シェリーヌ


「なあシェリーヌ……」
「なあに?」
「……あいつ、いいのか?」

おずおずと口を開いたアルドが、ちらりと視線をやった方向には一人の男子生徒の姿。元々はシェリーヌに対して随分と反抗的な態度をとっていたのに、気づいたらひどく彼女を慕って、……あれが慕っていると言っていいのかはちょっぴり悩むところだけれど、まあ、そういう生徒だ。
シェリーヌが学校を去ると決意した場に居合わせた時から、どこからか強い視線を向けられているのには気づいていたものの、気づかないふりで放っておいたけれど、再びエントランスに戻ってきてもさっきと変わらぬ姿のまま、じっとこちらを見つめている彼の姿を見つけてしまえばさすがに、知らぬふりも出来なかった。
アルドの言葉に一度視線を彼に向けたシェリーヌは、ああ、と頷いてすぐにアルドへと向き直ると、にっと口角を上げて微笑んだ。

「いいのよ、あの子は」
「で、でも、ずっといるし……」
「いい子で待てが出来たら、あとでちゃあんと可愛がってあげるわ。心配しないで」

そんなシェリーヌの答えに、アルドはそれ以上かける言葉が見つからない。シェリーヌとその周囲が築く世界は、アルドにはちっとも理解が出来ない世界だ。よく知りたいとも思っていない。
シェリーヌがいいと言っているならそれでいいのだろう、と無理やり納得して、その場は切り上げる事にした。

だが。それからも、シェリーヌと共に行動をしている時に、どこからか視線を感じることがあって、そちらを向けば大抵は例の男子学生がいる。それはIDAの中だけには留まらず、エルジオンの街中でも度々あって、果てはルート99や工業都市廃墟まで現れることもあった。
さすがに合成人間のうろつく中を、仲間も連れずアルドたちから離れて一人で歩かせるのは、大丈夫なのか心配になってしまう。
アタシが直々に鍛えた子がそんなにヤワなワケないでしょ、ちゃんと引き際は教えているわ、とシェリーヌは言っていたけれど、街の近くにだって突発的に強い合成人間が現れることもあるから、どうしても気になってしまう。

だからある日、シェリーヌは参加していないメンバーでエアポートに出向いた帰り道、たまたま彼の姿を見つけたアルドは、仲間たちには先に街に帰ってもらって、彼に話しかけてみることにした。

「なあ」
「ん? あ、あんたは……!」

アルドの姿を見てかっと目を見開いた彼は、緊張した様子でぴんと背筋を伸ばすとせわしなく周囲をきょろきょろと見まわし、シェリーヌの姿が見えないと分かると残念そうな顔でふっと力を抜く。

「あのさ、よく、一人でオレたちの後ろついてきてるだろ」

そんな風に切り出したのは、けして彼を非難するためではない。どうせついてくるなら、最初からアルドたちと同行してはどうかと提案するためだ。そちらの方がアルドも心配がないし、彼だってシェリーヌの近くで一緒にいられるから嬉しいだろうと思って。
けれどアルドの提案を聞いた彼は、考える素振りもなく凄まじい勢いでぶんぶんと顔を横に振る。断固とした拒絶だ。

「あのなあ、離れた場所から見える良さってもんもあるだろ!」
「……うん?」

そしてぐっと拳を握る彼の口から飛び出した主張に、アルドは思わず首を傾げた。傾げるしかなかった。

「そりゃあ、近くで見るあの方も美しい! 強い! 素晴らしい! いつあの鞭が飛んでくるかってドキドキするし、どんな言葉をかけられるかってソワソワするし、すぐにあの方の意図をくみ取れるようにちょっとした動き一つも見逃せない! その緊張感はたまらなくイイ!」
「あ、ああ、うん……分かった、もう分かったから……」
「でもな! 時にはあの方が戦う姿を堪能もしたい! 近くにいたら集中しすぎてなかなか余裕をもって見つめられないけど、離れた場所からならきちんとシェリーヌ様の雄姿を目に焼き付けられる! そう、遠近両方必要なんだ、分かるだろ?!」
「う、うーん……」
「それに……」

残念ながら、突如始まった彼の主張の、半分も理解は出来なかった。いや、正確には、言っている意味自体は分かるけれど、その気持ちはさっぱり分からない。だから同意を求められても困ってしまう。ごめんな、全然分からない。
けれど一つだけ、分かったこともある。
熱を込めて語る最中、忍び寄ってきたサーチビットの機体。気づいたアルドが剣を抜く前に、彼がどこからか取り出した鞭であっさりとそれを絡めとり地に落とした。その間も常に、シェリーヌについて熱く語りながら、だ。
なるほど、確かにこの分なら心配はいらないらしい。アルドは納得する。
ね、だから言ったでしょ。だってアタシが鍛えた子だもの。
どこかからシェリーヌの得意げな声が聞こえた気がして、アルドはそうだな、と小さく頷く。

未だ続く彼の終わりの見えないシェリーヌの話をどうやって切り上げてもらおうか考えつつ、視界の隅にある機能を停止したサーチビットに絡む鞭が、亀の甲羅のような、一体どうすればそうなるかちっともわからない妙な形に絡んでいる事は全て見なかったことにして、そうだな、この様子なら全然大丈夫だな、と心の中でシェリーヌに向けて語りかけた自身の声には、心なしか疲労が滲んでいる気がした。