「みんなで戦うの、楽しいね!」
「敵はこれだけ? ……ホントに?」
エルジオンのエアポート。アルドの仲間になって初めて、敵と遭遇したデューイは微かに眉を寄せた。
(……訓練の時と、全然違う)
だってそれは、デューイの知っている敵の数と全然違っていたから。
デューイが出るまでもなく数体のサーチビットを難なく無力化する仲間を横目に見ながら、どこから新手が来るんじゃないかと警戒していればもう大丈夫だよとぽんとアルドに肩を叩かれる。
「もうこの辺にはあいつらの姿は見えないだろ? あっちの方に行けばまだいるから、倒さなきゃいけないけど」
「で、でもほら、エアポートの下から飛び出てきたりするかもしれないよ!」
「うーん、多分それはないんじゃないかな。あいつら、基本的には決まった場所を巡回してて、そっちから出てきたことはないし……いや、でもそうだな、油断は良くないよな。よし、気をつけるよ、ありがとうデューイ」
「う、うん……」
アルドの指さす方を見れば遠くに、サーチビットの姿が見える。見通しの良い場所、こちらから見えているということはあちらからも見えているだろうに、やつらは同じ場所をぐるぐると回っているだけでこちらにはやってこようとはしない。そういえばさっき戦ったサーチビットも、こちらが近づくまでは襲って来なかった。
それでもアルドはデューイの言葉を杞憂だと笑い飛ばさず、そういう場合もあるかもなと頷いてくれた。外のことデューイよりもアルドの方がよっぽど詳しいのに、ちゃんと耳を傾けてくれるのは嬉しくって、いつもならそれだけですっかりと機嫌をよくしたことだろう。
けれどデューイの表情は、アルドの言葉を聞いてもどこか曇ったままだった。
(アルドが嘘をつくわけが無い、でも……でも、だって)
だって、訓練では。
最低でも百体は出てくるのが普通だったのに。
それが当たり前だと、聞かされていたのに。
プロフェッサーの治療を受けたあと、目覚めてすぐに退院出来た訳じゃなかった。どうしてだか使えるようになった蒸気の力を最初のうちはうまく使えなくって、リハビリを兼ねた戦闘訓練を受ける事になったからだ。
でもそれは、少しだけ変だった。
幼い頃から長くデューイの事を診てくれた医者や看護師だけじゃなくって、見知らぬ白衣の大人たちが戦闘訓練の時には必ず現れる。その白衣の彼らが現れると少しだけ部屋の空気がぴりぴりして、デューイには優しく笑いかけてくれる病院のみんながどこか怖い顔をしていた。
白衣の彼らは少しだけプロフェッサーに似ていて、だけど全然プロフェッサーとは違う。プロフェッサーはにこにことよく笑っていたけれど、彼らはにこりとも笑わない。プロフェッサーはデューイやみんなを助けてくれたけれど、彼らは無機質な目でじっとデューイの戦闘訓練を見ているだけだ。まるで実験動物でも見るような目で。
だからデューイは、彼らのことがあまり好きではなかった。目覚めた時にプロフェッサーはどこにもいなくって、まるでその代わりだとでもいうように現れたのが白衣の彼らだったから余計に反発を覚えて仕方なかった。
それでもデューイは彼ら主導で行われる戦闘訓練から逃げ出す事はしなかった。デューイの前に退院して行ったみんなも同じ訓練を受けたって聞かされたから、へとへとになって倒れそうになっても踏ん張った。ちっとも思い通りになってくれなかった蒸気の力の使い方を誰も教えてはくれなかったけれど、訓練用の機体に囲まれるうちにどう使えばいいのか段々と分かっていった。打ち出すだけじゃなくって身体に纏わせれば、より力が強くなることだって覚えた。あんまりに多い敵を一気に相手取るのは難しかったから、蒸気を広げて敵の内部に侵入させ短時間ではあるけれど強制的に眠らせる方法も、百発百中じゃないもののたまに成功するようになっていた。
少し前までは長い間走り回る事すら出来なかったから、自由に動かせる身体が嬉しくって、思った通りに跳び回れるのが楽しかったのは本当だ。
だけどやっぱり、彼らの事はあまり好きじゃなかった。
ある程度身体が動くようになった頃から、どんどんと増えてゆく敵の数。記録を更新しても褒められることなく、無言で新たに数を増やされるだけ。
訓練でついた傷に悲しげに目を伏せて、せめて生身ではなく仮想空間ではだめなのかと抗議した看護師の言葉は、まるで聞こえなかったかのように黙殺される。
最低でも百体、多ければ二百体、三百体とぶっ続けで戦わされる事も珍しくはない。一体一体はさほど強くは設定されていなかったけれど、延々と相手をするのはちっとも楽しくない上にさすがに骨が折れた。
どんどん苛烈になってゆく訓練が終わりを告げたのは、確か四百体に達する直前だったと思う。その頃には体力が尽きて気を失うまで戦うのが当たり前になっていて、いつも通り気を失ったデューイは意識を失う直前、誰かの怒鳴り声を聞いた気がした。
そして目覚めた時にはもう白衣の彼らの姿はどこにもなく、主治医の先生がもう大丈夫だからね、と頭を撫でてくれる。先生の目は少し赤くなっていて、撫でてくれた手のひらには包帯が巻かれていた。
何があったのか詳しいことは教えて貰えなかったけれど、先生が彼らを追い払ってくれたのだと、こっそりと看護師のお姉さんが教えてくれた。
彼女の言葉通り、それから白衣の彼らが現れる事も戦闘訓練が再び行われることもなく、どこか忙しなく退院の日取りが決められていった。
程なくしてやって来た退院の日。淡い憧れを抱いていた看護師のお姉さんから、デューイの命はたくさんのものを背負っているのだとひどく真面目な顔で言われて、デューイも真剣な顔で頷けばそのあと、もうここには戻ってきちゃダメよ、とも言われる。彼女からだけじゃなく、他の医師や看護師たちからも、何度も、何度も、念を押すように。
あの時はそれをもう病気にならないようにとの激励だと受け止めていたけれど、白衣の彼らに二度と会わないようにって事でもあったんじゃないか、じわり、デューイの中に疑念が湧く。
だって、彼らの言い分はちっとも普通じゃなかった。その後、場所を移動しつつ数度繰り返された戦闘でも、合成人間たちは一度に百体も現れなかったし、思い切って尋ねてみれば、もしもそんな事になれば一旦退いて司政官に報告をして、対策を練らなければならない事態だと、アルドだけじゃなくセティーもレンリもそう言って頷いている。
逆にどうしてそんな風に思ったのかと問い返されてしまったから、もごもごと口ごもってから絞り出したのは、テレビで見たから、との答え。なんとなく、本当のことは言い出しにくかった。いつかはちゃんと話すつもりだったけど、話すのにはもう少しの勇気が必要だった。
それにしても白衣の彼らの言い分は、嘘ばっかりだ。アルドたちの話を聞いて、改めて思う。
もしかして彼らは悪いやつだったんじゃないか、デューイは少しだけ疑っている。プロフェッサーがいなかったのも、彼らのせいだったんじゃないだろうか。
長い入院生活の中で、暇つぶしにいろんな物語を目にして、その中には悪い科学者が出てくるの話だっていくつもあった。人体実験を繰り返し世界征服を企む悪いやつら。そんな悪役の姿に、白衣の彼らはぴったり重なって見えて仕方ない。
(まあ、そんな訳ないか)
しかし勿論、本気で信じてはいない。いけ好かなくて苦手だった白衣の彼らへの不満で、ちょっぴり意地悪く考えてしまっているだけだ、きっと。
だって物語はあくまで物語でしかなくって、現実は現実だと分かっている。デューイたちはみんな、それをよく知っていた。物語のように、都合よく病気を治してくれる魔法使いなんて現れないってこと。
嫌ってほど知っていたから、プロフェッサーはあんなにも特別だったのだ。
(あれ、でもアルドたちも)
そこまで考えてふと、デューイの中にアルドたちの事情が浮かぶ。出逢いからして夢の中の出来事のようだったアルドの、時代を超えた旅だなんてそれこそまるで作り話みたいだ。プロフェッサーとアルド、そしてアルドの仲間たち。作り話みたいな現実は、既にいくつもデューイの周りに転がっている事実を思い出し、ざわり、胸が騒ぐ。
だったら、もしかして。
「デューイ? 疲れたか?」
「えっ? ううん、全然!」
「そうか、ならいいけど。いけそうなら、次からデューイも前に出てみるか?」
「いいの?! 出たい!」
しかしぽんと浮かんだ不安が形になる前、アルドに声をかけられる。そして出された提案に一気に思考がそちらへと傾いて、直前までの思考は吹っ飛んでしまった。
早速前へと出て、そわそわと落ち着かないまま対峙したのは、二体のサーチビット。戦闘訓練の通りにやれると思っていたのに、いざ実践だと思うと緊張してしまって、うまく蒸気が扱えない。焦りながらもどうにか蹴り出した水の塊では、サーチビットを倒しきれなかった。けれどすかさずアルドがフォローに入ってくれたから、悔しさよりも嬉しさが上回る。
訓練とは違う、一人で全部倒さなくってもいい、仲間に頼って戦っていい。それが一緒に戦うってことなのだとじわじわと実感が湧いてきて、嬉しくて楽しくて飛び跳ねたくなる気持ちをどうにか抑えつつ喜びを噛み締めたデューイは、その後はきちんと使えると確信した技だけを使ってひょいひょいと蒸気を固めた水の塊を蹴り出してゆく。一人で倒せた時も嬉しかったけれど、仲間と一緒に倒せた時の喜びはひとしおだった。
そうして数戦の後、近くにサーチビットの姿が見えなくなってから。デューイは仲間たちを振り返ってきらきらと瞳を輝かせた。
「みんなで戦うの、楽しいね!」
いつか。
退院して行ったみんなとも一緒に、戦えるといいな。
ぱしんと仲間とハイタッチを交わしながら、デューイは未来への希望を抱く。
いつかみんなとも一緒に戦って、ハイタッチをして、それから。あの白衣のやつら、悪い科学者みたいだったなって話して、それから、プロフェッサーのことも話して、アルドたちのことも。そうだ、みんなもアルドと一緒に来ればいいのに。そしたらもっといっぱい、一緒に戦える。きっとすごくすごく、楽しいだろうな。
病と戦う仲間だったみんなと、一緒に
抱きかけた疑念はけして妄想の範疇に留まることなく、作り話よりも作り話めいた現実があることを、少年が知るまでには今しばしの時間が必要だった。