親愛なるキミへ
「アルド。手紙が届いておるぞ」
「手紙?」
警備隊の仕事、バルオキー近郊の見回りを終えて帰宅したアルドは、村長から一通の手紙を受け取った。
手紙を貰うこと自体は珍しくない。
時代を超える旅は終わってからも、同じ時代に生きる仲間たちは事あるごとにアルドに連絡をくれて、近況を伝えてくれる。
けれど受け取った手紙を裏返したアルドは、ぴたりと動きを止めて目を丸くした。
それには封蝋に印が押されていて、アルドがいつも受け取るものよりは格段に厳重に封をされているのがわかったけれど、アルドを驚かせたのはそこではなく、差出人の名前。
マイティ。
そこにあったのは、とうに会えなくなった筈の、遠い未来に生きる仲間の名前だったから。
慌てて二階に上がり、自分のベッドに座ったアルドはおそるおそる手紙の封を開ける。もしかして誰かがマイティの名前を騙っているんじゃないか、疑う気持ちも少しあった。
なにしろアルドの旅が終わったのはもう半年近く前のこと。みんなそれぞれ自分たちの時代に帰った筈で、新しい次元の穴が見つかったという話も聞いていない。
だけどアルドが知らないだけで、もしかしてどこかでまた何か事件が起こっているのかもしれない。それに巻き込まれてマイティが、再びこの時代にやって来てアルドに助けを求めているのかもしれない。
封筒から取り出した便箋はかなりの枚数が重ねられていて、目を通す前にいくつか最悪の状況をしたアルドはごくりと唾を飲み込む。
そして数度、深呼吸をしてからようやく、綴られた文字に目を通してゆく。
初めのうちは悪い想像を振り払えなくて、難しい顔のまま視線だけを動かしていたけれど、読み進めるうちに次第に表情から険しさが薄らいでゆき、代わりに淡い微笑みが唇に乗った。
ぱらり、ぱらり、便箋をめくって目を通し、最後まで辿り着けばまた最初に戻って読み返す。
結局、フィーネからご飯だと声をかけられるまで。
アルドは未来の仲間からの手紙を、読み返していた。
何度も、何度も、綴られた言葉を指で辿り、文字の形をそっくり記憶してしまうほどに。
*
拝啓
きっと僕からの手紙を受け取ったキミは、すごく驚いてるんじゃないかと思う。うん、絶対そうだ。
この手紙を書いてるのはキミ達と別れる三日前。書き終わったらザルボーで行商人のおじさんに預けるつもり。今これを書いてるのも、実はザルボーの宿なんだ。
アルド、覚えてるかな? ほら、これで最後だからってみんな次元戦艦にあちこちの街に連れてって貰ってた時、僕がザルボーに行きたいって頼んだら、アルドそれ聞いてちょっぴり不思議な顔してたよね。砂漠の近くで空気が乾燥してるし、暑いから昼寝には向かない街だって僕が言ってたの、覚えててくれたの。
うん、実はあれにはこういうウラがあったんだよねえ。
前にアルドが話してくれたよね、この時代では手紙一つ届くのにもすごく時間がかかるものだって。あの不思議なヤマネコに頼めばあっという間に届いちゃうのかもしれないけど、それじゃあちょっと味気ないからさ。
だから僕もアルドの時代の人達みたいに、行商人のおじさんにお願いする事にしたんだ。もう頼む相手は見つけてるよ。ユーインに紹介してもらったから、信用の出来る人だと思う。
おじさんの話だと、長く見積もっても半年以内にはキミの元まで届けてくれるそうだよ。ふふ、僕達の時代からすれば信じられないくらいの時間がかかるみたいだけど、そういうのってすごくいいなあってずっと思ってたんだ。まるで手紙が時空を超えてるみたいでさ、面白いよね。
リンデだと案外早く届きすぎちゃうみたいで、国を出てしまえば届く可能性自体が随分と下がるんだって。だからキミにきちんと届く範囲で一番時間のかかりそうなザルボーを選んだんだ。
ねえ、ちゃんと半年のうちに届いてくれたかな?
それにしても改めて手紙を書くとなると、なんだかすごく照れちゃうね。僕達の時代は電子媒体が主流だったから、実は紙に文字を書くのにあんまり慣れていないんだ。ちょっぴり不格好かもしれないけど、そこは見逃してくれると嬉しいな。まさか読めないほど字が汚いって事はないよね? やだなぁ、少し不安になってきちゃったや。
さてと、随分と前置きが長くなっちゃったけど、僕がこうしてキミに手紙を書こうと思った理由はね、ちょっと心配だったからなんだ。
ほら、アルドたちの時代に僕たちみたいな夢魔狩りっていなかったでしょ?
アルドたちと行った場所ではどこにも夢魔の気配はしなかったし、僕達の一族の始まりはアルドたちの時代よりもっと後の事だから大丈夫だとは思うんだけど。それでも夢魔が絶対にいないとは限らないからね。
ここだけの話だけどね、夢魔がいつ現れたのかはっきりした事は分かっていないんだ。僕達の一族が夢魔狩りとして生きてゆくようになる以前から個人として夢魔狩りを生業にしてる人はいたみたいだし、本当の始まりがどこにあったのか正確なことは分からない。
だから念のため、簡単な夢魔避けのおまじないをいくつか教えておくね。大丈夫、そんなに難しいものじゃないから心配しないで。
一応、本格的な夢魔が現れた時の対処法も一緒に書いておくね。こっちは魔法の扱いに長けた人じゃなきゃ、実行するのはちょっと難しいかもしれない。もしかしてフィーネならやれるかもしれないけれど、出来れば専門の、結界か呪術に詳しい魔法使いの人に見せてもらった方がうまくいくと思う。アルドたちの時代にはそういう、僕達の時代にはない魔法の使い手も多くいたみたいだからさ。これを見せれば、もっと別の対処法も考えてくれるんじゃないかと思うんだ。
そっちはおまじないとは別にまとめておくから、いつか必要になったら然るべき人に渡してほしい。きっと、役に立つと思うから。
じゃあまずは、おまじないの方から書いていくことにするよ。
………
……
…
さあこれで、最低限の夢魔への備えは出来ると思う。
まだ心配だけど、もう僕がキミに出来ることはなさそうだし、夢魔が出ても駆けつけることはできないから。
せめて、キミに宛てた全てが使われないまま、無駄になってくれることを祈ってる。
最後になったけど、アルド。ありがとう。
アルドたちとの旅はすごく楽しかった。
アルドの事情や困っていた誰かの事を考えれば、楽しかっただなんて不謹慎かもしれないけど、それでもすごくすごく楽しかった。旅が終わってしまうのが寂しくって、もっと色んなものをアルドと一緒に見て回りたかった。
本当はもっと沢山キミに話したいこともあって、もっともっと別れを惜しみたいけど、そしたらどんどん未練が湧いてきちゃきそうだから、この辺で切り上げることにするね。
アルド、元気で。
キミにいつまでも穏やかな夢が寄り添っていますように。
敬具
旅の終わりの三日前、ザルボーの宿屋にて。マイティより。
親愛なるキミへ。
*
追伸
実は今までのは、長い長い前置きだったって言ったら、またアルドは驚いてくれるかな?
嘘は一つも書いてないけど、アルドの時代に夢魔がいる可能性は殆どゼロに近いから、僕の書いたものが役に立つ事はまずないと思う。
それでも何枚も何枚も手紙を認めたのは、うん、そうだね、心配だったのも本当だけど、本当の本当はね。
伝えたいことがあったからなんだ。伝えるための前置きと、手紙を書く言い訳と、理由が欲しかった。
手紙を託す場所にザルボーを選んだのもね、あっという間にこれがアルドに届いてしまうのが少し怖かったからなんだ。
あのね、アルド。
僕はキミの事が、大好きだった。これからもきっと、大好きなまんまだ。
すごくすごく、大好きだった。
ずっとアルドの傍にいたくて、傍にいてほしかった。
キミのことがずっと、今までも、これからも。
大好きだよ、アルド。
アルドのことだから、もしかしてここまで言っても伝わらないかもしれないね。
あのね、愛してる。
僕は、アルドのことを、愛してる。
多分ずっと忘れられない。
ずっとずっと、キミのことが大好きだよ。
*
「マイティ、何見てるんだ?」
「んー……、大したものじゃないよ~」
「ふーん。そうそう、次の時間、教室変更になったって。サボらずにちゃんと出てこいよ」
「分かったー。わざわざありがと~」
休み時間、IDAスクールH棟の二階、テラスにて。
珍しくマイティが居眠りをせず、手にした何かに目を通していれば、クラスメートに声をかけられた。
尋ねられた言葉に笑って答えを濁せば深くは追求されず、教室の変更を告げられたから、親切な彼に礼を言ってひらひらと手を振った。
彼がテラスから出ていったのを見届けてから、マイティはもう一度自身の手元に目を落とす。
そこにあるのは、一枚の紙。少しざらついていて、草臥れているその紙には、この時代では珍しくインクで手書きの文字が書かれていて、冒頭の言葉は、追伸、から始まっていた。
まじまじとそれを見つめて、苦みの混じった笑みを浮かべたマイティは、広げた紙を丁寧に折りたたんで胸のポケットにしまう。
そしてぱんぱんと二度、手のひらでポケットを叩いてから。
いつも通り、ふわぁと大きな欠伸をして伸びをして、目尻に滲んだ涙を指で無造作に拭った。