ずっと隣で


少し前から、アルドの様子がおかしい。
どうにも、避けられている気がしてならない。
試しにメイに聞いてみれば特に心当たりがないようで、傍から見ていればあえてダルニスを避けているようにも見えないらしい。
そうか、だったらオレの勘違いかもしれないな、とその場は納得したふりで流したけれどそれでも、やっぱり微妙に避けられている気がする。
いいや、気がするじゃない。避けられている、絶対に。

比較的アルドと一緒にいる事の多いメイから見ても不自然を感じないくらいには、分かりやすく距離を置かれている訳ではない。
顔を合わせれば普通に話すし、嫌な顔もされず笑顔だって向けられる。みんながいる場所ではいつも通りのままで、そこだけ切り取ればダルニスだって、まさかアルドに避けられているなんて思いもしなかっただろう。
けれど、それ以外の部分。周りの目がない場所では、以前とアルドの様子が違うように思えるのだ。
それは悪態を付かれるとか露骨に嫌がられるとかそういった類のものではなく、もっと単純な話。アルドと二人で過ごす時間が、極端に減ってしまった。
以前なら何かにつけて、訓練だの釣りだの薬草摘みだの声をかけてきていたのに、ここ最近はぱたりと誘いが途絶えている。
特に用事もなくダルニスの家までやってくる事もなくなって、村の中、偶然顔を合わせた時に一言二言言葉を交わしても、すぐにそそくさと去ってしまって、その先に続かない。今までなら必ず、その後の予定を聞いてきて、大抵の場合はオレも行くと張り切ってついてきていたくせに。
ダルニスから誘っても、用事があるからと断られる事が増えた。けして嘘の予定でない事は後からさり気なく探って確認はしているけれど、そちらもいまいち納得がいかない。今までだったら、ダルニスを連れて用事を済ませてから改めて誘いを受けて、どちらも両立させていた筈だ。
一度や二度なら、たまたまかと見過ごせる違和感も、何度も何度も続けばさすがに、意図的なものを感じざるを得なかった。

気づかないうちにアルドに何かしてしまっただろうか。
一人で過ごす事が多くなった時間、すぐ側にあった存在がぽっかりと抜け落ちてしまい落ち着かなくて、散々考えてはみたけれど特に心当たりがない。避けられてはいるけれど、アルドから負の感情を向けられている気は全くしなくて、どちらかといえば申し訳なさそうな、名残惜しそうな視線を向けられている気もしている。
後者はもしかしてダルニスの願望かもしれないものの、そこまで的外れではないとも思っている。
だったら原因は、ダルニス以外の所にあるのだろうか。
しかし尋ねるにしても、肝心のアルドと二人きりの時間を持つことすら難しい現状、答え合わせすら出来ない。
ごめんな、また今度、用事があるから、ちょっと無理だな。
断り文句が積み重なってゆく毎、心の中、黒い澱のようなものが溜まってゆく。


ダルニスもしばらくの間は、静観を決め込むつもりだった。
原因は相変わらず分からなかったものの、アルドに何か考えや都合があるなら邪魔するのは悪い。嫌われている訳ではないようだから、いずれそのうち、事情が落ち着いたら元に戻るだろうと考えていた。
けれど月の満ち欠けが一巡りして、誰もいない隣に向けて「アルド」と声をかけたのが三十を越えても尚、戻らない距離に焦れたダルニスの方に、とうとう限界が来た。
避けられる前はそれほど意識はしていなかったのに、いざ離れてしまえばどれだけの時間アルドと一緒にいたのか嫌でも自覚してしまう。他の誰かと過ごしてる時間、分け与えられた仕事をこなす時間、それ以外の大半はダルニスの横にはアルドがいて、当たり前のように二人で一緒に行動するのが常だった。
いずれ今より歳を重ねて互いに忙しくなれば、それほど一緒に過ごさなくなるのが普通になるのかもしれないけれど、試しに想像した未来にすらダルニスの隣にはアルドがいて、アルドのいない未来は浮かべる事すら難しかった。
十年後、二十年後、三十年後。
目尻に皺を刻み白髪の混じったアルドと二人、村の酒場で杯を交わすいつかは描けるのに、隣にアルドの姿がなくなった途端、次の春、佇む自身の背中すらぼやけてうまく形にはなってくれない。
それほどまでに、ごくごく自然に、形づくられた未来の想像図の中。いつだって必ず存在するアルドが、すっかりとダルニスの暮らしに馴染んで溶け込んでいるアルドが、今、隣にはいない。その事実が、ひゅうっと肝を冷えさせる。
事情がある、理由がある、いくら自身に言い聞かせてもだめだった。
せめてその理由が分からなければ、納得もできない。

静観をやめて行動に出ることにしたダルニスが、アルドと二人、何か適当な用事を言いつけてほしいと村長に頼みにゆけば、深く聞くことなく頷かれた。さすがに村長は、何かしらアルドの様子が変だと悟っていたらしい。
ヌアル平原で木の実を摘んできてほしい、届けるのは夜で構わないと微笑んだ村長の言葉の裏、ちゃんと話しておいでとの心遣いを汲み取って、ダルニスは黙って深々と頭を下げた。


そして、当日。
村の出口、待ち合わせた時間に向かえばそこには、時間に遅れてくる事の多い幼馴染にしては珍しく、待ちぼうけているアルドの姿があった。ダルニスの姿を見つけるとぱっと表情を輝かせて駆け寄ってきて、いっぱい摘んでこようなと張り切った様子を見せている。
嫌われた訳ではないだろうと予想していたものの、もしかしてと案じる気持ちが少しも無かった訳ではない。なのにまるで避けられていたとは思えないはしゃぎっぷりに、ほっと安心しつつも内心では少々戸惑ってもいた。

目的地につくまでアルドはよく喋ったし、頼まれた木の実を摘む最中にもなにかにつけてあれやこれやと喋りかけてくる。あまりにもよく動く口にうっかり、わざわざ村長に用事を作って貰ってまでアルドを連れ出した目的を忘れそうになるほどだった。

ようやく口火を切る気になったのは、持ってきた籠が一杯になった時分。
そわそわと落ち着かなくなったアルドが、まだ帰りたくなさそうにもっと摘もうと手を伸ばしたのを採りすぎだと諫めれば、しゅんと肩を落としたのを見て、やっぱりいつもと様子が違うと改めて現状を認識し、おもむろに切り出した。

「アルド、最近オレのこと、避けてなかったか? オレが何かしたか?」
「き、気のせいじゃ……」
「気のせいじゃない。お前だって分かってるだろう」

言葉を選ばす真正面からぶつければ、視線を逸らしたアルドが口篭って答える。すぐに理由を吐かず誤魔化す素振りに、ダルニスは己の疑いに確信を得て更に追撃の言葉を投げかけた。
しばらくもごもごと言葉を濁していたアルドだったけれど、何度目かの応酬でダルニスに退く気がないと理解したのだろう。
観念したようにため息をついてから、ぷいとそっぽを向いて素っ気なく呟いた。

「だってダルニス、忙しいだろ。……オレと遊んでる時間、ないだろ」
「はあ?」

むすりと唇を尖らせたアルドの言い分は、ダルニスにはちっとも心当たりがない。一応記憶を探ってみたものの、忙しさを理由にアルドを邪険にした事は一度もなかった筈だ。
どういうことだ、と詳しく聞き出そうとすれば、またしばらく口を噤んでから、成人が、だとか、大人が、だとか、ぼそぼそと小さな声で切れ切れに吐き出されてゆく。そんなアルドの言葉を繋げてゆけば、朧気ながら理由が見えてきた。

「誰かに何か言われたのか」
「そ、ういう訳じゃ、ないけど」
「……言われたんだな」
「……ちょっとだけだぞ? ダルニスはもう大人なんだから、忙しいんだから、子供のオレが邪魔しちゃダメだって」

予想をつけて投げた言葉は、正解を貫いていたようだ。
びくっと身体を竦めたアルドが、バツの悪そうな顔をしておずおずときっかけに繋がるものを口にする。
言いそうなやつらに幾人か、心当たりはあった。
一人はやけにアルドへの当たりが強い、ダルニスより一つ下、アルドよりは一つ上の男。
おそらくフィーネに気があるそいつは、昔散々いじめたせいでフィーネには分かりやすく避けられていて、よくアルドに八つ当たりじみた絡み方をしている。それを見たフィーネにますます避けられるのは自明の理で、つれなくそっぽを向かれて肩を落とすそいつの姿も、完全に自業自得でしかないから最早誰も同情すらしていない。
アルドも慣れたもので適当にあしらっていて、時にダルニスや周りの村人が仲裁に入るけれど、なかなか改善はしない。よく年齢のことを引き合いに出してアルドより一つ年上の自分の方がえらいとふんぞり返っていたそいつなら、いかにも言いそうな事だ。
あとはふざけまじりにアルドを構いたがる大人達。そちらはおそらく悪気もなく、ただアルドを子供扱いしてからかっただけだろう。

確かにアルドに先じて、ダルニスは成人を迎えた。村では大人の頭数に数えられるようになったし、男手が必要になれば声をかけられる事も増えた。
けれど逆に言えば変わったのはそれくらい。
さほど大きくはない村の中、家によってある程度従事する仕事は分担されていて、ダルニスの家は森の実りを持ち帰ったり森の見回りを主にしている。それは幼い頃からダルニスも手伝っていること。
成人になったからといっていきなり任されるようになった事なんて殆どなくて、村の子供たちは皆遊び呆けるだけでなくよく家の仕事を手伝っているし、アルドだってしょっちゅう村長の代わりに村中を駆け回っているのに。
大人の仲間入りを果たしたからといって、劇的に何かが変わる訳じゃないのに。
アルドが邪魔になるなんてこと、ある筈がないって言うのに。

その辺りを噛み砕いて順に説明すれば、アルドはうんうんと頷きつつもどこか合点のいかない表情をしていて、むっと尖った唇は引っ込まない。
何がそんなに納得いかないんだ、と逆にダルニスの方から尋ねれば、きゅっと唇を噛んで俯いたアルドが、「だって大人は、みんなずっと働いてて忙しいからって」と呟く。
アルドはちょっと、と言ったけれどこの様子だと、あちらこちらから随分とあれこれ吹き込まれたらしい。もしかしたら酒場で、酔っ払いの悪ふざけに捕まってしまったのかもしれない。
仕方ないな、と出かかったため息を喉奥で噛み殺したダルニスは、少し説明の方向性を変える。

「マスターは昼間からよく釣りに行ってるし、他のやつらだってずっと働いてる訳じゃないだろう」
「あれ、そういえば」
「そりゃあ、四六時中遊び回るのは無理だけどな。それは今までだってそうだっただろう?」
「うん、ほんとだ……」

ダルニスが今までとさして変わりない生活を送っていると告げてもなかなか納得しなかったけれど、目に見える具体的な実例を挙げてゆけばようやく吹き込まれた思い込みの鎖が解けたのか、ぱちぱちと瞬きをしたアルドが、きょとりとしたあと、ぱあっと瞳を輝かせる。
王都に比べればのんびりと暮らす村人達が多いバルオキーで、四六時中あくせくと働いているやつの方が珍しい。働く時はしっかりと働くけれど、終わればきちんと休んでもいる。
酒場のマスターから始まって、一人、また一人と村人達の名前を挙げてゆけば、アルドの瞳に宿った理解の色が濃くなってゆく。
そうして最後、村長の事にも触れれば、「そういえばじいちゃんも、用事がない時は昼間から本読んだり杖の手入れしたりしてる。一緒に遊んでくれる!」と嬉しそうに同意して、大きくぶんぶんと首を盾に振った。

「じゃあ、じゃあ、ダルニス、オレと遊んでも平気? 忙しくない? ……オレのこと、邪魔じゃない?」
「当たり前だろう」

そのまま、勢い込んで連ねられたアルドの言葉は、最後だけ窄んで自信なさげに揺れて震えていた。
けれど不安に浸る猶予も与えぬまま、ダルニスが食い気味に当然と頷けばようやく、アルドが差した影を振り切って晴れやかに笑った。

「……そうだな、もう森の見回りは終わった。村で使う薪は十分に集めてあるし、王都に持っていく毛皮も足りている。木の実はこれ以上はいらないだろう。他の頼まれごとも特にない。うん、夜までやる事がなくて暇だな、どうするかな……アルド、お前は?」
「……うん、オレも。これ以外に頼まれてることはない。夜まで、ずっと、暇だよ」

少しだけ勿体ぶって、遠回しに。
この後の予定を打診すれば、ふにゃりと目元を緩めたアルドが真似をしたから、ダルニスもつられてくすりと笑う。

「それで、何をする? 訓練でも釣りでも遊技盤でもいいぞ。最近どれもやってなかったからな」
「ううう、オレが悪かったってば」

殊更責め立てるつもりではなかったけれど、多少は鬱憤も滲んでいたのかもしれない。ひゅんと首を竦めて気まずげに呻いたアルドの情けない声で、ダルニスの浮かべた笑みはますます深くなった。
木登り、隠れ鬼、水切り。
連ねてゆく遊びの名前をわざと、随分と幼い頃に遊んだきり久しくしていないものに絞ってみれば、そんなに子供じゃないぞとぷくりと頬を膨らせて、けれど満更でもなさそうな顔で一つ一つ繰り返し呟いて、どれにしようかとうんうんとアルドが考え込む。
そうしてひとしきり悩んだあと、ちらちらとダルニスを見ては俯き言いにくそうに口を噤むアルドをそっと促してやれば、おそるおそると口を開いた。

「なんでもいい?」
「ああ、構わないぞ」
「本当に、なんでも? 絶対?」
「構わないって言ってるだろ。何がしたいんだ?」
「じゃあ……だっこ」

しつこく何度も念を押すアルドに、辛抱強く肯定を返してやればようやく、小さな声で望みが呟かれる。
それはダルニスが提案したどれでもなく、まさか予想もしてなかった言葉が飛び出してきたから、思わずぽかんとしてしまった。

まだアルドが随分と小さい頃。
時々それをねだられる事はあった。
フィーネの前だと頼れる兄でいたがるアルドは、べたべたと村長に甘えることはあまりしない方で、どちらかといえばフィーネを抱き上げてやったり村長の膝に座らせてやって、満足そうに見ている事が多かった。だけどたまに親に肩車をされるメイや抱き上げられるノマルのことを、羨ましそうな目で見ていることも一緒に過ごす事の多いダルニスはきちんと知っていた。
そういう時、アルドの手を引いてフィーネやメイたちの目の届かない所まで連れて行って、ダルニスが代わりにだっこをしてやる。
二つ違いとはいえ、体格にそこまで大きな違いはなく抱えるのは少々難しい。けれど伸ばした膝の上に乗せて抱き込んでやれば、それだけのことでひどく嬉しそうに笑ったアルドはそのうち、ダルニスが手を引いてやらなくても自分からだっことねだって手を伸ばすようになった。

アルドとダルニス、二人だけの秘密の習慣。
アルドが十を越えた頃から徐々に頻度は減ってゆき、今ではすっかりと絶えて久しい合図の言葉を、今のアルドから聞くとは思っていなかったダルニスは、咄嗟に反応できず無言の沈黙を晒してしまう。

「こ、子供っぽいのは分かってるけどさ! ……ダルニスがいないの、すごく寂しくて。ちょっと、だけ、でいいから」

ダルニスの沈黙をどう捉えたか、あわあわとしどろもどろに言い訳を連ねるアルドの頬はどんどん赤くなってゆく。終いにはくしゃりと顔を歪めて泣きそうになったので、慌てたダルニスはよくやく行動に出た。

「ほら、おいで」

木の根元に腰を下ろして幹に凭れかかり、胡座をかいた足の間をぽんぽんと叩いて示せば、くるり、今にも泣きだしそうに歪められた唇の弧があっという間に反転して、笑みの形に変わる。そしてへにゃりと嬉しげに頬を緩ませたアルドが、勢いをつけて飛び込んできた。
どすり、衝撃と共に膝の間に収まったアルドは、しばらくもぞもぞと体勢を変えてるうち、ダルニスの胸元に頭を預けて凭れ膝を投げ出す格好になると満足そうにふすふすと鼻を鳴らした。

ダルニス、あのな、オレ、オレ。

そうしてダルニスに後ろから抱えられる形で収まったアルドが、堰を切ったように話し出したのは、ダルニスから距離を取っていた間のこと。
寂しくて、つまんなくて、すごく悲しかったと一生懸命に語るアルドに相槌を打つうちに、凝り固まった屈託がさらさらと解けてゆく。
誰もいない隣に向けて何度もダルニスの名前を呼んでしまって、余計に寂しくなったとの言葉に、オレも同じだったと囁けば、へへへと照れくさげに笑ったアルドが後頭部をぐりぐりとダルニスの胸元に擦り付ける。
今日はじいちゃんに頼まれた仕事だからダルニスと一緒にいても大丈夫だと思ったんだ、と続いた話でようやく、あれほどアルドが浮かれていた理由が分かり、ほかほかと胸が暖かくなってゆく。

すりすりとアルドが頭を押し付けるたび、鼻をくすぐるくせっ毛がむず痒かったけれど、払う代わりにぐっとつむじに鼻を押し付ければ、草と土の匂いに混じってアルドの匂いがした。ふとした瞬間ふわりと漂うそれは、いつだってダルニスの近くにあって、だけどしばらく足りていなかったもの。
すうっと息を吸って鼻の奥、口の中、慣れた匂いでいっぱいになればやっと、日常が帰ってきた気がしてふっと力が抜ける。
取り戻した当たり前を手の中に実感してようやく心の底からの安堵を覚えたダルニスは、しみじみと呟いた。

「やっぱり、お前が隣にいないと駄目みたいだ。落ち着かない」
「うん、うん、オレもだよ! ダルニスが一緒じゃないの、なんか変な感じで嫌だった」

幼馴染を相手にするにしては、少々行き過ぎている自覚はあった。触れた体温が違和感なくぴたりと馴染みすぎていて、何がとはっきり言葉には出来ないけれどなんとなく、危うい気もしていた。
けれど膝の上、振り返ったアルドがきらきらと笑うから、あっさりと危機感を投げ捨てて、別にこのままでもいいかとダルニスも笑う。
それでな、ダルニス。
尽きぬ話を続けるアルドの声が身体を震わせるのが心地よく、目を瞑って染み入る音の振動に身を浸す。

明日、来年、五年後、十年後、ずっとずっとその先まで。
アルドはダルニスの隣にいて、ダルニスはアルドの隣にいる。
もしもまた距離が開いたなら、なりふり構わずに追いかけてやろう。
だってアルドが隣にいるのが当たり前で、そこにいないと落ち着かなくて、いつだってぴょんと跳ねたくせっ毛を視界の中に探してしまうから。息をするたび馴染んだ匂いが見つからなければひやりと心が冷えて、笑い声が耳をくすぐるだけでふっと肩の力が抜けてしまうから。
剣を掲げて真っ直ぐに駆けてくアルドの後ろ、迫る災厄を撃ち落とすのはずっと、変わらずダルニスの役目だから。
誰にも譲ってやる気なんてないのだから。

閉じた瞼の裏、そこには。
目尻に皺を刻んだアルドと、白髪の混じったダルニス。
二人、並んで笑い合ういつかの未来の姿が、鮮やかに描き出されていた。