ギルドナ


「おーい、ギルドナ?」

次元戦艦内、ギルドナに用のあったアルドはその姿を探しあちこち歩きまわっていたが、不思議なことにちっとも見つからない。
戦艦に乗り込んでいる姿は確認済みで、それから一度も地上に降りてはいないので艦内にいることは確かなのだが、どの部屋を見てもその姿は見えず、途中で会った誰に聞いてもしばらくギルドナの姿を見てはいないという。
おかしいな、医務室を覗いて首を捻ったアルドは、まだ探していない場所はと残り少なくなった心当たりを思い浮かべ、甲板に向かうことにした。
そして、向かった先。
エレベーターで上に昇ったアルドは、外の空気を感じると同時、飛び込んできた光景に思わず目を疑った。

「え、ええ? ……ぎ、ギルドナ?」

探していたギルドナは、確かにそこにあった。けれどその場所が、ちょっぴり、いや、大きくアルドの予想から外れていたのだ。
バルオキーのアルドの家の屋根より高い、合成鬼竜の頭のてっぺん、その上のところ。なぜだかそこにギルドナは、腰に手を当てて立っている。仁王立ちだ。
アルドにすぐ気づいたらしいギルドナは、視線をすっと下げてアルドをじっと見つめる。つられたアルドも思わず、まじまじとギルドナの顔を見つめながらゆっくりと歩を進め間を詰めてゆく
そして徐々に近づくにつれ読み取れるようになった表情を見つめるうち、アルドはあることに気づく。一見して非常に落ち着いた、凪いだ顔をしているように見えるが、あれは内心では結構慌てている顔だ、多分。だって屋根から滑ってずりおちたあと、えっ何かあった? 僕は知らないけど? とでも言いたげなしれっとした顔でぺろぺろと毛づくろいをして誤魔化している時のヴァルヲの顔によく似ていたからだ。
ようやく離れていた距離が縮まり、ちょうど合成鬼竜の真ん前に立ったアルドは、上を向いて大きく声を張った。

「ギルドナ! そんなとこで何してるんだ?!」
「……見張りを、して」

そして返ってきた言葉、さして大きな声ではなかったせいでよくよく耳を澄まさなければ聞こえない声で発せられたギルドナの答えは、最後まで言い切ることなく遮られてしまう。

「おお、アルドか。アルドからもやつに言ってくれ。俺の頭に上るのはほどほどにほしいと。そこは安全装置がついておらんのだ」

ギルドナの言葉に被せて割り込んできた合成鬼竜の声は、ため息すら滲んで聞こえた。

「……そんなに上ってるのか?」
「ああ。次元戦艦に乗っている間は、ほぼ俺の頭の上にいる」
「し、知らなかった……」

どこか困ったような合成鬼竜から聞いた事実に驚きつつ、改めて顔を上げて上を見れば、表情は変えないままふっとギルドナが顔を横に向ける。なんとなく、気まずそうだ。
一体どうして、と重ねて問おうとしたアルドだったけれど、ふと脳裏にひらめくものがあった。ミュルスから聞いた話だ。魔獣は空への憧れがあるらしい。
だからもしかして、ギルドナもそうなんじゃないだろうか。

「もしかして、そこ、次元戦艦で一番高いから上ってるのか? 空の高いとこに近いから?」

そうして問いかけた言葉に、返事はない。その沈黙こそが、何より分かりやすい答えそのものだった。

「とりあえず、降りてこいよ。ほら、合成鬼竜も困ってるみたいだしさ」

理由が分かってしまえば、したいようにさせてやりたい気持ちもあったが、合成鬼竜の言い分も無視はできない。安全装置が具体的にはどんなものかは分からなかったが、きっとそこは危ないという意味だと理解したこともあって、さすがに見過ごしてはやれなかった。
アルドと合成鬼竜、二人がかりでそこから下りてくるようにと声をかけたのが効いたか、少ししてとんと跳ねたギルドナは、合成鬼竜の肩に乗ると、そこから一気に甲板へと飛び降りる。危なげなく着地した二本の足にほっと安堵の息を吐いたが、ギルドナの顔はどことなく不満げだ。こころなしか口角がいつもより下がっている気もする。とてもご機嫌斜めのようだ。
こうなったらちょっとめんどくさいんだよな。先ほど重ねたヴァルヲが拗ねた時のことを思い出したアルドは、こっそりと胸の中でため息をついて、どうしようかと考える。ヴァルヲとは違うのだから、放っておけばそのうち自分で機嫌を直すだろうとも思ったが、こちらの要請を受け入れる形で中断させてしまったため、何か代わりのものを差し出してやらなければいけない気もしてしまう。

「あっ、そうだ! 今度、ゼノ・ドメイン行くか? あそこ、展望室? があるらしいぞ。多分、次元戦艦が飛んでるとこより、もっと高い場所だと思うしさ」
「……行く」

そして思いついたのは、未来の都市に浮かぶ高い高い建物。青空を突き抜けて星空に差し掛かったあそこなら、合成鬼竜の頭の上よりもっと高い場所だと言えるだろう。
さすがにご機嫌取りがあからさますぎるかとも思ったけれど、さして間を置かず返ってきた言葉に噴き出しそうになるのを堪える。どうやら思った以上に、魔獣もギルドナも、空に近い場所が好きらしい。
そうだ、ゼノ・ドメインに行くときは、ミュルスとアルテナも一緒に誘ってみよう。高い高い星の海、楽し気にはしゃぎ喜ぶ仲間たちの顔を思い浮かべ、アルドはにっこりと笑った。