おっさんを見守る会


手にした携帯端末の画面をおそるおそる、人差し指でぽちんぽちんとタップして、ぎこちないスワイプで画面を切り替えては目を白黒させるアルドの姿を、はらはらと見つめていたセヴェンの横。一通りやり方は教えたもののつい、アルドが操作を覚える前に横から手を出しそうになってしまうから、少し離れた場所から
見守ることにしたセヴェンの隣。
いつの間にか傍に寄ってきてひょいと顔を出したフォランに、視線だけで何をしているのか問われ、同じように視線だけで端末相手に苦戦するアルドを指した。すると驚いたように目を丸くしたフォランが、止めるまもなくアルドの近くへと駆け寄ったかと思うと、その手元を見つめて歓声をあげた。

「これ、KMS社の最新のヤツじゃん! それも限定モデルの方! すっごい、本物初めてみた!」
「限定もでる……?」
「そ! 数が絞られててなかなか手に入らないんだよー! レアだよレア! なんでアルドが持ってんの?」
「ロベーラがくれたんだ。仕事でもらったけど使わないからって」

フォランの言葉にようやくセヴェンも、それが最近巷で随分と話題になっているものだと気がついた。なんでもKMS社が開発した最先端の技術が詰め込まれているらしく、合成人間のレーザーに焼かれても壊れないシロモノらしい。
ただしその他にもここぞとばかりにあれやこれや技術の結晶を詰め込んだ弊害で大量生産が難しく、ほとんど流通はしていない。元々持ち運びの端末としては有り得ない定価で売り出されたのが、ネットのオークションに流れて目玉の飛び出るような値段になっているらしいと噂になっていた。

「へえ、ロベーラっていろんなとこにツテありそうだもんね。すごーい」

フォランもセヴェンも、その時はアルドの言葉を頭から信じて素直に感心した。いかにも表沙汰に出来ない裏の仕事をしてそうなロベーラなら、話題の希少品を偶然知り合いから手に入れる機会もありそうな気がしたから、あるところにはあるんだなと納得した。
そわそわと落ち着かないフォランに便乗して端末をしばらく弄らせてもらい、既存品と目立った違いはなかったけれど、レスポンスの速さや無駄なストレージ容量に地味に感心するだけでその日は終わった。



あれ? これ、ちょっとおかしくね? と思ったのは次の機会で。
いつもの服とは違い珍しくスーツを着たまま次元戦艦に戻ってきたアルドを見つけたのは、セヴェンとフォラン、そしてシュゼット。
すごく似合うときゃっきゃと騒ぐ女子二人の興奮に、気圧されたようにしばし写真を撮られるがままになっていたアルドに、どうしてそんな格好を? と尋ねれば、その口から飛び出てきた名前はまたしても。

「こないだロベーラと一緒に作ってもらったんだ。仕事に付き合うならこういう服が必要だからって」
「えっ? 作ったの?! まさかオーダーメイド?!」
「おーだー? よくわかんないけど、服は作るもんだろ?」
「いやいやいや、普通は買うもんだし」
「買う? ああ、布を?」
「違いますわ、服を買うんです。布じゃなくてちゃんと仕立てられてる服」
「そうなのか、未来は便利だなあ。街に専門の職人がいるのもすごいよな。オレたちの時代は、そういう職人はみんな王家や貴族のお抱えだったから」

だからオレたちの村じゃ全部自分たちで作ってたよ、と事も無げに言って笑うアルドの言葉に一同は、アルドとの間に横たわる深いジェネレーションギャップと、何気なく彼が発した言葉に揃って戦慄いた。
アルドのいる時代と違ってこの時代では、服は工場で大量生産が基本で、一人一人の体型に合わせたオーダーメイドを発注しても作るのは大抵機械や合成人間である。知らないアルドはすごいなと感心する程度であるけれど、人の手によるフルオーダーなんて、この時代では最高級品と同意義だ。
遠慮なしにべたべたとアルドのスーツを触っていた二人は慌ててばっと手を離して距離をとり、セヴェンもなんとなしに半歩後退する。言われてみれば心做しか、生地の表面がいかにも高そうな光沢を放っているように見えてくるから現金なものだ。

「あ、アルドが買ったの?」
「いや、払うって言ったんだけど経費で落ちるからってロベーラが」
「き、着心地はいかほどですの……?」
「ちょっとチクチクするけど案外動きやすいぞ。剣を振るのも問題なかったし」

急に及び腰になった三人に不思議そうに首を傾げていたアルドへと、フォランとシュゼットがおずおずと交互に質問をすれば、躊躇いもなくすぐさま答えが返ってくる。その答えの内容にセヴェンたち三人はひぇっと悲鳴をあげて、たまらず顔を突き合わせてひそひそと囁き交わした。

「チクチク……最高級品がチクチク……しかもあれで剣振るのやばくない?」
「そういやアルドたちの服って全部天然素材だもんな……合成素材は苦手なのかも」
「しかも自分たちで手作り、ある意味フルオーダー……ここで売ってたらゼロがいくつつくか分かりませんわよ……」
「うっわ、昔ってすごい」
「ロベーラもすごいな、ってか経費で落ちるって絶対嘘だろ……」
「……オーダーメイドですものね、無理がありますわ」

もしかして貴族階級ややたらと注文の多い金持ちが依頼人ならそういうこともあるのかもと一瞬考えたけれど、さりげなくアルドに聞いてみれば依頼主の素性はよく分からないまま、既にそのスーツで思いきり剣を振るい合成人間と戦ったという。
その話でセヴェンは確信した。絶対に依頼とは無関係のロベーラの個人的な趣味だと。
セヴェンたちの反応をしばらく訝しがっていたアルドは、途中ではっと気づいたように「動きにくいから着替えてくるな」と言い残して次元戦艦の中、割り当てられた個室に向かう。その背中を控えめに見送りながら、潜めた声のままセヴェンたちは話を続ける。

「ね、もしかしてこないだのもさ、ロベーラのポケットマネーだったりして」
「有り得るな」
「なになに、なんですの」

ちらり、視線を交わしたセヴェンとフォランの考えることは同じだったらしい。アルドの持っていた限定モデルの端末も、貰い物なんかじゃなくてロベーラがわざわざ購入してアルドに贈ったものだったんじゃないだろうか。
二人の想像をシュゼットにも話してやれば、難しい顔をして「有り得ますわね」と追従して更なる爆弾を落とす。

「そういえば、気づきまして? あのスーツの裏地と、ポケットチーフの色」

黒と緑、差し色に赤。ロベーラの装甲と同じ配色でしたの。

まるで重大な秘密であるかのようにひそりと呟かれた事実に、セヴェンとフォランどちらからか、「完全にクロだ……」との囁きが漏れて三人の間に揺らめいた。



二度ある事は三度あって、三度あることは四度も五度も十度もある。
それからもセヴェンは、ロベーラの仕事に付き合って次元戦艦に帰ってきたアルドに出くわすたび、アクセサリーやら小物やら服やら、色んな所にロベーラの色が滲んでいるのを発見してしまう羽目になっている。
いやらしいのは、どの贈り物にもがっつりと金をかけているくせして、ロベーラと同じ時代に生きるセヴェンたちしかその価値が分からないものが多いところ。アルドたちの時代にはその辺にゴロゴロ転がっている石である宝石、一見したらただの鉄の塊にしか見えない合成金属の装飾品、最先端の技術が詰め込まれたVR没入装置に頻繁に更新される携帯端末。色味は圧倒的に黒と緑と少しの赤の配色が多い。
さすがにアルドだって、やたらと高価なものを贈り続けられれば貰う理由がないと慌てて固辞するだろけれど、アルドの価値観で測れないものを、大したもんじゃない、仕事に必要だと言いくるめられれば、そういうものかと信じて受け取ってしまっている。明らかに仕事と関係なさそうな指輪や腕輪の類も、通信機が埋め込まれているだの妨害電波が云々とそれらしい事をまくし立てられれば、分からないけどロベーラが言うならと素直に受け取って身につけている。

最初のうちはそれとなくアルドに気づかせて穏便に収める手を、セヴェンとフォランにシュゼット、ついでに二人と同じようにたまたま現場に居合わせたマイティやジェイド、イスカにルイナ、シエルにエリナも加わって、探っていた。
だって明らかに下心が滲みまくっている。心情としては完全にアルドの側に寄っているセヴェンとしては、見過ごせるものではない。
けれどなかなかうまくはいかなかった。
ロベーラの贈り物のうちいくつかは本当に仕事に必要なもので、仕事の内容も放っておけば間接的にエルジオンや他の都市に住む人々に不利益をもたらしそうなものが多かったから、絶対に手伝うなとも言いにくい。

そうしてやきもきと二人を見守っているうち、セヴェンの心情にも徐々に変化が生じてきた。
端的に言えば、ロベーラに肩入れし始めてしまったのだ。
随分と年下の相手にせっせと高価な贈り物を続けて、見ている方はそこに潜んだあからさますぎる意図にも偏った配色の意味にも気づいているのに、当のアルド本人だけがちっとも気づいていない。
仕事に必要だから、と言われたらそうかとあっさりと頷いて受け取って、仕事先でもらったものでいらないから、と言い訳を加えれば多少遠慮はするも、大したものじゃないという言葉を信じてやっぱり受け取ってしまう。
それでロベーラが満足そうにしていれば、セヴェンだって肩入れするどころか反発したに違いない。
けれどこの不器用な大人は、言葉を尽くしてそれが何の意図も含んでいないものだと言い含めてアルドに渡すくせして、アルドが何の疑いもなく信じてしまうとアルドの見えないところで落ち込んだ空気を出す。気付かれないように細工をしていやらしいくらい気を回しているくせに、いざ気付かれないとしょんぼりと肩を丸める。
そうしてまた懲りもせず、高価な贈り物を控えめな嘘でくるんで気付かれないよう差し出すのだ。まるで僅かな一縷の望みにかけるかのように。

何もかも全てを言葉通りに受け入れて、潜んでいるであろう思惑をまるっとスルーされ続け、あとでひっそりと肩を落とすロベーラを厳しい目で見続けるのは難しかった。
それなりに目の肥えたエリナとシエル、イスカが話し合っていたことによれば、貢物の総額はざっと見積もってもKMS社製のアンドロイド一体分以上。それだけ貢がれてもアルドは何も気づかない。
一度大量のタラヴァかまぼこを貢がれた時はさすがにアルドも気づくかと思われたけれど、「仕事先で貰った」というロベーラの言い分をまるっと信じて、「仕事先の人にいつもありがとうって伝えといてくれ」と満面の笑顔でおそらくは存在しないであろう相手への伝言を頼んでいたらしい。
一部始終をこっそりと物陰から見守っていたフォランから逐一実況報告と『あーもう焦れったい! おっさんしっかりして!』とのメッセージがグループチャットにずらずらと並んでいた。

そう、黙々と貢いではスルーされ続けるロベーラの姿に絆されたのは、セヴェンだけではなかった。その贈り物の価値に気づいたメンバーはみんな、大なり小なりアルドの側から転身してロベーラの側に立ち始めていた。
だって本当に焦れったい。気づけばドン引きするレベルで貢いでいるのに当の本人にはちっとも気づかれなくて、多少は恩着せがましく下心をにじませれば良いものを、いつだってアルドが負担に思わないよう素っ気なく突き出して、あとで一人で落ち込んでいる。一言好意を伝えれば、受け入れる受け入れないは別にしてアルドだって考えてくれるだろうに、ただひたすら貢ぎ続けるだけ。『おっさん不器用すぎ』とのフォランの言葉には、全くだと全員で頷いた。



「おっさんだろ」
「すごいな、何で分かったんだ?」
「……だってなあ」

最早セヴェンたちの間でロベーラはおっさん呼ばわりが定着していた。あまりにも長々とヘタレていたせいである。
今日もアルドの腕には、一見すればシンプルなデザインの、けれどセヴェンたちの時代では高級ブランドとして有名な店の時計が嵌っている。ベルトは黒、差し色に僅かの緑と赤。
話を聞くより先に贈り主を言い当てたセヴェンに、アルドは驚いたように目を丸くしていたけれど、逆に何で気づかないのかと問い返したい。
時代が違うせいでその価値には気づかないものの、アルドたちやもっと昔に生きる仲間たちも、その色で贈り主と潜む意図に気づき始めているというのに、当の本人は呑気なものだ。

(またおっさん、どっかで肩落としてんのかなあ)

アルドが悪いわけじゃない。はっきり伝えないロベーラが悪い。
けれど何度か見かけた哀愁漂う背中を思い出したセヴェンは、何とかならないもんかなと、アルドに気づかれないようひっそりとため息をついた。



もう永遠にこのまま、ロベーラが貢ぎ続ける日々が続くのではと思い始めた頃。見守るメンバーにも諦めが漂い始めた時分。

「あれ、今日のアルド、珍しいもん着てんな」
「えっ、あっ、う……へ、変かな?」
「いいい、いや、変じゃないけど、それ……」
「あ、あははは……ふ、服が、濡れて!」

ロベーラの仕事に付き合って帰ってきたはずのアルドが、いつもと違う格好をしていた。それ自体は珍しくないけれど、格好が珍しい。
高級なスーツでも、誂えられた真っ白なシャツでもない。どこのブランドでもなさそうな洗いざらしてくたびれたスエットは、裾が太ももの半分あたりまであって、アルドにはサイズが随分と大きかった。
初めは純粋に疑問に思って尋ねたセヴェンだったけれど、さっと頬を赤らめて視線を泳がせ、わかりやすくどもり始めたアルドにはっとする。

そういえばこのサイズ、体格的にロベーラに丁度いいんじゃないか。おっさんの私服なんて見たことはないけれど、いかにもおっさんに似合いそうなおっさんらしいデザインだ。
それをアルドが着てて、そこにツッコまれたら動揺して、照れてるってことはつまり。

ぱちぱちと頭の中、パズルのピースをはめてゆくように点と線を繋げたセヴェンは、アルドにつられて頬を赤くしながら話を聞く。

「うん、その、ロベーラが貸してくれたんだ。ふ、服が、乾くまでって」
「そ、そうか……」

嘘だ。
だってセヴェンたちの時代の乾燥機なら、五分もあれば濡れた服もカラカラに乾いてしまう。
仮に誤魔化しでなくアルドが本当にそれを信じているとして、ロベーラが服を貸す理由にはならないと知っている。
こっそりと観察したいつもより開いた首回り、怪しげな痕はついてなかったけれど恥ずかしげに狼狽えるアルドの反応からして、何かしら進展があったのは確実だった。
おっさん良かったな、と祝福する気持ちが半分。
身内、それも兄ような存在の恋愛事情を否が応でも察してしまった気まずさが半分。
互いにぎくしゃくと頷きあって、素知らぬふりを貫き通し、始終居心地が悪そうだったアルドが足早に去る背中が見えなくなってしばらく。
ふう、と大きく息を吐き出して、尻のポケットから端末を取り出したセヴェンは、仲間内のグループチャットに向けて凄まじい勢いでメッセージを打ち込みはじめた。

『今日のアルドのカッコ、ツッコむのダメ絶対。藪からおっさん』

反応は少しも経たずして。

『察した』
『おっさんまじで? まじでおっさんが? あのヘタレが?』
『あっぶなもう少しで聞くとこだったー!』
『急展開! どうしてそうなったし』
『藪からおっさん(※全裸)』
『まって全裸やめて』

ぴこんぴこんと次々と飛び込んでくる言葉であっという間に画面がスクロールしてゆき、まるで画面の向こうから叫び声が聞こえそうなくらいにざわついたグループの反応はやがて、祝福へと変わってゆく。

『でも、ま、良かったねおっさん』
『おめでとーおじさん』
『ようやくかおっさん』
『頑張ってたから、おじさん』
『長かったね、おじさん』
『ほんとだよー、おじさま』
『焦れったかったですわ、おじさま』
『いっぱい貢いでたもんね、おじさん』

まるで示し合わせたように、文末におっさんおじさんと連なってゆくメッセージを見守ってにやりと笑ったセヴェンは、素早く親指を動かして送信ボタンをタップした。

『※全裸』
『全裸はやめて!』