※魔剣2までのネタバレあり。ラキアナディアの関係を捏造。ラキ様が妻帯している描写あり。
私の家族
「以上が本日の報告になります」
ミグランス城内、騎士団の詰め所の奥の一角にて。騎士団長用にと誂えられた机で仕事をこなすラキシス様の前、ぴしりと背筋を伸ばしたアナベル様が一日の報告を終える。
とうに日は落ちて久しい。既に詰め所に他の騎士たちの姿はない。夜の見回りや守衛の任についている者以外は、めいめいに自由な時間を過ごしていることだろう。基本的に有事の際を除けば、定められた時間を超えて働くことは騎士団においては推奨されてはいない。十分な休息をとることも騎士の大事な仕事の一つである。
けれど何事にも例外はある。
たとえば、騎士団長であるラキシス様。長年争い続けている魔獣軍だけでなく国を脅かす不穏の種があちこちに数多存在している昨今、魔物や魔獣の襲撃が発生していない時でさえ騎士団長がこなすべき役割はあまりにも多い。特に最近はカレク湿原を騒がす盗賊団やセレナ海岸に姿を見せる魔獣軍と別口の武装したはぐれ魔獣たちの活性化、呪いの品を配る怪しげな団体の存在等、複数の問題が一気に舞い込んだため、ここのところ連日遅くまで仕事をなさっている。ラキシス様の補佐官を務めている私も同様だ。
そして彼女、アナベル様も。
「ああ、ご苦労だったね、アナベルくん」
ラキシス様の言葉を受けて胸に手をあてたアナベル様は、軽く頭を下げて一歩下がる。そうしてくるりと向きを変えて詰め所を出てゆくべく数歩歩いたところで、あ、小さな声が上がった。
「あの、お義父さ……あっ」
他にも伝えるべき用件を思い出したのだろう。けれど彼女の口から用件が告げられることはなかった。振り向きざま、開かれた口から飛び出したのは、彼女がいつも使っているラキシス様の呼称ではなく、全く別のもの。お義父様、騎士団長と聖騎士とは別の、二人の関係を指し示す言葉。
小さく開いた口のまま固まってしまったアナベル様の頬が、みるみるうちに赤く染まってゆく。
「どうしたんだい、アナベル?」
すぐさま応えたラキシス様の声はひどく柔らかい。先ほどかけたねぎらいの言葉にだってきちんと部下に対する労りの色が滲んではいたけれど、その比ではないほどに優しげな声は騎士団長としてのラキシス様からはけして聞くことのない類のものだ。
「あ、あの、違うのです! 申し訳ありません」
数瞬の間を置いてはっとした表情になったアナベル様は、赤みの引かぬ顔でしどろもどろになりながらも、どうにか取り繕おうと早口で謝罪を告げる。
「うん? 何か謝ることがあったかな? なあ、アナベル。元気にやっているかい?」
けれどラキシス様の口調は変わらない。いつもなら彼女のことをアナベルくんと呼んでいるくせに、わざとらしく強調するようにアナベルとゆっくりとその名を口にする。当然のようにくんはつけてやらない。
騎士団長ともなれば、剣の腕が秀でているのみならず腹芸だってお手のものだ。騎士団を率いて魔獣軍と戦い他国の干渉を跳ねのけ、時には暗躍し奸計すらも用いて敵を撃退したことも数知れず。どんな手を使っても国を守り続ける姿は、頼もしくもあり恐ろしくもある。
私も補佐官として、何も分かっていないくせに横やりを入れてくる貴族を笑顔のまま言葉だけで言いくるめたり、他国からの使者とにこやかに渡り合う姿を間近で目撃するなんてしょっちゅうだったため、アナベル様の可愛らしい言い間違いなど綺麗に無かったことにして、穏便に収めてさしあげる事なんてラキシス様にとっては書類にハンコを押すより簡単なことだとよく知っている。
それなのにあんまりにも大人げないこの対応。本当に困ったものだ。
そりゃあ、私にだって娘がいるから気持ちはよく分かる。いつもは凛として隊を率い仲間の騎士や臣民から尊敬と信頼を向けられる聖騎士アナベル様、そんな彼女が頬を赤らめ恥ずかしげに身を縮める姿は大変に愛らしい。そんなアナベル様にお義父様なんて呼ばれてしまえば、可愛くてついついちょっかいもかけたくなってしまうだろう。
よく分かりはするが、そんな意地が悪いことをしていればそのうち嫌われてしまいますよ、呆れ交じりに胸の内で呟きたくもなる。
聖騎士の村ウルアラが魔獣たちの襲撃にあった際、燃え盛る家の中にいたアナベル様を助け出したのはラキシス様だったらしい。あわや屋根が燃え落ちるという直前に家の中にまだ息のある少女の姿を見つけ、間一髪火の海から彼女を連れだすことに成功した。
聖騎士の村の唯一の生き残り、更には生まれつき胸に聖痕を宿し初代聖騎士アンナ様の生まれ変わりと噂されていた存在であったこともあって、アナベル様の引き取り手として方々から手が上がった。中には国を超えて他国からも申し出があったというが、最終的にはラキシス様が引き取ることで落ち着いた。
当時既にミグランスの矛として他国にまで名を轟かせておりアナベル様の後見人として最適であったと思われるラキシス様だったが、それでも引き取った当初は、聖騎士の生まれ変わりを手駒にするつもりだの出世の道具にするつもりだの、根も葉もない悪評をたてられたらしい。アナベル様の後見人になれなかった貴族や騎士たち、まさしくアナベル様をそのように扱おうと画策していた一部が流した悔し紛れの虚偽であることは明白であり、噂自体はすぐに立ち消えはしたが、そんな噂があったという事実だけは残ってしまった。
アナベル様が幼い頃は良かった。ラキシス様は実の娘とアナベル様を隔てなく可愛がっておられたようだし、アナベル様も新しい家族を受け入れていたように思う。
戦で足をやられた私がラキシス様の補佐につくようになったのはアナベル様が十を超えた頃だったが、仕事の合間、雑談ついでに娘たちの可愛さを嬉しそうに語るラキシス様にしょっちゅう付き合わされていたし、休みの日に家族で出かけるラキシス様と街で鉢合わせることもたまにあった。その時に見かけた彼らには何の違和感もなく、どこから見ても幸せそうな家族にしか見えなかった。
けれどアナベル様が成長して騎士として団に入ってから状況が変わる。
当初から聖騎士アンナ様の生まれ変わりとして注目されていたが、前評判以上にアナベル様の剣技は抜きんでおりすぐさまめきめきと頭角を現していった。異例の速さで小隊を任されるようになった時だって、彼女の実力を知る者ならば当然のことと納得した筈だ。
しかしながら情けないことに、素直に彼女を認められる者ばかりではなかった。
聖騎士アンナ様の生まれ変わりだから実力もないのに贔屓されている、国をあげて虚像の英雄を祭り上げようとしている。アナベル様の活躍が評判になるにつれ、そういった類の心無い噂が平行して流されるようになる。
惜しむらくは、彼女は実力の割に若すぎた。身近で接して共に戦えばそのような噂は誰かの嫉妬が生み出した馬鹿馬鹿しいものだと一蹴出来るが、まだ幼い少女の面影を宿した彼女の外見しかしらない者にとって、噂はありもしない真実みを帯びさせる。
更には彼女は不器用すぎるほどに実直で真面目すぎた。下卑た噂が耳に入っても、否定する代わりにますます訓練や任務に力を入れるだけ。きっといつかみんな分かってくれるはずだと真っ直ぐに信じて、彼女の思う騎士道を邁進し続ける。その姿は大変眩しく尊かったが、一部の者の劣等感をますます刺激してしまったらしい。噂は消えることなく、根強く残り続けた。
そうしてついに噂はアナベル様のみならずラキシス様にまで及び始める。アナベル様の出世はラキシス様が手を回しているからだ、元々そのつもりでアナベル様を引き取ったらしいだとか、昔の噂まで引き出されて彼らを貶めようとする者たちが嘘を作り上げて流布してゆく。
ラキシス様は露ほども気にしてはおられなかったけれど、アナベル様は違った。自身のことならば何を言われても精進すればいいだけだと割り切れても、ラキシス様の、家族のことを悪しざまに罵られるのはひどく堪え、まだ年若い少女の心を大いに傷つけたようだ。
ラキシス様がアナベル様を手駒にするために引き取ったという噂を信じはしなかったけれど、自分のせいでラキシス様が悪く言われてしまうと一人で思い悩んでしまったらしい。気にすることはないとラキシス様が言い聞かせても、アナベル様の心が晴れることはなかった。
そしてひとり思い詰めてしまったアナベル様が選んだのは、家を出ること。それも単に家を出るだけではなく、ラキシス様の後見を辞退し、ラキシス様に連なる家名を名乗ることまでもやめることを選んでしまったのだ。
その行動で今度はラキシス様とアナベル様が決別したとの噂が流れてしまったのだが、確かに一定の効果はあった。ラキシス様と切れたと見た外野、アナベル様に取り入りたい貴族や騎士たちがアナベル様に接触を始め、アナベル様はどこの家と懇意にしているらしい、いや他の者と通じているらしい、どこの息子と恋仲らしい等々、彼女を手にしたい各陣営から日替わりで正反対の噂が流されることによって噂の信ぴょう性自体が著しく下がり、その中でラキシス様の噂も有耶無耶になりやがて消えていった。
けして善きものだけではない、魑魅魍魎も跋扈する城や騎士団の中、ただでさえ注目を浴びやすいアナベル様を狙う存在はあまりにも多かった。
だからせめてラキシス様の後ろ盾を囁く噂が彼女を守る盾になればと敢えて根も葉もないそれを放置してたのに、思う以上に生真面目すぎたアナベル様が思い詰めて家を出てしまったのだ。
実の娘同様に可愛がっていたアナベル様の絶縁宣言ともとれる行動に、表面上は変わらないものの内心では非常に荒れ狂っているのが、補佐として接する機会の多かった私には手に取るように分かってしまった。あの頃のラキシス様を思い返せば、今でも背筋に寒気が走る。
汚職が発覚した役人や他国と内通し国の情報を売っていた貴族、彼らへの追及の手が常に増して苛烈を極めていたのは、八つ当たりもあったのではないかと密かに睨んでいる。私も長くラキシス様の補佐をしているけれど、あれほどまでに荒れに荒れたラキシス様を見たのは、アナベル様が家を出た時と ベルトラン様の片目が失われた時、その二回だけだ。
基本的にアナベル様は、人前でも二人きりでもラキシス様に一定の距離以上の近しい物言いをすることはない。それは家を出る以前から変わらず、きっちりと線を引いて上官としてラキシス様に敬意を払っていた。自慢の娘だけれど二人きりの時ぐらいはもう少し気を緩めてもいいのではないかと、ラキシス様が寂しそうに零していたからよく知っている。
そして家を出てからは以前にも増して距離を取っていたし、間違ってもラキシス様をお義父様なんて呼ぶようなボロを出すことはなかった。それどころかたとえ任務であっても必要以上にラキシス様と接触を持たぬよう、神経を尖らせているように思う。
ただでさえ生真面目な彼女は階級が上がっても部下に全て任せて手を抜くこともせず、夜遅くまで仕事をしていることが多い。適度に采配を振るって部下に仕事を任せることも上に立つものに必要なことであるけれど、アナベル様はそれがあまり得意ではない。部下以上に、彼女本人が仕事をこなそうとしてしまう。
生真面目さは彼女の美点であり、また欠点でもあった。まるで全てを投げうって騎士道を邁進するかのような姿に、頼もしさを覚えると同時に心配をしているのはラキシス様だけではなく私だってそうだ。きっと彼女に近しい騎士たちも同じ気持ちであることだろう。
「失礼します……!」
元気にやっているか、食事はきちんと摂っているか、無理をしすぎていないか、また変な貴族に訳の分からないちょっかいをかけられていないか、普段ならけして尋ねようとはしない問いをここぞとばかりに立て続けに並べてゆくラキシス様に、とうとうアナベル様が耐えかねたように強引に遮って足早に詰め所を出て行ってしまう。立ち去る後ろ姿、ゆらゆらと揺れる結んだ髪の束の間から覗く首は赤く染まったままだ。
「……嫌われますよ」
「ははは、それは困るなあ」
ぱたり、詰め所の扉が完全んに閉まったのを確認してから、大袈裟にため息をついてじろりとラキシス様を睨んでやる。ちくりと刺した私の言葉にもラキシス様は笑うばかりだったが、ひとしきり笑ったあとに、ふう、小さく息を吐き出した。
「また随分と無理をしているようだな、困った子だ」
基本的にアナベル様がラキシス様に近しい物言いをする事はない。万が一にもかつて義理の親子であったことを匂わせぬよう、ラキシス様の前では他の誰に対するよりも神経を張り詰めている。
それでも稀にラキシス様や私だけしかいない場でぽろり、厳重に着こんだ鎧が外れてしまうことはあって、それは決まっていつもにも増してアナベル様が無理をしていらっしゃる時だ。そんな時にラキシス様がアナベル様に必要以上に構いたがるのは、義父として娘と少しでも会話をしたい気持ちがあるのも本当だろうが、さりげなくいろんな質問を投げてアナベル様の反応を見る意味もある。
「まったく、なかなか膿は出きってくれないものだな……」
ぽそり、呟いたラキシス様は組んだ手の上に顎を乗せて目を閉じ、何やら思索を巡らせ始める。どうやら今回は何者かがアナベル様によからぬ手を伸ばしていると判断なさったらしい。
(それにしても、本当に親子でいらっしゃる)
ラキシス様は一見すればアナベル様のように不器用ではない。部下の扱いや人心掌握にも長けていて、適材適所を見極めてふるう采配は見事の一言。立場上戦場に出向く機会は減ったとはいえど、ミグランスの矛は鈍ることなく国の憂いを的確に貫き続けている。補佐として近くでその様を見ていたからこそ、仮に自分がラキシス様と同じ立場になったとしても同じように出来るとはとても思えない。
けれど、こういうところ。
既にラキシス様の頭の中では、怪しい動きをしている一派を炙り出す方法、果てはそれらを捕らえる方法まで幾通りもの方法が展開されているに違いない。そしてきっとそれは、ラキシス様たった一人で執り行われてしまうことだろう。それがアナベル様に関わることだから。ミグランスの聖騎士として重要な位置にあると同時に、娘のことに騎士団の仕事を増やす訳にもいくまいと思っているから。
そんなところだけは、アナベル様に似て生真面目で不器用なのだ。いや、アナベル様がラキシス様に似たのか。なにせ分かりやすくそうと分かるアナベル様より、普段は飄々とした態度に綺麗に隠してしまって分からせない分、ラキシス様の方が厄介で筋金入りだ。
(本当に困った親子ですね)
これでも長い付き合い、口で言ったくらいで変わるものではないと分かっているし、悔しいことに足の具合の悪い私では直接的な戦力にはなり得ない。だからせめてと、机の上に置かれた書類の一部を手に取る。これくらいなら私でも処理できる範囲だ。
どれほど思索にふけっていても、ラキシス様がそんな私の行動に気が付かない筈はない。けれど何も言われる事なく知らぬふりで預けてもらえるのは、その分だけ私が補佐官として信用されている証左に他ならないと思いたい。
(おや)
城内を歩く最中、廊下の端にアナベル様の姿をお見掛けする。こちらに気づいて目礼をした彼女に同じように目礼をして微笑みを向ければ、ずい、彼女の後ろからもう一人が表れてアナベル様を庇うように私との間に立ち剣呑な視線を向けてくる。ディアドラ様だ。
「ディアドラ! この方はラキシス様の補佐をしていらっしゃる方です! 下がりなさい!」
すぐさま慌てたようなアナベル様の叱咤の声が飛び、少しバツが悪そうな顔になったディアドラ様は反発することなく黙って後ろに下がる。そんな二人の様子を見て私はますます微笑みを深めた。
少し前からアナベル様の様子が変わり始めた。生真面目で不器用なところは相変わらずだったけれど、それでも以前に比べれば周りを頼りにすることが増え、ふっと柔らかな表情を浮かべる姿が見られるようになった。
きっかけの一つは、その時期と前後してアナベル様と共に戦う姿が見られるようになったミグランスの英雄であることは間違いないだろう。私も彼とは一度だけ顔を合わせたことがあるが、不思議と人を惹きつける空気のある好青年だった。
そしてもう一つのきっかけは、ディアドラ様だ。
傭兵として我が国にやってきたディアドラ様とアナベル様の仲は、当初は最悪だった。ディアドラ様はわざとアナベル様を挑発するように振舞っておられたし、アナベル様はそんなディアドラ様にいちいち柳眉を逆立てる。
飲み込んで内にため込むのでなく突っかかってゆく時点で、普段のアナベル様らしからぬ様子だったのだが、しばらくして険悪だった仲は一転、仲良く肩を並べて談笑する二人の姿が各所で目撃されるようになる。
互いに柔らかな笑みを浮かべ気を許した様子で語らう姿は数多の噂を呼んだが、その多くは好意的なものだった。魔獣王との戦いを経て既にアナベル様とディアドラ様の強さはユニガンに住まう民にまで広く知れ渡るところとなっていたし、戦場で凛々しく隊を率いたアナベル様と鬼神のごとき働きをみせたディアドラ様、ある種の人外じみた美しさと強さで偶像化されつつあったお二人が、年相応の顔で愛らしく笑いあう姿はあまりに戦場での姿と異なっていて、その差異が男女問わず多くの者の心を捕らえてしまったらしい。
特にディアドラ様については、以前は騎士団の中でも反発するものが多かったのだが、アナベル様と並ぶ姿が見られるようになるにつれ悪評も随分と収まりつつある。なんでも若い騎士や侍女たちの間では、ギャップ萌えだと囁かれてアナベル様と二分する人気が出始めているという。
ディアドラ様と過ごすにつれ、ラキシス様に対するアナベル様の態度も随分と和らいだものになった。さすがにところかまわず親しげな態度をとるようなことはないけれど、ぽつりぽつり、他の騎士と交わすのと同じくらいの雑談はラキシス様とも交わすようになったし、二人っきりになった時、うっかりの間違いでなくちゃんと意図してお義父様と呼んでもらえたのだとラキシス様が嬉しそうに話してもいた。喜ばしいことだ。
アナベル様とディアドラ様、彼女たちの本当の関係を知っているのは、一部の者だけ。実は血のつながった姉妹なのだとラキシス様から知らされた時は驚いたけれど、実際こうして並んだ姿を目の当たりにしてみればすとんと納得してしまった。髪や目の色は違えど面差しはよく似ているし、何より。全く正反対のように見えて、不器用なところがそっくりだ。
先日、ディアドラ様がアナベル様の副官に任命された。その手続きのための書類を作ったのは私だ。彼女たちを取り巻くものが以前より好意的になったとは言え、取り巻く不穏が無くなった訳ではない。副官になったのをきっかけに、よからぬ事を企むものが動き出したことも把握してこちらでも尻尾を掴むために動いているところだ。ディアドラ様の態度はそんな者たち、彼女たちから何かしらの利を得ようと近づいてくる輩を警戒して、あとはアナベル様の副官として張り切っている、といったところだろうか。何とも頼もしくて、微笑ましい。
私に申し訳なさそうにしつつディアドラ様を諫めるアナベル様の表情は、困ったようでありながらどことなく柔らかくもある。その瞳に宿る光はアナベル様を見守るラキシス様が浮かべるものと同じ。そして不遜を貫いているようで少ししょんぼりとしているようにも見えるディアドラ様もまた、ラキシス様に無茶を咎められた昔のアナベル様にそっくりだ。
(ああ、家族なんだな……)
ラキシス様とアナベル様、アナベル様とディアドラ様、それぞれに同じ色を見つけてすっかり嬉しくなってしまった私は、二人に別れを告げて足早に詰め所に戻る。
仕事は山積みだ。当面の魔獣の脅威は去ったとはいえ、魔獣軍の残党は各所に残っているし、城の復興の手筈や他国からの干渉への対処、不穏な貴族の動きの監視に牽制、やらなければならない事はあまりにも多い。
それでも。
今日はいつも以上に早く仕事を片付けて、器用そうに見えてその実不器用な敬愛すべき上官に、お節介を承知で提案してみよう。
たまにはご家族でお食事でもとられてはいかがですか。奥様と娘さん、そしてもう一人のあなたの娘と、あなたの娘の家族も一緒に、と。