楽しみじゃないけど! | hideout

hideout

楽しみじゃないけど!


IDAの寮の部屋にて。
備え付けのベッドに腰かけたセヴェンは、空中に投影させたキーボードに指を添えていくつかの単語を打ち込んでいく。エンターキーに触れるたびに、ぽん、宙に浮かんだディスプレイが映す像が移り変わり、何度目かの操作のあと、現れたのは大きな建物を象ったホログラム。つい最近オープンした、新しい複合アミューズメント施設のものだ。
キーボードから手を放して映像に触れれば施設の詳しい説明が建物の横に表示され、像に重ねた指でピンチアウトすれば一点が拡大されて、表示されている説明がそこにある施設の更に詳細なものに切り替わる。
何度か拡大と縮小を繰り返してあちこちを確認して回ったあと、セヴェンは大きくため息をついた。

 

今度、みんなで遊びに行こう。

言い出したのは、フォランだった。
IDEAの作戦室、IDEAのメンバーに加えてフォランとセヴェン、マイティ、ジェイド、ルイナ。シェリーヌを除いたIDAに通うアルドの仲間がちょうど一堂に会していた時のこと。
わざわざ示し合わせて集まった訳じゃない。アルドを通じて知り合いIDEAが追う事件に巻き込まれ関わるうち、アルドがいない時でもIDEAに手を貸す事が増えた。
必要以上に慣れあうつもりはなかったけれど、IDEAのメンバーではないセヴェンたちにまで声がかかる事件は大抵、それなりの戦闘能力が必要になるものが多い。普通に生活していれば、アルドとの旅を除いてはバーチャルの訓練以外にろくに戦闘経験を積める事件が起こることはない。つまりIDEAの関わる事件は、またとない実戦のチャンスでもある。だからセヴェンは腕試しと訓練を暇つぶし兼ねて、IDEAの誰かから連絡が入れば八割方は手を貸すようにしている。
そうして請け負った事件の一つ、エルジオンの各地に逃走し暴走しているIDAの生徒が作った飛行型ロボット数体を戦闘の後回収し、報告と提出のためにIDEA作戦室に訪れれば、同じようにロボットの回収を頼まれていたらしい他のメンバーとも鉢合わせた。

セヴェンとしては、ロボットを渡したらすぐに作戦室を出てゆくつもりだった。長いする理由は特にない。
けれどセヴェンが報告をしている最中に、先に報告を終えてイスカやルイナと何やら話をしていたフォランが、あ、と声を上げる。

「アルドの仲間、IDA支部ほぼ勢ぞろいじゃん! シェリーヌ、センセはいないけどさ」

やけに嬉しそうなフォランの口ぶりに、それがどうしたと小さく鼻を鳴らしてそのまま報告を続ける。けれど一応、自分もアルドの仲間ではあるので、耳だけはフォランたちの方へと傾けることにした。

「ねねね、折角集まったんだからさ、今度みんなで遊びに行こうよ! ほら、記念に」

しかし直後に聞こえてきた言葉に、セヴェンはすぐに聞いてしまったこと後悔した。なんだそれは、面倒くさいし冗談じゃない。さっさと報告を終わらせて部屋を出ていこう。密かに胸の中で決意する。

「記念って?」
「んー、みんなが集まった記念? アルドの仲間だけどさ、全員一緒になることってないしさ。それに楽しそうじゃん。ね、行こうよ! みんないつなら行けそう?」

しかもまだ行くとも言ってないのに、もう予定を決めようとしている。いよいよ早くこの場を抜け出さなければならなくなった。

「私は、いつでも」
「僕は夕方までなら、事前に言ってくれてれば多分大丈夫だよ~」

セヴェンの心情とは裏腹に、ルイナとマイティは乗り気のようですぐに答えを告げている。とてもまずい流れだ。提出した飛行型ロボットの状態と発見時の状況を一体ずつ確認してくる目の前のIDEAメンバーの几帳面さが、今はもどかしい。

「わたしたちは……IDEAの見回りがあるからね」
「そうね。それに事件にも備えてなきゃいけないし。四人抜けるのはちょっと難しいかしら」

対してIDEAに属するイスカとヒスメナの反応は鈍い。なるほど、IDEAの活動があるならフォランだって無理にとは誘えないだろう。良かった、それなら遊びの計画も流れるだろう。
なんて、安堵して油断したのが良くなかったのか。

「いえ、会長! ぜひ行ってきてください!」
「そうです! 見回りなら私たちがやりますし、何かあれば連絡を入れます!」

声を上げたのは、話を聞いていた他のIDEAのメンバーたちだった。それも一人や二人ではない。イスカとヒスメナとクロードとサキ以外の、部屋にいたIDEAのメンバーたちが口々にイスカたちの後押しをしようとしている。

「いつも会長たちに頼りっぱなしじゃ、いけないって思ってて」
「ああ。たまにはお友達と羽を伸ばして来てください」
「僕らだってちゃんと出来るってことを、会長たちにお見せします!」

当事者であるイスカたちよりも熱のこもった口ぶりで、ぜひ行ってきてくださいと部屋のあちこちから声が飛ぶ。セヴェンの提出した飛行型ロボットをチェックしていた生徒も、楽しんできてください、なんて言っている。おい、待て、余計な事言わずにさっさと終わらせてくれ。

それでも初めのうちは渋って遠慮している様子だったイスカやサキだったけれど、先にその気になったらしいクロードやヒスメナに説得されてついには頷いてしまう。とてもまずい。
こうなったら、頼みの綱はジェイドだけだ。ジェイドはみんなで遊びに行ったりするタイプではない。どれだけ周りが盛り上がっていようと、そっちで勝手にやってくれとはっきりと自己主張も出来るタイプだ。ジェイドが断れば便乗してセヴェンもしれっと抜ければいい。

「ふふ、楽しみだね、兄さん」
「……ああ」

しかし、そうだった。ジェイドは妹には分かりやすく甘くて弱い。弾んだ声で楽しみだと言うサキに、水を差すような真似は出来なかったらしい。セヴェンの最後の砦はあっさりと陥落してしまった。

「セヴェンもいいよね! いつがいい?」
「……週末」

部屋全体が、完全に遊びに行くムード一色に染まっている。そんな中でフォランから尋ねられた言葉に、オレはいかないからな、とはさすがに言えなかった。

 

 (別に、楽しみとか、そういうんじゃないけど)

そう、全然楽しみなんかじゃない。思わずため息が出てしまうくらい面倒くさい。
けれど決まってしまった以上、事前に情報を仕入れておくことは大事だ。
それにアルドとはあちこち出かけたことはあるけれど、同じ学校のともだ……ち、じゃなくて、仲間……しりあい、知り合い! 同じ学校の知り合いと遊びに行くのは初めてだから。初めての事に対して、備えを万端にしておくことは何にもおかしいことじゃない。

今度の週末に出かけることになった、オープンしたばかりの複合アミューズメント施設。エルジオンから専用バスカーゴで行ける小島がまるごと施設になっていて、カラオケやゲーム、スポーツやスパ等が楽しめる。まだ発売されていないVRゲームのテストプレイなんかも出来るらしい。
九人というそれなりの大所帯、一人しか遊べないゲームやスポーツはおそらくやらないだろう。施設の中で別行動でもセヴェンとしては全く構わないのだけれど、きっとそうはならない。そんな推理の元、行かないであろう施設をチェックしてルート予測から外してゆく。
九人一度に遊べるものとなれば候補はあまりに少なくなってしまうけど、三人ずつに別れて組めばそれなりにやりようはある。その場合、フォランたちが選びそうなものは、といくつかめぼしいものをピックアップしてゆき、そこに表示される案内を隅から隅まで読み込んで、ついでにSNSでいくつかのワードを検索にかけて既に遊びに行った誰かの感想を拾ってゆく。ふうん、これは結構面白くって、これは微妙、これは大変、これは並ぶ、ふうん。
参考になりそうなものは別に立ち上げたメモにコピーして貼り付けて、その情報を元に再度ピックアップしたものをふるいにかけて絞り込んでいった。とりあえず、これとこれは押さえておく、と。

(全然、ぜんぜん、楽しみじゃないけど)

しかし行くと決まった以上、昼飯をどうするかも考えなければいけない。適当に入ってまずい飯を食べないためにも、重要なことだ。
施設の中にはフードコートも設置されていて、十を超える店が入っているようだ。こちらもSNSから拾った情報でおすすめの店をピックアップしていって、しっかりとメモしておく。ふうん、フードコート以外にもスパに併設されてる食堂があって、そこの日替わりランチが安くておいしい、ふうん。調べなければ行こうとは思わなかっただろうけれど、何人かが勧めている以上行ってみる価値はある。フードコートに行く流れになったら、さりげなく提案してみるとするか。
フードコートで人気なのはジェラートだ。百を超えるフレーバーがあって、四種類まで好きに組み合わせられるらしい。こっちは休憩がてら立ち寄ってもいい。

(楽しみじゃなくって、そう、必要だからな)

待ち合わせは、バスカーゴの停留所。十時に集まる予定だから、五分前には着いていれば問題ない、けれど。万が一、何かトラブルに見舞われる可能性を考えれば、三十分、いや、一時間は早めに到着した方が無難かもしれない。
それで何事もなかった場合、さすがに停留所で一時間前から待っているのは暇すぎる。念のために早く来ただけなのに、ものすごく楽しみにしていると思われるのも嫌だ。となれば、近くで時間を潰す必要がある。早朝からやっているカフェを探せば、いくつか見つかった。そう、早めに待ち合わせ場所に行くんじゃなくて、そう、朝食をここで取るだけ。待ち合わせのためじゃなくって、朝飯のために早めに出るだけ。何もおかしいことはない。一応、停留所が見える場所のカフェにしておこうか。これだったら、何が起こってもすぐに対応できるし。

(うん、これも、必要)

万が一、といえば、施設の中で何か事件が起こる可能性だってゼロじゃない。その場合の避難経路と戦闘がしやすそうな場所も確認しておくか。再度表示させたホログラム、そこに赤く色付けした避難経路と階段とエレベーターの位置から襲撃の際のシミュレーションを何パターンか展開させる。ここで襲われたらここに誘導して、分断された場合はこことここに散って、ここで合流して。非戦闘員の誘導にも何人か割いた方がいいかもしれない。その場合誰が適任か。念のため、一度イスカ辺りと有事の際のことについて話していた方がいいだろうか。いや、さすがに遊びに行くだけでそれは大袈裟だろうか。判断に悩むところだ。

 

――本来。

セヴェンはしっかり自己主張をするタイプであるし、嫌なことははっきり嫌だと言う。心底面倒だと思ったことに、周りに流されて付き合ったりもしない。
だからIDEA作戦室で遊びに行く話が出た時、面倒だ行きたくないと思っていたくせ、周りの空気に流された体で了承したのは、それが本当に嫌なことではなかったからだ。
それを素直に認めるのには抵抗があって周りを理由にしたけれど、つまりはそういうことだ。

 

(ちっとも、楽しみじゃないけど!)

そんな自分の本心に気づいているのか気づいていないのか。もう何度目になるか分からない、楽しみじゃないけど、取り繕うように胸の中で呟いた言葉。
新たに検索をかけたのは、遊びに行く時のコーディネート一覧。スポーツをする可能性もあるから、動きやすい恰好がいいだろう。髪も結んでいった方がいいかもしれない。いつもの恰好でもいいけれど、あれはボールを使った競技にはあまり向いていない。いかにも張り切りすぎているように見えなくて、ごくごく自然でちょうどいいもの。手持ちの服と表示された服を比べて、一番相応しいものを考える。場合によっては、事前に服を買うことも検討して。

楽しみじゃないけど、全然、ぜんっぜん、楽しみじゃないけど!
何度も何度も胸の内で繰り返しながら、空中に投影したキーボードを叩く指は止まることなく動き続け、きゅっと結んだ唇の端は僅かに微笑みの形を作っていた。


拍手送信フォーム

text