ナギとベネディトの手作りおむすび


(……おなか、すいた)

次元戦艦に与えられた一室。明かりを落とした暗がりの中、ぱちり、目を覚ましたナギはベッドの上で数度寝返りを打つ。
シーツに当てた耳には、ごうんごうんと低く小さな音が聞こえている。次元戦艦を動いている時は常に鳴り続けているその音は、海の底で暮らしていた時に遠い海底から響いていた水の音によく似ていて、地上の宿で眠る時よりもずっと落ち着いて眠りやすいから、次元戦艦に泊まるのは好きだった。
けれどそれに耳を傾けてもう一度目を瞑ろうとしても、一旦自覚してしまった空腹を忘れる事は出来なかった。むしろ寝返りを打つ度に、どんどんと空腹の度合いが増してゆくように思う。部屋に置いた荷物の中には、おやつや非常用の食料が入っているけれど、それを全て食べ尽くしたとしても満腹にはなりそうもない。
冷静に自身の腹のすき具合を確かめたナギは、ベッドから抜け出して部屋を出ることにした。目指すは、キッチン。あそこにはいつもおいしいものがあるのだと、もう何度も次元戦艦に泊まったことのあるナギはよく知っていた。

しゅっと開いたドアから出た廊下は、最低限の明かりしか灯ってはおらず、昼間と比べれば薄暗い。つい先日合成鬼竜が、せつでんのために夜は明かりを落とすと言っていた。せつでんの言葉の意味はよく分からなかったけれど、後でシーラが教えてくれたことによれば、薪を節約するようなものらしい。
次元戦艦と同じ時代から来た仲間たち、特にシュゼットやエリナなんかは夜の暗い通路は不気味で怖いと言っていたけれど、夜の竜宮城、そこから見える外の光を全部飲み込んだような海の黒に慣れているナギにとっては、これでも十分に明るい方で、特に不安もなく真っ直ぐにキッチンを目指す。

その、道中で。ふいにざわり、背筋に寒いものを感じたナギは、何かを考える前にさっと後ろへと跳んだ。その直後、ちょうど通りかかろうとしていた部屋の扉が開くと同時、まるで威嚇するかのように中から重苦しい殺気が放たれたから、跳び退いた格好のまま身を固くしてすぐに動けるように構えを取る。

「……敵、ではないのか?」

部屋の中から現れたのは、斧を構えたベネディトだった。鋭い目付きで周囲を見回しながら一歩、部屋から外に出てナギの姿を見つけるとらその身に纏った殺気が僅かに薄れた。

「今、戦意に似た気配を感じたのだが」
「……あ、多分、それ、私だと思う。おなかすいてると、少しぴりぴりするから」
「そうか、敵襲ではないのだな」

しかしそれでも斧を構えたままのベネディトの言葉に心当たりのあったナギが正直にそれを告げれば、ようやく重苦しい殺気がぴたりと掻き消える。途端にふっと空気が軽くなった気がして、ナギは無意識のうちに詰めた息をほうっと吐き出していた。

「……もしかして、起こした? ごめん」
「問題ない」

斧を下ろしたベネディトに向けてぺこりと頭を下げれば、変わらぬ表情のまま首を横に振った彼が、では、と部屋の中に戻ろうとしたその時だった。
ぐるるるるる、なにかの唸り声のような音が広い通路に反響して響く。思わずその発生源と思われるベネディトの腹にまじまじと目をやれば、ぐるる、もう一度音が鳴る。間違いない、ベネディトの腹から鳴っている。

「おなか、空いてるの?」
「うん? ああ、この音か。大丈夫だ、問題ない。ごくごく普通の、いつものことだ」
「いつも……?!」
「ああ。夜にたまに鳴ることはあるが、日中の活動に問題は無い。そのうち治まる」

言葉を交わす合間にもぐるぐると鳴る腹は、ナギが抱えた空腹よりもずっとひどい飢えを訴えているようなのに、ベネディトはまるで気にした風もなく、いつものことだなんて言うから信じられなかった。
だって、お腹が空いたら、胸がすうすうして切なくって、苦しくって寂しくって悲しくってたまらなくって、不安で心許なくて底の見えない海溝を覗き込んだような気持ちになるのに、それで問題がないなんてとても思えない。そりゃあナギだって、いつでもお腹をいっぱいに出来る状況ばかりでないことは知っている。随分と昔にはご飯を食べられなくってひもじい思いをずっとしてきたし、戦闘の具合によってはご飯を食べそびれる事だってある。
でも、今はそんな状況じゃない。ナギもベネディトも次元戦艦にいて、キッチンには食べ物がいっぱいある。さすがにそこにあるもの全てを食べ尽くしてしまえば怒られてしまうだろうけれど、お腹の空いたナギですら空っぽに出来ないくらいの食糧があって、後で食べた分と同じ量の食材を補充しておくなら、好きなように食べていいとも言われている。
そんな中で腹を鳴らして普通のことだと主張するベネディトが、なんだか腹立たしいような悲しいような許せないような気持ちと、絶対にこの男にお腹いっぱいごはんを食べさせてやらなきゃいけないという使命感にも似た気持ちを抱いたナギは、部屋に引っこもうとするベネディトに近寄って、その手首をがっしりと掴んだ。

「一緒に来て」

そうしてベネディトを見上げるナギの瞳には、強い決意がめらめらと燃え上がっていた。


次元戦艦のキッチンはとても広い。竜宮城のナギの部屋の二つ分くらいある。よく分からない機械も沢山あって、それを使えばとてもおいしいものが出来ることだけは分かっているけれど、残念ながらどれをどう扱っていいのかはよく分かってはいない。
けれどそんなナギにも、二つだけ使い方が分かっているものがある。冷蔵庫という氷室のような大きな箱と、炊飯器という米をおいしくする樽のような容れ物だ。
少し前から東方にも足を伸ばすようになって以来、次元戦艦でも米が出るようになった。パスタが一番好きなナギだけれど、あったかくてお腹がいっぱいになる米も結構気に入っている。
今日の目的は炊飯器の方だ。目につく棚の扉を片っ端から開けてゆき、大きめのボウルとお玉を見つけて取り出したナギは、その二つを抱えて揚々と炊飯器の前に向かった。
キッチンにあるものは全て、ナギが使うのには少し高いところにある。難なく取り扱うには、残念ながらちょっぴり身長が足りない。それでも諦めることなく、足の裏がつりそうなくらい、めいっぱいの背伸びをして全身をふるふるさせながら炊飯器の蓋を開けようと手を伸ばしていれば、ひょいと腰を掴まれ持ち上げられた。

「ありがとう」

ちょうどよくなった高さに満足したナギは、ぱかりと開いた炊飯器の蓋、もうもうと立ち上る湯気に混じる食欲をそそる匂いにごくりと唾を飲み込んでから、お玉でつやつやふかふかの米をすくってはせっせとボウルに移してゆく。お玉はなんだか少し違うような気もしたけれど、ちゃんとすくえるのでかまわないと気にしないことにした。

米の詰まったボウルを抱えたナギは、そのままベネディトに抱えられて流し台へと場所を移動する。そこで一旦下ろしてもらって、きょろきょろと辺りを見回したあと、キッチンの隅にあった台を見つけて持ってきた。背の小さい仲間たちのために、フィーネが用意してくれたものだ。台の上に立つと、ちょうどいい場所に目線が来る。よし、と満足して頷いてからナギは、蛇口を捻って流れ出した水で丁寧に手を洗うと、ベネディトにも同じように手を洗うように促した。

「これを食べるのではないのか」
「食べるけど、そのまま食べるより、握った方がおいしい」

そこまで特に反発することもなく素直に従っていたベネディトだったけれど、おいしそうな米の匂いに刺激されたのだろうか、ぐうう、またお腹を鳴らしながら、不思議そうな顔でナギとボウルを交互に見た。そんなベネディトの疑問に、ナギはちょっと得意げに胸を反らして答える。
もちろん、米はそのまま食べてもおいしいし、もしもナギが一人だったなら何もせずにそのまま食べたことだろう。けれどベネディトにお腹いっぱい、それもただお腹をいっぱいするだけじゃなくって、おいしいものをいっぱい食べさせてやりたい気持ちになっていたナギは、この間つまみ食いに訪れたキッチンで鉢合わせたフィーネに教えてもらったばっかりの、唯一作れるようになったとっておきを披露することにしたのだ。

濡れた手の水は切らないまま、お玉で米をすくって手のひらに乗せて、熱々の米でやけどしないよう、ぽんぽんと米の塊を軽く宙に放り投げながら合間にきゅっきゅと握ってゆく。そうすれば、あっという間にナギの手作りおむすびの出来上がりだ。フィーネみたいにうまく三角にはまだ握れないけれど、一応ちゃんとおむすびにはなっている、と思う。

「はい、おむすび。おいしいよ」

出来たてのおむすびを食べて欲しくって、ベネディトに差し出したけれど、どうしてかすぐには受け取ってもらえなかった。鋭い眼光で何かを警戒するようにきょろきょろと周囲を見回したあと、見定めるようにじっとおむすびを睨みつける。
どうしたんだろう、不思議に思ったナギだったけれど、すぐにあることを思い出した。ベネディトは常日頃から出された食べ物に毒が入っていないか警戒しがちだと、アルドがちょっぴり困ったように話していたことを。
なるほど、思い当たったそれでナギは一人で納得する。だって毒はおいしくない。ナギもそのことはよく知っているから、ベネディトの警戒を不愉快ともおかしいとも思わなかった。初めてのものを食べる時は、ナギだって多少の注意はする。
だから差し出したおむすびを一旦引っ込めて、ぱくり、自分で食べてみせた。毒が入ってない事を知らせるためだ。けれどむしゃむしゃと口を動かすナギは、あれ、と首を捻った。
米の味がしてとてもおいしいけれど、何かが足りない気がする。前に食べた時は、もっと美味しかった気がする。もっと美味しくって、ふんわり甘くって、ほのかに塩辛くって……そうだ、塩気が足りない。
ぱくり、おむすびにかぶりついて表情を変えたナギを見つめるベネディトの表情は、いつの間にか僅かに強ばっていた。何かを探るような視線に気づいたナギは、ごくん、口の中のものを飲み込んでから、塩、と呟いた。

「……塩?」
「そう、塩。塩を忘れてた」

そのままぐるりと周りを見て、前回フィーネが使っていた塩の容れ物を見つけたから、ベネディトに取ってきてくれるようにと頼む。
すぐさま塩を取りに行ったベネディトが隣に戻ってきたところで、ナギはその瞳を真正面からじっと見つめた。

「これに毒は入ってない」

そして言い聞かせるようにそれを告げれば、ベネディトの表情がぴくりと動く。そのまま視線はベネディトに固定したまま、指で米と塩を順にさして「どちらも毒じゃない」と繰り返し口にする。そして塩を忘れた齧りかけのおむすびの残りを一気にぽんと口の中のに放り込み、もぐもぐもぐごくん、咀嚼して呑み込んで、米粒一つも残ってはいない口の中身を、ぱかりと開いてみせた。

「全部食べた。だけど何もおかしなことは起こらない。だから毒じゃない」

それでようやく、微かにベネディトの顎が縦に揺れる。ある程度の理解はしてくれたようだ。けれどそこにまだ拭えない戸惑いや葛藤で躊躇う気配を感じたナギは、更に言葉を付け加えた。

「あなたが死んだら、私も死ぬ」

だって、同じものを食べるのだ。万が一毒が入っていて、死に至るようなことがあればそれは、ベネディトだけでなくナギも同様の目に合う筈だ。だからつまり言い換えれば、ナギが食べて大丈夫ならベネディトも大丈夫だという事に他ならない。
そこまで言えば、ベネディトも分かってくれたようだ。そうだな、とその唇が小さく動いたのを見たナギは、微笑んで二個目のおむすびを握る。今度はちゃんと、両手に塩を振ってから。
出来上がったおむすびをベネディトに渡す前に、その先端をひと口齧った。納得はしてくれたと思うけれど、念の為の毒味だ。おいしそうで食べたくなってしまったからではない。ちょっとだけしか。二つ目のおむすびは、ほんのりときいた塩が米の甘さを引き立ててさっきよりもずっと美味しい。
齧りかけのおむすびを受け取ったベネディトは、ナギが齧った部分をしげしげと見つめたあと、同じ場所にばくりとかぶりついた。最初のひと口はナギよりも小さかったけれど、もぐもぐ、咀嚼してごくり口の中のものを飲み込んだあとは、ぽんと残りの全てを一気に口に放り込んでむっしゃむしゃと大きく口を動かしている。
そうしてごくん、喉仏が動いた直後。ベネディトの唇の端が、ぴくりと動いた気がして、その様をじっと見守っていたナギは目を瞠った。

ベネディトはよく笑う。腹を抱えて、にこにこと笑った顔を作る。けれどナギの目にそれは、本当に笑っているようには見えなかった。笑っている誰かの、真似をしているようにしか映らなかった。
そんな風に思ってしまうのは、もしかしてナギ自身にも覚えがあるからかもしれない。ずっとイカだと言い張り続けて、そうすればいつか本当にイカだと認めて貰えるんじゃないか、イカの仲間になれるんじゃないかと思っていた自分。少しでもイカに近づきたくって、イカたちの行動をじっと観察しては、彼らの真似をした。彼らがよくする動きを覚えてなぞって、うねうねと触手を動かしたり墨を吐こうとしたりした。
ベネディトの笑顔からは、そんな昔の自分と同じものを感じていた。笑顔だけではない。ごくごく普通の木こりだと主張するベネディトを見るたび、イカのナギだと主張していた自分自身が重なって見えて仕方がなかった。イカの真似をしていたナギのように、普通の人の真似をしているように思えてならなかった。

わざわざベネディトにおむすびを作ろうと思ったのも、そんな思いが影響していたのかもしれない。腹を空かせた男がなんだか許せなくって、おなかいっぱいにしてやろうと思ったのは本当。けれど米をそのまま食べさせるだけじゃなくって、覚えたばかりの料理を振舞おうと思ったのは、もしかしたら過去の自分と同じものを感じとっていたせいかもしれない。
歳で言えばきっとベネディトの方がナギよりも上だろうけれど、イカ真似人真似についてはおそらくナギの方がやってきた期間は長い。だから言葉を交わした回数はそれほど多い訳ではなかったけれど、ベネディトに対しては密かに、姉のような、先輩のような気持ちでいた。

そんなベネディトが今、一瞬、本当に笑った気がしたのだ。いつもの真似のように分かりやすくあからさまな笑顔ではなかったけれど、ほんの少しだけ動いた口角、笑みだと言い張るにはあまりにささやかな僅かな変化は、人の真似をしたわかりやすい笑顔よりもずっと自然な微笑みに見えた。
ただの思い違いかもしれない。ナギがそうだと思いたいだけかもしれない。けれどちらちらとボウルを見やるベネディトが、おむすびを気に入ってくれたように思えたから、ナギはその思い込みを訂正せずにそのまま飲み込むことにして、一気に上向いた機嫌のまま、もう一つ握って寄越してやる。今度はナギが齧らなくても、むしゃむしゃと凄まじい勢いでかぶりついたから、思い込みはあながち勘違いでもなさそうだ。

だけど、困った。更に一つ握ってベネディトにやったあと、ナギはきゅっと眉を寄せる。ナギが作るよりも、ベネディトがたいらげてしまう方が速い。これではナギが食べることが出来ない。ベネディトはまだまだ食べるだろうし、ナギだっていっぱい食べたいのに、このままじゃ作る速度が追いつかない。
そこで、はっと思いつく。作る速度が間に合わないなら、作る手を増やせばいいのだ。

「あなたも。やってみて」

思いつきのまま早速、ベネディトにお玉を渡して、ナギはお玉をもう一つ取りに行く。そしてすぐさま戻ると、お玉を握ったままじっとしていたベネディトにもよく分かるように、最初から握ってみせる。
特に難しい動きではない。綺麗な三角にするのはナギもまだ出来ないけれど、握って固めるだけならベネディトもすぐ出来る筈だ。握ったばかりのおにぎりに齧りつきながら、視線でやってみるようにと促した。
途中までは順調だったと思う。多少冷えたとはいえまだまだ熱い米、それを塩を振った手のひらに乗せたベネディトはまるで熱さなんて感じないよう平気な顔をしていて、米を取り零す風もない。
だからあとは握るだけ。その筈だったのだけれど。
ベネディトが両手で米を包んだ瞬間、「びにゅるん」となんとも形容し難い音がして、びゅっと飛んできた何かがぺしりとナギの頬につく。指ですくってみればそれは、原型を留めていない米粒だったものだった。
無言のままベネディトを見つめれば、握った手が開かれる。中にあった米は、確かにきゅっと固まってはいたけれど、その表面の粒は潰れてどろどろに溶けていた。試しにひと口齧り付いてみれば、表面はべちょべちょなのに中は詰まりすぎて硬い。これはこれで面白い食感ではあるけれど、おむすびとは言いがたい。

「もう少し、やさしくして」
「分かった」

原因が力の入れすぎにあるとすぐに察したナギは、改善策を提示する。それでもすぐにはうまくゆかず、しばらくはどろどろカチカチむすびが続けて出来てゆく。その度に「もっと」「やさしく」と繰り返していれば、ようやくコツを掴んだのか、徐々に見た目はそれらしいものに近づいていった。

「うん、じょうず」

そして八個目。見た目はふんわり、そして齧り付いて確かめた中身もふんわり、おいしいおむすびが仕上がった時、嬉しくなったナギが褒めれば、また、ぴくり、ベネディトの口の端が動く。
さっきと同じようにすぐに消えてしまったけれど、自分の作ったおむすびを齧った直後にもう一度、ぴくぴくと動いたから、ああ、笑ってる、確信したナギはつられて笑う。
やっぱり、お腹がすいてるよりお腹がいっぱいの方がいい。お腹がいっぱいになると、ほこほこあったかくなって幸せな気持ちになって、笑い方をよく知らなくっても、自然と笑えてしまうから。昔のナギも、そうだったから。
ベネディトを連れてきてよかった、深い満足に包まれたナギは、また新しいおむすびを握るべく米を手に乗せる。ベネディトもすぐさま食べ終えて、次を作る準備に入っていた。
どちらともなくかち合った視線、うん、無言のまま頷きあってから。あとは炊飯器の中が空になるまでひたすら、二人でせっせとおむすびを握っては口の中に放り込み続けた。


翌日、早朝。
空にしてしまった炊飯器の分、食材を補充すべくベネディトと二人。何か適当な獲物を狩ってこようとラトル付近で下ろしてもらうべく合成鬼竜の元にゆけば、なぜだか妙な反応をされてしまう。
ごほんごほん、その機械の体には必要ないであろう咳払いを数度したあと、表情こそ読めないまでとなんとなく気まずそうな声で、よく分からない事を言われる。

「その、な。キッチンでは、ああいった事は、自重するように」

ああいった事、と言われて思い浮かぶのは、おむすびを握ったことしかないけれど、以前にフィーネと握った時は何も言われなかった。
なのにこんな事を言われるってことは、何かがダメだったようだ。何だろう、考えたナギが思いつくのは一つだけ。炊飯器を空にするまで、食べすぎてしまったことだ。

「少し、欲張りすぎたかもしれない。次は気をつける」
「そうだな、次はもう少し控えよう」

だから、分かった、と頷いてそう言えば、ベネディトも心得たように同意する。けれど合成鬼竜は納得してくれるどころか、ますます困ったような声で「次、次もするつもりか……」と呟いている。
どうやら炊飯器の米を食い尽くすのは、よほどの事態であるらしい。反省を深くしたナギは、食べた分よりもっといっぱい獲物を狩ってこよう、決意を新たにして斧を握る手に力を込めるのだった。


なお。
深夜、キッチンに人がいることに気づいた合成鬼竜が念の為と確認したのが、ちょうどナギが「あなたが死んだら、私も死ぬ」と言ったところで。案外とロマンチストな所がある合成鬼竜が、それを愛の告白だと誤解した直後。覗き見はよくないが多少の好奇心にも駆られて音声だけを聞いてしまった彼が、「もっと」「やさしく」の言葉に、果たして何を想像したのかについて。
ナギもベネディトも、けして知ることはない。