ダルニスが仲間になった!


いつもならきっと、もう少し慎重に立ち回っていたことだろう。
ヌアル平原の奥に生じた、見慣れぬ青白い光。一目見て明らかに異質だと分かるそれに、何の策もなく近づくだなんてとてもらしくはなかった。
ダルニスの幼馴染のうち、特にアルドとメイが考えるよりも先に体が動く性質だったから、彼らの分までダルニスが周りに気を配るのが半ば癖のように身に染み付いていて、常ならばけして近づこうとはしなかった筈だ。

なのにダルニスは、気づけばその光に近づき中心を潜り抜けていた。まるでそうするのが当然のように、自然と足が動いてしまった。
光の先にあったのは、ヌアル平原とは似ても似つかない奇妙な部屋と、真ん中に立つ怪しげな男。
仮に月影の森だったならば、足を踏み入れたことのない場所はあって、特に奥の方は人が踏み入ってはならない場所だと周知されているから、うっかりとそんな場所に迷い込んでしまったのかもと疑う余地がある。
けれどヌアル平原ならば隅から隅までどこに何があるか熟知している上、その日の朝も見回りをしたばかりだった。故に朝の時点でヌアル平原に、こんな奇妙な部屋が存在していなかったことは確かだった。

警戒心を抱かなかった訳では無い。念の為、いつでも弓を射れるように矢筒に手をかけていた。
けれど同時に、さほど警戒を抱く必要もないのだとなぜか理解していた。初めて訪れる場所なのに既視感がある気がして、ローブを被った男、奇妙な舘のあるじを名乗る老人にも初対面の筈なのに酷く懐かしさを覚えて仕方ない。
老人の話す言葉はあまりにも抽象的で、ダルニスの置かれた現状を説明するには足りないものが多すぎた。
なのにそれらの言葉はすとんとダルニスの腑に落ちる。分からないのに、彼の言葉に嘘はないと、彼はけして敵ではないのだと理性より奥、本能に近い部分が囁いていた。
何も分からないまま、けれど何かが分かった状態で放り出されたのは、周りを闇で包まれたどこか。
遠くに見える灯りを頼りに慎重に足を進めれば、近づくにつれ灯りの下に人影があるのが見えてくる。
あれがオレの仲間か、と老人の言葉を思い返し無意識のうちにそれ理解して歩みを速めながら、その姿をはっきり認識してしまう前にそちらに向かって大声を張り上げた。先にいるのがこれから共にゆく自分の仲間だと頭のどこかで理解はしていたけれど、それがなぜなのかは相変わらず分かってはいなかったから、つい緩みそうになる気を引き締めて、未知の相手への多少の牽制を込めたつもりで。
そして。

「警備隊所属、ダルニスだ。弓の扱いには自信が……って、お前、アルドか!?」

そこに見慣れた幼馴染の姿を見つけて、ようやく。
ああ、全てはアルドへと繋がっていたのかと、だからこんなにも懐かしくて警戒を抱く気にならなかったのかと、心の底から納得したのだった。


近くに停泊しているという船に案内されるまでさほどの時間はかからず、その間にアルドから受けた説明はほんの僅かでしかないが、しかしそこは長年の付き合い。
フィーネを助ける旅をするうちに仲間が増えていったこと。その中にはあの不思議な空間を通じて知り合った仲間も多くいて、ダルニスもその一人だということ。既にメイが仲間としてアルドの旅に同行していたこと。
それだけ分かれば当面の理解としては十分だった。

船、とは言ったものの、アルドに連れてゆかれて対面したものは、ダルニスの想像する船とは随分と様相が異なっている。まず大きさが想定していた数倍あったし、木ではなく金属で出来てにることにも驚いた。
しかし何より信じられなかったのはその甲板に設置された巨大な像が、アルドが近づくと声を発したことだ。まるで中に人間が入っているかのように喋る像に目を丸くしたダルニスをよそに、アルドは彼、彼? ……おそらくは彼と、親しげに言葉を交わし始める。

「新しい仲間を迎えたか、アルドよ」
「ああ、ダルニスだ」
「ほう、彼奴が……」
「ダルニス、こっちは合成鬼竜」
「うむ、合成鬼竜Zだ」
「……よろしく頼む、合成鬼竜?」
「合成鬼竜Zだ」

アルドの言葉にぎょろり、と像の目が動いた気がして、ダルニスは内心の緊張を悟られぬよう軽く頭を下げた。その際、アルドから告げられた名前をそのまま繰り返せば、なぜか力のこもった声で訂正を入れられる。それが妙に人間くさく感じられて、気張っていた身体の力が少し抜ける。

「おいアルド! 俺サマのことも忘れんなよ!」
「ああ、分かってるって。ダルニス、あっちは主砲だ」
「よろしくな!」
「……ダルニスだ、よろしく頼む」

一通り自己紹介を終えた所で、背後からかけられた声に振り返れば、人らしき姿は見えない。けれどぐるぐると大砲のようなものの砲身が動いているから、もしかしてと思えばアルドが当然のように彼、彼……彼の事も紹介する。合成鬼竜Zと名乗った像とは違って変わった大砲にしか見えないものが喋りだした事に驚くより先に、そんな彼らを仲間にしているアルドがあまりにダルニスの知る幼馴染らしすぎて、乾いた笑いが漏れそうになる。ダルニスの常識では合成鬼竜も主砲も喋るものではなかったけれど、アルドがあまりにもいつも通りすぎて、疑問を挟む余地すらなかった。

「そうだアルドよ、話しておきたい事があるのだが」
「うん? 分かった、ダルニスを案内してから……」
「いや、オレなら大丈夫だ、気にしなくていい。先に中へ行ってるぞ」

二人、二体……二人への紹介を終え、じゃあ、とダルニスを連れて船の中へと進もうとしたアルドを、合成鬼竜の言葉が引き止めた。アルドがそれを受けてダルニスを優先しようとする素振りを察し、合成鬼竜の返事を待つことなく首を振って止める。
もしかしたら多少、虚勢のようなものがあったのかもしれない。未知の状況に少なからず戸惑いを抱えている自身をアルドに見抜かれて気遣われている気がして、あまり情けない姿をみせたくないとちらりと負けん気が顔を出したのかもしれない。
いつもなら、村にいた時なら。
ダルニスといる時、村の誰かに声をかけられれば、申し訳なさそうな顔をしてダルニスに断ってから、村人の話を聞くことを選ぶアルドが、ダルニスならそうしろと促すことを分かっていて行動するアルドが。ダルニスとの待ち合わせにはしょっちゅう遅れてくるほど気の抜けた様子を見せていたアルドが、身内に対する甘えの混じったそれらの行動をダルニスが許容すると分かっているアルドが。
ダルニスの方を優先しようとしたことが、どこか他人行儀に思えて面白くなかったのかもしれない。
ダルニスの言葉に逡巡している様子のアルドに、中にいるのはお前の仲間なんだろう? と付け加えれば、アルドの目が嬉しげに細められる。アルドの仲間なら何も心配はない、と言外に込めた信頼を正確に読み取ってくれたのだろう。

じゃあダルニス、後で、と手を振って合成鬼竜に向き合ったアルドの背中に満足して、ダルニスは甲板を進む。
入口がどこにあるかよく分からなくて戸惑いそうになったが、それらしき場所に進めば「そこの台に乗ってそこのボタンを押しゃあ、中に入れるぜ!」とタイミングよく主砲が教えてくれたから、礼を言って告げられた手順に従えば、ぐうんと乗った台が下がって中に入ることが出来た。
足元が下降する慣れぬ感覚は些か気持ちが悪く、ガコン、と台が止まった気配があっても、しばらく動き出すことが出来なかった。しかし長く留まっているのも落ち着かないと、硬直が解けてすぐにそこから降りて、ふう、と一息ついていれば。

「あーっ!」

すぐ目の前、開いた扉から飛び出してきた少女が、ダルニスの姿を見つけると目を丸くして大声をあげる。
驚いたダルニスがまじまじとその少女を見つめれば、彼女はどこか興奮した様子でぱたぱたと駆け足でダルニスに近寄ってきた。

「もしかしてダルニス?! バルオキーの!」
「あ、ああ、確かにオレの名前はダルニスだが……」
「やっぱりー! すぐ分かったもん!」

ダルニスの見たことの無い変わった服装をした彼女は、近づいてくるなり目をキラキラさせてダルニスの名前を呼ぶ。
見知らぬ少女に名前を呼ばれた事に戸惑いはしたものの、彼女の勢いに押されてぎこちなく頷けば、嬉しそうに手を叩いた少女がぐいぐいと更に距離を詰めてきた。
いろいろ聞きたいことはあったものの、ダルニスが疑問を口にする前にポケットから四角い板を取り出した彼女が先に口を開く。

「ね、ね、一緒に写真撮っていい?」
「しゃしん……?」
「えーっとね、すぐ出来る絵みたいなもんだよ」
「……よく分からないが、まあ、構わない」
「あははっ、アルドと同じようなこと言ってるー! すごいね、ほんとにダルニスだ!」

少女の言う写真について、説明されてもよく分からなかったが、ダルニスに向けられた視線に悪意も後ろめたさも一欠片も混じってないかったら悪いものではないのだろうと判断して頷けば、少女がきゃらきゃらと明るい声で笑った。
はいポーズとって、レンズ見て、とダルニスの知らない言葉でてきぱきと出される指示に迷ううち、いつの間にかダルニスの横に並んだ少女が、伸ばした手の先に持った板を高く掲げれば、ぱしゃりと板から音がした。そうしてすぐさま、ほらほらと少女が差し出した板を覗き込めば、ダルニスと少女の姿を精巧に描いた絵が表示されている。
一瞬のうちに描きあげられた絵に目を白黒させていれば、ようやく少し興奮が落ち着いてきたらしい少女に、フォランだと改めて自己紹介を受け、促されるままに船の中を進んだ。
並んで歩くうち、アルドの旅が時代を越えて続いていることを知らされて驚き、少女、フォランがダルニス達の生きる時代よりずっと先に生きているのだと知ってまた驚く。先程のアルドの説明で大体のことは一応察したつもりだったけれど、さすがにそこまでは予想していなかった。
とんでもないな、と正直な感想を呟けば、苦笑いを浮かべたフォランがだよねー、と頷いてから、でもまあアルドだし、とぼそりと付け加えた言葉でダルニスも思わず納得してしまう。とても信じられないけれど、その中心にアルドがいるならなぜだか納得してしまえる気がした。あの幼馴染にはそういう所がある。
そして同時にフォランの言葉で、彼女は本当にアルドの仲間なんだなとしみじみと実感もする。だってアルドだし、というのはアルドに近しい人間ほど、よく口にする言葉だったから。

ついさっきまで初対面だった筈の少女と、アルドだし、アルドだからな、とうんうんと頷きあって通じあった所でちょうど、目的地に辿り着いたらしい。アルドに大丈夫だと言ったものの、見た目では中に何があるのかさっぱり分からない船の中、一人なら盛大に迷っていただろう。早々にフォランに会えた事は幸運だったと礼を告げようとすれば、それより先、しゅっと扉を開いたフォランが大きな声で部屋の中に向かって叫んだ。

「みんなー! ダルニスが来たよー!」

言い終わると同時に素早くダルニスの後ろに回ってぐいぐいと背中を押すフォランに促されて中に入れば、広い室内、十数人の視線が一斉にダルニスへと向けられていて少々怯む。
その中から一人、まだ幼さの残るとんがり帽子を被った少女が、満面の笑みでダルニスに駆け寄ってきて、躊躇いもなくぴょんと飛びついてきた。

「ダルニスくん、会いたかったのー!」

村のちび達にしてやるのと同じように勢いで受け止めてしまったが、幼いとはいえ初対面の少女に失礼だったかと慌てたものの、彼女はにこにこと嬉しげに笑っていて気を悪くした風もない。そんな腕の中の少女がダルニスに向ける笑みは、とても知らない相手に向けるものには見えず、旧知の相手に対するものにしか思えなかった。
そういえばフォランも同じような態度だったなと訝しく思えば、少女に続いてダルニスの周りに集まってきた人々も、程度の差はあれ、ダルニスを知っている様子で親しげに声をかけてくる。

「貴殿が噂のダルニス殿でござるか!」
「……本物のダルニス」
「お兄ちゃんの言ってた通りの人だぁ」
「遅かったな、ダルニス!」
「やっぱりダルニスは来ると思ったんだよ、賭けはあたしの勝ちだね!」
「賭けは全員来る方に駆けてたから無効だろう」
「あ、あの、あの! お会い出来るのを楽しみにしてました!」

わいわいと楽しげに盛り上がる彼らの言葉に合間には所々聞き流せないものもあった気がするが、いかんせんダルニスは一人、離れて様子を見ていた者もいたが複数人に囲まれて口々に喋りかけられればそれぞれにうまく対応するのは難しい。
そんな混沌とした中、周りに気圧されているダルニスに気づいたか、どこからどう見ても蛙にしか見えない男がゲココと鳴いて周囲を諌めると、一人一人自己紹介をしていくように促す。助かったと彼の気遣いに感謝はしたが、なぜ蛙が、と疑問に思ってしまったのは仕方のないことだったと思う。

それにしても、と。
一通りアルドの仲間たちから自己紹介の言葉を告げられたダルニスは、その面々の多種多様さに改めて圧倒されていた。フォランのように未来に生きる者だけではなくずっと昔、2万年近く前の人間もいると知って目を剥き、明らかに人間には見えない、蛙や金属の人形を模した者に驚き、裏の世界で生きる気配を纏う幾人かに警戒を抱き、ユニガンで何度か見かけた事のある高名な騎士や話に聞いたことのある神殿の秘蔵っ子の姿に仰天し、果てはどこからどう見ても王族にしか見えない少女を見つけるに至って頭が痛くなってきた。
やりすぎだアルド、と呟いても、まあアルドだしな、と徒労と共に考えてしまう自分が少し憎い。
そうして一番最後。成り行きを見守っていたらしい、よく見知った幼馴染の苦笑いを見つけた時は、さすがにほっとしてしまった。
ダルニスの気疲れした様子に気づいたメイが、悪いけど、と周りに断ってダルニスを部屋の隅に引っ張ってゆく。まだまだダルニスと話したそうにしていた幾人かも、メイの言葉を聞いてすんなりと頷き、めいめいに散っていた。

「アタシの時も似たような感じだったよ。ここまでじゃなかったけどさ」

ようやく気心の知れた相手と二人になり、大きなため息をついたダルニスに、メイは笑ってぽんぽんと背中を叩いた。
聞けばメイが仲間になった時も、ダルニス同様仲間に囲まれて集団自己紹介を受けたらしい。

「アルドがさ、村の話よくするから、その時にアタシたちの事も話してたみたいなんだよね」

どうして皆自分のことをよく知っている素振りなのか、とダルニスがずっと抱えていた疑問をようやく口にすれば、あっさりと納得のゆく答えが得られた。
ダルニスたちは年が近いこともあって、村ではよく一緒に過ごしていたから、アルドが村の話をすれば自ずとダルニスやメイの話が挙がっていてもおかしくはない。
ダルニスが理解して頷けば、メイが少しだけバツが悪そうな顔をしてそろりと目を逸らした。

「あと……アタシにアルドの話聞きたがる子も多くってさ。ほら、だってアルドでしょ?」

でもまあアルドだし、とついさっき、フォランが口にしたのと同じようなことを告げたメイの言葉に、アルドだからな、と同じ言葉で相槌を打つ。
アルドの事だ。仲間ともなれば事務的に行動を共にするだけでなく一人一人と親しくなっているのは考えなくても分かることで、そうなればアルドの話に出てきたダルニスやメイに興味を持つのも、そんなメイにもっととアルドの話を聞きたがる者が出てくるのも分かる。

「で、アタシとアルドの話ばっかりするのもちょっと恥ずかしいからさ。つい、フィーネちゃんとか、ダルニスとの話もいっぱいしちゃったんだよねー」

えへへ、と気まずげに笑ってから、ぱん、と目の前で手を合わせて頭を下げたメイに、そういうことかとダルニスはまた深いため息をついた。
流れとしては分かる。ダルニスだって特にアルドに懐いている村のちびたちに請われてアルドの昔の話をしてやることはあったし、メイだってそれは同じで、アルドだってダルニスたちの話をしてやっているのも知っているから、ある意味ではお互い様だ。
けれど部屋の中から聞こえてくる「アルドとダルニスが釣りした時のあれほんとかな?」「彼、甘いものはあまり好まないのでしたね」「今日の夕飯ダルニスの好きなものにしてもらおうよ」とわいわいとダルニスの話題で盛り上がるアルドたちの仲間の中にいるのは、彼らの口ぶりに好意しか滲んでいないと分かっても若干居心地が悪い。まるでダルニスたちの小さな頃をよく知っている村の年嵩の大人たちに、悪気なく昔の話を蒸し返されて大きくなったねえと子供扱いをされている時のような照れくささがあった。
目の前の幼馴染が、そんなダルニスの現状の一端を担っていると知って思わずじとりと睨めつけてしまう。
ごめんごめん、と謝ってぽりぽりと頭を掻いてからメイは、あのさ、と声を潜めて小さな声で囁いた。

「なんとなーくだけどさ、アタシ、そのうちノマルも来るんじゃないかなって気がしてるんだよね」

まるで小さな頃、子供だけの秘密基地で大人には内緒でイタズラの作戦を練った時みたいに、悪戯っぽい笑みを浮かべたメイの言葉に、ダルニスは静かに頷いた。

(許せ、ノマル。お前がすごくいいやつだって話してやるだけだ)

アルドやメイが語る想い出に自分が混じっている事に悪い気はしなくても、それがちょっと気恥ずかしい事であるのはどうしたって否めない。けれどアルドの旅の一員に加わった以上、メイと同様アルドの話をねだられるのは必至だろう。
ならば、とメイの言わんとすることを正確に汲み取ったダルニスは、ノマルが来るまでにたっぷりと、ノマルとアルドの昔話を聞かせてやろうと心に決めたのだった。