ゴブリンのお誕生日会


最悪だ。
ずきずきと痛む足首を押さえつつアルドは、目の前を睨みつける。
警備隊の見回りの最中、ヌアル平原の崖の下、足を滑らせ急斜面を滑り落ちたアルドの目の前に現れたのは、数体のゴブリン。滑落の衝撃で足首を痛めたらしく、おまけに斜面の途中に剣を落としてしまったようで、周りに得物になりそうなものは落ちていない。
しかし。焦るアルドとは裏腹に、ゴブリンたちは棍棒を構えず声をかけてきた。

「今日はそういうのはなしゴブ」
「え?」
「まったく、空気読んでほしいゴブ」

ゴブゴブと頷くゴブリンたちの声に気を削がれ辺りを見回してみれば、ぱちぱち爆ぜる焚き火の周りに串に刺さった焼き魚が並べられ、地面に置かれた杯には酒らしき液体が見えた。

「ゴブたちのお誕生日会してたのに邪魔しないでほしいゴブ」
「おたんじょうびかい……?」
「せっかくだゴブ。お前も参加してくゴブ」
「えええ……」

もしかして、ゴブリンたちは既にかなり酔っているらしい。
酒の匂いを漂わせた一体のゴブリンが差し出したのは、焼きバルオキーカマス。戸惑いつつかぶりつけば、塩味と白身の仄かな甘みが口に広がった。きちんと内臓も処理されていて臭みもない。
うまい、とアルドが呟けば、得意げに胸を反らしたゴブリンがあれも食えこれも食えと進めてくる。しかも足を痛めたアルドを気遣ってか、わざわざ持ってきてくれる。優しい。
シロナマコの和え物はコリコリとした触感が面白くて、レッドサファギンのヒレの干物は食べてから正体を知らされ噴き出しかけたけれど、知らないままなら鳥の肉に似て好きな味だった。
特に美味しかったのはブルーベリー。アルドが食べたことのあるものより数段美味しい。素直に感想を告げれば、「ゴブが育てた特製ブルーベリーだゴブ!」と一体のゴブリンがふんすふんすと鼻息荒く胸を反らす。月影の森の奥で手間暇かけて育てたものらしい。すごいなとアルドが褒めれば、ゴブブと嬉しげに笑いもっと食うゴブと更にブルーベリーを押し付けてくる。

流されるままゴブリンのもてなしを受けていたアルドだったけれど、ある程度腹がくちくなって落ち着いたところで、お誕生日会の言葉を思い出す。なし崩しとはいえ祝い事ならアルドもなにかした方がいいんじゃないだろうか。
そうして少し迷ってからアルドは、懐からフィーネの手作りサンドを取り出し、ゴブリンたちに差し出した。喜んでくれるといいなとの期待と、フィーネのサンドイッチだから絶対うまいはずだと、自慢したい気持ちを込めて。