ミーユ


アルドからまた新しい仲間が増えたと聞いたミーユは、今度はどんな人なんだろうとまだ見ぬ仲間に想いを馳せてとても楽しみにしていた。
の、だったが。

「……よろしくお願いします、おじょう」
「あああああ! あーっ! あっ、あの、わたくしこの方と二人きりでちょっとお話したいことが!」

新しい仲間との顔合わせの席、アルドの隣に幼い頃からよくよく見知った顔を見つけてしまったミーユは、『お嬢様』と言いかけた彼女、フェルミナの言葉を慌てて大声で遮ると彼女の腕を引いて部屋の隅に連れてゆく。
思いがけないところでフェルミナに会えたのも、アルドの仲間として肩を並べて戦えるのも嬉しくてたまらないけれど、しかし今までと同じように接してもらっては困るのだ。なぜならミーユはまだ、アルドたちに自分の身分を明かしていない。いずれはきちんと告げるつもりではいるけれど、身分関係なしにただの仲間として扱ってくれるアルドたちの態度が嬉しくって、ずるずると先延ばしにしてしまっている。きっとアルドなら、ミーユの身分を知ったとしても態度を変えることはないだろうとは思っているけれど、もしかして、少しでも思ってしまえば怯んでしまう。
けれどさすがにアルドだって、ミーユに接するフェルミナの態度や言葉遣いを目の当たりにすれば何か察してしまうかもしれない。それは困る。打ち明ける時は、きちんと自分の口から言いたい。
と、そんな事情を部屋の隅っこ、ひそひそ声でフェルミナに告げれば、分かりました、同じく潜めた声で頷いてくれる。ああ、良かった、安心して胸を撫でおろしたミーユは、出会ってすぐに部屋の隅で顔を寄せ合って囁きあう二人の姿に、同席していた仲間のみんなが元からの知り合いだったんだなと察したことには、ちっとも気づいてはいなかった。


「おじょ……」
「あーっ!」
「……おじょ?」

そして始まった、フェルミナを加えてのアルドたちとの旅の道中。フェルミナはちゃんと約束はしてくれたし、基本的には他の仲間と同じように扱ってはくれたけれど、長く口に馴染んだ呼称は不意をついて飛び出しかける。その度、ミーユは誤魔化すのに必死だった。
「往生際が悪いのはいただけませんね、と言いたかっただけです」
「あ、ああ、うん、そうだな?」
顔を赤くしたり青くしたり声を張り上げたり忙しいミーユと違って、フェルミナの顔色は変わらない。けれどその言い訳は、ミーユからしてもちょっぴり苦しいんじゃないかと思うものが多くって、その都度アルドが非常に困惑した顔をしているのが申し訳ない。
それに誤魔化すためにフェルミナが出してくる言葉も、「往生際が悪い」や「往生しなさい」なんて物騒なものが多かったり、「オージョー・サマーという画家がいるのですが」なんてしれっと架空の人物を作り上げてみたりと、普通の会話や雑談の中で突如そんな事を言い出すので、ちょっぴり好戦的で不思議な人を扱いをされているのが、フェルミナに対しても申し訳ない。
本当は、もう、言ってしまうのが一番いいと分かっている。アルドが身分によって態度を変える人ではないことは、十分に分かっている。告げたところで、劇的に何かが変わってしまうこともないだろう。
でも。そうしたら、今度はフェルミナが今のままではいてくれなくなってしまうから。きっとお嬢様と呼ぶようになってしまうから。今よりももう少し、かしこまった態度になってしまうだろうから。本来の二人の立ち位置に、戻ってしまうだろうから。
いつかは、戻るものだと分かっている。だからもう少しだけ、ただのフェルミナの仲間でいたい。他の仲間と同じように扱われて、ただ守られるんじゃなくって隣に立って一緒に戦いたい。
だから、もう少し、もう少しだけ。

「オジョリウスという魔物がいると聞いたことがあるのですが」
「う、うーん。オレはそんな名前の魔物、聞いたことがないかな……」

またお嬢様と呼びかけて、真顔で出鱈目を並べて誤魔化すフェルミナと、困った顔で首を捻るアルド。もう一つ、この時間を終わりにしてしまいたくない理由がある。二人には申し訳ないけれど、そんな二人の姿を見るのがちょっぴり楽しくって、好きだったから。
幼い頃からずっと見ていたフェルミナは、強くてかっこよくて優しくって何でも出来てしまう人だったのに、こんな可愛らしい間違いをするなんて。そしてこんな可愛らしい誤魔化し方をするなんて、ちっとも知らなかった。
幼い頃から大好きな人の、新たな一面を知ったミーユは小さく微笑む。
だから、もう少しだけ。大丈夫、だってフェルミナは許してくれるもの。
昔はよく、その胸に飛び込んでいたように。もう少しだけ、彼女がくれる惜しみない優しさに甘えてしまうことにした。


なお、後日。打ち明ける前に新しい仲間として紹介されてしまったベルトランと顔を合わせたミーユは、フェルミナとのやり取りをそっくり繰り返して同じ約束を取り付ける。しかしフェルミナ同様のうっかりを発動したベルトランは、フェルミナより顔に出やすく誤魔化すのも下手だったせいでフェルミナ以上に不思議で挙動不審だとの視線を向けられてしまうことになる。申し訳ない。更にはちょくちょくとミーユを見ているため、「ベルトランってよくミーユのこと見てるよな」と言ったアルドをどうにか誤魔化したくって「あ、あの方はわたくしではなく、わたくしの着ているようなドレスに興味があるのです……!」と動揺のままに弁解してしまったせいで、ベルトランは綺麗なドレスが好きだというとんでもない誤解をアルドたちに植え付けてしまったことも併せて、とても申し訳ない。

ちなみに、アルドの仲間の多くはそんな三人の関係もミーユの身分も薄々は察しているものの、必死に誤魔化す三人の努力を汲み取って素知らぬふりをしていること、そしてフェルミナとベルトランも仲間たちに気が付かれていることにも気遣いを向けられていることにも気づいてはいるが、必死で隠したがっているミーユのためにあえて気づかないふりをしていることに、まだまだ年若い王女様はちっとも気が付いてはいない。そんなミーユを見て「お嬢様のそういうところもお可愛らしいですよね」「ああ、そうだな」とフェルミナとベルトランが穏やかな顔で見守っていることにも、まだ。