シュゼット


最っ悪。
ぷくり、頬を膨らませたシュゼットはむっすりと唇を尖らせる。
人差し指に絡めるのは、結んだ髪の毛の束。今日のシュゼットの不機嫌の原因だ。
今日はなぜか、満足のいくように髪型が決まってはくれなかった。アルドたちと合流する予定時間に間に合うぎりぎりまで、ちまちまと弄くってみたけどちっとも思い通りになってくれない。
それくらいのことで不機嫌になるなんて子供っぽいかもしれないけれど、だってしょうがない。髪型がぱっちり決まってるかどうかは、とっても、とってもとっても大事なことなのだから。たとえ戦闘で乱れるものだったとしても、朝、鏡を覗いた時。そこに写る髪型の形一つで一日のテンションが決まるといっても、過言ではない。そういうのって、すごく大事なことだ。
髪型だけじゃなくって、襟の形もスカートの皺も何もかも全部最高にお気に入りの形に仕上げられたら、それだけでその日はとびっきりいい日になりそうな気がするし、一つでも崩れてしまったらそれだけでほら、もうちょっぴり憂鬱になってしまう。
だから今日は、最悪の出だし。隠す事が出来ずにむき出しの不機嫌のまま、合流したシュゼットにアルドがちょっぴり困った顔で何があったのか聞いてくれたから、最悪の最悪よりは少しだけましになったけれど、まだまだ尖らせた唇を引っ込められそうにない。
だって、だって、アルドってば、「いつも通りよく似合ってて可愛いよ」だなんて言うんだもの!
シュゼットは憤慨する。可愛いって言ってもらえて悪い気はしないけれど、こんなにもいつもと全然違うのに。アルドってば、ちっとも分かってないんだから!
それでも、シュゼットはもう子供じゃない。立派なプリンセス、闇の淑女なのだ。戦闘になったらちゃんと、機嫌を直すつもりではいる。だからそれまでの間もう少しだけ、不機嫌でいさせてほしい。

シュゼットを気にするアルドや他の仲間たちからの視線を感じてはいたけれど、ぷい、そっぽを向いたタイミングで。新たな仲間が合流する。フォランだ。
息を切らせて駆けよってきた彼女は、軽く息を整えるとすぐに仲間たちと話し出す。シュゼットは相変わらずつんとそっぽを向いたまま、何気なく耳はそちらに傾けていた。別に聞き耳を立てている訳じゃない。勝手に聞こえてくるだけだ。
しばらくはみんなととりとめもない話をして、楽しそうに笑っていたフォランだったけれど、そのうちにシュゼットのいつもと違う様子に気が付いたようだ。ねえ、シュゼットどうしたの、誰かに尋ねる声が聞こえたから、シュゼットはますます膨らませた頬に空気を入れる。
けれど聞かれた仲間が答える前、とても自然な調子でフォランがシュゼットに話しかけた。

「あれ、シュゼット、今日はいつもより髪、ちょっと緩めじゃん」

それはまさしく、今日のシュゼットの不機嫌の原因そのものだった。髪の毛が気に入る形にまとまってくれずに、二つに結んだツインテールがぶわりと膨らんで頭が大きく見えてしまう。それがとっても嫌で、憂鬱だったのに。

「いつものも可愛いけどさ、今日みたいなのもふわっとしてていいね。かわいい」

そうして続けられた言葉に、シュゼットは頬の空気を抜いて尖らせた唇を引っ込め、背けていた顔をぐるり、フォランの方に向ける。

「……ほんとうに?」

だって鏡で見た時は、とっても不格好に見えたのに。アルドも可愛いとは言ってくれたけれど、いつもと何が違うかすら気づいていなかったのに。
見つめたフォランの顔は、嘘をついているようには見えない。どちらかと言えばシュゼットが聞き返したことについて不思議そうな顔をしているように見える。

「……おかしくない?」
「えっ、全然。いつもとは違うけど、そっちもかわいいよ。似合ってる」

重ねて問えば、びっくりしたような、意外なことでも聞いたというような口調でフォランが答えてくれる。
そのフォランの言葉で、一気にシュゼットの憂鬱が何もかも吹き飛んでしまった。
可愛いってだけならアルドも言ってくれたけれど、アルドのそれとは全然違う。だってフォランはちゃんと、シュゼットの髪型がいつもとちょっと違うって気づいた上で、それも可愛いって言ってくれたから。シュゼットのご機嫌とりのためじゃなくって、本当にそう思ったから、そんな口調で言ってくれたから。たったそれだけのことで、ころりと気分が上向いてしまう。うきうきと心が弾んで、むずむずする唇が緩んでしまいそうで仕方ない。
堪えきれずにこにこと笑みを浮かべてしまえば、シュゼットたちを窺っていたアルドたちの視線がほっとしたような、呆れの混じったものに変わった気がするけれど、もうそれくらいじゃへそを曲げたりなんてしない。
だって今日のシュゼットは、いつもとちょっぴり違うけれどそっちもちゃんと可愛い、闇のプリンセスなんだもの。ちっとも分かってない鈍感なアルドのことも、広い心で特別に許してあげる。

最悪の一日だと思ってたけど、もしかして今日は最高の一日かもしれない。
とびっきり気分がいいから今なら、立ち塞がる敵を突き出した槍の一振りで全て屠れそうな気がした。