星空の記憶


抱き合う時に灯りをすっかり落としてしまうのは、初めは気恥ずかしさからだったけれど、今は少しだけ理由が違っている。

暗がりのなか、きらりと光るアルドの瞳に真正面から見つめられるのが好きだから。その瞳で射竦められて、文字通りギラギラと光る眼差しに縫い付けられるとたまらない気持ちになってしまうから。

一番最初、それを見た時は驚いた。だって人の目はそんな風に闇の中で光るようには出来ていないはずで、月明かりの夜の下、仕事が終わった帰り道、時々きらりと光る二つの丸が見えれば、それは大抵猫のものだと相場が決まっている。
それに、マイティの暮らす時代より余程闇の深いアルドたちの時代や、それよりももっと遡った時代において、日が落ちる前に街に辿り着けず手にした松明遠くに見える街明かりを頼りに歩く時や、宿の部屋を照らす蝋燭を吹き消した後にやってくる密度の濃い闇の中、アルドの瞳がそんな風に光っているのを見た事がない。

それが光るのは、決まって二人で過ごす夜、肌と肌を重ねて抱き合う最中、荒い息が絡み合う合間を縫うように。

最初からそれに全く警戒をしなかったと言えば嘘になる。
確かあれは、何度目の夜だったか。互いに手探りのまま回数を重ねるうち徐々にぎこちなさが抜けてゆき、行為そのものに慣れ始めた頃合だったと思う。

脱がせあった服を脇に蹴飛ばして縺れ込むように倒れ込んだベッドの上、窓から差し込む月明かりだけを頼りに互いの体に触れ合って、何度もキスを繰り返すうちに徐々に息が上がってゆく。
マイティだってそれなりに鍛えている方だとは思うけれど、アルドに比べれば持久力はない。仰向けに寝転がったマイティの上、脇に手をついて覆いかぶさったアルドから降ってくるキスの雨は絶え間がなく、ろくに息継ぎをする隙間すらなくって、ついにはひゅうと喉を鳴らして必死で息を吸い込みながら、手のひらでそっとアルドの唇を塞いでしばしのインターバルを要求した、その時だった。

きらり、一度目は見間違いかと瞬きをして、ぎらり、二度目は反射的に夢魔の気配を探っていた。けれど部屋の中にマイティとアルド以外の気配はなく、アルドにおかしなものが入り込んだ気配もない。
不可思議な現象にマイティが困惑していれば、また、アルドの瞳が光った。淡い薄緑と金が混じった光を放ちながら、上擦ったアルドの声が、マイティの名前を呼ぶ。
いつもの、仲間としてのマイティを呼ぶ時とは違う、二人きりで恋人の顔をして優しく名を紡ぐ時とも違う。
苦しげで、熱っぽくて、湿っていて、蕩けていて、粘っていて、まるで余裕のない切羽詰まったそれに、たった一言名を呼ばれるだけで、目の前の男が自分をひどく渇望しているのだとひしひしと伝わってきてしまう。多くを語らずとも鼓膜を震わせる僅かな振動だけで、そこに潜む劣情と欲求をありありと理解させてしまう類のものだ。
その声が身体の中に響くだけでぶわりと背筋が甘い痺れが駆け巡り、太ももに痒みにも似た快感の予兆がぞわぞわと生まれはじめる。誤魔化すようにもぞりと太ももを擦り合わせれば、アルドが甘えるようにすりすりと頬を寄せてきて、堪えきれないように、頬や鼻先、額、目尻と、唇を避けて顔中にちゅっちゅと唇で触れてくる。
そして鼻先でくすぐるようにじゃれつきながら、至近距離でもう一度。
まいてぃ、少し舌っ足らずに、甘えて強請るような声色で。同時にちかりと光った瞳に、不可思議なものへの違和感がすとんと落ち着いて、理屈ではなく感情で、思考ではなく感覚で、何もかも理解出来てしまった。

どうしてそうなるのかは分からない。
けれどそれは確かにアルドが、マイティを欲している証なのだと。

一度理解してしまえば、その光に刺し抜かれて平気でいられるわけが無い。誰も知らない、もしかしてアルド本人すら知らない、マイティだけが見つめることの出来る綺麗な光。マイティだけの特別。
ただでさえアルドの肌に触れるだけで、心臓が痛いくらいに騒いで体温が上がるのに、軽く肌を撫でられただけで気持ちよさに自制が効かなくなるのに、そんな瞳で見られてしまえばもう、駄目だった。
アルドと抱き合うのは気持ちがよくって、これ以上の快感なんて存在しないと思っていたのに、その光に晒されながら刺し貫かれれば、あっさりと認識が覆って想定を超えてゆく。もう外れるものはないと思っていたのに、まだ僅かに残っていた理性の箍が全て吹っ飛んで、自分が自分でなくなって何もかも融けていってしまう。
アルドに抱かれるのは嫌ではないけれど、それでも全てを曝け出して委ね切ってしまうのは躊躇いがあって、どこかには最低限取り繕うための鎧が残っていたはずだったのに、ぎらり、光る瞳に焼かれてしまえばそれすらも根こそぎ剥がされてしまう。

だってあんまりにみっともなくい姿は見せたくなくって、アルドには情けないって思われたくなくって、抱かれて気持ちよくなっても同じだけ気持ちよくなってほしくって、自分を手放すつもりなんて微塵もなかったのに。
吹っ飛んでしまった箍の内側、溢れ出たのはもう何の姿をしているのかもよく分からない。熱くて、興奮して、気持ちよくって、訳が分からなくって、怖くって、楽しくって、愛しくって。開いた唇からは言葉の代わりに嬌声と涎がぼとぼととこぼれ落ちてゆくばかり。開いた目からは涙がとめどなく漏れだして、収まりきらなかった水分が目の奥から鼻を伝ってずびずびと鼻水まで流れ出してしまう。
なのに自身の醜態に理性を取り戻すより先に、ちかちかとアルドの瞳が光るから。これ以上ないくらい無様な姿を晒しているに違いないのに、光は弱まって萎えることなくますます強くなってゆくから。掴もうと伸ばした指先に理性が掠める間もなく当てられてごぽり、引きずり込まれて溺れてしまう。
ぐちぐちと響く水音、擦れる内側を抉る腰の動きが、どちらのものかすらもう判別がつかない。揺すぶられているような、自分で揺れているような、ふわふわと二人の境界が曖昧になって薄くなって、一つになってゆく。

マイティ、まいてぃ、何度も何度も浮かされたように名前を繰り返していたアルドの口からもやがて、唸り声のような低い音しか出てこなくなる。ぐるぐると喉を鳴らしてさながら獣のように、瞳を光らせてがつがつと奥を抉って噛み付くようなキスをする。べろりと伸びた舌で唇を舐められて、零れる唾液を器用に掬いとってごくりと飲み込む喉仏につられるように自身も喉を動かして、再び重なった唇、絡む舌をちゅうちゅうと吸って飲み込んだ唾は蜜のように甘い。

一つになった心地がしてもアルドはアルドのままで、マイティはマイティのままであるはずなのに、不思議とアルドが達する瞬間は、まるで自分の体のことのように手に取るように分かる。もしかしたら吐き出す息の荒さや腰使いから無意識が判断しているのかもしれないけれど、ぼやけた頭で分かるのは、もうすぐだ、ということだけ。それを察すると自然とマイティの身体の熱も一段と上がり、一層気分が高揚して今か今かと全身がその時を待ちわびる。
そうして一際強く突き込まれた先端が、引く事無くぎゅうぎゅうと奥に押し付けられて、少しの後。内側にどろりと熱いものが吐き出される感触に、まるで自分が放ったかのように強い快感が足先から頭のてっぺんまで一気に突き抜けて、目の前が真っ白になる。
出したものを一滴も零すまいとでもするように、ぐっと腰を押し付けたままアルドはマイティを強く抱きしめる。その拘束の刺激で、腕の中、びくびくと体を跳ねさせれば、ぴたりと密着して擦れたアルドの硬い腹に、どろりとした白濁がべたりと張り付いている感触があって自身もまた射精していた事を知った。

自分でする時は、一度出せばすっと落ち着くのに、アルドとする時のそれには果てがない。強い快感で引き攣れた内側、飲み込んだ肉茎をぎゅうぎゅうと締め付けてその形を浮き彫りにすれば、じんと腰の後ろから新たな快感の波が生まれて全身に広がってゆく。そうしてきゅうきゅうとそれを咥えてしゃぶっていると、中で急速に硬さを取り戻しゆくそれにぐっと内側を拡げられて、それだけでまたゆるやかな絶頂に導かれた。

まいてぃ。僅かに理性を取り戻したらしいアルドは、少し困ったような声色でマイティの名前を呼ぶ。暗がりのせいで、光りを帯びた瞳以外が形作るはっきりとした表情までは見えないのに、その声の調子だけでアルドが気まずげに眉を下げているのが分かって、未だ絶頂の尾を引いてひくひくと小刻みに痙攣する唇の端から、くすり
と笑い声がこぼれ落ちた。
射すくめる瞳の光は、弱まるどころか一層輝きを増して見える。こちらを窺うような控えめな声とは裏腹に、焼けるような眼差しがまだまだ欲しいと訴えている。
だから、こく、と微かに顎を引いて頷いて、唇の形だけで、もういっかい、催促すれば、ひゅっと息を呑みこむ音のあと、忙しなく律動が再開された。

そうして二人、くたくたになるまで散々抱き合って貪りあったあと。ぎりぎりまで使い果たした体力、どさりと身体を投げ出したベッドの上。
うとうとと微睡みともすれば眠りに落ちそうな思考をどうにか現実に留めて、身体を清めてくれるアルドの最中とは違う優しい手つきに燻る熱を時折煽られつつも、心地良さをうっとりと甘受する。内に溜め込んだ白濁を掻き出されるのは少し恥ずかしくて、少しだけ寂しいけれど、極力よい所に触れぬように注意を払う指の動きの生真面目さに、じんと腹の奥を疼かせる熱とは別に、ほんわりと胸が暖かくなる。

一通り清め終わったら、ふう、と大きな息を吐いて脱力したアルドが、マイティの横にごろりと寝そべる。至近距離で確認出来る瞼は既に半分閉じかけていて、アルドの体力も限界に近いのだと教えてくれる。
しかしすぐに眠ってはしまわずに、ころりと寝返りを打ってこちらに顔を向けたアルドは、マイティを見て安心したように柔らかく笑う。既に目の光は消えかけていて、普段の目とほぼ変わりがない。
けれど、ぱちりぱちり、重たげな瞬きをした目尻に、きらきらと光の残滓が描く軌跡が見える気がしたから。それを留めるようにマイティも瞬きをすれば、瞼の裏に輝く光の粒が焼き付く。

二人で抱き合う最中、きらりと光るアルドの瞳を見るのが好きだ。興奮するにつれて輝きを増す瞳に、縫い止められるのが好きだ。事後に淡く光る残滓を見るのが好きだ。

そして。
まるで星空のように煌めくそれを抱えたまま、眠りに落ちる瞬間が、とりわけ好きでたまらなかった。
だって、夢を見ることのない真っ暗で何も無い眠りの中に、美しい星を一緒に連れてゆける気がしたから。





「……わあ、綺麗だねえ」

仕事終わりの、帰り道。しんとしたエルジオンの街並み、IDAシティへと向かう深夜便のバスカーゴが出ている乗り場へと向かう最中。ふと振り返れば、人影はない真夜中の街、きらきらと光る灯りが目に飛び込んできた。
きらり、きらり、光るネオンの中、淡い薄緑と金が混じった灯りを見つけたマイティは、微かに目を細めて懐にいる相棒へと静かな声で語りかける。
それは、いくつもの夜。何度も何度も記憶の中に焼き付けた、二度とは会えない恋人の瞳の光の色に、よく似ている。

ゆっくりと閉じた瞼の裏。
どこか寂しげに、ちかり、星が一つ輝いた。