パーソナリティ 斧


(今夜は楽勝だな)

闇の中、男は笑う。視線の先には赤々と燃え上がる焚火と、それを囲む複数の人影。
目にあてた遠眼鏡でそれを確認した男は、馬鹿にしたようにふんと鼻を鳴らした。
男は最近セレナ海岸に東から流れてきた盗賊団の一員だった。セレナ海岸で野営をする一団を狙いうち、何もかもを巻き上げる。
生憎、リンデとユニガンがさほど離れてはいないため夜をここで過ごす一団は少なく、専ら昼間に動いてはいたが元々は夜に動くことを得意としていた。そちらの方が顔を見られずに済むし、不意打ちの襲撃もかけやすい。
本来のやり方とは外れたやり方、更には騎士団を警戒してあまり大々的に動けず不満が募っていた男たちの前に、今日はとっておきの獲物が現れた。
どこの馬鹿かは知らないが、セレナ海岸の一角で焚火を囲み宴会を始めたのだ。さして強い魔物がいない地域とはいえ、あまりにも平和ボケした一団を発見した男は、東との違いに少々呆れに似た気持ちすら抱いたものだ。
まあ、その警戒心のなさのおかげで、こちらとしてはやりやすい。

(爺と、子供と、男が二人、女が二人。……あの男は、それなりにやりそうだな。あいつが
護衛か。だが足手まといを五人も抱えて、立ち回れる訳がない)
夜目がきくために斥候や偵察を任されている男は、遠眼鏡の先の人間たちの戦力を冷静に見極める。
やたらと上等な服を着た老人は優雅な手つきで何かを口に運んでいるから、おそらくは貴族だろう。全体的に動きが洗練されている。戦力になりそうにはないが、別口で確保すれば身代金をとれるかもしれない。なるべく傷つけずに確保するよう仲間に伝えておこう。
一方、子供はひたすらもぐもぐと何かを食べていて、こちらはとても貴族には見えない。その辺の下町にいそうな子供だ。老人と違い身代金をとれそうには見えないが、子供は脅しのための人質にも使える。あれだけ食べていればいざという時、腹が重くて動きも鈍くなるだろう。都合がいい。
子供の隣で共に飯を食べているのは、おそらく護衛だと思われる男。遠眼鏡越しにもその目つきの鋭さは分かったが、ろくに見張りにも立たず呑気に食事をとっている事からして、さして脅威とも思えない。こちらの手勢は十数人、あの男一人なら難なく潰せる筈だ。
もう一人の男は、やたらと大仰な身振り手振りで何やら仲間に語りかけている。とても素面には見えない様子からして、たらふく飲んで酔っ払っているに違いない。制圧の際に余計なことをされて万が一街まで助けを呼びにでも走られたら面倒だから、これもいたく都合がいい。
女二人は、ひたすら杯を傾けていてこちらも上機嫌で飲んでいるように見える。二人ともいい女だ。顔は見えないが、その体つきは極上だった。女のうち一人は、飲みながらふらふらと歩き回り仲間たちの肩に腕を回して絡んでいるようで、ちょっぴり面倒くさそうな気配もあったが、まあいい。酔っ払った女に出来ることなんで、たかが知れている。
もう一人の女は静かにちびちびと飲んでいるようだが、その頭に獣を模した仮面をつけていることに気づいた男は、少しだけ警戒する。あれは山賊の類が好んでつけるものだ。もしかして目つきの鋭い男だけでなく、あの女も戦力なのかもしれない。男同様、見張りもせず飲んでいる時点で脅威とも思えないが、用心するに越したことはない。

ざっと戦力分析を終えた男は、一旦遠眼鏡から目を離して眉間を揉む。夜目がきくとはいえ、暗闇の中で目を凝らしていればそれなりに疲れる。
まあ、でもそれだけの収穫はあった。あとは仲間に伝えるだけだ。その前にもう一度、念のため位置取りを確認しておこう。
そうして遠眼鏡を覗き込んだ男は。

「ヒッ!」

思わず息を飲み、遠眼鏡を取り落とした。
なぜなら、覗き込んだ遠眼鏡、丸く切り取られた視界の中に存在する六人が全て、こちらを向いていたのだ。一瞬前まで浮かべていた表情を全て消し去った、感情の窺えないのっぺりとした顔で。しかも六対の目は、明確に男を見ていた。遠眼鏡越しに目が合った。そう、遠眼鏡を使っている。遠眼鏡を使わねば見えないほど、離れた距離にいる。それなのに彼らは全て、遠眼鏡越しに男の目を貫いた。
震える手で、男は落とした遠眼鏡を拾う。何かの間違い、気のせい、見間違い。そうだ、見間違いに違いない。そんな事、ある筈がないのだから。
確かめるのが怖かった。けれど確かめずにはいられなかった。確認して、全部は気のせいだったと自身に言い聞かせて、先ほど見た光景を脳内から消し去りたかった。
そして再び覗き込んだ先、こちらを見る六対の目は消えていた。しかし安心は出来ない。文字通り、影も形も消えていたからだ。見えるのは、赤々と燃え上がる焚火だけ。

「素敵な夜に、無粋なお客人はご退場願いましょう」

どういう事だ、考える暇もなかった。男のすぐ後ろ、ひどく穏やかな声が聞こえたと同時。首の裏に衝撃を受け、男は意識を失った。


「そっちはどう?」
「問題ない。全て殲滅した」
「こっちも気絶させて縛って放り込んでおいたわ」

しばらくの後、人のいなくなった焚火の周りに再びぽつぽつと人影が集う。それぞれ手には斧を持ち、僅かに息を上げることもなく四方の闇の中から戻ってくると、何事もなかったように宴会を再開する。
やがて白み始めた空、明るくなったユニガンの門前には、近頃セレナ海岸を荒らしていたとおぼしき賊たちが気絶したまま無造作に放置され、更にはついでとばかりに気絶した魔物や魔獣も一緒に並べられていた。
その原因の大元、行きつけの酒場のマスターより頼まれ賊退治ついでに宴会を開いたミランダは、礼と共に振舞われた酒に大いに気を良くした結果、不埒な輩を捕まえるため、という建前を掲げ、以後も定期的に同じ仲間たちを誘っては夜の野外で宴会を開くようになったのだった。