キミの世界


(珍しいな)

ふと上げた視線の先、マイティの姿を見つけたアルドは胸の内でひそりと呟いた。
次元戦艦で時代を超える最中のこと。
何百年も、何万年もの時間を一瞬で飛び越えることの出来る次元戦艦だけれど、そうはいっても予備動作を含め、目的地にたどり着いて適当な場所を見つけて接地し、降りられるようになるまでは多少の時間がかかる。
いつもならマイティは、その短い時間ですら睡眠に充てていて、いよいよ艦を降りるという段階になるまでけして起きてこようとはしない。

だというのに今日は珍しく、甲板にて合成鬼竜と行き先の打ち合わせをするアルドの斜め後ろ、ぱちりと目を開いたマイティの姿があったから、アルドは少々の驚きと共にその事実を受け止めた。
甲板にはマイティ以外の仲間の姿もあって、特別マイティが目立つ訳では無い。主砲と大声で張り合うシュゼットや、ぱたぱたと甲板を駆け回るビヴェットとレレ、アルドの隣でわいわいと喋るルーフスやミランダに比べたら、ひっそりと佇むだけのマイティは大人しく目立たない方だった。
けれど普段とは違うその存在は、妙にアルドの記憶に引っかかり、印象深いものとしてくっきりと脳裏に刻みつけられることとなった。

一度なら珍しい事もあるんだな、で終わった話だった。
けれど何度も続くと、さすがに疑問に思わずにはいられない。
それからもマイティは、度々珍しいタイミングで、いつもなら寝ている筈の時間に、ふらりとアルドの近くにやってくる事があった。
時間を超える時、戦闘の合間の休憩中、食事を終えて腹ごなしにみんなで歓談している間。
以前なら、僅かな時間でも必ず眠っていたから、よくこんな短い時間で眠れるものだなと感心していて、事情を知る前までは少々呆れてもいたけれど、眠っていないとなると逆に心配になってしまう。
仕事の方は前と変わらないペースでこなしているらしい。欠伸はしょっちゅうしているし、予定を尋ねれば旅に付き合えないと断られる頻度も変わってはいない。
なのにアルドが見かけるマイティは、以前より眠っていないように思えたから、確か五回目、最初と同じ次元戦艦が飛び立つタイミングで。
再びアルドの近くに立っていたマイティに、なあ、と話しかけた。

「最近、ちゃんと寝てるか?」
「えっ? うん、それなりに寝てるよー」
「ならいいけど。もしかして、オレに何か言いたいことでもあったか?」
「うーん、特にはないかなあ。何でそう思うの?」
「だってマイティ、近頃オレたちといる時あんまり寝てないし。それによくオレの近くにいるだろ?」

最初は心配を滲ませて、ちょっぴり深刻な顔で、もしも何か悩んでいるなら力になろうと決意して。
けれどアルドの言葉を受けたマイティは、思いもよらない意外なことを聞かれたとでも言わんばかりにぱちぱちと瞬いたから、力んでいたアルドの気が少し抜ける。
じゃあどうして、と募った疑問をそのまま口にすれば、アルドの近くにマイティがよくいる、と言ったところで、さっぱり訳が分からないという顔をしていたマイティの表情が、僅かに強ばった。

「……そんなに、アルドの近くにいたかな?」
「うん、だってほら、今も」
「あー、うん、そうだね~。……無意識だったかもー」

アルドにしてみれば紛うことなき事実を、恐る恐る聞き返されたから躊躇いなく肯定すれば、がくりと肩を落としたマイティがため息をついて小さな声でぽそりと呟く。その様子からして、自分の行動がいつもと違っていたことに、ちっとも気がついてはいなかったらしい。
アルドの知るマイティは、のんびりとした口調と気ままな行動とは裏腹に、ひどく自制のきいた性格をしている。どこでもすぐ眠ってしまうのも、ある意味では自身の体調管理をしている結果だと知っているから、最近の変化について自覚がなかったと聞いてアルドの方が驚いてしまった。
やっぱりどこか調子が悪いんじゃないか、と再度心配を滲ませて問いかければ、ううん、多分違う、と首を横に振られる。どうやら心当たりはあるらしい。
なのに、もごもごと口ごもってうろうろと視線を彷徨わせ、すぐにはその心当たりを口にしようとはしなかったから、言いにくかったら言わなくてもいいんだぞ、と声をかけたアルドが、心の内で心配の度合いを大きく引き上げたところで。

「ほんとに、大したことじゃないんだ」

そんなアルドの考えを察したように、眉を下げたマイティがぽりぽりと頬を掻いてから、バツの悪そうな顔でぽそりぽそりと話し始めた。

「あのねー、こないだスクールで身長測ったらさ、前より伸びてたんだ~、3センチ」
「へえ、良かったじゃないか」

背が伸びるのはアルドだって嬉しい。だから素直に良かったなと声をかけたけれど、それとマイティの異変の繋がりが全く見えてこなくて、僅かに怪訝な顔をしてしまう。

「ほら、同じ景色でもさ、高いところから見るのと低いところから見るのだと、違うものが見えるでしょ?」
「うん?」

ちらり、と上目遣いでこちらを窺ったマイティは、そんなアルドの疑問を察したようで、ちらりちらり、困ったような視線を投げかけながら、説明を付け加えてくれたけれど、それでもやっぱりアルドにはピンとこないまま。
ついには、つまり、どういうことだ? とはっきりと口に出して首を捻れば、肩を落としたマイティが観念したように大きくため息を吐き出してから、顔を上げてアルドの目を見つめた。少しだけ、頬が赤く染まっている。

「3センチ分、アルドの目線と近づいたんだって思うとさ。……ちょっと、嬉しくなっちゃって。3センチ分だけ、アルドが見てる世界に近づいたんだなぁって」

だからついつい、いろんなもの、アルドの近くで見たくなっちゃうのかも、と照れくさそうに笑ったマイティにつられたか、アルドも少し気恥ずかしくなって、そうか、と一言呟いてそろりと視線を外した。
なんとなく二人の間に漂う空気が気まずくて、でも嫌ではなくって、もやもやとした言葉にできない擽ったさにそろりと心臓を撫でられているようで、かあっと体温が上がった気がした。
けして嫌ではないけれど、ずっと浸っていればなんだか取り返しがつかなくなる気もして、アルドはどうにかこの空気を変えようとぐるぐると頭を回転させる。
そして、ぱっと閃いたある事をろくろく吟味もせず、すぐに実行すべくマイティの横に並んで、僅かに膝を折って屈んだ。ちらり、横目でマイティの顔を見て、微調整をしてから改めて前を向く。

「これがマイティの世界か」

見えるものが劇的に変わった訳では無い。きっと普段なら、些細な違いに気づきもしなかっただろう。
けれどマイティの言葉を聞いたあと、これがマイティと同じ目線だとの前提を頭に入れてみれば、ほんの小さな部分が違うように見える。たとえば、合成鬼竜の胸元の赤紫の光の位置。主砲の部品、一番最初に目に飛び込んでくるところ、甲板の床の模様の角度。意識しなければ気づくことのない場所が次々と目に飛び込んできて、少ししか変わっていない筈なのに、世界の色が劇的に変わった気がして、とくんとくんと胸が高鳴る。
ちょっと新鮮だな、と隣に向けて笑いかければ、きょとん、と目を見開いたマイティが一拍の後、ふにゃりと破顔して、嬉しそうに弾んだ声で、うん、と頷いた。

いつもなら、マイティがアルドを少し見上げる形になって、座った時でもアルドの方が目線が高い。
けれど今は、同じ高さでぴたりとかち合った目線。それも至近距離、真正面から満面の笑みを向けられ、真っ直ぐに差し込んだ視線が、瞳の奥底まで見透かしてしまった。
だから、分かってしまう。マイティが本当に嬉しそうに、瞳の奥まで綺麗に笑っているのが。

そんなマイティの笑顔を見たアルドの心臓が、きゅうう、と捻りあげられたように痛んで、そして。
笑い返そうとした頬がぴくりと引きつって、かああと急速に熱くなってゆく。
細められたマイティの瞳には、情けなく歪んだ笑みを浮かべ、どこかむず痒そうにはにかむ男の姿が。
きっと、たぶん、何かに焦がれるような。
切羽詰まった表情の男の顔が、ありありと写し出されていた。