楽しい片想い


ありがとうございました、店員の声を背に店を出たセティーは、手に提げた紙袋を軽く上下させて小さく微笑んだ。さして重みがある訳でもないのにやけに存在感があって、素知らぬふりでいつも通りの自分の顔でいようとしたって、ついつい意識は紙袋へと向いてしまう。今しがた買ったばかりのものがちゃんとそこに納まっているのか気になって仕方がなくて、すぐにでも中身を取り出して確かめたくって、けれどまさかこんな道端で包みを解いてしまう訳にもいかない。
あまりにも馬鹿馬鹿しいと、そんな己を客観的に見つめる自分もいた。つい今しがた購入したばかり、買ったものが袋に入れられるところまで一部始終を見ていたし、受け取った紙袋を一度も手放してすらいない。だから中身が別のものに変わってしまっているなんて、そんな突拍子もないことがある筈もないと十分理解している。
けれどわざと突き放した物言いで自身を諫めてみても、逸る気持ちはまるで落ち着いてはくれない。自然と足は速くなり、家に帰るまでの時間を少しでも縮めようと身体を突き動かす。

早足で店から離れてしばらくしたところで、歩くセティーの隣に二体のポッドが近づいてきた。レトロとクロックだ。あまり広くない店の中、しかも割れ物を扱っていたため、さすがに二体を連れて入るのは躊躇われ外で待機させていた。

「セティー、いいの買えたみたいだね!」
「中身を見ていないのにどうして分かるんだ?」
「だってそういう顔してるもん、ねっクロック!」
「ええ、ポンコツに同意します」

くるり、セティーの周りを一周したレトロがどことなく弾んだ声で言う。確かに良い買い物をしたとは思っていたけれど、素直に認めるのは少し面白くない。浮かれてそわそわした気持ちを見透かされたようでバツが悪くって、素っ気なく突き放した物言いをしたけれど、レトロは気にした風もなくクロックまで巻き込んでくる。二対一では分が悪い。

「アルド、喜ぶといいね!」
「アルドが使うと決まった訳じゃないぞ」
「えー、じゃあ誰が使うの?」
「……アルド、だな」
「ほらー!」

更にとレトロが告げた言葉を一度は否定してみたけれど、重ねて問われればうまい誤魔化しも出来ず、諦めてセティーはため息をつく。気を悪くした訳じゃない。ただ改めて指摘されてしまえば、少しだけ照れくさくて気恥ずかしいだけだ。
レトロの言う通り、紙袋の中身はアルドのために買ったものが入っている。だがプレゼントではなく、アルドに直接手渡すものでもない。セティーの家に置いておいて、アルドが遊びに来た時にさりげなく出してやろうと思っているものだ。


自身の本当の立ち位置を知られたことをきっかけに、アルドには随分と気を許すようになった自覚はあった。そもそも所属を明かした時点で十分に信用はしていたけれど、もっとそれ以上に、私的な感情、心の一部をアルドに明け渡しつつある。
家に誘ったのも、その延長線上だった。
一日の終わり、もうとっくに日は落ちて久しい時間。仲間たちをそれぞれ家まで送って、一番最後にセティーをこの時代まで送り届けた時のこと。今日はありがとうな、助かったよ、そう言って去ってゆこうとするアルドを、家に寄ってコーヒーでも飲んでいかないか、引き留めたのはセティーだった。
誘われたアルドより、誘ったセティーの方が驚いていたと思う。意識して口にした言葉ではなく、気づいたらぽろりと零れていたものだったから。アルドと離れるのが名残惜しくって、もう少しだけ一緒にいたかった。そんな気持ちが抑えきれず溢れてしまった。
けれど誘ってすぐに、しまった、後悔をする。なぜならセティーの家は人を招けるような状態とは言い難かったからだ。
しかし撤回する前に、アルドが勢いよく頷いてしまう。好奇心で目を輝かせて、セティーの家、行ってみたい、期待を滲ませるその表情に今更やっぱりなしにしてくれなんて言えない。大したもてなしは出来ないけどな、そう言って苦笑いを浮かべるのが精一杯だった。

人を招けるような状態でない、というのはたとえば散らかしっぱなしだとか、掃除をしていないだとか、見られたくないものを出しっぱなしにしているだとか、そういう事ではない。むしろそれとは真逆。セティーの家には、最低限のものしか存在していなかった。

「すごくさっぱりした家だな」

家に上げたアルドが目を丸くして呟いた言葉の通り、さっぱりとした、何もない部屋。テレビも冷蔵庫すらも置いてはいない。あるのはベッドとテーブルと椅子、レトロとクロックの充電器、洗濯機とロボット掃除機、クローゼットの中に洋服と下着が何枚か。そして電気ケトルとマグカップとインスタントコーヒーがせいぜいといったところ。
実は引っ越したばかりなんだ、と説明すればアルドは納得したようだったけれど、勿論引っ越したばかりではない。もう住んで半年は経っている。この部屋にあるものが、セティーの生活の全てだった。
セティーにとって家というものは、常に捨てる可能性のあるものだった。もしも今ある状況に変化があれば、全てを置いて逃げ出さなければならないほど追い込まれる未来だってないとは言えないのだから。追手となるのは枢機院かもしれないしCOAかもしれない。何が敵対してもおかしくない以上、相手に知られた拠点を使い続ける訳にはいかず破棄するより他にない。
現状はそれなりに上手く立ち回れているつもりだが、危うい綱渡りをいくつも繰り返すのが日常茶飯事である以上、いつ急変するとも分からない。更には念のため、何もなくとも一年から二年で拠点を変えるようにもしている。
そんな日々の中に身を置いていれば自然と、不必要なものは身の回りに置かないのが当たり前のこととなっていた。そうして過ごす毎日に、特に何の不自由も感じてはいなかった。

けれどそんな家にアルドを連れてきた途端、ひどく心許ない気持ちになる。殺風景が過ぎる部屋をアルドに見られたことに後ろめたさと恥ずかしさを覚え、引っ越したばかりだなんて嘘の言い訳で見栄を張ってしまった。
仕事も目的も何もかもを取っ払った自分は、まるでこの部屋のように何にもないんじゃないか、そんな風に思えてしまって、空っぽの自分をアルドの目に晒したくなかった。この部屋みたいに何にもない人間だと思われたくなかった。アルドがそんなことを思うやつではないと分かっていてもなお、それと自分を重ねて見られたらと思えば恐ろしくてたまらなかった。
辛うじてあった二つのマグカップ、これだけは常に切らさず置いてあるインスタントコーヒー。誘い文句を実行すべくたっぷりとコーヒーを入れてやったが、ブラックのままではアルドには少し苦かったようだ。しかし困ったことにミルクや砂糖の類も置いていない。セティーには必要のないものだったからだ。
おかげでちびちびとしか飲み進められないアルドをその分だけ長く部屋に引き留めることは出来たけれど、苦さで眉間に薄く刻まれた皺が思いの外セティーの心に深々と突き刺さる。たかだかコーヒーくらいでと開き直ればよかったのに、どうせならセティーの部屋にいる間くらいは、しかめ面よりも笑顔を浮かべていてほしいと望んでしまう。

それでようやく、セティーはアルドに明け渡した心の一部の名前を理解する。仲間や友達に抱くよりも甘ったるくて弱気で見栄っ張りで度が過ぎていて、笑ってくれるだけで一気に心が浮き上がる。下心もそれなりにあって、けれどそれよりも一緒にいたい、話をしたい、もっと沢山笑ってほしい、些細な欲求が下心を上回る。
紛れもなく、純然たる恋だ。始まったばかりの恋、それも奥手な少年みたいな、まるでらしくないそれは警戒して潰してしまうにはあまりにも控えめでささやかすぎたせいで、自省と自戒を張り巡らして作り上げた心の防波堤、細かな網の目をするりとくぐり抜けて心の中に居着いてしまったらしい。
すっかりと冷めてしまってもなかなか飲み終わらないコーヒー、紛らわすようにとりとめもない話をする。アルドの話を聞くのはそれまでだって楽しくて好きだったけれど、恋心を自覚した途端に言葉の端々までがきらきらと輝いて見えてしまうから重症だ。
もっとこの時間が長く続けばいいと思って、早く終わってしまえばいいとも思う。自覚した分だけ、アルドの眉間の皺の作る影が色濃く写ってしまったから。可哀想にと思ってしまったから。だからようやくアルドが勢いよく持ち上げたマグカップの底が見えた時は、残念ではあったけれどほっと安堵もした。
長居しちゃったな、申し訳なさそうにしょんと眉尻を下げたアルドに気にするなと告げ、大丈夫だからとの主張を強引にねじ伏せて次元戦艦の停泊する小島まで送ったセティーは、やがて夜空に舞い上がった大きな戦艦が時空の壁に影も形なく溶けて消えたのを見送ったあと。ポケットから取り出した端末を素早く操作し、テレビと冷蔵庫、それからミルクと砂糖に甘いジュースを数本注文した。


そうしょっちゅうアルドが遊びにやってくる訳じゃない。週に一度もあれば多い方で、大体は月に一度か二度がせいぜい。それにいつになるかは分からないけれど、確実に終わりが定められてもいる。旅が終わればいつかは、アルドは自分の時代に帰ってしまう。最初から終わりの見えている恋だ。ちゃんと分かっている。恋する相手への見栄だけのため、外面を取り繕うためだけに設置するには、些かコストパフォーマンスが悪すぎることだって、分かりすぎるほど分かっている。
けれどセティーの家には、一つ二つ、三つ四つ、色んなものが増えてゆく。ソファーにクッション、カーペット、調理器具、食器棚、本棚に観葉植物。アルドが来る度に部屋の中は賑やかになってゆき、アルドが来なくっても細々としたものが買い足されてゆく。最低限を大きく飛び越えて、全く必要のなさそうな玩具や観賞用の飾りまで。アルドが好きそうだな、似合いそうだな、見せたいなと思えばまた一つ、部屋の中に物が加わってしまう。

レトロやクロックにはさすがに呆れられるかと思っていたが、意外にも彼らはセティーの変化を歓迎した。

「だって今までのセティー、人間の生活じゃなかったもん。アンドロイドだってもうちょっとマシな生活してると思うよ」

そう言ったのはレトロ。人間の生活じゃないとは言い過ぎじゃないか、セティーが反論しても撤回はしない。

「考えてもみてよ。前のセティー、ご飯も外で食べるかコーヒーで済ませちゃってたし、家に帰ったら真っ直ぐベッドに行って寝るだけだったんだよ! 寝に帰るだけだった前に比べたら、テレビつけたり映画観たり料理したり本読んだり、今の方がずっといいと思うな、ボクは」

アルドが喜ぶかもしれないと購入したものは、セティーも実際利用している。アルドが来た時だけ使うのではぎこちなさが滲んでしまうかもと始めたことだったけれど、それほど悪いものでもなかった。少なくとも義務感だけで続けている訳ではない。映画は面白ければアルドにみせてやろうと思えば観たことのないジャンルにまで手が伸びるし、料理はアルドの好きなものを作ってやろうと思えば気合いも入って、それなりに楽しい。
時間は有限であるからそれらに充てる時間を捻出する分、他の時間が削られている筈なのに、仕事や個人的な調べ物の効率もさして落ちてはいない。むしろ聞き込みやCOAの同僚との関係は良好になった部分もあって、前より少し取っ付きやすくなったとも言われた。おそらく、気分転換としていいように作用しているのだろう。

「セティーの状況は把握していますし合理的であったと考えますが、それにしたって以前は些か度が過ぎていましたから」

そうしてクロックもレトロと似た意見のようだ。どう考えても使い道のない、後で処分の手間が増えるだけだと分かっているよく分からないどこかの民族衣装を着せられた人形の置物を、その顔がアルドに似ていたからというだけの理由で買って帰った時も、またそんなものを買ってきてと呆れることなく、玄関に飾ってはどうですかと提案までしてくる。レトロだけでなくクロックまでそんな調子なので、いよいよ歯止めをかけるものがない。

今日購入したのはカフェオレボウル。白一色のシンプルなデザインだが、内側の底にはヴァルヲによく似た黒猫が一匹描かれている。これにカフェオレを入れて出してやれば、あるいはシリアルでも注いでやれば、綺麗に食べて飲み干したアルドは現れたヴァルヲ似の猫に気づいてきっと喜ぶだろうから。ふらりと入った食器を多く扱う雑貨店、以前は足を止めることなく通り過ぎたその店の中で見つけた瞬間アルドの楽しげな顔が思い浮かんで、気づけば手に取っていた。ついでに包んでもらう間に交わした店員との雑談で、気になる事件の手がかりも得られたから思わぬ収穫だ。

あれやこれやと話しかけてくるレトロを適当に相手しながら、得たばかりの情報を精査するようクロックに告げる。すぐにいくつかのデータベースにアクセスしたクロックの反応からして、どうやら当たりだったようだ。返ってきた詳細から素早く予定を組み直し、また新たに調査すべきことを導き出す。ご機嫌だねセティー、からかうような響きのレトロの言葉にも、そうだな、とすぐに頷くほどには気分が良かった。
抱えた案件が進展しそうなのは勿論、手に提げた紙袋の中身も変わらず気持ちを浮き立たせてくれ続けていて、家に帰りつくのが楽しみで仕方ない。

そうだ、楽しみなのだ。
気づいたのは、アルドをきっかけにいろんな物を買い揃えるようになってしばらく経ってから。いつもと同じように帰宅したセティーは、玄関に足を踏み入れた瞬間、ひくりと鼻をうごめかせていた。異変があった訳じゃない。けれど、そう、匂いがあったのだ。
具体的にどういうものか、説明はしにくい。家具の匂いのようでもあって、朝に入れたコーヒーの残り香のようで、部屋中に染み付いた生活の記憶のようでもあるそれは、セティーの家の匂いだった。そして同時に、もう随分と長い間、家の匂いを嗅いではいなかった事にも気がついてしまう。
最低限の物しか置いては無かった部屋、匂いは留まる前に霧散して消え失せ、帰宅したセティーを包むのはいつだって素っ気ない空気の匂いだけだった。生活の気配のない、モデルルームと大差のない匂い、いいや、匂いですらない無そのもの。それがセティーの日常の全てだった。
なのに今の部屋には、匂いがある。外の空気とも違う、COAの執務室とも違う、店の香りとも違う、セティーの家特有のもの。いつかの遠い昔に、家に帰る度に幼いセティーを包んでくれていたものによく似た匂い。それに包まれると、家に帰ってきたんだと無意識が理解して、ほっと背中の力が抜けて安心してしまうもの。
あの日失われてしまったものが、帰宅したセティーを柔らかく包んでいた。おかえりなさいと告げるように。

きっとそれまでは、家はけして安心出来る場所ではなかった。寝に帰るだけの場所、束の間の拠点、いずれ捨てる仮宿であるそこは、セティーにとっての家ですらなかったのかもしれない。
けれどそれに匂いがついた途端、驚くほどに心が安らいでしまう。ここは安全な場所なのだと、自分の場所なのだと、頭よりも体が先に認識して気を抜いてしまう。まだ玄関だというのに、緩んだ心の隙間から暴力的な睡魔が襲ってきて、すぐにでも寝落ちてしまいそうだった。どうにか辿り着いたベッドに倒れ込んだあとは、あっという間に眠りに落ちて夢も見なかった。
翌日の目覚めは、かつてない程に爽快。いつもと変わらぬ時間に起きたのに、たっぷりと眠った、体が十分に休まった実感がある。起き抜けなのに頭が冴え冴えとしていて、心なしか体も軽いような気がした。気づかぬうちに損なって失っていたもの、取り戻した生活の匂いは以降も良質な睡眠を提供し続けてくれている。

だから最近は、家に帰るのが楽しみだ。新たな戦利品が手の中にあればなおのこと、落ち着く場所でゆっくりと買ったものを取り出す時間が待ち遠しくってたまらない。
どれもこれもアルドを思い浮かべながら買ったおかげで、何を見てもアルドが思い浮かぶのもいい。少し落ち込むことがある日だって、向こう側にアルドの笑顔を思い浮かべば沈んだ気分はたちまち持ち直す。部屋の中、あちらこちらに存在するのはセティーが思い描いたアルドの幻影だけでなく、遊びに来たアルドが残していった残像だっていくつも存在している。そんなアルドの気配を感じれば、おかえり、迎えて包んでくれる部屋の中に、アルドの声も混じっているような気さえし始めている。

自己完結した片想いを、進めたい気持ちがない訳じゃない。部屋でアルドと二人きり過ごしている間、肩に手を伸ばしかけた事は数えきれないほど。薄い唇に奪われた視線、勢いに任せて奪ってしまおうかと思ったことも一度では済まない。
けれどアルドへの想いが与えてくれたものがあまりにも多くって、あまりにも柔らかな安寧に満ちていたせいで、いまいち踏み出すことが出来ずにいる。触れてしまうのが勿体なくって、まだもう少しだけこの、心地がよくて甘酸っぱい片想いに浸っていたい気もしている。
それに。踏み出しきれない理由はもう一つ。
アルドの好きそうなもの、喜びそうなもの、似合いそうなもの。アルドを基準にして選んで作り上げた部屋は、アルドにとっても心地がよいものらしい。最初のうちは遊びに来てもある程度は構えたまま、他人の家に遊びに来た顔を外すことなく当たり障りなく過ごして夜には帰ってしまっていたのに、次第に砕けた態度でごろごろと自分の家のようにくつろぐ時間が長くなってゆき、そのまま寝てしまってなし崩しに泊まってゆく日も徐々に増えていっている。
そうしてアルドが自然と部屋に馴染んでゆく様を見守るのは、とても楽しいものだった。アルドが自分の匂いのついた部屋の中で、のんびりと肩の力を抜いている姿を見るたび、その度合いが膨らんでゆくたび、心がじんわりと幸せで占められてしまう。ひたひたと寄せる充足感が、体いっぱいに広がって満ち満ちてしまう。
居心地がよく温かで優しい空間、急いて全てを台無しにしてしまいたくない。

(……猫は家につくって言うしな)

それに、思惑が何も存在していない訳でもなかった。
自分から進んでセティーのテリトリーに入ってくるようになったアルドが、そこから出てゆくのを惜しく思ってくれるまで、さして遠い話でもないように見える。もっとセティーの部屋にいたいと思ったアルドをさりげなく緩やかに撫でてやれば、機嫌よくすりすりと擦り寄って呑気に腹の一つも見せてくれる。そんな予感がある。強引に唇を奪うより、無防備に曝け出された喉元をぺろりと舐めてやる方が、ずっと気持ちがいいだろう。
だからそのためにも、もっともっと居心地のいい家にしなければならない。セティーにとっても、アルドにとっても。

紙袋の持ち手を握りなおしたセティーは、淡い笑みを唇に乗せる。
きっとこれも、アルドは気に入るだろう。中には何を入れて出してやろうか。シリアルも気に入っていたようだけれど、具材たっぷりのスープでもいいかもしれない。家に帰ったらいくつかレシピをピックアップして、とびきり美味しくって底に描かれた猫が映えるものを作ってやろう。帰ってからやることを思い浮かべただけで、家に帰るのがより一層楽しみになる。

家まではもう少し。見えてきた建物の形、少し前までは他と同じにしか見えなかったのに、今や視界に入っただけでほっと安心してしまう。自然と早くなる歩調、最後は半ば駆け足でエレベーターに滑り込み、開いた扉の先。ふわり、漂う匂いは紡がれる生活の色。無味無臭、無色透明だった頃とはまるで違う。ここがセティーの家だ。
おかえり、囁く空気にセティーは、長く使っていなかったせいでまだ慣れていない言葉、ただいま、小さな声でぎこちなく呟いて、照れくさそうに微笑んだ。