ひとりあそび


仕事を終えて寮の部屋へと戻った時には、既に夜明けが近かった。
今日は運悪く二つの案件が重なって、息付く間もなく夢から夢へと渡り夢魔と戦ったせいで、いつもに増して身体に伸し掛る疲労の色が濃い。
すぐに休みたくって着替えもしないままベッドに倒れ込み目を瞑ったけれど、戦闘の余波で気が昂っているせいか、うまく寝付くことができなかった。
何度かごろごろと寝返りをうち、深く息を吸って吐いて、それでもちっともやっては来てくれない睡魔に、横を向いて寝転がり背を丸めたマイティは、諦めたように小さくため息をついてからそっと股間に手をやった。
緩く勃ちかかっているそれは、仕事のあとにたまに発生する現象だ。夢の中での戦闘は現実のようで現実ではなく、非常に曖昧な境に身を置いているせいか、精神と体のバランスがうまくとれなくなって、その影響がこうして現象として体に現れてしまうことがあるのだ。
ひどく面倒ではあったけれど、出してしまえば落ち着いて眠気もやってくるのは経験から分かっていたから、寝転がったままのろのろとズボンのチャックを下ろして陰茎を取り出し、ぺろりと舐めて唾で湿らせた指で緩く握ると、ゆっくりと擦り始めた。

いつもなら、今までなら。
何も考えず無心で擦っていれば、さして時間も経たずに射精出来た筈なのに、今日に限ってはどうしてかうまくいかなかった。
両手で握った竿はもうぱんぱんに張って硬くなっているのに、あとひと押しがあれば出すことが出来そうなのに、その最後のきっかけがうまくつかめず、吐き出せないまま快感だけが募ってゆく。
どうして、呟いた声は掠れていて、達することの出来ない苛立ちと焦りが前面に出たせいか、少しばかり握る手に力を込め過ぎて、また絶頂の気配が遠のいた。

どうして。もう一度呟いて、ぺろりと唇を舐める。
何も感じていない訳じゃない。ちゃんと快感は拾っていて、それなりに気持ちが良くって、むずむずと腹の中を引っ掻くようなこそばゆい疼きがじくじくと甘く染みていて、吐き出す息にはじとりと湿り気が混じり始めている。
けれど、足りない。これだけでは、もっと気持ちよくなれない。
その、理由に。
心当たりのあったマイティは、しばしの逡巡の後、もぞもぞと体をよじってズボンと下着を膝したまでずり下げると、片手は陰茎を握ったまま、もう片方の手を恐る恐る後ろへと伸ばした。
手探りで触れたのは、尻臀の間に隠れた部分、小さな穴の縁。つん、と軽く指先でつついただけで、じんと下半身が痺れたように疼く。そんなわかりやすい自身の体の反応で、まさしく求めていたものがこれだったことを自覚してしまって、かあっと羞恥で頬が熱く火照った。
排泄のためにある筈のそこは、もうそれだけのためのものではないと、マイティの体は知っていた。そこに熱い楔を飲み込む快感を、覚えこんでしまった。
だってアルドに、教えこまれてしまったから。

くにくにと入口を揉むように指の腹で撫でれば心地良さで腰からふにゃりと力が抜けてしまうようで、けれどもっと刺激がほしくって、皺が伸び切るぐらいに拡げて擦って奥まで突いてほしくって、足りない足りないと恋しがるようにひくひくと穴が引き攣れた。
そのまま挿入するには湿り気が足りないように思えたから、ちゅうちゅうと自分の指先に吸い付くように収縮をする穴の縁から一旦指を離してから、ぱくりと口に指をくわえてたっぷりと唾液を塗り込めていく。さっき舐めた時よりも随分と唾液の粘度が増しているように思えて、最中、キスが深くなるほどに蕩けてぬるついてゆくアルドの舌を思い出して、指に吸い付く行為自体にも徐々に熱が入ってゆく。

(指、アルドの指、っ、アルドの、おいしい、好き、すき、すき)

瞑った瞼の裏にアルドの姿を思い浮かべれば、アルドの指をしゃぶっているような気がして、指から伝わる感触はアルドに指をしゃぶられているような気もして、それだけで期待が膨らんでゆき、痛いくらいにきゅうきゅうと腹の奥が疼いてたまらない。
夢中でしゃぶってようやく口から離したそれを薄目で見れば、つっとひいた唾液の糸が指先から口まで繋がっていて、ぴ、と頬に落ちた冷たい線の感触にふるりと背中に震えが走る。

つぷり。
再び穴の縁に添えた指、たっぷりと湿らせたおかげで人差し指の第一関節までが、あっさりと中に埋め込まれた。中は指先よりも随分と熱く、ほんの少し侵入した指先に柔らかい肉が媚びるようにうねって吸い付いてくる。いつもここでアルドをくわえているのだと思えば、過敏に反応する柔肉の動きに羞恥を覚え、意識した途端に、きゅ、と締め付けた穴が指の形に変わったから、追加でせりあがってきた恥ずかしさでますます興奮が煽られて仕方ない。
くぷくぷと指を埋めてゆき、探るように内側を撫でる。アルドの指が入ってくる時の事を思い出しながら、アルドのやり方を真似て指を進めれば、イメージの中と同じ場所を指先が掠めた途端にびりびりと陰茎の付け根に痺れに似た刺激が走った。周りの肉より少し硬くなったそこをすりすりと擦れば、連動して手の中で竿がびくびく震える。

「へへ、あったぁ……ふぁ、アルド、アルド、いっぱい触ってぇ、ん、んうっ……」

微かに笑みを浮かべたマイティは、アルドの名前を呼びながら指を動かし始める。
いつも、アルドがしてくれるみたいに。そう思えば不思議なもので、一気に感度が高まってざわざわと体の表面を熱で炙られたように、体温が上がる。焦れったいくらいゆっくりと優しく撫でて、もう大丈夫だって言っても、寄せる快感の波で腰が引けそうになっても、なかなかやめてはくれない。そこがマイティのとびきり気持ちよくなってしまう場所だって知っているから、やめてと紡ぐマイティの声がずくずくに蕩けてゆくことを知っているから、本当にやめてほしいとは思ってはいないことを見透かしているから、アルドは丹念にそこを弄ってマイティを追い上げる。
アルド、アルド、名前を口にするたび、指をくわえた穴がぎゅうと締まる。けれど締め付けた反動で感じた指の細さがどうにも物足りなくって、もっとぎりぎりまで拡げてしまいたくって、一気に二本指を追加すれば、ぱつぱつに張った穴が苦しくって気持ちがいい。ひくつく穴がけして締まりきることなく、侵入した指の太さ分くぽりと開いているのを実感して、ごくり、飲み込んだはずの唾が、飲み下しきれずに口から溢れ、唇の端からたらりと垂れた。

「んっ、ん、ふあっ、そこ、やだぁ、もっとぉ……アルド、アルド、ある……んあっ」

ぐっとしこりを指先で押し込んで表面を撫でるうち、じわりと腸液が滲んできて、ぬるぬると中がぬるつき始める。これも、アルドに抱かれるようになってから変わってしまったもの。抱かれることに慣れつつある体が、受け入れた変化。
滑りのよくなった指をわざとつるりと滑らせて前立腺に掠めさせれば、足の先までぴりぴりと甘く痺れ、快感に耐えるようにきゅうっと足の指が丸まり足の裏が痙攣する。ぐぷぐぷと突き立てた指を抜き差しすれば、くぱりと開いた穴の縁がごりごりと擦れるのが気持ちよくって、ますます指を抜き差しするスピードが早くなる。くわえたアルドの肉茎、丸くて分厚い先端でごりごりと前立腺を抉られて潰される事を思い浮かべれば、自然と指だけじゃなく腰まで後ろに突き出すような動きを始めていた。

いつの間にか、自身の陰茎を握っていた筈の手は上半身に移っている。先走りで濡れた手で既に硬く尖った乳首をちょんと触れば、まるで一つの線で繋がったみたいに、胸から腰まで一気に強烈な快感が走り抜け、一際大きな嬌声が鼻から抜けてぱちぱちと瞼の裏に白い光が弾けた。

「ひっ、ん……、きもち、きもちいいよぉ、あるど、あるどぉ……」

頭がくらくらして、熱くって、どんどん訳が分からなくなっていく。アルドの指の動きを真似る余裕もなくなって、ぐしゅぐしゅと性急に指を抜き差ししながら乳首を摘んてねじって引っ張って、ぎゅうううと強く握る。
そうするうちに反対側の胸も触ってもいないのにじんじんと疼き始めたから、そちらを弄ればついさっきまで触っていた方が触れた外気だけで切なく震え、もっと刺激がほしいと訴える。
焦れったくて、物足りなくて、もっと気持ちよくなりたくって、夢中で手を動かしていたマイティは、荒い息のまま体勢を変えた。

「あっ、これ、これぇ……いい、いいよぅ……っ」

うつぶせてシーツに胸を押し付けるように擦りつけながら、尻を高く掲げる。ゆらゆらと体を前後に揺すれば、布との摩擦で両方の突起が刺激されるのがたまらなくよくって、ふうふうと吐き出した息がシーツに染みて湿っていった。
穴に挿入した指はそのまま、ちょうど乳首が一番甘く痺れるタイミングに合わせて思い切り指先で前立腺を突いてやれば、相乗効果でずっと気持ちよくなることに気づいて、ますます動きは激しくなってゆく。
それでも指でよくなるうち、気持ちよくなった分だけ物足りなさも感じるようになって、その寂しさを埋めるように胸から離れて空いたもう片方の手も尻に添える。そして三本の指をくわえた穴をまるで見せつけるように、ぐっと尻臀を片手で割り開いてみせた。

「アルド、あるどっ、ね、見える? 僕の穴、ひくひくして、指くわえて、んっ、もっと、もっと、アルドの、いっぱい、ちょうだいって……ひ、あっ!」

部屋の中には、マイティが一人。アルドは勿論、他の誰の姿もない。
分かっているけれど、顔を伏せた体勢になったせいか、名前を呼べば呼ぶほど、そこにアルドがいるような気持ちなってしまったから。
荒い息の中にアルドのものが混じっているかもしれないと思えば余計吐き出す息の量が増え、アルドの視線が注がれているかもと思えば恐ろしい程に興奮の度合いが増してゆく。
そして広げた尻臀、指をくわえた穴にさっと冷たい空気が触れ、それをアルドが見てるかもしれないと思った瞬間、冷たい空気をアルドの視線になぞらえて重ねた途端。直接触れてもいないのに、ぶるりと陰茎が震えてびゅっと先端から白濁が飛び出した。

「あ、あ、あ、……いっちゃったぁ」

中を舐られて抉られて内側から高められる性感とは違う、鋭い直線の形の快感が一気に頭を突き抜けて、がくり、脱力する。
瞬発的な快感は余韻に浸る間もなくすうっと引いてゆき、次いでやってきたのは、ひやりとした理性と冷静さ。まだ息は荒いままだったけれど、随分と冷えた頭で先程までの自身の痴態が思い出され、気まずさと羞恥で頭を抱えたくなった。
思わず背後を振り返ったのは、そこにアルドがいないことを確認するためだ。さっきまではあんなにアルドにいてほしかったのに、今はもしもアルドに見られていたら、と思えばいたたまれなくて身の置き場がない。
当然、振り返った先にアルドの姿はなく、心からの安堵の息を吐き出したマイティは、どさりとベッドに寝転がったまま、手近にあったタオルとウエットティッシュで大雑把に汚れた手と体を拭ってゆく。
そうするうちに、射精の疲労が睡魔を呼び込み、とろとろと瞼が重くなり始めた。多少脇道に逸れた気がしないでもないけれど、当初の目的は果たせたらしい。

けれど。
目を瞑って寄せる睡魔に身を寄せる体の奥、燻ったままの熱が依然として存在している事にも気がついていた。意識を向ければきゅんと尻の穴が疼いて、腹の奥が切なくひくつく。眠くてたまらないのに、擦り合わせた足の指先が、もの欲しさでむず痒くって落ち着かない。

「……ぜんぜん、たりないよ……」

拗ねたように呟き尖らせた唇を、ぺろりと舐めて眠りに落ちる中、少しだけ、一瞬だけ。
夢が見れないことを、夢でアルドに会える可能性が万に一つもないことを、ほんの少しだけ、残念に思って。
そんな思考の何もかもを振り切るように大きく息を吸ってから、闇に包まれた眠りを強引に引き寄せた。