口の隙間から、飛び出した舌がぺろりと上唇を舐めたのが見えたから。
一気に機嫌を良くしたザップは、そのまま外に出て後ろ手で閉めた扉にもたれかかり、堪えきれずくつくつと笑った。
口では文句ばかり言っているくせして、まだまだ物足りないらしい。本人に言えば慌てて否定するだろうけれど、その仕草の意味はもう充分に知ってしまっている。
だから。
とっととレオナルドの部屋に帰ってもう一回、オネダリに付き合ってやろうと決めたザップは、鼻歌交じりに葉巻を咥えて火をつけた。