戦艦クルーの手作りサンド


艦を下りたい、と連れ立って告げにきた戦艦クルーたちに、引き留める言葉はかけなかった。
初めてのことではない。アルド達と共に行くと決めたあと、反発した過激派たちとは既に決別してしまっていて、時間を置いてぱらぱらぽつぽつと離脱していったやつらもいる。今もなお次元戦艦に留まるのは、元々乗っていた数の半分にも満たない。
何も感じないと言えば嘘になる。動力部の辺りの小さな歯車がからからと空回りするような違和感があって、彼らについて記憶するデータ領域がぱちんと乱れる気配があった。
人の身に当てはめれば、それは寂しいということなのかもしれない。
けれどやはり、合成鬼竜は彼らを引き留めはしなかった。
抑圧され意思もなくただ闇雲に人間に従うだけの時代は終わったのだ。たとえ共に行けなくとも先の未来で対立することがあろうとも、彼らの意思を捻じ曲げる選択をするつもりはない。どのような道を選ぼうが、黙って背を押し送り出してやる心積りである。
ちょうど次元戦艦には人間が誰一人いない時分だった。次元戦艦で待機していたフィーネも、アルドと共にバルオキーへと帰っている。
送り出してやるなら、今が邪魔の入らぬ絶好のタイミングであった。

「ついては人間への擬態装置の貸出及び使用許可を願う。着船位置はAD300年、リンデを要請する」

しかしながら。
彼らの意思を最大限尊重するつもりとはいえ、すぐに肯けないこともある。たとえば、今まさに彼らが言ったような要望については、慎重にならざるを得ない。
合成人間たちの存在しない時代に入り込み人間を根絶やしにされても困るし、そんなつもりはなかったとして、その時代ではメンテナンスを受ける事が出来ないから、いずれ機能を停止して物言わぬ金属になってしまう事が分かりきっている。
もしも静かに朽ちたいというのが彼らの意思ならば受け入れねばならぬと思いはするも、何も言わずに送り出すのは忍びない。たとえ敵対することとなっても、稼動し続けていてほしいとも考えている。
だから合成鬼竜は、考え直してはくれないかと一縷の望みを込めて、その辺りの事情と己の思考回路を包み隠さず告げた。

ところが。
合成鬼竜の言葉に対する戦艦クルーたちの反応は、想定していたものと違っていた。すぐさま反論や反発が飛んでくるものと考えていて、それをどう宥めようかと幾通りもの説得パターンのシミュレーションを始めていたのに、彼らの反応はそのどれでもなかった。
時代を遡って置いてくる事の不都合を告げてすぐ、代表して先頭に立っていたメディック型の合成人間のツインテールパーツがぴょこぴょこと落ち着かなく揺れ始め、つられるように後ろに並んだメディック型数体のツインテールパーツもゆらゆら揺れ始める。ソルジャー型は頭部の赤い光をちかちかと明滅させはじめ、ゆらゆら、ちかちか、合成鬼竜の視覚センサーが捉える映像はにわかに騒がしくなった。

「一度艦を降りれば、二度と戻ってこれないということか」
「それは困る」
「だがメンテナンスの時は戻って来られるではないか。何がいけないのだ」
「分からない」

そして彼らがひそひそと囁き交わす声を捉え、ようやく合成鬼竜は自身の思い違いを悟る。
てっきり今までと同じく艦を下りるというのは別れの意味だろうと捉えていたが、表情は変わらぬも、ゆらゆらちかちか、付属パーツをせわしなく動かしてまるで動揺しているような反応をする合成人間たちを見れば、彼らにそんな気はちっともなかっただろう事が窺えた。

「艦を下りるというのは、俺達と別れて別の道を行きたいという事ではなかったのか?」
「そんな事を告げた記録は無いが」
「私達は一時下船の許可を得たいのだ」

念の為確認を取れば、はっきりと合成鬼竜の早とちりが浮き彫りになる。
なんだそうだったのか、と、いつの間にか回転数の上がっていた駆動部のモーターの速度を緩めながら、改めて合成鬼竜は彼らの目的を問うた。想定していた懸念は払拭されたとはいえ、人間を間引きすることが目的だと言われればやはり、おいそれと許可を出す訳にはいかない。

そんな合成鬼竜の思惑は、またしても取り越し苦労で終わることとなった。
うむ、うむ、と互いに頭部を向かい合わせて頷きあった合成人間達のうち、先頭にいたメディック型とその後ろのソルジャー型がそれぞれ、腹部の収納スペースから何かを取り出して差し出してみせた。

「私達は近頃、サンドイッチという料理を作る機会が多い。作ったものは、人間達が持ってゆく」
「フィーネという名称の少女が作成したものがこれだ」
「私達が作成したものは、こちらになる」

彼らの手にあったのは、サンドイッチ。合成鬼竜も知っている。蓄積した記録の中に料理データとしてあったし、たまにアルドたちが食べているのを見たこともある。最近合流したアルドの妹のフィーネが作るのを得意としていて、一部の合成人間たちが彼女に教えられそれを作っていることも、アルドや主砲を介して耳にしていた。
しかし何故今それが出てくるのだろうと疑問に思った合成鬼竜は、意図を尋ねる前に二つのサンドイッチを見比べてみた。
片方は一方に比べて、随分と歪な形をしている。ざっとスキャンした結果、成分はほぼ同じであったものの、見てくれには大きな差があり外観だけで同一のものと判断するのはなかなか難しい。
そんな合成鬼竜の思考回路を悟ったのか、再びツインテールパーツを大きく揺らし始めたメディック型が、二つのサンドウィッチについての説明を連ねてゆく。

「私たちは元々調理用に作られてはいない。設定されていない動きに対応するのは難しく、形を整えるのは不得手なのだ」
「しかし形は不揃いであっても、味は悪くないとの統計データは得ている」
「初めに作成したものと比較すれば、随分と改善も見られているぞ」

まるで人間が言い訳を連ねるがごとく、合成人間たちが口々に喋ってゆくのを合成鬼竜は無言で聞いていた。相変わらず表情は何も変わらないものの、その代わりのように雄弁に内情を語る付属パーツの動きを少し愉快に感じ始めてもいた。

「だが比較すると、フィーネの作成したものの方が美味であると感じている人間が大半であるようだ」

そうしてしばらくの間あれやこれやと弁解を続けていた合成人間たちだったが、突然ぺしょんと力なくツインテールパーツを垂らした先頭のメディック型の言葉を聞くと、揃ってぺしょぺしょパーツを垂らしてゆき、赤い光をすうっと消してしまう。

「不可解ではあるが、はっきりとフィーネのものの方が美味だと言う者は少ない。しかし体温の上昇、瞳孔の収縮、視線の動きから判断するに、おそらく私たちの見立てに大きな誤りはないと考える」
「同じ材料で作成した場合、フィーネのものより品質のものを作るのは現在の私たちには難しいと判断した。故に新たな材料の投入を検討したい」

しょんぼりと落ち込んだ様子で、差し出した二つのサンドイッチをじっと見つめていた合成人間たちの一番後ろ。控えていたソルジャー型が、ようやくサンドウィッチと下船の関連性について発すると、悄然としていた彼らの付属パーツが少しだけ活気を取り戻す。

「合成肉や合成野菜への反応は上々ではあるが、天然の素材を好む者も存在する」
「既にAD800年において入手出来る材料で様々な組み合わせは試してみたが、結果は捗々しくない」
「私たちの時代では希少なものも、遡った時代では容易に手に入るのも大きな利点だ。様々なものを試してみたい」
「最初からレシピの全てをアレンジするのは難易度が高い。まずはソースの変更を検討している」

下船の動機を並べてゆく彼らの話を総合すれば、どうやら合成鬼竜の知らないうちに、彼らは独自に試行錯誤を繰り返していたらしい。アルド達が艦に乗るようになってから、アルド達が独自に持ち込む食べ物以外にも、次元戦艦の物資の一つとして定期的に食料を補給するようにはなったが、その詳しい使い道までは把握していなかった。しばらくすれば無くなっているから、アルド達が食べたのだろうと判断して詳細は追わなかった。
次元戦艦内の出来事をその気になればある程度把握出来るとはいえ、合成鬼竜はアルド達のみならず戦艦クルーたちのプライバシーも大事だと考えている。故に報告が無かったり異変が見つからなければ、問題なしとしている。こそこそ覗き見るのは漢らしくない。

そんな方針のせいで彼らの動きに気づかなかったのは少し残念ではあったが、同時に合成鬼竜の機嫌は酷く上向いていた。側砲から天に向けて数発空砲を放ち、全速で時空を駆け抜けたくなるくらいには気分がよい。
合成鬼竜や主砲に比べ、戦艦クルーである彼らの感情回路はさほど細やかに設定されていない。快不快は感じるし自律した思考も行うが、感情よりも論理と理屈に寄った思考を展開するように設定されている筈だ。
だというのに今、合成鬼竜の前にいる彼らは以前と比べて随分と感情が豊かに育っているように見える。内側に虚ろを抱え、それを埋めるべく何かを求め続ける合成人間がいる事も重々承知しているが故に、彼らの成長は合成鬼竜をひどく喜ばせた。

合成鬼竜は漢である。それもただの漢ではない。漢の中の漢を自負している。そんな合成鬼竜が、彼らの話を聞いて尚、否を突きつけられようか。まさかそんな事があろう筈もなかった。
早速倉庫に眠っている擬態装置をチェックし、問題なく動くことを確認している最中ふと。
気になった事があって、戦艦クルーたちに確認する。

「お前達、人間に擬態するのはよい考えだがあれは、見た目を誤魔化す効果しかないぞ。人間として食材を探すならば、味を確認する必要が出てくるのではないか」

人間の食事が摂れるタイプの合成人間は少ない。
見た目や機能はある程度人間を模しているとはいえ、全く同じものではない。故に合成人間が食事からエネルギーを摂取するのは変換効率やメンテナンスの手間から推奨されてはいない。
味を判断するだけなら視覚センサーにスキャン機能をつければ可能だが、人間として行動するならば見た目で味を判断するのは不自然である。
しかしそれも、合成鬼竜の杞憂だったようだ。

「問題ない。前回のメンテナンスの際、味覚センサーとエネルギー転換用消化装置を搭載した」
「私もだ」
「私は辛味成分をより詳細に解析出来る特化型味覚センサーを選択した」
「私は甘味を担当している」

ツインテールパーツをぴしっと上向きに立てたメディック型がどこか得意げに既に対策済みな事を口にすれば、ぴっ、ぴっ、と次々とツインテールパーツを立てたメディック型達が我も我もと続き、ソルジャー型は一際明るく頭部を赤く輝かせる。
そんな彼らの様子にとうとうたまらず、側砲をぐるぐると回転させた合成鬼竜は、宙に一発空砲を撃った。
自ら目的を見つけ、行動に出た戦艦クルー達を寿ぐ祝砲だ。高らかに響いた破裂音は、次元戦艦全体を心地良く振動させた。

「そうとなれば早速、リンデに向けて発進する。着くまでの間に擬態装置の使い方を一通り説明しておくぞ。そうだ、当然金は持っているだろうな?」
「無論」
「頼んだ」

かくして、リンデに始まりいずれラトルでバルハラペーニョとの邂逅に至り、更なる先。まだ見ぬ地へと足を伸ばす事になる彼らの第一歩。
新たな食材を求める戦艦クルー達の、時代を超えた食べ歩きの旅が今、始まった。