俺以外全員鈍感


「未来の手紙ってすごいよなあ」

感心したように手のひらの中、握った携帯端末の画面を見ていたアルドが呟いた言葉に、手紙ってもしかしてメールのこと? とフォランがこてりと首を傾げて聞き返す。

今日はジェイドたちの住む時代にて、エイミの父親であるザオルに頼まれてエアポートの一部を占拠したサーチビットの一群を排除し、ついでに使えそうなパーツがあれば適当に見繕って持ち帰る予定になっていた。
アルドに同行していたのはエイミにフォラン、イスカとセヴェン、そしてジェイド。
普通の個体より強化されていたものの、風や槍に弱い性質はそのまま変わりなく、単体であればさほど苦戦する相手ではなかった。
しかしいかんせん数が多い。倒しても倒しても次から次へと湧き出してくるサーチビットたちに、索敵範囲から外れた場所まで一旦引いて休憩をとっている最中。
懐から携帯端末を取り出してまじまじと見つめていたアルドから始まった話。

「昔の手紙に較べたら確かに便利かもしれないわね。でも、アルドの所に来る郵便ネコの方がすごいと思うわ」
「分かるー! あのネコなんなんだろね、いきなり来るからすごく心臓に悪い! やめてほしい!」

話に加わったのはエイミで、不定期にアルドの元へと訪れては手紙を届ける不思議なネコの事に触れれば、食い気味にフォランが同意した。常々ネコが苦手だと公言している彼女にとっては、あのネコも天敵らしい。ぶるりと身を震わせて、自分の身体を抱きしめている。

「言われてみればそうだな。気にした事なかったけど、あのネコ何なんだろう」
「いや気にしろよ」

どの時代にいてもどこからともなく現れて、アルドに手紙を届けるネコの事をジェイドも不思議に思っていたけれど、当の本人であるアルドもよく分かっていなかったらしい。
今更気づいたという顔で首を傾げるアルドに、セヴェンが呆れた顔でつっこんでいる。
静観していたイスカもそこで話に加わり、いつからあのネコは現れるようになったんだい? と興味深そうに質問を始めて、しばし不思議なネコの話で場が賑やかになったあと。
結局のところあのネコは何なのか分からない、とちっとも答えになってない結論に落ち着いてから、改めてアルドが、でもやっぱり未来の機械はすごいよ、と目元を和らげて手元を見る。

それはジェイドたちの時代でしか使えないものだけれど、ちょくちょくやってくるアルドも持っていて悪いことはないだろうと、少し前に持たされたものだと聞いている。
ジェイドの端末にも時々アルドから、「きた」とだけ到着を知らせる二文字のメッセージが入っている事があって、そういう時はしばらくして合成鬼竜や他のメンバーたちから、アルドの現在地や今回の仕事や用件の詳細が送られてくる。
時間さえ合えばジェイドも今回のように、現場に駆けつけてアルドの力になるようにはしていた。本人に面と向かって告げることは殆どないとはいえ、妹の件でアルドには深い恩を感じていたから。
最初のアルドのメッセージがいるかといえば微妙なところだけれど、ちっとも慣れる様子のないぎこちない二文字だけのメッセージは少し微笑ましい。たまに脈絡もない顔文字が添えられている事もあって、そのメッセージが見たいがために端末の扱いに慣れている同じ時代の仲間たちが、あえてアルドに詳しい使い方を教えてはいないのも知っていた。

だからてっきり、この時代に着いた時くらいしか端末に触っていないのだと思っていたけれど、案外そうでもないようだ。
握った端末、画面に表示された何かを視線でなぞったアルドは、ひどく嬉しそうに頬を緩めて、どこかうっとりとした表情で先を続ける。

「いつも必ず、オレがマイティの事考えてる時に、マイティから手紙、めーる? が来るんだ。マイティ何してるかなって考えた瞬間に届けてくれる」

オレが今何考えてるか、そういうのまで分かっちゃうの、すごいよな。どうやってるんだろう。

積極的に会話には加わらず、黙って聞き手に徹していたジェイドはその言葉と表情にぎょっとして、思わずアルドの顔を二度見してしまった。
仲間に対してひどく柔らかな笑顔を向けることは多いアルドだけれど、ふんわりと笑うその顔は仲間に向けるものとは種類が違っていて、まるで。

しかしアルドの言葉と表情に特別なものを感じ取ったのは、どうやらジェイドだけだったらしい。

「そんな機能はついてなかった筈だけど……もしかして、改造したのかしら? 父さんならやりかねないし……」
「ザオルのおっちゃん、そういうの好きだもんね。あたしも改造槍しょっちゅう勧められてたよ」

アルドの言葉を深読みするどころかそのままに受け止め、うーんと考え込んだエイミにフォランが同意して乗っかる。そういう機能が備わっている可能性を、疑いつつも否定はしていない。
やがてザオルの改造武器遍歴に話を咲かせ始めた二人に、これはダメだと残りの二人に視線を向けたジェイドだったが。

「脳波を読み取って判断している……? しかしおおよその感情は把握出来ても浮かべた特定の個人まで判別出来る技術は未だ確立されていないはずだ。もしも実用化されているとしたら、これはすごいことだよ。ぜひ彼女の父親に話を聞いてみたいものだね」
「そういうのはオレ、専門外だから分かんねえわ。まあ本当ならすごいな」

真面目な顔で考え込むイスカに、興味無さそうにしつつも自分の端末を取り出して弄り出したセヴェン。しばらくして何かの画面をイスカに見せて「やっぱり実用化はまだされていなかったようだね」「……違法改造で捕まりはしないよな?」と深刻な顔つきで話し合い始めたから、ジェイドは思わず天を仰ぎそうになった。

(おいおい嘘だろ……)

自分以外のメンバーがみんな、アルドの言葉を言葉のままに受け止めて、別の話に展開させたり真面目に検討したりしている現状に、愕然とするしかない。
だってジェイドには、理由は一つしか思いつかなかったから。
そんなの、脳波やら新機能やらややこしい話じゃなくって、単純に。
アルドが四六時中マイティの事を考えているからに他ならないじゃないか。
あるかも分からない新技術より、そちらの方がどう考えても可能性が高い。

(まさか俺の感覚がおかしいのか……?)

けれどあまりに皆が、ジェイドの考えとは違う方向に受け止めているから、自信がなくなってゆく。
生憎とまともな感性が育つ子供時代を過ごしたとは到底思えない。ここにいる誰もが、大なり小なり平穏とは言い難い暮らしをしてきた事は想像に容易いけれど、それでも自分よりは余程普通を知っている気がしている。
自虐気味に己の半生を振り返り遠い目をしたジェイドは、俺の思い過ごしか、とため息をついて最後、もう一度アルドを見た。

ああでもないこうでもないと四方八方に話を展開させてゆく仲間たちを、にこにこと笑って見守るアルドがその合間。
ちらちらと端末に視線をやって、指でなぞりながらそこに表示されたメッセージを読む。
すると仲間たちを見守っていた時とは種類の違う、ひらひらと花でも舞ってそうな笑顔をますますと深め、堪えきれない喜びを唇の端がじわじわと滲んでゆく。
緩んだ目尻はうっすらと赤く染まっていて、視線が画面を何度も往復する度、赤みはどんどんと増していった。

その一部始終を目撃してしまったジェイドは、自虐も自嘲も何もかもぶん投げて、心の中で絶叫した。

(やっぱりそれしかないだろう!)

人の感情を読み取るのに長けている方ではない。普通を知っていると言い張るには、暗い記憶が邪魔をする。
それでもジェイドは、確信を持って断言せざるを得なかった。
絶対あれは、マイティの事を特別に想っている顔だ。
俺、正しい、間違ってない。他のやつらが、おかしい、絶対。

ぐるり、仲間たちを見回せば、エイミとフォランは変わらずザオルの改造武器が起こした事件の数々に花を咲かせているし、イスカとセヴェンは個人による既存端末の改造がどこまで許されるかについて真面目な顔で議論している。ジェイドと同じ結論に達しそうな気配は微塵もない。

どうしようか、少し迷ってからジェイドは立ち上がって場所を移動し、アルドの傍に腰を下ろして、エイミたちには聞こえないよう潜めた声で話しかけた。

「アルド」
「うん? どうしたんだジェイド」
「その、マイティとそういう……」
「そういう?」
「……付き合ってるのか?」
「付き合ってる? ああ、依頼や旅にはよく付き合ってもらってるぞ。ジェイドも知ってるだろ?」
「……そうか」

一応は、気を遣ったのだ。
隠しているなら人前で暴くのはよくないだろうし、付き合っているとしたら気づいたジェイドが協力出来ることもあるかとも思って。
しかし。

(自覚、ないのか……)

けろりとしたアルドの返答により、ジェイドにとてつもない疲労感が襲う。
あんな蕩けた表情をしていたくせに、エイミたちのみならずアルド自身も、それにちっとも気づいていないらしい。
だからといってジェイドは最早、己の推測を否定しなかった。雄弁すぎるアルドの表情は、言葉よりも明確だったから。
そのままぽつぽつ、沈黙が落ちない程度に会話は続けたけれど、自覚を促すような言葉はかけなかった。力になれればと思いはしたけれど、そこまで介入する気はない。
キューピッドなんて柄じゃないし、なにより深入りすればとてつもなく面倒くさい展開が待っている予感がする。アルドに恩は感じているし協力は惜しまないつもりだけれど、さすがに本人すら気づいていないものを先回って差し出すようなお節介になった覚えはない。
らしくないことはするもんじゃないな、と自嘲しながらジェイドは、時折アルドが手元を気にしているのは全て、見なかった振りでやり過ごすことにした。

その後再開したサーチビット狩りにて。
どこか釈然としない気持ちをぶつけるかのように、獅子奮迅の働きをみせたジェイドが一番の戦果を収めることとなった。




数時間後。
サーチビットの群れをあらかた片付けて、めぼしいパーツを拾ってイシャール堂へと向かう道すがら。
「ごめん、間に合わなかったみたいだねー」と少々あがった息のまま駆け足で現れたマイティが、アルドに向けた視線の色で、ジェイドはおおよその事を察する。

(なんだ、こっちもか)

マイティからのメールを読み返していた時のアルドと同じ熱を宿した瞳をそこに見つけて、げんなりとしつつも少しだけ安堵した。
自覚がないとは言えアルドから向けられた矢印に気づいてしまった手前、あまりに一方通行であれば些かいたたまれない。
しかしどうやらマイティの方からも同様の矢印がアルドに向けられているらしいと気づいて、良かったなと胸の内でひそりと祝福を贈ったのも一瞬のこと。
マイティに語って聞かせる仲間たちの話が、つい先程のアルドのメールの事だったからジェイドは慌てて身を固くした。

アルドも他のメンバーも全く気づいてなかったけれど、聞く相手によればそれはあからさまなアルドの恋慕の形だとすぐに察してしまうだろう。双方に矢印を向け合いながらまだ付き合ってはいないらしい二人とはいえ、聞かされたマイティはさすがに気がつく筈だ。
嫌だぞ、仲間内の恋愛沙汰を目の前で見せつけられるのは、と焦りつつも、止めるためのうまい言葉が見つからない。仲間たちから口々に告げられるアルドの話は滔々と流れてゆくばかりで、ジェイドは恐々としてマイティの反応を待つ羽目になったのだが。

ジェイドの想像はまたしても、斜め下の方向に覆されることとなった。

「そういえば僕のところにアルドからあのメッセージが届く時も、いつもアルドの事考えてる気がする……」

彼らの話を最後まで聞いたマイティは、照れるでもなく意味深に笑うでもなく、心底不思議そうな様子でぱちぱちと瞬きを繰り返す。
もしかして気づかないうちに改造されてた? と自身の端末を取り出してまじまじと見つめるマイティが、冗談を言っている様子はない。
飄々としていまいち掴みどころのないやつだと思っていたのに、浮かべた表情には嘘の色も誤魔化す素振りも微塵も見えなかった。

(嘘だろ、こいつもかよ……!)

アルドとマイティが二人で、不思議だと言い合って首を傾げる最中、交わる視線は胸焼けがしそうなほど甘ったるいのに、相変わらずジェイド以外の誰も気づかない。
当の本人たちも真正面から互いにそれだけの熱視線を向けあっているくせしてまるで自覚のない様子でのほほんと、「不思議だけど、お揃いだね」「そうだな」と言い合って微笑みあい、瞳に宿した熱量を増してゆく。

なのに気づかない。
ちっとも気づかない。
ジェイド以外の誰も、気づきやしない。

(なんでこいつら揃いも揃って、こういう事に鈍いんだよ!)

アルドとフォランは、まあ分かる。
アルドは元々向けられた好意には鈍いところがあるのを知っていたし、フォランはフォランで呼び出されて告白される直前まで向けられた想いにちっとも気づいていなかったらしいとの話を、仲間伝に聞いた。
エイミのことはそこまでよく知らないし、セヴェンは多少意外だったものの、そういうものだと言われればまあそうかと一応納得はできる。
問題はイスカとマイティだ。
二人とも普段から人の腹の底まで全て見透かしているような顔をしているくせして、実際本人すら気付いていない部分まできっちりと察してしまうくせして、まさかの展開である。
試しにイスカに視線を向けてみれば、あの何もかも分かっている瞳で共犯者の笑みを返されることなく、真面目くさった顔で違法改造の線引きについて問われてしまうし、アルドと二人の世界を作っているマイティとはそもそも目が合わなかった。それでも口止めを促す牽制の視線は一度も投げられなかったから、やっぱり何も気づいてない可能性が高い。

(嘘だろ……)

変わらず呟くのは胸の内でだけ、表面上は沈黙を保ったままジェイドはじりじりと疲弊してゆく。
アルドと共にゆくようになって以前より打ち解けたとはいえ、過度に馴れ合う気はなかったけれど、今だけはこのどうしようもないもどかしさを誰かと共有したかった。したかったが、今この場においてはどう足掻いても無理だということは分かっている。

「……用事を、思い出した」

辛うじてそれだけを絞り出したジェイドは、別れの言葉もそこそこに仲間たちに背を向けた。慌てたような労りと感謝の言葉が次々と飛んできたけれど、振り返らず早足で歩を進める。
誰も気づかない状況が焦れったくてもどかしくて居心地が悪かったのは勿論のこと、無自覚故に一切隠すことなく甘さを増してゆくばかりのアルドとマイティの二人の世界を見せられるのに、そろそろ限界がきていた。

二人とも嫌いではないし、感謝もしている。
付き合うならそれはそれで好きにしてくれたらいい。多少なら祝福もしてやろう。

けれどそれとこれとは話が別だ。
無自覚にいちゃつく仲間を見て喜ぶ趣味はない。出来れば遠慮したいし、見えないところでやってほしい。
恐らくはまだ背中の向こう、未だ継続しているであろう二人の熱視線を思い出して、ジェイドは思わず顔を顰める。
なんだか無性にしょっぱいものが食べたい気分だった。