LELE's キッチン


「み、見た目はちょっぴりトリッキーだけど! 味は美味しいから!」

ある日のチャロル草原にて。
夕暮れ、少し奥の方まで入り込みすぎていたアルドたちは、適当な場所で一晩夜営をする事に決めた。無理を押せばサルーパまで帰れない距離では無かったけれど、そうすれば村に着く頃には日付が変わってしまう。ならばまだ陽の沈みきらないうちから夜を過ごす備えをして、一晩を外で過ごした方が逆に安全だろうとの判断からだった。
仲間のみんなで手分けして落ちた枝や枯れ草、火の気質の強い草を集め火をおこしてから、食事の準備を仲間たちに任せ、ナギとベネディトと共に周囲の警戒がてら魔物よけを設置しにゆく。
陣に残った仲間は、エイミとレレとルーフス。多少、不安がないこともなかったけれど、アルドたちより未来に生きるエイミやルーフスは明かりの少ない暗がりにアルドたちよりも随分と不慣れで、レレも敵意には鈍い方だ。獣が寄り付きにくく、見通しもよい火の近くに居てもらった方が安心だった。
それに、エイミはケシズミを作ることもあるけれど、火力の調整が少しばかり大雑把なだけで、けして料理が下手な訳じゃない。うまくいった時の料理は、アルドが作ったものよりよほど美味しいと知っている。今日は鍋でシチューを作ると言っているから、まずケシズミになることはないたろう。
だから、きっと大丈夫だろうと、全面的に任せて見回りに出かけたのだったが。

魔物よけの設置を終えて、陣に戻ったアルドが目撃したもの。
それは、慌てふためくエイミと、はしゃぐレレとルーフス。そして、七色の光を放つ鍋だった。意味がわからない。

「……あ、怪しいものは入ってないから……毒もないし……味は美味しかったのよ、本当に」

そっと目を伏せたエイミは、どこか気まずそうに言い連ねる。そんな彼女に、アルドは引きつった表情を向ける事しか出来なかった。
ハナブクのシチューを作ると言っていたのは聞いたが、エイミが未来から持ち込んだシチューの素はけして、七色でもなければ光を放ってもいなかった。更にいえば、ハナブクの肉も七色ではないし、この周辺にそんな奇抜な色をした草は生えていない。
この近辺に毒草の類はなく、確かにエイミの言う通り怪しいものが入ってない可能性は極めて高いのだけれど、逆にそれが怖い。怪しいものが入ってなくて、七色に光るシチューが出来上がるなんて、一体何があったのか。怖い。
エイミがそれを既に口にしている事を聞いたアルドはぎょっとして、体調は大丈夫なのか心配になったものの、どこにも不調があるようには見えなかった。だから体に悪いものでは無いのだろう、多分。

(……た、食べなきゃだめかな……)

しかしそれでもアルドは、そうかと頷いて七色のシチューを口に入れる勇気が出なかった。元々未知の食材には尻込みしてしまう方で、特にゲテモノの類はどんなに美味しいと勧められてもあまり積極的に口にしたくはない。
故にとても口に入れる気になれない七色のシチューを前にしたアルドは、どうにか食べずに済む方法はないか必死で考える。
しかし。

「エイミちゃんが材料を切ってくれて、レレがおいしくなりますようにってお鍋さんにお願いして、ルーフスくんがぐるぐるーってかき混ぜたら、ぴかーって光ってキラキラになったの!」
「すごいだろ!」
「いーっぱい食べてね、アルドくん!」
「そうだぞ、アルド! 遠慮しなくていいからな!」

エイミと一緒に料理をしてくれたレレとルーフスが、目をきらきら輝かせて七色に光るシチューが出来た経緯を話し、期待に満ちた顔でアルドが食べるのを今か今かと心待ちにしているから、食べたくないとはどうしても言い出しにくい。
一応、二人の話でどうしてこうなったか、なんとなくの予想はついた。おそらくはレレが鍋にお願いをしたのが原因だろう。レレは天才的な魔法使いで、戦闘以外でも普段から無意識に魔法を使っている節がある。きっとレレのお願いが魔法の形になって、七色のシチューが出来上がったんだろうな、と、現実逃避気味に原因へと思いを馳せていれば、アルドの視界の端で動きだす二つの姿があった。ナギとベネディトだ。
七色のシチューを見るなり、瞬時に警戒を露わにして鍋に向けて斧を構えていた二人だったが、エイミたちの反応を見て少し警戒を緩めたらしい。二人して慎重に鍋に近づくと、ふんふんと熱心に匂いを嗅ぎ出した。

「……悪い匂いはしない」
「そうだな、毒の気配はない」

ナギがぽそりと呟けば、ベネディトも同調して頷く。そして何度も何度も鼻をうごめかせて匂いを嗅いだ後、おもむろにナギが木の匙でシチューをすくい、ぺろりとほんの少し舌先に乗せた。

「……おいしい」

ぱちぱちと瞬きをして小さな声で呟いたナギは、次の瞬間には匙に残ったシチューをぺろりと平らげ、木杓で椀にシチューをたっぷりと注いで、猛然と口に運び始める。そんなナギの様子を見たベネディトも、納得したように頷いてからシチューを取り分け、こちらもなかなかの勢いで食べ始めた。
相変わらず、店では警戒してなかなか出てきた食事に口をつけようとはしないベネディトだけれど、こうして仲間の作ったものなら比較的すぐに食べるようになった。特にナギが口にしたものには、格段の信用を置いている傾向が見える。ナギは食材のみならず、どうみても食べられそうもない木の根っこや怪しげな草やキノコについてまで、目についたものはとりあえず食べてみて毒の有無を確認するクセがあって、毒のあるものは二度と口にしようとはしないから、ベネディトの信頼も分かる気がする。分かる気がするけれど、いくら毒がないとはいえアルドは木の根っこは食べる気がしない。ナギとベネディトはよくおやつ代わりに齧っているけれど。

しかしこれで、いよいよアルドの逃げ場がなくなってしまった。二人が食べている以上毒が入っていないのは明白で、うまい言い訳が思いつかないから、期待の滲むレレとルーフスの眼差しを裏切るのも心苦しい。

仕方ない。
とうとう覚悟を決めてアルドは、シチューを椀によそう。一口食べて無理そうだったら、ナギかベネディトに食べてもらおうと密かに心に決めて。
ところが、ぱくり、咥えた匙から流れてきた味は、アルドが想像していたものと全く違うものだった。

「おいしい……?」
「ほら、ねっ!」

思わず漏れた言葉に、嬉しそうにエイミが笑う。
それはけして、エイミたちに気を遣った嘘じゃない。
口に含んだ瞬間ほろりと舌の上で溶けたハナブクの肉には全く臭みがなく、クセの強い香草が馴染んで何ともいえない深みを生み出している。それだけでも十分美味いのに、更にはふわっと鼻をくぐり抜けてゆく馥郁たる香りは、時間を追うごとにまさしく七色のごとく変化をしてゆき、それに伴い口の中の味も様変わりをみせていった。噛み締めるうちに森の恵みを煮詰めたスープの味がし始めて、またもぐもぐと噛み締めていれば、ぎゅとっと野菜の旨みを凝縮した風味が口いっぱいに広がり思わず頬が緩む。次に現れたのは、海の幸に似た味だったけれどけして生臭くはなく、旨さの上澄みだけをすくったかのような上品な味で、その次は少しこってりとした肉、ハナブクの肉とは違って脂身の少ない、香辛料のよくきいた食べ応えのあるがつんとした肉の味に変わる。それが甘酸っぱくすっきりとした果物に似た味に変わったところでごくんと飲み込めば、喉をくぐり抜ける際には爽やかな香りが鼻を通り抜けて口の中をさっぱりとさせてくれる。
たった一口食べただけなのに、まるでとびきりのフルコースを饗された心持ちになって、アルドは思わずほう、と息を吐き出した。おいしい。
そして気づけば余韻もそこそこに、もう一口と次を口に運んでいて、またもぐもぐと噛み締めている、その繰り返し。おいしいなんてものじゃない。病みつきになる旨さだった。

無言のまま夢中で匙を口に運び、椀が空になってしまったから腰を浮かしてお代わりを取りにいったところで、改めてまじまじと鍋の中を見つめる。先程と変わらず、シチューは七色に光ったままだ。とても食べものには思えないのに、おいしい。怪しくて仕方がないのに、おいしい。すごく納得がいかない。納得がいかないけど、ものすごくおいしい。
既に鍋の中身は、半分以下にまで減っている。鍋の前で考え込むアルドの隣から、にゅっと伸びた小さな手が椀いっぱいにシチューを注ぐのをみて、慌ててアルドも動き出す。
釈然としないものはあったけれど、とにかく美味いのだ。うかうかしていたら、あっという間になくなってしまう。仲間の分まで一人占めするつもりはないけれど、アルドだってせめてあと二杯は食べたい。
そしてナギのあと、急いでシチューを注いだアルドは、味わいつつも最大限の速さで口を動かすという器用な真似をしつつ、嬉しそうにアルドを見るレレとルーフス、そしてエイミに向けて、「すごく美味しいよ」と微笑んでみせた。


後日、エルジオンにおいて。
元気いっぱいの青年と魔法使いの格好の少女の二人が、危なっかしい手つきで調理をしてゆき、有名なハンターの少女が疲れた顔で彼らのサポートに回り、最終的になぜだか発光していたりドロドロとやばい感じに溶けていたりうごうごと蠢いていたりする完成品を、ゲストとして招かれたエルジオンの有名人たち、COAの捜査官だったりKMS社の広告塔だったり、IDAの生徒だったり司政官だったり、かつてのニルヴァの楽団の歌手だったり天才少女だったりが、引きつった顔で恐る恐る口にし、「意味がわからないけど美味しい」「どういうこと……? おいしい……」「わあ、すっごくかわいい!」等々。一部違った反応はあるものの、基本的には釈然としない顔で頭を抱えつつもきっちり完食する動画が、あるIDAの女子生徒の手によってとある動画サイトに定期的に投稿されるようになった。料理の奇抜さと有名人たちの反応は勿論のこと、自由な二人に振り回される常識人枠の筈のハンターの少女が時々作り出す見事なケシズミ料理や、有名人たちの後ろで無言のまま凄まじい勢いで料理を食べる普通でない目つきの青年と軟体動物の被り物をした少女の謎の二人組まで含めて、とても好評を博すこととなりどこかの都市伝説サイトの管理人がライバル視を始めるようになるのだが、それはまた別の話である。