虹の舞闘団の日常

※炭鉱クエ「マーロウの日常」パロ

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虹の舞闘団の日常  推奨Lv30

虹の舞闘団のみんなが 普段何をしているのか
気になった アルドは
こっそり 後を つけてみることに……。

報酬
クロニャスの石×20
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次元戦艦の内部には、居住区が存在している。
元々は最大で数千体の合成人間を乗せて時空を超えることを想定して設計されていたらしく、さほど広くはないものの数個の休息用ポッドが設置された部屋が数百近く存在していた。
けれどクルーの多くが艦を降りた今となっては大半が利用されなくなっていたために、アルドたちが共に行くようになってからは、その一部を改装して各々の個室として利用している。
その中のうち、ちょうどある一室の前を通った所でアルドは、シュンと開いた扉から出てきたメネシアとばったりと鉢合わせた。部屋の前に掲げられた名札を見るに、どうやらそこはメネシアに割り当てられた部屋だったようだ。

「おや? アルド。もしかして私に何か用かな?」
「いや、たまたま通りがかっただけだから、気にしないでくれ」
「そうか。なら私はちょっと用事があるから、失礼するよ」
「ああ、気をつけてな」

ひらひらと手を振ってメネシアを見送り、自室に向かおうと歩みを再開してしばらく、ふと思うところがあったアルドはぴたりと足を止めて首を傾げた。

「……そういえばメネシアたちって、普段何してるんだろ?」

最近になってようやく、よく似た見た目の彼女達の名前を間違えることも少なくなくなったけれど、それでもまだまだ知らないことが多い。
例えばダルニスやメイなら普段は村で警備隊や鍛冶の仕事をしていると知っているし、他の仲間たちもおおよそどういう暮らしをしているか聞かされている。けれど彼女達からは、そういった話を聞いたことが殆どなかった。
そもそも夢見の館で出会った仲間たちには、アルドの旅の手助けをしてもらう傍ら、彼らの用事に同行したり個人的に誘われて出かけることもままあって、その時にいろんな話をしている。
なのに虹の舞闘団のみんなとは個人的に話す機会を設けるどころか、頼み事を一度もされたことがない。何か力になれることはないかと定期的に尋ねてはいるけれど、毎回特にないとの答えばかり貰ってしまっている。

本当は、素材集めに出かけた仲間たちの帰りを待つ間、割り当てられた自室で少し仮眠をとろうと思っていた。けれど気が変わったアルドはくるり踵を返し、メネシアの消えていった方へと足を進める。
途中、うぉんうぉんと艦内に鳴り響くモーターの音が大きくなり、細かな振動が足元を揺らしたから、次元戦艦が時を超えたのだと知る。きっとメネシアだ、とあたりをつけたアルドは転ばぬように慎重に、けれど可能な限りの早足で甲板へ続く扉へと急いだ。

しかし残念ながら、少しばかり遅かったらしい。甲板に出たアルドの目に飛び込んできたのは、ゾル平原の風景。その南のあたり、開けた場所に停泊している次元戦艦の広い甲板の上には、既にメネシアの姿は見当たらない。
合成鬼竜にメネシアの事を尋ねれば、鬼竜が答えるより先に聞きつけた主砲がぐるりと回転して、あそこだぜ、と教えてくれる。その砲身の先端が向いた先を目で追えば、ラトルへの道をゆくメネシアの姿が見えた。その近く、襲いくるラプトルの群れも見えたけれど、アルドが心配する間もなく、ひゅんと宙を割く刀の軌跡が一体のラプトルの首を跳ね飛ばし、あっという間に残りは散って逃げてゆく。全く危なげないその様子には、手助けを申し出る隙もなさそうだった。
どうしようか、少し悩んだあとアルドは、合成鬼竜に自分もラトルに向かうと告げて甲板から地面に下りる。
あまり褒められたことではないと分かっている。分かっているけれど、むくむくと膨れ上がった好奇心に、つい魔が差してしまったのだ。

「……よし、ちょっと悪趣味だけど、こっそり後をつけてみるか」

そういえば前も、マーロウをこうして追いかけたっけ。
以前もこっそりとマーロウの後をつけた事を思い出したアルドは、よし、と頷いて、心なしか忍び足でメネシアの辿った道のりを急いだ。

―――Quest Accepted



1.メネシア

「ちょっと、聞いてるの?!」

どうしてこうなったんだろう。
見知らぬ数人の少女に囲まれて、きゃんきゃんと甲高い声をいくつも浴びせかけられながら、アルドは遠い目をして考えた。
尾行は、途中まではうまくいっていた筈だった。
メネシアがラトルに入ったあたりでちょうど追いつき、そこからは建物の壁に隠れながらこっそりと後をつけてゆけば、たどり着いたのはティレン湖道。その一角、歩道からは少し離れた辺りで、メネシアは水に浮く花や石を足がかりに、湖の中に浮かぶ小島へとひょいひょいと器用に飛び移った。そしてそのまま、地べたに座り込み足を組むと目を閉じ、微動だにもしなくなってしまう。
一体何をしているんだろう。動かなくなったメネシアのその格好の意味が分からなくて、隠れた植物の陰から顔を覗かせ、まじまじと見つめている最中。
ふいに背中に何かの気配を感じて、剣の柄に手をかけながらばっと振り返ると、そこにはアルドに向けて手を伸ばす少女の姿があった。見ればその少女のうしろにも数人、同じ年頃の少女達が控えている。
おそらくはアルドの肩を叩こうとして手を伸ばしていたであろう少女は、急に振り返ったアルドに驚いたように目を丸くしていたけれど、すぐに気を取り直したように腰に手をあててきっとアルドを睨みつけた。

「あなた、お姉様の後をつけるなんて、どういうつもり?」

どうやらアルドもまた、つけられていたらしい。尾行に集中しすぎて、背後への警戒がおろそかになっていたようだ。
全然気づかなかったなあ、と呑気に考えていれば、少女達の目がますます険しくなる。

「怪しいわね、変態かしら」
「そうに違いないわ、ずっとお姉様の後をつけてたもの」
「えええっ?! 待ってくれ、違う! ……お姉様、っていうのはもしかして、メネシアのことか?」
「まああぁ! お姉様のお名前まで知ってるなんて! 絶対に怪しいわ!」
「だから違うって!」

少女達の言葉にようやく、自分が怪しいやつだと思われている事に気付き、慌てて弁解を始めるもなかなか聞き入れてもらえない。
あわや不審者としてラトルの自警団に突き出されそうになったけれど、集まった少女達のうちの一人が、そういえばと以前メネシアと一緒にいたアルドのことを思い出してくれたおかげで、それだけは何とか回避することが出来た。

「ふぅん、この男が例の、お姉様の仲間……」
「ぱっとしないわね」
「変な服だし」
「ええと、その、君たちは一体……?」

しかし、だからといって解放された訳でもない。お姉様の瞑想の邪魔になるといけないから、と引きずられて舞い戻ったラトルの街で、改めてアルドは少女達に取り囲まれていた。依然としてその目は険しい。
ずけずけと飛び出すきつい言葉にちょっぴり傷つきながらも、アルドは努めて冷静に疑問を口にした。

「メネシア様をお慕いする会の者ですわ」
「めねしあさまをおしたいする……かい……?」

そうして返ってきた答えは、アルドの想像を超えていた。
メネシアを慕うものがいるのはいい、まだ分かる。だけど会ってどういう事だろう、若干混乱しながらアルドが告げられた言葉をどうにか理解しようと頭の中で反芻していれば、どこか誇らしげに胸を張った少女達が「メネシア様をお慕いする会」について口々に説明を始めた。

曰く、彼女たちはみんなメネシアに大なり小なり危ないところを救われた経験があること。その時のメネシアの凛とした立ち居振る舞いや、言葉少ないながらも少女達を気遣う優しさに、すっかりと心を奪われてしまったこと。時折街に現れるメネシアをうっとりと目で追っていれば、同じような視線を向ける存在に気がついて、話をしてみれば似たような経緯を辿りメネシアに憧れと慕情を抱くようになった同志であったこと。
最初は随分と揉めたらしい。少女達の誰もが、自分が一番メネシアを慕っているといって譲らなかったから。けれどその数が増えるにつれ、少女達は敵対するよりも手を結び団結する事を選んだ。それが「メネシア様をお慕いする会」の始まりである。

掻い摘めばおそらくはそんな概要であったけれど、会がどのようなものか少女達が口々に喋りたてて説明する合間に、メネシアの武勇伝を挟み込んであっちこっちに話が飛ぶせいで、半分くらいしか理解は出来なかった。特に反発していたのに協力して会を立ち上げるあたりの話は、何がどうしてそうなったのか全然分からないままだ。
一応、途中までは理解しようと頑張っていたつもりだったものの、「抜けがけ禁止」だとか「贈り物は事前に幹部の確認をとること」だとか、訳の分からない会の規則の説明が始まった辺りで、アルドは諦めた。諦めて合間に挟まれるメネシアの武勇伝に集中することにした。

メネシアの話だけを聞けば、確かに少女達の気持ちも分かる。魔物や人攫いに襲われあわやというところで、颯爽と助けに入られれば感謝の念を抱くだろうし、その後安全な場所まで送り届けられ、何か礼をと申し出ても受け取ることなく「あなたの無事が一番の礼だ」と微笑まれれば、特別格好よくも見えるだろう。しかも一人二人ではない、あちこちでそんな事を繰り返していれば、こんなにまで慕われるのも不思議ではない。
アルドはそのメネシアの行動が普段の自分のものとさほど違わないとは全く気づくことのないまま、メネシアはすごいなあ、見習わなきゃ、と素直に感心してみせれば、そうでしょうと誇らしげに胸を張る少女達の雰囲気も幾分柔らかなものに変わる。
しかし。和らいだ空気につられて、それなりに張っていた気が緩んで、相槌代わりに「ちっとも知らなかった」なんてうっかり、馬鹿正直にぽろっと漏らしてしまったのが間違い。
少女達の空気がたちまち尖ったものに変わり、ぐっと声の音量が上がる。失言だった、後悔してももう遅い。

「メネシア様と行動を共にしていたのに、知らなかった、ですって……?!」
「もう、あなた、全然分かってないんだから! いいわ、私たちがお姉様の素晴らしさについて一から叩き込んであげる!」
「そうね、私が助けられた時の話だけど、不安がる私にメネシア様が笑いかけてくださって……」
「あたしだって! お姉様に笑いかけてもらったもん! 手も握ってもらったもん!」
「私もそういえば……」
「あの時のお姉様……」
「あれは……」

そして始まる、怒涛のメネシアの話。先程までの比ではなかった。次から次に四方から飛んでくる言葉は、尽きるどころかますます熱が入ってゆくばかり。ついにはアルドをよそに「私の方が!」「あたしの方が!」と互いに張り合い始めるから、慌てて仲裁に入れば、また別の少女がメネシアの話を始める。
かくして、次元戦艦にいないアルドを心配して素材集めに出ていた仲間達がわざわざ探しにきてくれるまで。
アルドは少女達のメネシアへの傾倒っぷりを、延々と見せつけられる羽目になったのだった。



2.サウリャ

(昨日は、大変な目にあったな……)

少女達から救出されて一夜。そのまま次元戦艦に泊まったアルドは、朝、部屋から出てすぐに大きなため息をついて項垂れた。ゆっくり休んだ筈なのに、まだ耳の奥に少女達の声が残っている気がする。
ちょっと怖かったなあ、ととぼとぼと廊下を歩くアルドは、心なしかぐったりしつつ、一応反省もしていた。

(やっぱり後をつけるのは、よくなかったかもしれない)

アルドが彼女たちに目をつけられてしまったのは、メネシアに了解を得ることなくこっそりと後ろをついていったせいだ。気づいてはいなかったけれど、周りから見ればすごく怪しいだろうし、本人に伝われば嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
マーロウの時は結果的に危ないところに駆けつける事が出来たものの、だからといってけして褒められた行為ではない。
やっぱり本人に直接了解をとりつけて改めて話をしてみる方がいいよな、と頷いたアルドは、残る七人の居場所を確かめるべく合成鬼竜に話を聞きに行くことにする。

合成鬼竜に尋ねれば、丁度いいことに今日は舞闘団のみんなが次元戦艦に留まっているらしい。それぞれの名前と居場所を確認したアルドは、まずは一番近く、訓練場を使用中だというサウリャに会いにゆく事にした。

次元戦艦には元々、ばーちゃる何とかという、夢に似た場所で戦闘訓練を行える機能がついていたけれど、訓練場はアルドたちが共に行くようになってから新たに作られた施設だ。
未来の仲間や合成人間たちは、その不思議な夢での訓練に慣れていたけれど、それ以前の仲間の中にはどうも馴染めない、実際生身で動かないと感覚が掴めないという者達と少なくなかった。実はアルドも、擬似的な夢の中での訓練はそんなに得意ではない。
多くの合成人間たちが艦を降りたために居住区だけではなく共用部分にも使われなくなった場所が多数存在していたから、そんな仲間たちの要望を受けて、戦艦クルーたちが簡易的な訓練場を作ってくれた。他にも細々とした要望を聞き届け、平坦な口調とは裏腹に驚くほどこちらに歩み寄ってくれている彼らには、感謝してもしたりない。

彼らにも今度改めてお礼をしよう、何だったら喜んでくれるかなと考えながら歩くうち、辿り着いた訓練場には合成鬼竜の言った通りサウリャの姿があった。
訓練用のサーチビットに向けて槍を突き出すサウリャの横顔は真剣そのもので、声をかけて邪魔をするのは気が引ける。区切りがつくまで見学していようと、アルドは忍び足で部屋の隅に移動してしばらくその様子を眺めることにした。
サウリャの槍がサーチビットを突き刺すうち、的確に弱点を攻撃した時に発生する『クリティカル』という無機質な音声が部屋に響く回数が増えてゆく。そして連続して三回、『クリティカル』が出たところで、動きを止めたサウリャは首を傾げながら何やら考え込み始めた。
声をかけようかどうしようかアルドが迷っていると、ふいに振り返ったサウリャの視線がアルドの姿を捉える。アルドを見つけても驚いた様子はなく、アルドの存在に既に気づいていたようだ。「何かあったの?」とあちらから声をかけられたから、邪魔してごめんなと一言謝って、サウリャに近づき訪ねた目的を告げた。

「私たちは虹の舞闘団として行動することに慣れてるから、何があっても大体私たちだけで解決する癖がついてるのよね。あなたたちをないがしろにしているつもりはないのだけど」

仲間になってからあまり接点が無かったことに気づいて、改めてみんなと話してみたいと思ったんだ、と伝えれば、ごめんなさいね、と申し訳なさそうにされてしまったので慌てて首を横に振る。責めるつもりは全くなく、単純にもっと知りたいと思ったアルドの好奇心の結果だ。その辺りを詳しく説明するうち、流れでメネシアの後をつけて失敗した話をすれば、くすくすと笑われる。

「ふふふ、姉さんの信者にはちょっと過激な子もいるからね。お疲れさま」

でも後をつけるのはよくないわね、とやんわりと咎められ、もうしないよと神妙な顔で頷いた。

虹の舞闘団のリーダーを務めているというだけあって、サウリャの話は分かりやすかった。
一通りの説明と謝罪を終えたあと、サウリャたちの事について改めて聞いてみれば、淀みのない口調でさくさくと教えてくれた。
虹の舞闘団の成り立ち、普段の仕事の割り振り、ついでに昨日話せなかったネメシアのことまで。アルドが一つ尋ねればぽんぽんと二つ三つ答えが返ってくる。しっかりしてるな、と感心すれば、みんな変り者だから私がしっかりしないとね、と苦笑いで答えられたから、ちょっと分かるかも、としみじみと頷いて同意しておいた。

「そういえばさっき、何か考え込んでたけど」
「ああ、あれ。うん、技の名前を考えてたの」
「技の名前?」
「『一点突き』っていうんだけど、もっといい名前があるんじゃないかと思って」

一通り気になっていたことを聞き終えて、何気なく先程のサウリャの事について尋ねてみれば、そんな答えが返ってくる。技の名前か、とアルドが軽く頷けば、悩ましげに眉を寄せたサウリャが重々しく頷いた。

「『流星槍』、『深淵の宴』、『聖なる断罪』、いろいろ候補はあるんだけど決め手に欠けてて」
「そ、そうなんだ……」

アルドもそういう名付けが得意な方ではなかったから、難しいよなと同意したものの、次いでサウリャの口から飛び出した名前の候補を聞いて少しだけ顔を引き攣らせる。
悪い訳では無いけれど、なんだか微妙に腹のあたりがもぞもぞする。けして悪い訳では無いんだけれども、その仰々しさななんとなく落ち着かない。

(シュゼットと気が合うかもな……)

アルドにそのセンスは理解出来ないけれど、シュゼット辺りは喜んで飛びつきそうな気がする。そんな事をぼんやりと考えながら、どれがいいかしらとうんうん悩むサウリャを見守った。
しばらく考え込んでいたものの、結局結論は出なかったらしい。もう少し技の精度を上げてビビッと来たものにするわ、と言ったサウリャに、それがいいよと当たり障りなく頷いて、アルドが場を辞そうとしたところで。
ハッと何か思いついた顔をしたサウリャに、ねえ、と引き留められる。

「アルド、二つ名欲しくない?」
「うん、気持ちはありがたいけど……遠慮しとくよ……」

そして出された提案に、アルドは丁重に断りを入れた。サウリャが不服そうな顔をしているのは見えたけれど、それ以上何か言われる前にそそくさと訓練場を後にする。

(しっかりしてるけど、サウリャも少し変わってるよな)

廊下に出て少し行ったところで、立ち止まりふう、と息をつく。
今度シュゼットと引き合わせてやろう。多分、意気投合しそうな気がする。試しに頭の中に二人の邂逅を描けば、アルドの理解できない言葉できゃっきゃと盛り上がる二人の姿が見えた気がした。


3.ネイリア

さて次は、と気を取り直して廊下を歩き出したアルドは、休息スペースの近くまでやってきた所で、隅に何か手帳のようなものが落ちているのを見つけた。
何だろう、と拾って手に取ってみたものの、表紙には何も書かれていない。もしも日記の類なら勝手に見るのはよくないだろうと思いつつ、誰のものか分からなければ届けることも出来ない。
迷ってから少しだけ、とパラパラと中を捲ってみればそれは、魔物との戦闘記録のようだった。見たら具合が悪いものではないと判断したアルドは、興味を惹かれて目に付いた記録の一つを読むことにした。

『ホーネット:生息地、ゾル平原、ヴァシュー山岳。弱点、突き攻撃と火属性。風属性に耐性あり。ハチの魔物。体長およそ40?120cmほど。群れで行動する習性あり。戦闘が長引けば羽音で仲間を呼ぶこともあるため要注意。羽を落とせば飛べなくなるので優先して狙うこと。』

ここまではいい。わかりやすく纏まってるなと、感心しながら読んでいたのだが。
その先に目を通したアルドは、ひくりと表情を引き攣らせた。

『追記:ワラワラワラワラ出てきてすごく鬱陶しいやつら。弱いから群れるしか出来ないなら巣に引っ込んどきゃいいのに。どうせ倒されるのに針持ってても意味無くない? どうせ死ぬのに攻撃してくんのちょーウザイまじ無理きもい。黄色と黒とか色も気持ち悪いしありえない、あの姿でよく外出てこれるよね恥ずかしくないのかな。それに』

そこまで読んだアルドは、ぱたんと手帳を閉じた。
まだ先は続いていたし、最後の方には『死ね』とか『殺す』とかより物騒な言葉が並んでいたような気がするし、初めの部分、弱点とか習性を書き留めたものより、追記から先の方が圧倒的に長かった気もするけれど。
全部見なかったことにしようと決めたアルドは、再び開いて確認する事はしなかった。
さてこれは誰の手帳だろう、と、手帳の表紙をまじまじと見つめてアルドは悩む。持ち主を探すべきかそれとも、見つけやすい場所に置いておいて持ち主に見つけてもらうようにすべきか。心の平穏のためにも、後者を選択するのがいいんじゃないかと考えたアルドが、どこか丁度いい場所がないかときょろきょろと周りに視線をやったところで。

「あ?、それ、アルドが拾ってくれたんだ」

ひょこり、と休息スペースから顔を出したネイリアに声をかけられた。かけられてしまった。

「あ、ああ。……これ、ネイリアのか?」
「うん、そうだよ」

怖々と手帳を差し出しながら聞いてみれば、隠す素振りもなくあっさりと頷かれる。

「中、見た?」
「……うん、ごめん」
「何で謝るの? 情報共有用の記録だからね、どんどん見てくれていいよ?。何か気づいた事あったら、追記のとこに勝手に付け加えてくれていいからさ」
「う、うん……特に、ないかな……」

中を見たかどうか正直に答えたものか少しだけ迷ったものの、本当のところを告げれば気を悪くした様子もなく、むしろ勝手に書き加えていいなんて言われてしまう。
何か加えるにしてもあの、衝撃の強い内容のあとに言葉を連ねるのはとても躊躇いを覚えてしまう。非常に続けにくい。
そんな気持ちを込めて何もないと首を横に振れば、残念そうに肩を落としたネイリアが、なんでか他のみんなも書いてくれないんだよね、と寂しそうに呟いたので、ちくりとアルドの良心が刺激された。

「……それ、全部ネイリアが書いたのか?」
「うん。面倒だけど、記録係だしね。弱点とか習性とか、私はその辺結構覚えてる方だけど、さっぱりな子もいるから。出向く予定の場所の魔物の弱点だけは覚えとけるようにって」
「へえ、すごいな……」

しょんぼり萎れたネイリアをそのままに場を辞す気にはなれなくて、とりあえず続けてみた会話の最初、全部という言葉の半分くらいは追記について指していたのだけれど。返ってきた言葉には、何の含みもなく素直に感心する。
じっくりと目を通したのはホーネットの項目だけだったけれど、パラパラと捲った感じどの頁にもぎっちりと魔物の情報が書かれてあった。ネイリアの口振りからして、本人にはさほど必要のない情報のようだけれど、面倒だと言いながらきちんと記録しているのはきっと、他の団員たちのためだろう。

(そういえば、メネシアやサウリャが居ない時はネイリアが団を仕切っているって言ってたな)

面倒だから嫌だ、と聞いた気もするけれど、きちんとつけられた記録を見るにそちらの仕事も案外しっかりとこなしているに違いない。
そんな風に感じたことをそのままネイリアに伝えれば、居心地が悪そうに目を逸らされたけれど、ありがと、と呟いた声は気落ちした風ではなくなっていて、アルドはほっと胸を撫で下ろす。

(きっとあれも。必要なんだろ、多分、うん)

だから、そうだ。追記の内容も、アルドにはちょっぴり衝撃的だったけれど、団員には伝わる符牒のようなものなのかもしれない。
そう無理矢理自分を納得させたアルドは、追記についてはついぞ触れないまま、いくつか魔物についてネイリアに質問をしてから、和やかに別れを告げて次の目的地へと向かった。


4.ウラニャ

(ええと、ウラニャはキッチンだったっけ)

合成鬼竜から聞いた話を思い出しながら、ウラニャがいると教えられたキッチンに足を踏み入れれば、ちょうどメディック型の戦艦クルーと何事か話し合っている彼女の姿を見つけた。
声をかけようか迷っていれば、ウラニャのほうが気づいてアルドに近づいてくる。

「やぁー、やぁー、アルドじゃないか。相変わらずお腹空いてそうな顔してるね。何か作ろうか?」
「いや、特に腹は減ってないぞ……お腹空いてそうな顔ってどんな顔だ……?」
「んー? そんな顔?」

毎回毎回、ウラニャと顔を合わせる度にお腹空いてそうな顔してると言われるのは恒例となっていて、どんな顔だと聞き返せばそのままびしりとアルドの顔を指さされてしまった。
よく分からないなあ、とため息をついて首を振り、何をしてたんだ? と尋ねれば、ウラニャと戦艦クルーが視線を合わせてうんうんと頷き合う。

「うちのみんなが好きな料理を教えてたんだよ。興味があるみたいでさ」
「ああ、古代の調理法と食材は興味深い物が多い」

ねー、っと声を上げたウラニャと、ぐるんとツインテールパーツを回した戦艦クルーの息はぴったりで、片方は表情の見えない合成人間なのに心なしか花が舞っている幻影が見えた気がした。
そういえばこのキッチンもアルドたちが次元戦艦に乗り込んでから増設されたものの一つで、戦艦クルーの一部もよく利用していると聞く。アルドたちが次元戦艦に泊まった時は、彼らが食事を作ってくれる事も多く、その内容も最初の頃に比べれば随分と多彩になってきていた。
そうか、こんな風に新しい料理を覚えているのか、と感心したアルドが戦艦クルーにいつもありがとうと頭を下げれば、メディック型の彼女は「……大したことではない」と素っ気ない言葉で応えつつも、そのツインテールパーツは先程までの比ではないほどぐるぐると高速で回転を始めた。
これは喜んでいるって事でいいんだろうか、とアルドが判断に迷っていれば、くいくいとウラニャに服の裾を引っ張られる。どつしたんだとそちらを向けば、物言いたげにじぃーっとアルドを見つめる視線があった。何だと聞いても答えはしないくせに、服の裾を掴む手は離れないままだった。明らかに何かを期待するような視線に、たじろぎつつもその何かを察してほしいんだなと理解したアルドは、直前までのやり取りを思い返し考えてから、試しにぽんぽんとウラニャの頭を撫でてみる。

「ウラニャもありがとう。ウラニャがみんなに料理教えてくれたおかげで、オレもうまい飯が食べれる」
「くふ、うふふふふふふふ」

そうして戦艦クルーに告げたように感謝を口にすれば、ウラニャは嬉しそうに仮面の下の目を細めて、にまにまと口元を緩めた。どうやらアルドの対応は正解だったらしい。
何度か撫でたあと、手を離そうとすればがしりと手首を掴まれ、戦艦クルーの方へと強引に移動させられる。どういうことだろうとアルドが訝しがれば、戦艦クルーが屈んで頭を差し出したから、同じように撫でてみれば「うふふふ」と嬉しそうなウラニャの笑い声が大きくなり、戦艦クルーのツインテールパーツは回転こそしなかったもののふよふよと大きく振動を続けている。
結局その後もなかなか解放してくれず、双方がすっかりと満足した頃には心なしか手の脂が抜け落ちてカサカサに乾いている気がした。

(村のちび達に囲まれてるみたいだな)

えへへ、と機嫌よく笑うウラニャとツインテールパーツの先端をいつもより真っ赤に染めた戦艦クルー、二人の姿がバルオキーの小さな子供たち、それもとびきり甘えたで、アルドやダルニスたちを見かける度に構って遊んで撫でてと強請ってくる少女達の姿に重なって、アルドもつられて目尻を下げる。
そういえば彼女たちは最近、「なわとび」に夢中だと村に立ち寄った時に耳にした。アルドたちが魔獣族に教えて貰ってラトルに伝えたものが、いつの間にかバルオキーにも伝わっていた事になったらしい。
せっかくだから今度村に帰った時には、なわとびをしてあいつらと遊んでやろうと決めたアルドは知らない。
彼女達が恐るべき縄回しマスターへと進化を遂げている事を。


5.パシア

さて次は、とウラニャたちと別れたアルドがやってきたのは、共有スペースの一つ。次元戦艦の中にありながら、芝生と陽の光の差す場所のあるそこは、仲間たちの間でも人気のくつろぎスポットと化している。
部屋を覗けば、合成鬼竜に教えられた通りそこにはパシアがいた。芝生の上に座り込み、のんびりと足を投げ出している。
しかしそこに居るのはパシアだけではなかった。その膝の上に白い猫が一匹、膝の隣には胸にリボンをした黒い猫が一匹。肩には黒い鳥が一羽とまっていて、腰の横にはなぜか骸骨が二つ。

「パシア」

名前を呼べば仮面越しに視線を寄越されたけれど、一つ頷いただけですぐに逸らされてしまう。
これは近寄るなって事だろうかと多少怯みはしたものの、そういえば夢見の館で出会った時も全然言葉を発してなかったなと思い出したアルドは、気を取り直して近くに寄り、隣に座っていいかと尋ねた。するとまた無言のままこくりと頷いてくれたから、アルドはほっと息を吐いて腰を下ろした。
アルドが座ると途端に、骸骨がカチカチと歯を鳴らし始めたからぎょっとするも、骨の窪み具合がトゥーヴァの連れている骸骨に似ていた気がしたから「……デコワレタとマルカジリか?」と尋ねればぴたりとカチカチ音が止む。どうやら合っていたらしい。「トゥーヴァから離れても動けるんだな」と呟けば、ガチン! と一際高く歯が打ち鳴らされる。よく分からなかったものの雰囲気で肯定の意味に受け止めたアルドは、そうかと頷いて、他の動物達にも目をやる。
よく見れば黒猫はビヴェットの相棒のルミロで、肩の黒い鳥は名前までは分からなかったけれど、何度かレイヴンの周りを飛び回っているのを見たことがある気がする。
だけどパシアの膝の上の白猫だけは全く覚えがなくて、一体どこの猫だろうと首を傾げれば、ちらりとアルドを横目で見たパシアがぽつりと呟いた。

「……うちの」
「うちの? ……ああ! もしかして舞闘団の猫か?」

たった三文字の言葉が何を指しているか、最初はさっぱり分からなかったけれど、しばらく考えて思いついた答えを口にすれば、パシアがこくりと頷いた。どうやら合っていたらしい。
膝の上でくつろぐ猫は、パシアが指先で喉をくすぐれば気持ちよさそうにごろごろと喉を鳴らしている。よく懐いているな、と思ったままを口にすれば、少しだけパシアの口元が柔らかく綻んだ気がした。

「よくここに来るのか?」

しかし無口だと思ってはいたけれど、想像以上にちっとも喋ってはくれない。試しに適当な質問を投げかけてみれば、こくん、一つ頷いて終わり。そこから先に会話が続いていかない。

「こいつらも?」

けれども喋らないだけで無視をされる訳じゃなく、聞いたことへの反応はちゃんとある。短いやりとりの間に、なんとなくパシアとのやりとりのコツをつかみ始めたアルドは、パシアの周りを囲む動物と骸骨たちを視線で指して尋ねてみた。すると微妙に首を傾げて躊躇う素振りがあったから、言葉を更に重ねる。

「……こいつらはそんなに来ない? ああ、たまに来る?」

はいかいいえで答えやすいよう続けた言葉に、パシアは最初は首を傾げ、それからこくんと頷いた。
ふうん、とアルドも頷いて、次は何を聞こうかと考えていれば、パシアの肩にとまったレイヴンの鳥がばさりと羽をはためかせ、その黒い瞳がじろりとアルドを睨みつける。
煩いぞ、と言われているような気がして、開きかけた口を閉じた。

(ああ、うん、悪くないなあ)

黙りこくったまま、並んで座っているのは最初はなんだか気まずいような気がしていたけれど、慣れるにつれて流れる沈黙が心地よくなってゆく。自然体で静かに存在するパシアの周りの空気は落ち着いていて、ふっと肩の力が抜けるような過ごしやすい雰囲気があった。

(そりゃ、みんな寄ってくるだろうなあ)

アルドでもそう感じるくらいだから、周囲の感覚により敏感であろう動物達がパシアの周りに集まってくる理由も分かる。骸骨は動物に含めていいのか迷うところだけれど、彼らも落ち着いた空気を好む習性があるのかもしれない。
ぽかぽかと差し込む陽の光は気持ちがよく、すっかりとリラックスしてしまったアルドは、気づけばうとうとと船を漕ぎ始めていた。


6.エイシア

少しばかり、パシアの所でのんびりしすぎてしまったらしい。
さほど長く居眠りしていたつもりはなかったものの、彼女達に別れを告げて次の目的地、合成鬼竜からエイシアがいると告げられた居住区近くの多目的スペースに向かえば、既にそこには誰の姿もなかった。
近くの部屋をいくつか覗いてもエイシアを見つけられなかったので、もう一度合成鬼竜に聞きに行こうと廊下を歩いていれば、丁度曲がり角で走ってきた誰かと勢いよくぶつかってしまう。

「悪い、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫で……」

ぶつかった衝撃で、ぺたんと床に尻もちをついてしまった相手に慌てて手を差し出せば、それは丁度探していたエイシアだった。アルドの手を掴み立ち上がろうとしたエイシアは、途中ではっとした顔になってアルドの手を離し、ぺたぺたと自分の頭を触ってさっと顔を青ざめさせる。
その行動につられたアルドがエイシアの頭を見れば、そこには左右一本ずつついている筈のツノが、今は右の一本しかない。
ぶつかった時にどこかに落としてしまったのかな、とアルドがきょろきょろと辺りを見回せば、エイシアの斜め後ろに落ちているツノを発見する。
特に躊躇う理由もなかったので、エイシアの横をすり抜けそれを拾って渡してやれば、なぜかエイシアの挙動がますますおかしくなってしまった。

「はわわわっ! 秘密に、秘密にしてくださいぃいいい!」
「ひ、秘密? 秘密って何を?」
「私のこのツノがほんとはツノじゃなくってそれっぽい枝を加工して作ったやつって事をですうううう!」
「えええっ! それ、本物じゃなかったのか?!」
「ま、まさか気づいてなかったんですか……?」
「うん、全然……今、エイシアに言われるまで気づいてなかったよ……」
「はううう……」

がくがくと震えながら必死に秘密にしてくれと言い募るエイシアの言葉に戸惑っていれば、アルドがこれっぽっちも気がついていなかった事実をエイシア自ら暴露し始める。思わず握ったままのツノ、正しくはそれっぽい枝をまじまじと見つめるも、手触りからして枝のようには思えなかった。
よく出来てるな、と呟いたのはその出来栄えに感心したからで、けしてからかったり咎めるつもりではなかったのに、アルドの言葉を聞いたエイシアの口元が今にも泣きだしそうにくしゃりと歪んだ。
慌てたアルドはエイシアの目線に合わせてしゃがみこみ、絶対に言わないから、内緒にする、と何度も繰り返し言い聞かせる。小指を差し出して指切りをして、真面目な顔で約束する、と告げればようやくエイシアの方も多少落ち着いたようで、ありがとうございますとか細い声で呟いてから、ぽつぽつとツノの事について話し始めた。

「虹の舞闘団には、自分で狩った獲物のツノをつけるっていう暗黙のルールがあるんです。でも、私、まだ自分でツノのついた獲物倒した事がなくって……」
「だけど舞闘団ってみんな姉妹なんだろ? 別にツノが偽物でも多少は大目に見えもらえるんじゃないか?」
「ううう、暗黙のルールは絶対なんです……それさえ満たしてれば誰でも入れるんです……逆に言えば姉妹といえど暗黙のルールを満たしてなきゃ団員でいられないんです! 多分!」
「多分?」
「……だ、団員でなくなった前例がないので、多分……?」

虹の舞闘団の団員たちがみんなツノをつけているのは勿論知っていたけれど、単純にお揃いの目印みたいなものだと思っていたから、それが暗黙のルールになっていると教えられて少し驚く。けれど舞闘団のみんなは姉妹なのだと聞いていたから、それぐらい大丈夫なんじゃないかと適当なことをうっかり口にしてしまったせいで、目に見えてぺしょんとエイシアの纏う空気が萎れてしまう。どうやらアルドが考えていた以上に、暗黙のルールとやらは虹の舞闘団にとって重要なものらしい。
秘密がバレた反動で気が抜けたのか箍が外れたか、はああ、と深いため息をついたエイシアは、「みんなと戦う時はちゃんとやれるんですけど……」「一人だと緊張しちゃって、狙いが定まらなくなっちゃって……」と、弱音を零し始めた。
まさか放っておく事なんて出来るはずも無かったから、「じゃあきっと、回数を重ねればそのうち慣れるよ」「オレも初めて魔物と一人で対峙した時はろくに戦えなかったぞ」と弱音の一つ一つに根気よく付き合ううち、仮面越しでも分かる程にどんよりと曇っていたエイシアの表情が僅かずつではあるが晴れてゆく。

「そのうちきっと! ちゃんと一人でツノつきの魔物、倒してみせますから! だ、だからそれまで、秘密にしてくださいぃ……!」
「分かった、分かったから! 泣くなって!」

ついにはきりり、と口元を引き締めて高らかに宣言するに至ったけれど、最後には自信なさげにふにゃりと崩れた声色がじわりと滲みかけたから、慌てて宥めに入って、そして。

「弓ならダルニスが得意だし、ダルニス、狩りも良くしてるからさ。良かったら、コツを教えてもらえるよう頼んでみようか?」
「ぜぜぜひ! お願いしますぅ!」

弓の分野なら幼馴染が詳しいだろうと思いついたアルドがダルニスの名前を挙げれば、想像以上に食いついてきたからアルドは約束を追加する。面倒見がよく教えるのも上手いダルニスならきっと、エイシアの力になってくれるだろう。
具体的な解決策が見えたせいか、エイシアの纏う空気がふわりと緩んだ気がする。だからアルドもここにはいない幼馴染の姿を胸に浮かべながら、ダルニスなら絶対に何とかしてくれるよ、と少し誇らしげに微笑んでみせた。



7.ケルキア

「アールド!」
「うわっ! ……びっくりした、ケルキア、ちょうど探してたんだ」
「うん、知ってまぁす」

エイシアと別れてケルキアを探そうと廊下をしばらく行ったところで、ふいにぽんと背中を叩かれる。驚いて振り返ればそこにはケルキアの姿があったから、探していた旨を告げればしたり顔で頷かれた。
合成鬼竜からアルドの話を聞いたのだろうか、と不思議に思って首を傾げれば、ずい、と踏み込んで近づいてきたケルキアに意味ありげに下から顔を覗き込まれて、思わず数歩後ずさる。しかしケルキアは離れてはくれず、下がった分だけ近づいてくるから、また後ずされば更に近づかれる。そうして後ずさって近づかれてを繰り返すうち、気づけばじりじりと壁際に追い込まれてしまった。

「なーんか、うちの団の事嗅ぎ回ってるみたいだね?」
「嗅ぎ回ってるって、そういうつもりじゃ……」

一番初め、こっそりとメネシアの後をつけた以外は、特に後ろめたさを覚えるような事をしたつもりはなかった。けれど仮面から覗く瞳をぎらりと妖しく煌めかせたケルキアに、そんな風に言われてしまえば、なんだかとてもきまりが悪い気がして、慌てて弁解すべく口を開こうとすれば、誤解を解く前に先手を打たれてしまう。

「いっけないんだぁ。そういえばアルド、フィーネにしばらく釣り禁止だって言われてるのに、こっそりタラヴァかまぼこ買い込んじゃったんだって?」
「なななな、なんでそれを!」
「ふっふっふっ、秘密でーす」

にやり、と唇の端を吊り上げたケルキアから告げられた言葉に、びくんとアルドの心臓が大きく跳ねる。
少し前、ちょっぴり釣りに熱中しすぎて何度か昼飯の時間を忘れたことがあって、怒ったフィーネから直々に釣り禁止を言い渡されてしまっていた。確かにそれについてはアルドが全面的に悪い。せっかくフィーネが昼ご飯を用意してくれていたのに、きちんと時間に帰らなかったアルドが悪い。
だけど時間を忘れるほど熱中しないならば少しくらい、と密かにタラヴァかまぼこを買い込んでいたのも事実だった。あともう少しで武器を作るための素材が集まりそうだったから、諦めきれなかったのだ。
誰にも内緒にしていた筈のそれを、まるで見てきたかのようにずばりと言い当てられ、だらだらと背中に冷や汗を流したアルドは、ごくりと唾を飲んでケルキアの目を見つめる。何とか誤魔化さなきゃ、と思う気持ちはあったけれど、どうやって誤魔化せばいいのかさっぱり分からず、うまい言葉が何にも出てこない。
そんなアルドをひどく楽しげに見ていたケルキアが、ふとアルドの顔の隣に視線をやると、唇は笑みの形のまま、ぴしりと固まってしまう。

「む、むむむ」
「む?」

そして何故かいきなり、むを連呼し始めたケルキアの様子が尋常でないことに気がついたアルドは、どうやって誤魔化そうかと必死で考えていたのを一旦横に置いて、どうかしたのかと尋ねようとすれば。

「虫いぃぃぃ!」

絶叫と共にケルキアがばっと後ろに飛んでアルドから距離を取り、杖の先端をアルドの方へと向ける。
杖の先端に集まり始めた精霊の力の気配を感じて、慌てて横に飛び退けば、間一髪、アルドの顔の辺りに容赦なく魔法が叩き込まれたのを見て、先程までの冷や汗とはまた違った嫌な汗がじとりと滲んだ。

「虫! 虫だけはダメなの! エナジーボルト! エナジーボルト! エナジーボルトぉぉぉっ!」
「うわああっ、落ち着け!」

すっかりと平常心を失った様子でばんばんと魔法の弾を打ち出し続けるケルキアを宥めに入るも、なかなか落ち着いてはくれない。虫の姿は既にどこにも見当たらなかったれど、それでもケルキアは魔法の発動を止めようとはしなかった。アルドの制止の言葉も、全く聞こえている様子がない。
ようやく事態が収束したのは、打ち出したと思った魔法の弾が形にならずぷすりと音を立てて宙に消え去ってから。どうやら魔法を形作るための力が尽きてしまい、物理的に止まらざるを得なくなったようだ。
しばらく杖を握ったまま放心したように棒立ちになっていたケルキアに、大丈夫か、と声をかければ、強ばった顔のままの彼女が恐る恐るアルドの方を振り向く。

「……見た? 見たよね? 見ちゃったよね……?」
「……だ、誰だって苦手なものはあるよ」

先程までの生き生きと楽しそうな空気から一転、気まずそうなケルキアの様子にアルドはそろりと目を逸らしながら、精一杯のフォローをしたつもり、だった。
しかし残念ながらそれはケルキアを慰めるには至らなかったようで、そうだよね、と頷いてはくれずがっくりと肩を落として俯いてしまう。
あんまり気にするなよ、と声をかけてもその様子は変わらず、どんよりと暗い空気が立ち込めているようだった。

「ううう、弱味を握られちゃったぁ……」
「弱味って、そんなつもりはないぞ?」
「うーん、代わりにタラヴァかまぼこの話を黙ってたげるから……ってだけじゃちょっと心配だなあ」
「あのな、そんな風に条件つけられなくったって、誰にも言わないって」
「仕方ないなぁ……まぁ、仲間だし。虹の舞闘団、最大の謎を教えてあげるからそれで忘れてよ」
「……話を聞いてくれ」

けれど。落ち込んでいるように見えて、実はそこまででもなかったらしい。弱味なんてアルドが思いつきもしなかった事を言い出したから、そんなつもりはないと告げてもあっさりと聞き流され、なぜだか虹の舞闘団の謎で手打ちにする事に勝手に決められてしまった。見れば先ほどまでの暗い空気はなんだったのか、けろりとした様子で話を進めようとするケルキアに、今度はアルドの方ががっくりと肩を落とした。
本当にそんなつもりはないのに、と胸の中で呟いてはみたけれど、当然ケルキアに通じる訳もなく。
なし崩しにアルドは、虹の舞闘団最大の謎とやらを聞かされる羽目になったのだった。


8.ロディア

『私たちは七つ子で、虹の舞闘団は八人。最後の一人はね、いつの間にか増えてて、七つ子のふりをしてるんだぁ。ま、それ自体はいいの、うちの暗黙のルールは満たしてるからね。でもね、あの子が団に入った理由も、七つ子のふりをしてる理由も、だぁれも知らないの。ね、不思議でしょ?』

半ば強引に聞かされた話ではあったものの、なかなかに衝撃的な内容であったから、アルドは少し考えこみながら次元戦艦の廊下を歩いていた。
ケルキアの話によれば、その謎の一人はアルドが最後に会おうとしていたロディアなのだという。
確かに。彼女たちは七つ子だと言っているのに、どうして舞闘団には八人いるんだろうなと疑問に思ったことはあった。あったけれど、その七つ子ではない一人がまさかいつの間にか増えていただとか、どうして団員になったのか分からないだとか、裏にそんな話が隠れていたなんて思ってもみなかった。七つ子ではない一人についても、みんな納得ずくの上で団員になっているのだと勝手に想像していた。
更にケルキアが語ったことに、舞闘団みんなの衣装はエイシアが作ったものだけれど、唯一ロディアのものだけはエイシアではなく彼女自ら用意したものらしい。それもエイシア自身が自分が作ったものだと勘違いしそうになったというほど、細部までそっくりに再現されているというから、そこまでして舞闘団に入ろうとしたロディアの意図がどうしても気になって仕方ない。
けれどアルドよりずっと一緒にいたであろう他の団員たちが誰も理由を知らないというなら、もしかして何か話せない事情があって隠しているのかもしれない。だったらはっきり尋ねるのはあまりよくないだろうかとアルドが悩み始めたところで、折よくばったりとロディアと鉢合わせる。

「ロディア、探してたんだ。今、ちょっといいか?」
「ん? いいけど、どうしたの?」

呼び止めれば、あっさりと頷いて足を止めてくれた。改めて近くで見ても、彼女の衣装に他の団員たちのものとの差が見つからなくて、アルドは内心で感心する。
さてどうしようか。遠回しに他の話から始めようか、それともずばりと聞いてみようか、と少し躊躇ってからアルドは、思い切って真正面から尋ねてみることにした。

「あのさ、ロディアは何で虹の舞闘団に入ったのか聞いてもいいか?」
「えー? 七つ子だから必然的に? ほら、次女だからね」

しかしさすがにケルキアに虹の舞闘団最大の謎と言わしめただけあって、簡単に望んだ答えは貰えない。
あくまで七つ子の一人だと言い張る気らしいロディアに、アルドは冷静に反論を試みる。

「次女はサウリャだろう」
「ありゃ、じゃあ三女だったかな?」
「三女はネイリア」
「うーん、じゃあ」
「四女はウラニャで五女はパシア、六女はエイシア、七女はケルキアだ。長女はメネシア」
「あれー、おっかしいなあ」

次女ではないはずだと言えば三女だといい始め、それも否定すればまた四女だ五女だと言い出しそうな気配があったから、先手を打って全員分の名前を挙げていった。
七人全員の名前を言えば、ロディアが誤魔化すようにあははと笑って目を逸らす。けれど、アルドが挙げた彼女たちの名前を否定することはしなかった。七つ子の一人だと言い張りつつも、七つ子の誰かを追い出して成り代わるつもりはないらしい。

「……そういえば、そのツノ、どっかで見たような……」

そんなロディアとのやり取りの中、アルドはふとその頭にあるツノに妙な既視感を覚えた。記憶の中の何かが引っかかる。

(なんだっけ、こう、機械の……耳? だったような? 確か、未来のどこかで)

あともう少しで思い出せそうなのに、と焦れったく思いながら記憶を探っていれば、黙りこくって考え込むアルドをじっと見つめていたロディアが、そっか、アルドたち、あそこに行ったって言ってたもんね、と小さな声で囁いた。
あそこ? と鸚鵡返しにアルドが聞き返したけれど、それに対する答えはなかった。代わりに、静かな声でロディアがぽつぽつと話し始める。

「すごいなあ、って思ったんだ。みんな同じ格好してるのに、全然同じに見えなくって。同じ格好なのに、個性的で、自由で、すごくキラキラして見えた。私たちはそうじゃなかったのに、彼女たちはどうしてこんなに違うんだろうって、不思議だった」

一見何の脈絡もなく始まったその話が、何の事を指しているのかアルドには分からなかった。けれどそれが嘘ではなく本当のことで、ロディアにとってとても大事なことを話しているのだと察して、口を挟む事無く黙って耳を傾ける。

「不思議で、眩しくって、憧れて、ずっと見ていたくって。その中に入ったら、理由が分かるかなって思って、それで……彼女たちみたいになれたら、素敵だなって思ったんだ」

切実さの滲む声には、隠しきれない羨望と純然たる憧れが溶けているように聞こえた。
依然としてアルドにはロディアが何の話をしているのか察する事が出来てはいなかったけれど、彼女の言葉に潜む熱がとんと柔らかく胸を打つ。打たれた心のまま、腹の底から何かが沸き上がってくるようで、それが喉元を過ぎたところで形を取り始め、頭で考えるより先に感情が言葉を吐き出そうとしていた。
きっと多分それは、彼女に同調して生じた羨望や、透明に澄んだものを見た時の心の動きを、ありのまま形にしたような何か。

「なーんてね!」

しかしアルドがその何かを口にしてしまう前。
ぱっとおどけた口調になったロディアが、まるで全てを冗談にしてしまうかのように明るく全てを笑い飛ばしてしまったから、それは言葉になる前に消え去ってしまう。
少し残念な気もしたけれど、音になってしてしまえば感じた心が陳腐になってしまいそうな気もしたから、それで良かったのかも、と少しほっとしてアルドは、ロディアの空気に合わせて体の力を抜いた。

「あれだよ、三女の双子だよ」
「七つ子の中に双子……?」
「そういうこともあるんじゃないかな?」
「……もうそれでいいよ……」

すっとぼけた事を言い出したロディアに呆れた顔でため息をついてから、肩を竦めて苦笑いを浮かべる。
はっきりとした理由は分からないままだけれど、ロディアが虹の舞闘団に並々ならぬ思い入れがあって、その一員であることを大事にしていることは分かった。
それが分かれば十分だ、と納得したアルドは、それ以上の追及をすることはしなかった。
そうして、聞いた話はケルキアにも話さず、アルド一人の胸に秘めておこうとこっそりと決意したのだった。




次元戦艦の居住区、メネシアの部屋の前を通り過ぎた辺り。

「みんな、すごく個性的だったな……」

虹の舞闘団の七人姉妹+一人との接触を終えたアルドは、さすがに多少の疲労を感じていて、少し休んでいこうと割り当てられた自室へ向かいながら、交わした会話を思い返してしみじみと呟いた。
ゆっくりと話をする機会がなかった頃は見分けがつかないほどみんなそっくりだと思っていたけれど、一人ずつ接してみれば案外思ったよりも似ていない。姉妹だな、と思う瞬間もあった事にはあったけれど、それ以上にそれぞれの性格の違いが顕著になっていたように思う。彼女たち一人一人と接した今となっては、遠目から見ただけならともかく、近くで言葉を交わせば間違う方が難しい気がした。
随分と少なくなったとはいえ、それでもたまに彼女たちの名前を間違えてしまう事があって、その度に申し訳なさと後ろめたさを感じていたアルドは、これでもう間違えないぞ、力強く頷いてから、ふと動きを止めて考え込む。

七つ子、プラス一人である彼女たちですら、あれほど違うのだ。見た目は似ていても、他人であればもっと違うんじゃないだろうか。

アルドの脳裏に浮かんだのは、鎧を着込み顔まですっぽりと覆われたフリアレスのみんなと、色は違えどよく似た形をしたロボットたち。
今の彼らを思い浮かべれば、一つの集団として捉えてしまいがちだけれど、もしかして彼女たちも舞闘団のみんなと同じように、もしかしたらそれ以上に個性的なのかもしれない。

「こうなると他のみんなも何してるか気になるぞ……」

そんなアルドの小さな呟きは壁に跳ねることなく、ごうごうと低い音で鳴り響く次元戦艦の駆動音に呑み込まれ、静かに宙に溶けて消えた。

―――Quest Complete