「遠乗りにでも行くか?」


「はあああ、すっげえ楽しかった!」

 エルジオン周辺に漂う小島の一つに降り立ったデューイは、興奮も冷めやらぬ様子でセティーへと詰め寄った。
 デューイたちを小島へと連れてきてくれたのは、セティーのバイクだ。赤い二輪車の後部座席に乗って空を駆けるのは、今まで体験したことのない高揚感があって、借りたヘルメットも外さないままぴょんぴょんとセティーの周りを飛び跳ねてどんなに楽しかったか夢中で喋っていれば、苦笑い混じりの微笑みを浮かべたセティーが、デューイの被ったヘルメットを取り外してくれる。

 工業都市廃墟での戦闘中のことだ。合成人間と戦うことにはある程度慣れたとはいえ、連戦ともなれば長く病院のベッドで過ごした体には疲労が蓄積してゆく。リハビリをこなしてある程度の体力はつけたとはいえ、他の仲間たちに比べるとどうしたってスタミナが切れるタイミングは早い。
 そうして溜まった疲れで、デューイの集中力が途切れがちになり始めた頃。戦闘後にセティーが声をかけてくれたのだ。「これが終わったら、遠乗りにでもいくか?」と。
 もしかしたら本気じゃなかったのかもしれない。気分転換のために、わざと冗談で口にしただけかもしれない。
 けれどデューイがたちまち目を輝かせて「ほんとに?」と勢い込んで尋ねれば、セティーはそれを冗談だと言って撤回する代わり、約束してくれる。「ああ、本当だ。だからもう少し、頑張れるか?」とぽんぽんとデューイの頭を撫でながら尋ねるセティーの言葉に、返す言葉は「もちろん!」以外、存在する訳がなかった。

 すっかりとやる気を取り戻してその後はクリティカルヒットを連発したデューイとの約束通り、予定した戦闘が終わってアルドと別れ仲間たちが解散したあと、セティーはいつの間にかレトロが用意してくれていたヘルメットをデューイに手渡すと、バイクの後ろに乗せてくれた。最初のうちは工業都市廃墟の中をぐるぐると走り回って終わりにするつもりだったようだけれど、デューイが物足りなさそうにしているのに気づくと「少し飛ばすぞ」と宣言して、一気に速度を上げて工業都市から抜け出すと、そのままの勢いでプレートからも飛び出してしまった。
 真っ青な空を駆けるのは最初は少し怖かったけれど、べしべしと頬を叩く風の強さが気持ちよくって、心なしか息苦しいのが楽しくって、すぐに慣れて恐怖が興奮にとってかわった。

 もっともっと、いつまでもどこまでも走ってゆきたかったけれど、空に飛び出してそれほど経たないうちにバイクはスピードを落として小島へと着陸してしまう。もっと乗っていたかった、そんな不満が顔に出ていたのだろうか、ちろりとセティーを見ればなだめるような口ぶりで、そろそろ疲れてきただろうと諭される。そう言われて始めて、太ももの内側の筋肉が強張って痛みを持っていることに気づいたデューイは、納得して後部座席からぴょいと飛び降りた。
 一通りセティーにどんなに空の旅が楽しかったか語ってから、今度はぐるぐると停められたバイクの周りをまわってじっくりと観察する。本当は触れてみたかったけれど、「熱くなっている場所があるから危ない」と止められてしまったから、我慢して見るだけに留める。
 それにしても、ガリアードのバイクもかっこいいけれど、セティーのバイクもかっこいい。形もかっこいいし、色が赤いのもいい。いいな、いつかオレもこんなの、自分で運転してみたいな。そんなことを考えながら、バイクから目は離さないままセティーへと質問を投げかける。

「ねえねえ、オレにも免許とれるかな? やっぱり難しい?」
「いや、慣れればどうってことないさ。OSをインストールすれば自動運転モードにも出来るしな。……足りないのは年齢だけだ」
「うう……あと何年か待たなきゃダメかあ……」

 こんなかっこよくてすごいものを自在に操るには、特別な技術が必要な気がしてしまうけれど、セティーの口ぶりからしてそれほど難しいものではないらしい。ただ年齢だけはどうしようもないから、まだ当分はお預けだと理解してちょっぴりがっかりしてしまう。
 そんな、がくりと肩を落としたデューイを見て、セティーが小さく笑う気配があった。

「バイク、そんなに好きだったんだな」
「うん! でもね、オレよりもっと……っ!」

 バイクは好きだ。すぐに元気を取り戻して勢いよく頷いたデューイは、その先を続けようとしてひゅっと息を飲み込み口を噤む。
 だって。……だって。

「……オレよりもっと、オレの友達が好きだったんだ。オレのは全部、そいつからの受け売り」

 少し間を開けてから、紡いだ言葉は微かに震えていた。
 幼い頃からずっと同じ病院にいた友達が、病と闘う仲間たちが、長い時間を過ごした家族が、デューイ以外みんなもう、この世にいないことは分かっているつもりだ。けれどどこかではまだ受け入れられてはいなくって、信じられなくって、本当はどこかで生きてるんじゃないかと信じたくって、まるで今もみんなが存在しているかのように、みんなのことを口にしてしまうことがある。そうしてみんなのことに触れた途端、彼らがいないことを思い出して、ぐっと胸が締め付けられて落ち込んでしまうのだ。
 デューイの言葉を聞いたセティーは、そうか、と一言呟いたきり、それ以上は何も言わなかった。慰めることもなく、それ以上の事を聞いてくることもない。黙ったまま、ただ、頭を撫でてくれる。
痛ましさを前面に出して気遣われてしまえば彼らの不在を実感してより悲しくなってしまうし、かといってあっさりとスルーされてしまえばそれはそれで寂しい。そんな相反する気持ちを持ったデューイにとって、セティーの無言の優しさはちょうどよくって心地が良かった。

 しばらくセティーの手の温度を甘受したデューイは、ずずっと鼻を啜ってぐしぐしと乱暴に目元を拭ってから、ばっとセティーを見上げた。こちらを見つめる眼差しの色は、穏やかで優しい。

「あのさ。オレがバイク乗れるようになったらさ、一緒にツーリング、行ってくれる?」
「それは、今から楽しみだな」

 そうしてデューイがいつかの未来の話をすれば、僅かに目尻が下がって口角が上がり、浮かんだ微笑みは社交辞令の嘘じゃなく、本当に楽しみにしてくれているように見える。
 その、セティーの表情に、友達の姿が。金髪でも碧眼でもなくって、デューイより二つ上、大人になれないままいなくなってしまった彼とセティーとでは、何もかもが違っているのに、不思議と彼の姿が重なって見えた気がして。
 絶対だからね、と念を押したデューイの言葉に、ああ、もちろん、返ってきた同意の言葉には、二人分の声が重なって聞こえた気がした。