※ショタダルアル(13歳と11歳くらい)の話
どっちもどっち
「どうしたんだアルド、さっきから黙り込んだりして」
オレは怒っているんだぞと主張するように、分かりやすく唇を突き出してぷくりと頬を膨らませたアルドを前に、ダルニスは素知らぬふりで沈黙の理由を尋ねる。
普段は温厚なアルドだけれど、怒る時は怒るし拗ねる時は拗ねる。そしてそれを隠して誤魔化すのではなくあからさまに前面に出している時は、気づかなくても気づきすぎてもますます拗ねてしまうから、少しばかり取り扱いに注意が必要で程度を見極めて構ってやらなきゃいけないのだと、幼い頃から長い付き合いのダルニスはよく知っていた。
まさしく言葉通りの膨れっ面、子供っぽいからもうやめると少し前に宣言したばかりのそれを、ダルニスの前でしてみせるのは宣言以来これで既に三度目。拗ねたアルドは結構面倒くさいけれど、妹のフィーネ、年下のメイやノマルの前では頑張って兄らしく、年上らしくしようと自重している事も知っている。自分の前では少しだけそれが崩れて子供っぽさが顔を出すのは、アルドが年上の幼馴染のダルニスだけにみせる特別なもの。
だから面倒だなと思いはしても、嫌だとは露ほども思ってはいない。
アルドが拗ねている原因には、おおよその心当たりはあった。
村の警備隊の幾人かが用事で出てくる時に、一緒に連れてきてもらったユニガンの街。大人たちが用を済ませる間、適当に遊んでいろと放り込まれた市を見て回っている最中、街の少女たちにダルニスが捕まってしまったせいだと思う。
己の見目がどうやら異性には受けがいいらしいと自覚したのは、大人たちについてユニガンへと出かけるようになってからだ。大通りを歩いてるだけでちらちらと視線を感じる事があって、それだけなら気のせいとも思えたのにわざわざ声をかけられる事も少なくない。
バルオキーの村の少女たちは皆、姉や妹なようなもので、彼女たちもダルニスの事を同じく兄か弟のようにしか思ってはいないだろう。だからこそ、ユニガンの街の少女たち、頬を赤く染めたりくすくす楽しげに笑ったりしながら話しかけてきて、時に大胆にも腕を絡めたりぴとりと体を密着させようとしてくる彼女らの態度や行動は全くの未知のもので、最初は随分と戸惑って警戒したものだった。
一緒に来た大人たちに見つかってしまえば面白そうにからかわれて、歳の近いやつには面白くなさそうな顔をされる事も分かっている。お前とアルドを二人にしておくと時々手に負えないことを仕出かすからな、とユニガンまで出てくる時はダルニスより三つ上の男と一緒に連れてこられることが多くって、彼はダルニスが街の少女に囲まれる現場を見れば顔を歪めてケッとこれみよがしに吐き捨てる。少女たちに捕まるのはちっとも嬉しくも楽しくもないことで、気が重くて仕方ないから出来れば変わって欲しいくらいだったけれど、彼はそんなダルニスを見るといつも、ちょっと顔がいいからっていい気になりやがって、と不貞腐れてしまう。普段は割合気のいい男なのだが、異性が絡むとちょっぴり刺々しくて攻撃的になる。そんな彼もまた、同行した大人たちからはニヤニヤとからかわれているのだけれど。
「だって、さっきの子達、ダルニスの顔がかっこいいって……」
そして心当たりは的外れではなかったらしく、ダルニスは意外な気持ちでアルドの言葉を受けとめた。
確かに三つ上のやつには嫉妬じみた気持ちを向けられるからもしかしてとちらりと思いはしたけれど、まさか本当にアルドまでそんな反応をするとは思わなかった。
だって、アルドだ。人が褒められていれば褒められた当人より嬉しそうな顔でそうだろそうだろと大きく頷いて胸を張り、一緒になって褒め始めるようなやつだ。ムキになってダルニスと張り合うこともしょっちゅうだけれど、仮に負けても後腐れもなく不貞腐れる事もなく、あーあ負けちゃった、とからからと笑う。ダルニスが隣でずっと見てきたアルドは、そういうやつだった筈なのに。
最近は前よりも落ち着いて、村人たち曰く随分とイイコにしているというアルド、だからこそそろそろダルニスと二人でも大丈夫だろうと、初めて揃って連れてこられたユニガンの街。市の開かれている広場の脇、大きな木の下に避難してむすりとしたアルドと並んで石の階段に腰掛け、その表情を覗き込んでいたダルニスは、少しだけ寂しい気持ちになっていた。
これが所謂お年頃ってやつなのだろうか。思いがけない反応をしてみせたアルドが急に異性を意識するようになってしまったように見えて、散々自分をからかっていた大人たちを真似てアルドをからかってやりたい気持ちもなくはないけれど、やっぱりどうしたって寂しい気持ちは誤魔化せない。知らないうちに幼馴染がちょっぴり大人になってしまったようで、それでもしも自分に嫌な顔を向けるようになったらどうしよう、考えると心臓がきゅっと縮んで痛くなる。ダルニスは少女たちに囲まれるよりアルドと一緒に遊んでいた方がまだまだ楽しいのに、アルドはそうでなくなってしまったのだろうか。膨れる頬を見つめるうち、胸の中にじわじわと不安が広がってゆく。
けれど。
「だって……ダルニスは顔だけじゃなくって、もっといっぱい全部、すごくてかっこいいのに!」
「……へ?」
だって、ともう一度尖らせた唇のまま呟いたアルドが、キリッと眉毛を吊り上げて連ねた言葉は、抱いた不安とは正反対のもの。一瞬で予測を丸ごとひっくり返されて、思わずダルニスは間の抜けた声を上げてしまう。
「優しいし、頭だっていいし、弓だって剣だって凄いし、なんでも知ってるし、チビたちの面倒見るのだって上手いし、優しいし、薬草取りだってすごいし、オレが危ない時は絶対助けてくれるし、頼りになるし、みんなに好かれてるし、優しいし、隠れんぼも強いし、ほら、すごくてかっこいい!」
「あ、アルド……分かったから」
堰を切ったように喋り始めたアルドは、知らないどころかあまりにもダルニスのよく知るアルドのまんますぎた。まだ口調には不満が滲んでいるのに、語気も荒く吐き出されるのはダルニスのすごくてかっこいいところ、だとアルドが思っているところ。一度も詰まることなる考え込むことも無く、すらすらと挙げられてゆくそれを聞かされるのは、いくらアルドのいかにもアルドらしい言動に慣れたダルニスといえど、照れてしまう。
しかも、だ。何度も繰り返される同じものがたとえば、隠れんぼが強い、だったなら何回言うんだと照れ隠しに笑うことも出来たのに、それがよりにもよって、優しい、だなんてものだから、指摘することすら気恥ずかしい。
「料理だって出来るし、火をおこすのもうまいし、歌も笛も踊りも上手だし、優しいし、釣りだって得意だし、魔物にも詳しいし、走るのも速いし、木登りだってうまいし、優しいし、口笛も吹けるし、毛皮をなめすのも得意だし、虫取りだって」
「アルド! ……もう十分分かったから、それくらいにしてくれ……」
「えええぇ……、まだまだいっぱいあるのに」
せめてアルドが笑っていれば良かった。ダルニスが照れているのを分かった上で、からかい混じりに並べていっているのならまだ茶化しようがあったのに。ひどく真剣な顔つきで自身の手を見つめ、親指から小指まで順に折って、また開いてを繰り返しながら、ダルニスのいいところを連ねてゆくのだからたまったもんじゃない。
あんなに唇を尖らせて頬を膨らませて拗ねていたのは、ダルニスだけが見知らぬ少女たちに褒められたからじゃなくって、ダルニスの顔だけを褒められたのが不満だったから。なんだそれ、反則だろう。あんまりに真っ直ぐな好意を言葉にして伝えてくる幼馴染に、とうとうダルニスは音をあげて強めにアルドの名を呼び、強引に中断させる。触って確かめなくても分かるほどに、頬が熱くてたまらない。
横槍を入れられたアルドは不満そうな声をあげて、名残惜しげに指を折ってまた開く。口には出さないまま、まだまだいっぱいのうちのいくつかを追加したらしい。
「ダメだ、数えきれないや」
それくらいにしろって言っただろ、と手を伸ばしてぴこぴこと動く指を止めようとすれば、その前にアルドがひらひらと両手を振って、ようやく俯けた視線を上げてダルニスを見てニカッと笑う。長らく自分の手だけを見つめていたアルドは、そこで初めてダルニスの赤い顔に気づいたらしい。
「何でダルニス、照れてるんだよ」
「……お前が恥ずかしい事ばっかり言うからだろ」
「恥ずかしい事なんて言ってない。本当の事しか言ってないよ」
きょとんとした幼馴染の疑問に苦々しさを含んだ声で答えてやっても、腑に落ちない顔をしている。それどころか、だってさ、とまた指を折って何かを言おうとする雰囲気を察したから、今度こそダルニスはその手に自身の手を重ねて、指が何かを数えようとするのを阻止する事に成功した。幼馴染の言動に慣れているとはいえ、さすがにこれ以上は心臓に悪い。
しばらくは手のひらの中、抵抗するようにぐいぐいと指を動かそうとしていたアルドだったけれど、ダルニスが諦める素振りが無いことを理解したらしい。ちぇ、と残念そうに唇を軽く尖らせて、ようやく大人しくなる。けれどまだまだ油断は出来ない。念には念を入れて、握った手はそのままにしておく。
動きを封じられてつまらなそうな顔で黙りこくっていたアルドは、けれど僅かの間も大人しいままではいてくれなかった。すぐさま何かを思いついたようにぱっと瞳を輝かせて、乗り出した体、ぐっと顔を近づけて至近距離でダルニスの顔を覗き込む。
「ダルニスのお嫁さんになるなら、オレと同じくらいダルニスのかっこよくてすごいと言える子じゃなきゃ嫌だからな! あっ、あとオレと同じくらいダルニスのこと好きじゃなくっちゃ! 約束!」
全く、本当にこいつはタチが悪い。ダルニスは深々とため息をついた。キラキラと輝く瞳はいかにもいいことを言ったと言わんばかりで、一方的で無茶苦茶な約束をダルニスが受け入れないなんてこれっぽっちも思っていない。
けれど呆れたようにため息をつくダルニスもまた、これっぽっちも自覚していない。
(そんなの、アルドがオレの嫁に来るしかないだろう)
改めて言葉にされて挙げ連ねられれば照れてしまうくせに、アルドの言葉を聞いた途端、ぱっと頭に浮かんだ思考にちっとも違和感を覚えないくらいには、アルドから好かれていることを理解していて、当たり前のようにそれ以上がいる訳がないと思っていることも。
もしもアルドにお嫁さんが出来るとしたら、多分、自分もそっくりそのまま同じ条件を突きつけるだろうことも、それに見合う条件を探せば自分がアルドの嫁になるしかないと思っていることも。
当たり前に馴染みすぎていて、否定する余地すら介入しないし、自分では思いつくことも出来ない。
もしもここに二人の年上の幼馴染のお姉さん、アシュティアがいれば「アルドもダルニスも、昔っからそういうところ……本当にどっちもどっちよねぇ……」と生温かな笑みと共に率直な感想を告げてくれただろうけれど、生憎と今ここにやんわりと、しかし遠慮なく突っ込んでくれる彼女の存在はない。
ちっとも自覚はないくせして、お互いへ向ける好意も向けられた好意も当然のものとして受け止めている二人。
大人たちとの待ち合わせの時間まで、握った手はそのまんま。すっかりと機嫌を直したアルドはにこにこと笑っていて、呆れ混じりのため息を吐き出すダルニスもまた、満更でもない顔で微笑んでいた。