ゴブリン惨歌


「第二十三回緊急ゴブ会議を始めるゴブ。議題は勿論やつらの事についてゴブ」

月の照らす森の奥。
小さな池のほとりに集まったゴブリンたちの中心、『ぎちょう』と書かれたたすきをかけた一体のゴブリンから、始まりの言葉が発せられた。

「あいつら、一体何なんだゴブ」
「分からないゴブ」
「どっから来てるゴブ」
「突然現れて突然消えるゴブ」
「対策は」
「ないゴブ」
「もっと真面目に話し合うゴブー!」

しかしそれらしい体裁を保てたのは初めの一言二言だけ。
議長ゴブリンの問いかけに間を置かずあちこちから答えが返ってくるも、そのどれもがてんで話し合いに発展しそうにない投げやりなものばかり。
ついには議長ゴブリンがばたばたと足を踏み鳴らしてぷりぷりと大声を張り上げたものの、周りのゴブリンたちのやる気は薄い。
なにせ既に二十二回のゴブ会議が開催されていて、それでも尚まともな対策が見つかってはいないのだ。やる気を維持して臨み続けろと言うのはなかなかに難しい。

ゴブリン達の頭を悩ませているのは、少し前から彼らのテリトリーにずかずかと侵入してきて、暴虐の限りを尽すようになったとある人間の集団のこと。
やたらめったら強いそいつらは、一度の襲撃では飽き足らず何度も何度もしつこくゴブリンたちの元へやってきては、か弱きゴブリンを蹂躙して去ってゆく。強さもさながら、現れるタイミングも方法も目的も何もかもが不明故に、ひどく不気味で恐ろしい集団だ。
最初のうちはそいつらをどう追い返すか、どう仕留めるかで盛り上がっていたゴブ会議も、繰り返す襲撃によりいつしかテーマがどうそいつらをやり過ごすか、いかにダメージを受けずにやられたフリをするかに移ってゆき、今では多くのゴブリンたちが自分なりの断末魔の悲鳴(仮)を会得している。消極的ではあるけれど一応は、重ねたゴブ会議の成果とも言える。

「もっと前向きに考えるゴブ! あいつらをやっつけるゴブ!」

今日も議長を差し置いてあちこちでひそひそ、それっぽい倒れ方についての情報交換が始まってしまったから、議長ゴブリンはぶんぶんと手にした棍棒を振り上げて大声を張り上げる。青い顔にずんずんと血が上ってゆき、どす黒く変色しかけていた。
そんな議長の姿に多少は心を動かされたか、おずおずと一体のゴブリンが手を挙げる。

「あいつら呑気に飯を食って休憩してる事があるゴブ。そこを狙えばいいんじゃね?」
「もう試したけどだめだったゴブ。お腹いっぱいで元気になっててボコボコにゴブゴブされたゴブ。まだご飯食べる前を狙った方が勝ち目があるゴブ」

しかしゴブリンの発言はすぐさま、他のゴブリンの経験談によって一蹴されてしまう。だてにやられ続けてはいない。ゴブリンたちだってそれなりに知恵を尽くして抗った結果の、積み重なった敗北なのだ。
却下はされてしまったもののそれで少しはゴブリンたちも真面目に考える気になったのか、手は挙げないまま近くのゴブリン同士であれもダメこれもダメそれもダメと話し始める。
そんなゴブリンたちの様子にようやく満足気に頷いた議長ゴブリンは、ぐるりと辺りを見回して、一点に視線を留めた。

「そっちのゴブは何かいい作戦ないゴブ?」

議長ゴブリンが指さしたのは、一体のプラーム型ゴブリン。
比較的おしゃべりな個体が多いゴブリンにしては珍しく、あまり口数の多くない彼はゴブリンの中でも指折りの実力者で、めいめいに喋っていたゴブ達も自然と口を噤み、彼に視線を向ける。
皆の視線を集めた彼は、一つ頷いてからすくっと立ち上がると、画期的な打開策を打ち出した。
なんて事はちっともなく。
すうっと息を吸い込んで一拍の後、絶叫した。

「なんであいつらゴブのブルーベリーばっかり狙うゴブ! その辺に生えてるの摘めばいいゴブ! なんで! わざわざ! ゴブのブルーベリーを! 盗ってくんだゴブーーーーー!」

四属性魔法全てに通じ五十年に一度の逸材と称される彼の趣味は、お菓子作り。特にブルーベリーのパイが絶品で、以前は大量に作っては近所にお裾分けしていたのに、最近はなぜかピンポイントで摘んだばかりのブルーベリーをやつらに狙われるせいで、その機会もめっきり減ってしまっている。魔法の勉強の傍ら、振る舞ったお菓子を食べて幸せそうな顔をする仲間達を見るのが一番の幸せだと常々公言してはばからない彼にとって、今の現状に対する鬱憤が溜まりに溜まっていたようだ。
そんな彼の心の叫びが高らかに響き渡った事により、一旦は軌道修正されかかったゴブリンたちの話し合いは、いよいよ本筋からずれてゆく。

「そういえばアベトスの旦那達も枕とか兄弟の絆の証の盃ばっかり狙われるって愚痴ってたゴブ……」
「旦那の枕ってその辺で拾えるいい感じのキノコじゃなかったゴブか?」
「盃もその辺掘り返せば手に入る切り株くり抜いたやつだったはずゴブね」
「集めるだけならゴブたちから取り上げる必要ないはずゴブ、森にいっぱい落ちてるゴブ」
「つまりやつらはゴブたちが持ってるものを奪うことを楽しんでるゴブ? なんてやつらだゴブ! 血も涙もないゴブ!」
「まさに悪逆非道……人間とは思えないゴブ……」

何をしにやってきているかさっぱり分からないやつらだけれど、分かっていることも少しだけある。
なぜだかやつらは、ゴブリン達の身につけているものや身体の一部を持っていきたがるのだ。
ゴブリンたちの皮膚を集めている事実が周知された時は、一部でやつらは変態説がまことしやかに囁かれていた。それほどの熱心さで、ゴブリンや共に森で暮らす仲間のアベトスの持ち物や身体の一部を収集している。強さだけじゃなくそういうところもとてもこわい。狂気を感じる。
なお変態説はやつらが集めた皮を「汚皮」呼ばわりしている事が発覚して払拭されたものの、以来ゴブリン達は以前にも増して頻繁に水浴びをするようになっている。汚くなんてない。ないったらない。

そうして今日、新たに「やつらはゴブのものを奪うのが大好き」説が飛びだした事により、ゴブリン達の抱くやつらのイメージが一層凶悪なものに上書きされてゆく。
ひぃっとあちこちから悲鳴があがり、ゴブリン達は身を寄せて震えあった。

「あいつら幼いゴブたちまで狙うのが信じられないゴブ……うちの子の角引っこ抜かれたゴブ……」
「うちの子もゴブ……あいつらに遭遇したら逃げるよう言ってるゴブが、あいつら何か変な技使ってくるから気づいたら角引っこ抜かれてるゴブ……ひどいゴブ……」

震えるゴブリン達の中、憂い顔でため息をついたのは子を持つ親達。ただでさえ厄介なやつらが更にたちが悪いのは、幼ゴブの角を狙うところである。
ゴブリンの角は数度生え変わるものだが、幼ゴブの角はうっすらと発光しており大ゴブに近づくにつれてその輝きは薄れてゆく。遠目でも目立つそれは外敵に狙われやすいから、幼ゴブたちの角が光らなくなるまで、自分の子であるないに関わらず大ゴブたちがみんなで庇護している。
そんな幼ゴブの光る角が珍しいのか、やつらはまだ幼く愛らしい彼らから容赦なく角を毟り取ってゆくのだ。まさに鬼畜の所業である。
大ゴブになったら生え変わる角なので抜かれても命には関わらないものの、幼ゴブたちに与える心の傷は深刻だった。以前は平原や森のあちこちで遊んでいた幼ゴブたちは、最近では森の奥に構えた村からなかなか出ようとはしなくなってしまった。由々しき事態である。
幼ゴブたちの事に思いを馳せて、一層ずんと重くなった空気の中、一体のゴブリンがはっとした様子である事を口にした。

「……もしかしてやつら、人間じゃないかもしれないゴブ」
「どういう事ゴブ?」
「考えても見るゴブ。人間があんなに強いわけないゴブ。あんなに強かったらゴブたちはもうとっくにゴブゴブされてる筈だゴブ」
「ふむ、一理あるゴブね。あの城の人間もそんなに強くなかったゴブ」

姿形はゴブリン達の知る人間のものに酷似していたから皆、やつらを人間だと思っていたけれど、指摘されてみれば確かにゴブリン達の知る人間とは強さが段違いだった。
ヌアル平原から見える人間の城から、たまに鎧を着た人間がゴブリン達にちょっかいを出しに来ることもあったけれど、さして苦労することなく追い返せている。徒党を組まれてもそれほどの脅威ではない。
鎧の人間と、正体不明のやつら。
同じ人間だと考えるより、全く違うものだと考える方が納得出来ると、ゴブリン達に同意の色が広がっていった。
じゃあ一体やつらは何なのか。誰かが発した疑問に答えたのは、やつらが人間じゃないと発言したゴブリン。

「オーガだゴブ」
「オーガ……」
「あの伝説の……」
「ゴブたちもめちゃくちゃゴブゴブされたっていうあの……」

沈痛な表情で彼から絞り出された声に、ざわり、ゴブリン達の間に動揺が走る。
今はもう絶えた種族であるけれど、太古の昔、オーガという凶悪な種族が存在していたらしい。オーガたちは人間のみならず様々な種族と敵対し、多くのゴブリン達も彼らの手により儚くなったらしいとの伝承がゴブリン一族に語り継がれている。
夜更かしをする幼ゴブにオーガが来るぞと吹き込むのは定番文句になっていて、ゴブリン達にとってオーガとは幼い頃から刷り込まれた恐怖の代名詞だった。
そんなオーガの名前を出され、ゴブリン達は揃って顔色を悪くしたものの、一方でどこか納得する空気が流れた。
確かにあんな強いのが人間な訳がない、オーガならあんなに強くても仕方ない、オーガは怖いけれどあれが人間だと言われるよりは理解できる、と賛同の色が濃くなってゆく。
そうして久々に声をあげた議長ゴブリンの採決により、満場一致で「やつらはオーガ」だと認定されたところで、話は個々のものに移り変わっていった。

「にんげ、違ったゴブ、オーガのあの白いメス。あいつめっちゃやばくね?」
「やばいゴブ。ぴゅんってしてぶんってなってゴブ! だゴブ。こわいゴブ。オーガなら納得ゴブ」

まずゴブリン達が挙げたのは、真っ白な人間もといオーガのメスのこと。彼女が繰り出す風の刃に切り裂かれたゴブリン達は数知れず。他のオーガの仲間たちに指示を出している姿が確認されている事から、やつらの首魁だと目されている。
その話を受けた別のゴブリンが、それならばあいつも、こいつも、と別のオーガたちの話を持ち出して盛り上がり始めた。

「メスのござるもやばいゴブ。あいつ武器振り回すのめちゃくちゃ早いゴブ。こないだ気づいた時にはゴブのふんどし切り刻まれてたゴブ。破廉恥ゴブ」
「ゴブは眠そうなオスのオーガが恐いゴブ。欠伸しながらえげつないの投げてくるゴブ。あの水、痛いのに眠くなるの恐すぎだゴブ」
「回復のメスもやばいゴブ。仕留めたと思ったのにあいつの回復のせいでやつらみんなあっという間に元気になるゴブ。あれずるくね?」
「魔獣はゴブたちの味方だと思ってたゴブ……あの魔獣も容赦ないゴブ。魔獣王に抗議のお手紙書くゴブ!」
「槍のメスは二人いるゴブ? 黒くてひらひらしたのと赤くてひらひらしたのがいるゴブ。どっちも訳の分からない事言ってるくせに強いのが悔しいゴブ……」
「たまに見かける赤いオスもやべーゴブ。あいつ『面倒臭えから全部焼き払うか』って言ってたゴブ。もっと森を大切にしてほしいゴブ!」
「あいつは厄介ゴブね。こっそり消火隊を木の影に待機させとかなきゃだめゴブ……放火魔ゴブ……こわいゴブ……」
「骨のメスもこわいゴブ。めちゃくちゃ笑顔で死なすって言われるゴブ。殺意高すぎるゴブ……」

どいつもこいつも恐ろしい相手だけれど、やはりそれぞれ特に苦手なやつがいるらしい。我も我もと口を開くゴブリン達から飛び出るオーガ達の話は尽きること無く、たまにごくごく一部にしか知られていない新しいオーガの情報も混じっていて、まだこれ以上厄介なやつらが増えるのかとゴブリンたちは更に恐怖を募らせてゆく。しかし怖いものみたさか情報交換も兼ねてか、話は途切れる事無くあいつもこいつもと続いていった。

最近の襲撃が月影の森に偏っていたためか、主に話していたのが月影の森を中心に巡回していたゴブリンたちだったことに途中で気づいた議長ゴブリンが、こほんと咳払いをして話を聞いていたゴブリンたちにも水を向けた。

「ヌアル平原の方はどうゴブ?」
「大体森の方と同じゴブね。時々弱そうなやつがくっついてくる事もあったゴブけど、そいつから狙おうとしても強いやつらが庇いに入るからなかなか上手くいかないゴブ」
「悪逆非道のくせに仲間意識は高いみたいゴブね……厄介だゴブ」

しかしさして目新しい情報は特になく、見かけるオーガの種類も大体似通っているようだ。仲間は大事にするだなんて悪いやつのくせに生意気な、と苛立ち紛れに片足で地面をトントンと叩いた議長ゴブリンは、おもむろに一体のゴブリンを指名する。

「ハカセ、ゴブはどうゴブ? 何か気づいた事あるゴブ?」

ハカセ、と呼ばれたのは一体のゴブリン。
お菓子作りが趣味のゴブリンと並んで、強くて賢いゴブリンとして一目置かれているものの、毒作りが好きすぎて変わり者としてちょっぴり距離を置かれてもいるゴブリンである。実験と称して微量の毒を食べ物に混ぜて他のゴブリンたちに差し出す悪癖があるせいだ。
しかし問題はあっても、頭がいいことに変わりはない。
そんなハカセなら何か思いもよらない秘策や発見をしているのではないか、と議長ゴブリンは期待を込めた視線を向けた。
しかしながら、プラーム型の彼の時と同じく。
期待に応えて、画期的な打開策を打ち出した。
なんて事はちっともなく。

「たまに毒女が来るゴブ。あのメス、ゴブと気が合いそうゴブ。一回ちゃんとお話してみたいゴブ。毒について語り合いたいゴブ」
「だめだこいつ話にならねえゴブ!」

もじもじと指をつつき合わせながら、はにかんできらきらと瞳を輝かせたハカセの表情は、どう見たって恋するゴブリンの顔にしか見えなかった。
思いもよらないなにかを期待はしていたけれどまさかそんな方向から来るとは思わなかったと、議長ゴブリンは思わず頭を抱えて膝をつく。

と、そのタイミングで。
かぁん、かぁん、と打ち鳴らされる金属の音が、空気を切り裂いて飛び込んできた。
一瞬にして緊張に身を強ばらせたゴブリン達は、ひゅっと息を飲んで口を噤み油断なく耳を澄ませる。
そして。

「やつらが来たゴブー! 今日はヌアル平原ゴブー!」
「ゴブー!」
「いやだゴブー!」
「逃げるゴブー!」

警戒に当たっていたゴブリンの叫び声を聞き届け、場が一気に喧騒に包まれる中。
「毒女が来てるかもしれないゴブ……」とぽそりと呟いてせっせと頭の毛を整え始めたハカセの姿を目撃した議長ゴブリンは、少しの葛藤の後、見なかった振りで流すことにしたのだった。


かくして今日も境の異なる世界の片隅。
光の射す平原の真ん中、月が照らす森の奥。
ゴブリンたちの悲鳴が響く。