プロの仕事、見せてやろう


エルジオン近郊、かつての工業都市、今は廃墟と化した建物の一角にて。
対峙する二人の男の姿があった。
片方は白髪の老人で、目尻や口元、頬に刻まれた皺が彼の生きてきた年月の長さを物語っており、小柄な体、腰は些か曲がりかけていた。しかし枯れた印象を与える外見とは裏腹に、その眼光はひどく鋭く、生気に満ちている。
一方、老人と向かい合う男の風体も、尋常とはかけ離れていた。身体中を機械の装甲で覆い隠し、一見して生身と判断できるのは首から上だけ。その顔も、片目は赤いレンズに隠され、頬には一筋の傷痕が残っている。

合成人間たち以外動くもののない廃墟の中、明らかに異質な二人は、しばし無言で睨み合ったあと。
先に口を開いたのは、老人の方だった。

「……金さえ払えば、表沙汰に出来ない仕事を請け負うというのは嘘ではないじゃろうな?」
「ああ。払うもんさえ払ってくれれば、仕事の中身は問わないさ」

疑心の交じる老人の眼差しを飄々受け止めた男は、疑われた事への不快感すら滲ませず、至極どうでもよさそうにこきり、と首を鳴らした。
そんな男の様子に、ふん、と鼻を鳴らして眉を顰めた老人は、おもむろに懐から何かを取り出して男の方へと放り投げる。
ぱしり、難なく受け止めた男はそれに目をやると、ほう、と呟いて片眉を上げ、腰のサイドバッグから取り出した小さな計器をそれに翳す。さほどもしないうち、計器に表示されたのは、種別:金、純度:99.99%の文字。
それを男が読み取ったと同時に、老人が口を開く。

「それが前金じゃ。成功報酬には同じものを三本つけよう。どうじゃ、悪い話ではないじゃろう?」
「それは話を聞いてみない事には分からんな」

皮肉気な笑みを口に浮かべて応じた男だったものの、頭の中では悪くない話だと思い始めていた。
目の前の老人との取引は初めてで、得てしてそういう相手とは金の話で揉めやすい。しかしぽんと金のインゴッドを放り投げてくる相手、おそらく追加で報酬を吊り上げても渋る可能性は低いとみえる。
先よりも腰を入れて話を聞く気になった男は、けれど内心の思惑を表に出すことはなく、それで? と老人を促した。今のところ悪い流れではないけれど、依頼の内容を聞くまで判断は出来ない。
そうして、男に促された老人が、うむ、と厳かに頷いてから告げた依頼の内容、それは。




(どうしてこんな事になっているんだ)

わあわあと賑やかな喧騒と熱気が渦巻く、IDAシティの公会堂の舞台裏。
忙しく走り回るスタッフ、ぶつぶつと口上を呟いたり笑顔を作る練習をする少女達の中、一人の少女が死んだ目で項垂れていた。
今日は多数のアイドルたちが参加する大規模なアイドルイベントが開催されていて、舞台裏に集う少女たちはみんな、自分の出番を待つアイドルたち、である筈なのだが。
項垂れた少女から漂う哀愁は、とてもアイドルらしからぬ、もっと言えば少女というよりも、中年の男性が醸しているかのようだった。
それもそのはず、一見少女の姿に見えても、その中身は男。先日、謎の老人から依頼を受けた機械装甲の男、ロベーラに他ならなかったのだから。
一体何がどうしてこうなってしまったのかわからない。
愛らしい少女姿のロベーラは、外観に似つかわしくない疲れ切ったため息を吐き出す。


「ワシの代わりにユリリンとして、あるアイドルイベントのステージに立って欲しいんじゃ」
「…………はあ?」

そもそも、依頼を受けた時からして、何を言われているのかさっぱり理解出来なかった。
あまりにも分からなすぎて、最初は何かの隠語か暗号なのか、真面目に考え込みそうになったぐらいだ。
しかしロベーラにとってはとても残念なことに、老人の言葉はそのままの意味でしかなかったらしい。
事態を呑み込めず呆気にとられたロベーラをよそに、老人は一方的に詳しい内容を説明しはじめた。

老人は自ら開発した変身装置を使ってアイドルのユリリンとして活動をしていて(意味が分からない)、地道な活動が実を結び、今度とうとうとあるアイドルイベントに参加することが出来るようになった(意味がわからない)。しかし運悪く、ぎっくり腰を発症してしまい、何とか動けるまでには回復したものの、このままではユリリンとしての全力のパフォーマンスを発揮することができない(大人しく寝ていろ)。
故に、本当は自分がステージに立ちたい所だが、苦渋を飲んでロベーラへと依頼することにしたのだという(心底意味がわからない)。

説明を聞いても何を言われているかさっぱりと理解出来なかったロベーラだが、とりあえず分かった情況だけを脳内で整理して、「……その、イベント? は、諦めて、次の機会を待てばいいんじゃないか?」とごくごく現実的な感想を告げれば、老人が腕を振り上げてヒートアップする。

「ダメじゃ! 今度のイベントはの、無名のアイドルだけではなく有名どころも何組も参加するんじゃ。更には特別ゲストとして、ニルヴァの楽団の歌手のシエルちゃんも来てくれるんじゃ! ……彼女たちはコアなファンだけではなくライト層にも人気が高い上に、シエルちゃんはアイドルファンとは全く別の層にも人気がある。そんな彼女たち目当ての客にアピールして、ユリリンが新たなファン層を獲得するための絶好のチャンスなのじゃ! 絶対に外すことは出来ん!」
「いや、だがな……俺が代わりって……どう考えてもおかしいだろう……」
「ワシだって自分で出たいんじゃ! でも腰がのう……だからおぬしに頼みたい」
「いやいやいやいや……あー、なんだ、その、変身装置を使えば、誰でもユリリンとやらになれるんだろう? 何もわざわざ俺に頼まなくても」
「……ワシがユリリンであることは、トップシークレットなのじゃ。下手な相手には頼めん。その点、お前さんなら秘密は確実に守ってくれるじゃろう?」
「そりゃ守るけどな。……やっぱり無理があるだろ……」

立て板に水のごとく捲し立てる老人の、異様な熱気に気圧されつつも、ロベーラは断固として断るつもりだった。
しかしながらどれだけロベーラが首を横に振っても、老人は引き下がろうとはせず、ますます熱をこめて食い下がってくる。

「諦めろよ爺さん」
「イヤじゃイヤじゃ! ワシはアイドル界のトップに登りつめるんじゃ! いずれ前人未到のアイドル百人切りを達成して、頂点に立つんじゃ! そのための一歩として、このイベントだけは、どうしても外せないんじゃああああ!」

ついには駄々っ子のようにわんわんと喚かれたり。

「金さえ払えば何でも請け負うって言ったじゃろ! 嘘はいかんぞ嘘は!」
「そりゃ言ったけどなぁ……まさかこんな依頼とは……」
「仕事の中身は問わんって言っておったぞ! ちゃんと録音もしておる!」

いつの間に録っていたのか、『仕事の中身は問わないさ』とのロベーラ自身が口にした言葉を延々と再生されながら、強気に迫られたり。

「老い先短いかよわい老人のささやかな願いくらい叶えてくれてもいいじゃろう……」
「かよわい老人はアイドルになろうなんて思わないと思うんだがな……」

しくしくとわざとらしい泣き真似をしながら、しおしおと哀れっぽい姿で情に付けこもうとしてきたり。

悪くない話なんて、とんだ幻想だった。近年稀にみる、最悪でタチの悪い取引相手だった。
やがて数時間にも及ぶ話し合い、とは名ばかりの老人の主張を聞かされ続けたあと。断っても断っても食い下がりけして諦めない老人に、折れたのはロベーラの方だった。
勿論、追加でたっぷりと報酬をふっかけてやって、最終的な額としては、ロベーラの請け負った過去のものと比較しても、群を抜いて高額なものにはなったけれど、老人は怯む様子もなく嬉嬉として受け入れ、参考資料や詳しい打ち合わせについて更に持ちかけてくる。
そんな老人の様子に、想定外の金を手にする算段はついたものの、ロベーラの心の中にはひどい敗北感が渦巻いていた。


たとえ、どれほど不本意であろうと、一度引き受けた以上は、適当な仕事をするのはロベーラの矜恃が許さない。
指定されたイベントまでの猶予はたった数日、その間ロベーラは必死で老人から与えられた資料を頭に叩き込み、おそらく今後二度と活用すること機会は訪れないであろう、ユリリン語(意味がわからない)をマスターするに至った。ユリリン語って何なんだという内なるツッコミは、迫る期限に一時だけ忘れることにして、変身後の体の使い方、ダンスに歌も付け焼き刃ながらも覚えてゆく。
幸いにして、イベントで披露するのは一曲だけと決められていて、老人が提示した曲はさほど振り付けが難しくないものだったので、覚えること自体にはさほど苦労しなかった。
しかし覚えるだけでは老人の要求するレベルには達しなかったようで、合間にはウインクやら手を振る動作やら、老人が考えるかわいいアイドルの仕草を挟み込んでゆくよう指示される。正直、その練習が一番ロベーラの気力をごりごりと削って行った。朝から晩までユリリン漬けの数日の間に、一度だけロベーラの姿のまま、詳細は名誉のために伏せるけれど、鏡に向かって『かわいいアイドルのポーズ』をとってしまった事があって、その時は軽くエルジオンのエアポートから飛びたくなった。


そうして迎えた、件のイベント当日。
一応腹は括ったものの、改めて置かれた自身の現状の意味がわからないし、ついついため息も漏れてしまうのは仕方がないと思う。
きゃいきゃいと甲高い声をあげる少女達の中に自分が混じっている状況は、ひたすらに居心地が悪くてたまらなくって、さっさと終わらせてしまいたくって、途中からは自身の出番を指折り数えて待ち焦がれるようになっていた。
そんなロベーラ、ユリリンの姿は、大舞台に緊張していたものの気合を入れ直し出番に備える大変初々しいアイドルの姿として他のアイドルたちやスタッフの目には写っており、期待の新星、或いは要注意のライバルとして密かに注目されていたのだけれど、さっさと終わらせる事で頭がいっぱいだったロベーラがそれに気づく事はついぞなかった。

やがて、とうとうユリリンの出番まで、あと少し。
一つ前のアイドルの曲が終わり、会場に響く拍手と声援を耳にしたロベーラは、虚ろな瞳で呟いた。

プロの仕事、見せてやろう。

そして、ぱちん、一度自信の頬を叩いて大きく息を吸い込んでから。

「きらめくハートは乙女の嗜み?
かわいさ爆発☆
ラブリー☆ユリリン!
今日はみぃーんなを、ユリリンラブにさせちゃうぞっ?」

やけっぱち気味にマイクに向けて決めゼリフを口にしながら、ライトアップされた眩いステージへと飛び出したのだった。



なお。
ロベーラのプロの仕事にいたく満足したらしい老人より、その後も定期的にユリリン代理の依頼が舞い込む羽目になるのだが、それをロベーラが受けたかどうかは不明である。