ノポウ族なので


次元戦艦の長い廊下、機械の人達が作ってくれた昼ご飯を食べ終えたポポロは、割り当てられた部屋に帰る途中、とあるものを見つけてぴたりと動きを止めた。
最近はアルド達がいない時も専ら次元戦艦の中で過ごしていて、半ば住み着いているといっていいポポロにとっては、どこもかしこも似たようなデザインとはいえ、場所によっての廊下の些細な違いがある程度は見分けられるなっていた。そしてその記憶と照らし合わせて、そこにあるはずのない青い塊が落ちていることに気づいたポポロは、とくりと胸を高鳴らせた。
頭の葉っぱは白く染まってしまい、人の言葉も話せるようになって、他のノポウ族とは随分と違ってしまったけれど、ノポウ族としての感覚が全てなくなってしまった訳では無い。だから未だポポロは落ちているものは全部自分のものだと思っているところがあって、次元戦艦の廊下にぽんと現れた大きな落し物を見つければ、ぜひとも拾って部屋に持って帰りたい気持ちがむくむくと膨れ上がってしまう。
恐る恐る、その落し物に近づいたポポロは、あと数歩というところで突然、ぐりんと動いたその青い塊にびくりとすると同時、それがただの物ではなく人だった事に気がついた。

(ええと、確か、水のお兄ちゃん……ま、ま、マイティ?)

青の中に埋もれた顔には見覚えがあった。アルドの仲間で、戦闘中、水の魔法を使っていた記憶がある。
どうにかその名前を記憶から引きずりだしたノポウは、一歩、二歩、近づいてマイティの様子をそっと伺う。
遠くから見た時に青い塊に見えたのは、マイティが青いマントにくるまって廊下の隅にごろんと転がっていたせいで、どうして転がっていたのかといえば、どうやら寝ているらしい。
すうすうと規則正しく響く穏やかな寝息を耳にしたポポロは、ごくり、と唾を飲み込んだ。

ノポウ族は落ちているものは何でも自分のものだと思う習性があって、それは意識のない人間にも適用される。遠い昔、ノポウ族の集落で暮らしていた頃、時々砂漠で行き倒れた人間を仲間達が拾ってくることがあった。そうして拾って持ち帰ったものは自分のものだから、手入れを欠かす訳にはいかない。だからノポウ族たちはそうして持ち帰った人間たちの面倒もせっせとみていた。
しかし落ちているものは全部自分のものだと思っているけれど、自分の足で立って歩く生き物はさすがに落ちているものだとは言えない。故に意識のなかった人間の目が覚めて、自由に歩き回れるようになってしまえば、もうそれは自分のものとしては扱えない。
だからだろうか、そんなほんの一時の間だけ、自分のものになる意識のない人間は、ノポウ族の中でもある種のレア物扱いで、みんな地上に出た時は倒れた人間がいないか探していたものだった。

そんなノポウ族の感性は、今もしっかりとポポロの中に根付いていたらしい。

(拾いたい)

仲間であるのは分かっているけれど、それでも廊下の床で、ポポロの中では地面だと判断できる場所でぐっすり眠るマイティは、珍しい落し物だったから、拾って部屋に持って帰りたくて仕方がなかった。
どうしよう、ちょっと迷ってからノポウは、だぶだぶの袖でマイティの頬をつついて、じっと様子をみる。ちょいちょい、ちょいちょい、何度か繰り返したけれど、マイティが目覚める様子はない。よく眠っている。

(よ、ようし)

最後に一度、少し強めにえいと頬をつついても、それでもやっぱりマイティは眠ったままだったから、とうとうポポロはマイティを拾って持ち帰ることにした。
引き摺って行こうかとも思ったけれど、そうしたら途中で起きてしまうかもしれない。だからポポロは、えいっとマイティを持ち上げて頭の上に抱えあげると、ととととっと足早に自分の部屋へと向かった。

ポポロに与えられた部屋には、戦利品がぎっしりと詰まっている。アルドに連れていってもらったいろんな時代、その中で拾ってもかまわないと言われたものしか持って帰れなかったけれど、それでも床や棚に並んだ戦利品は既に、部屋の半分ほどを埋めていた。
そんな部屋の真ん中、戦利品たちの間を縫ってたどり着いたベッドの上に、マイティをぽすりと乗せると、ポポロはそわそわと落ち着かなく部屋の中を歩き回る。
珍しい拾い物が自分の部屋の中にあるのが嬉しくって、けれど意識のない人間を拾ったらきちんと手入れをして面倒をみなければいけない。
ポポロの記憶にある、仲間達が拾ってきた人間達はみんな、顔も服も砂だらけで汚れていたから、まずはそれを綺麗にするところから始めていたけれど、残念なことにマイティはちっとも汚れておらず、ぴかぴかだった。これ以上磨きようがない。
困ってしまったポポロは、とりあえず体を丸めたマイティの体に掛け布をかけ、部屋にある冷たい箱の中から水の瓶を取り出してマイティの近くに置いてみる。それからはっと思いついて、よいしょよいしょとマイティの靴を脱がし、床に揃えて置いた。
それだけでなんだか、随分ときちんとお世話が出来た気がして、しょんぼりと萎れかけていた心が一気に浮き上がる。
相変わらずマイティは、規則正しく胸を上下させて穏やかな寝息をたてている。それ以上やれることを見つけられなかったポポロは、ベッドの隅っこに肘をついて手の上に顔を乗せ、じっくりと拾い物を鑑賞することにした。
最初に青い塊だと勘違いする原因になった青いマントの頭の部分は、少しだけポポロの被るマントと形が似ている。一緒だ、と呟いたポポロは、共通点を見つけてすっかり嬉しくなって、もっと一緒の部分がないか探そうとした。
すると、ちょうどそのタイミングで。

「わわっ!」

眠るマイティの胸元から飛び出してきた何かが、ぴょんとポポロの顔に飛びついてきたから、慌てて後ろに飛び退いてぺしぺしと袖で顔を拭った。

「な、なに……ねずみ?」

思いもよらない何かの襲撃に、さっと体が冷たくなったけれど、ちゅちゅちゅ、っと鳴いた何かの声に聞き覚えがあったから、恐る恐るそちらに視線を向けてみれば、いつの間に戻ったのか、マイティの胸の上に一匹のねずみの姿があった。

「使い魔なのかな? ……ポポウ?」

まるでマイティを守るかのように、胸の上、二本足で立ち上がって手を広げるねずみに、こてりと首を傾げたポポロは、人の言葉で呟いたあと、ノポウ族の言葉でマイティと知り合いなのかと語りかけてみる。人でないものには、人間の言葉よりノポウ族のものの方が通じやすいから。
すかさず、ぢゅっ! と鳴いたねずみの言葉は理解できなかったけれど、そうだよ、と答えてくれた気がした。

「ポポ……ボクはポポロだよ。ポポウ」
「んー? なんでポポロがここに? ……あれ、ここ、どこ?」

意思が通じた気がして、嬉しくなったノポウはねずみに向けて自己紹介をする。ノポウ族の言葉には、名前を示す言葉は存在していないから、そこだけは人間の言葉で。
けれどノポウの声に返ってきたのは、ねずみのチュウチュウという鳴き声ではなく、人間の声。びっくりしたポポロが、マイティの胸から頭へと視線を移動させると、未だ眠そうにしつつも半分ほど開かれた瞳とぱちりと目が合ったから、ひゃっと飛び跳ねて思わず頭を抱えて顔を隠す。
目を覆った服の布の隙間からこっそりと様子を伺えば、よいしょと上半身起こして欠伸をしたマイティは、腕を上に伸ばして思い切り伸びをしたあと、キョロキョロと部屋を見回して、首を傾げている。その表情は不思議そうではあるけれど、不快感は浮かんでいないように見えた。
アルドの仲間たちはみんな、怖くない人たちだって分かりつつはあったけれど、それでもやっぱり見た目が怖くって尻込みしてしまう人達はいる。けれどそんな人達に比べたら、目を開けたマイティは穏やかで優しそうに見えた。至近距離で見ても、それほど圧迫感のようなものを感じない。
震えつつも隙間からしっかりとマイティの様子を観察したポポロは、さっきのねずみがするりと服の中に潜り込み、マイティがそれに気づいてふっと優しげに笑い、ぽんぽんと柔らかく掌で服の中のねずみを撫でたのを見て、ようやく意を決して隠れた袖の間から顔を出した。

「ええと、……落ちてたから、拾った……」
「落ちてた? ああ、そっか。眠くて部屋までもたなかったんだよねー、廊下で寝ちゃってたんだね、僕」
「うん。……お、怒ってる?」
「え、どうして? 全然怒ってないよ。ベッドまで運んでくれてありがとー」
「う、うん……えへへ」

おずおずと話しかけてみれば、へらりと笑ったマイティにいつしか震えも止まっていた。勝手に拾って帰ったことを怒られるかもしれないと思ったけれど、逆に礼を言われて、嬉しくなったポポロもつられて微笑んだ。
そのやり取りで体の力が抜けて、多少滑らかになった口でノポウ族の習性と、だから廊下で眠るマイティを拾って部屋に連れてきたのだと言えば、ノポウ族って面白いことするんだねと気の抜ける返事があって、そうだと思い出して準備していた水を渡せば、至れり尽くせりだねぇ、としみじみと呟いたから、おかしくなってくすくすと笑ってしまう。
そうしてポポロの説明が終わったら、今度はマイティが話してくれた。どこででもよく眠ってしまうこと、いつもはちゃんと部屋に戻るけれど、次元戦艦の中は安全だから、ついつい無精してその辺の廊下で寝てしまったことも一度や二度じゃないこと。気をつけようとは思っているけれど、またそのうち廊下で寝てしまう可能性もあること。
そこまで聞いたポポロは、とある期待に胸を弾ませてまじまじとマイティを見つめる。
だってそれって、またマイティが床に落ちている可能性があるってことで、それを教えてくれたってことは、また拾っていいよって言ってくれているように聞こえたから。

「……また、拾ってもいい?」
「うんいいよ?、助かるよ」

果たしてそんなポポロの予想は、勘違いではなかったらしい。尋ねた言葉に少しも経たずに了承が返ってきたから、思わずその場でぴょんぴょんと飛び跳ねてしまいそうになった。
期間限定、目が覚めれば返さなきゃいけないものだとしたって、落ちている人間を拾って自分の領域に連れて帰るのはとても楽しいもので、ポポロの中のノポウ族としての部分をひどく満たしてくれるものだったから、次がある事が嬉しくって仕方ない。

(次は、もっといっぱいお世話、する!)

そうしてポポロは、本来は貰えるはずのない、拾い物予定の本人から直々に約束を取り付けたことに、すっかりと気を良くして。
そうだ、今度はねずみの好きな物も用意しておこう、と、頭の中、次に向けての計画を立て始めるのだった。