なでなで、ぐっぷん


エルジオンの外れ、マイティが一人で暮らす部屋の中。
二人で寝転ぶには少し狭いベッドの上。
後ろからマイティを腕に抱え込む格好で横になったアルドは、ちょうど目の前にあったつむじに顔を埋めて、胸いっぱいに息を吸い込んだ。
ふわりと漂う花のような香りに混じるのは、湿った汗と皮膚の匂い。洗った髪に付随する人工的なものとは違う、マイティそのものが発する匂い。
柔らかな髪を鼻先で掻き分けながら奥へと進んでゆけば、より一層匂いは強くなってゆく。もっとよく嗅ぎたくて、くんくんと鼻を蠢かせて肺の中に匂いを詰めていると、腕の中の彼が嫌がるように身を捩り、僅かに身体を強ばらせた気配を察する。本当はもう少し堪能していたかったけれど、嫌がる事を強いるのは本意ではないから、ほどほどの所で止めておく。
代わりにわざと音を立てて、ちゅっちゅと毛先に口付けを落としてゆけば、ぴたりとくっついていた腹と背中の間、マイティが身を捩ったタイミングで微かに生じた隙間が、再びゆるゆると埋まっていったから、降らせた口付けはそのままにアルドはそっと唇の端を上げた。

触れた肌と肌、添った二つの間に遮るものはない。
腹にあたる背中は温く、腹に回した手にそっと力をいれると触れ合った肌が互いに吸い付きながらより近づいてゆくのが心地よい。まるで境が無くなって、触れた部分から溶けて一緒になってゆくような気がして、ひどく安心する。
そのまま無意識のうち、ゆらゆらと腰を揺らしかけたアルドははたと動きを止めた。
既に一度抱き合って精を吐き出したあとだったけれど、依然としてアルドの一部はマイティの中に埋め込まれたまま。たっぷりとと捏ねて柔らかくなったそこは、締め付けすぎることなくアルドのものを優しく包み込んでいる。
脳を突き抜けるような強烈な快感とは程遠いものの、触れ合う素肌より一等熱い内側にひたひたとさらされる感覚は、まるでぬるま湯に浸かるのに似た緩やかな気持ちよさがあって、萎えていたはずの陰茎が少しずつ硬さを取り戻しかけていた。
無意識が望んだままに腰を動かして、一気に上りつめてしまいたい気持ちがなかったわけじゃないけれど、微睡みのような柔らかな空間にまだしばらく浸っていたい気もあって、ぴたりと動きを止めたアルドはマイティの耳たぶを伸ばした舌先で軽くつつきながら、しばし考え込む。

いつもなら達したあとはすぐに抜いてしまって、互いの体をある程度清めてから改めて抱き合ったり、だらだらと話したりして過ごすのが常だった。
けれど今日は腰を引こうとした瞬間、まるで引き止めるようにマイティが、柔くなったそれを未だひくつく解れた縁で、きゅううと思い切り締め付けた。

「も、少しだけ、このまま、がいいな……ダメ?」

果てた余韻でひくひくと痙攣する身体に、ぎりぎりまで絞られることはたまにあった。だから今日のもそれかと思えば、わざわざこちらを振り返って切れ切れに告げられたマイティの言葉で、その動きが偶然でなく意図的なものだったと知る。
出してすぐの敏感になっている所を重ねて刺激されるのは、くすぐったくてぞわぞわするからあまり得意ではなかったけれど、言葉と態度でそんな風にねだられてしまえば、断る選択肢なんて存在するはずもなかった。


多分、このまま耳に誘い文句を注ぎ込めば、頷いてくれる気がしている。耳の裏、付け根に沿って舌を這わせれば、「もう、アルドってば」と窘めるような事を口にしてくすぐったそうに首を竦めるけれど、腹の前に軽く手を添えただけの緩い拘束から逃げ出そうとはしない。それでもしつこくちろちろと舌でイタズラを仕掛けるうち、竦めた首が心地良さげに震え、柔らかく綻んだ内側がひくひくと小さく痙攣を始める。心なしか肌から立ち上る匂いが、幾分濃くなった気もする。
全身を覆っていた軽い気だるさはその反応であっさりと払拭されて、埋め込んだものが一気に硬くなってゆくのをアルドは自覚した。

けれど性急に腰を打ち付ける気にはならなくて、すぐさま動いて吐きだしたいと訴える内なる欲求を無視したアルドは、腹に回した手、横たわったマイティの身体の下に敷いた方をもぞもぞと動かして、胸のあたりまで移動させた。そうして手のひらでさらりと胸を撫で、引っかかった小さな尖りにわざと指を引っ掛けて弾けば、んう、とくぐもった声が零れる。しかしすぐさまそれを飲み込んでしまったマイティは、ぐっと唇を引き結んでアルドのイタズラに耐える素振りを見せた。
そんなマイティの反応に小さく笑ったアルドは、あえてそこばかりを狙うことなく手のひらで胸全体を撫でまわし、やわやわと丁寧に揉んでやる。徐々に焦れったそうにもじもじと太ももを擦り合わせ始めたマイティには当然気づいていたけど、知らぬふりでゆっくりと手を動かし続けて緩やかな刺激を与え続けた。
やがてぎゅっと引き結んでいるであろう唇の間から、短い吐息が漏れ始める。マイティ本人はまだ降参する素振りはなかったけれど、直に触れた内の肉はただただ素直だった。甘えるようにやわやわとアルドの肉茎に絡みつき、早く早くとねだるようにきゅんきゅんと吸い付いてくる。

そうか、ここに入ってるんだな、と。
片手でマイティの胸を弄び徐々に上がってゆく息にうっとりと耳を傾けつつ、もう片方の手でその腹を撫でながらふと思ったアルドは、何気なく下腹の辺りを軽く押してみた。
それほど力は込めていない。加減はきちんと心得ていたと思う。

「ア、ルド……! それ、だめ、んっ!」

けれどそれまでは焦れったげに身を捩らせながらも、我慢比べのようにぐっと声を飲み込んで、アルドの手の動きを受け入れていただけだったマイティが、慌てたようにばさばさと首を振って制止の言葉を吐き出した。
それがだめな理由は、聞かずともアルドにもすぐ分かった。
ただでさえ狭く絡みつく内側、根元まで埋め込んだ先の方。下腹を軽く押した瞬間、そこがぎゅううと一層きつく狭まる気配があった。
一度は押さえた手の力を抜いて、だけど止めてやることなくもう一度改めて。さっきよりは多少力を込めて。

「アルド、アルドっ、やめて、だめっ、だめだって、ばぁ……!」

影響は目に見えても、触れる場所にも分かりやすかった。
外から押された内臓が、抱え込んだアルドの陰茎までまとめてぎゅうぎゅうと圧迫して、つられるように絡みついた肉壁がぴくんぴくんと蠕動し始める。
やめて、だめ、と繰り返すマイティの言葉に従ってやれない罪悪感はあったけれど、否定の意味とは裏腹にとろりとした快感の色を滲ませた声色は、腹を押し付ける手のひらを止める役割を果たすにはあまりにも扇情的すぎた。まるで止められている気がしない。もっともっとと催促するものにしか聞こえなかった。

様子を見計らいながら少しずつ力を込めて、押さえつける場所を移動させて。
一際反応のいい場所を何度もぐっぐっと緩急をつけて押し込めば、アルド自身はちっとも動いていないのに、散々突いて舐って擦ったあと果てる直前の時ように、淫猥にぬめった肉が懸命に肉茎を吸い上げる。より奥へと誘い込むように、ぐねぐねとうねって甘やかに絡みついてくる。

「あ……! や、なに、へんなの、くるぅっ……!」

そして。
下腹を上から下へ、手のひらの付け根でぐっと押し込むように力を入れて撫でつけた瞬間。
奥までとっぷりと埋め込んだ切っ先に、こつりと柔らかな壁が突き当たる感覚があった。普段はけして届かないその場所、ぷちゅりと先端に触れた壁は口付けのように、ちゅっちゅと吸い付いてくる。気持ちの良さもさることながら、その淫靡さがたまらなくて思わず腰が震えた。
すっかりと夢中になって、ぎゅうぎゅうと何度も同じ動きで腹を押さえるうち、壁のように思えたそこが徐々に緩んでいく気配があって、何度目か。
突如ぐぽりと開けて突き抜けたそこが、先端をまるまる、くっぷりと飲み込んでしまったかと思うと。

「あーっ! あーっ! ん、あ、あ……!」

大きな悲鳴と共にぴぃん、と背を反らせたマイティが、ぷしゃあ、と勢いよく潮を吹いてがくがくと身体を痙攣させ始めた。
その反応に流石に慌てたアルドは、ぱっと手を離して一気に陰茎を抜き去り、びくびくと震えるマイティの背中を必死で撫でる。なかなかひくつく身体は止まらず、ぼうと開かれた瞳の焦点は定まらない。薄く開いた唇からは言葉にならない音が断続的に漏れていて、ちっとも合わない視線は昂っていたアルドの心をすっと冷えさせるには十分過ぎる威力があった。

きちんと呼吸はあることに少しだけ安堵して、ごめんなと謝りながら背を摩り、近くにあった透明の容器に入った水を飲ませて様子をみる。こくこくと動く喉を見守って、また少しだけ水を飲ませて、冷えないように肩にはタオルをかけて。
含ませてやった水がたらりと口の端から垂れるのを見つけるたび、ぞっとして生きた心地がしなかった。

そうして、何度目かの嚥下のあと。
弱々しい瞬きが数度。虚ろだった瞳に光が戻ってくる。
ほっとして息を吐いたアルドが、ごめんな、と改めて頭を下げればまた、ぱちぱちと瞬きをしたマイティは、一度ぐるりと辺りを見回す。何度かアルドと部屋の中を交互に見やった後にようやく、置かれた現状を理解したらしい。
ふう、と呆れたようなため息を吐き出してから、拗ねたように唇を尖らせてぷいとそっぽを向く。

「ばか、アルドのばか。止めてって言ったのに」
「うん、本当にごめんな」

マイティの言い分は尤もで、言い訳の言葉すら見つからなかったアルドは、更に深く頭を下げた。
けれどそんなアルドの後頭部に降ってきたのは、怒りを示す言葉ではなくて、もっと別の。

「……でも、ちょっと。きもちよかった、かも」

予想外のものだったから思わず下げた頭をがばりと上げてしまえば、そこにあったのはそっぽを向いた横顔ではなく、照れたように目を伏せたマイティで。

「また、してくれる? もうちょっと、手加減はしてほしいけどさ」
「う、うん! ……う、うん……」

もじもじと指先を合わせながら、えへへ、と笑ったマイティの言葉に、反射的にこくこくと頷いたアルドはつられてへへへと笑った後、言葉の意味をよくよく咀嚼してぎしりと固まった。

(また、もう一回、あれを……手加減して……で、できるかな)

手のひらに残った薄い腹の感覚の向こう、未知の場所に触れた快感を思い出して一気に身体が熱くなる。慌てていて自身は達さぬまま終わったせいか、たったそれだけを浮かべただけなのに、燻った熱が再び下半身に集まり始めていた。
残像だけで簡単に興奮してしまっているのにもう一度、同じ行為をしてうまく制御出来るかいまいち自信が持てない。更には重い腰が自制心を揺らがせている現状、どれだけ思考を巡らせても手加減の具合がちっとも想像出来なかった。

どうしよう、とぐるぐる考え込むアルドの隣。
ふわぁ、と大きな欠伸をしたマイティは、「疲れちゃった」と言い残して、ぽすんとベッドに横になり少しも経たないうち、すやすやと穏やかな寝息を立て始める。アルドが声をかける間もなかった。

少し狭いベッドの上、二人。
並んでいるのに一人、取り残されてしまったアルドは、悶々としたままマイティと己の下半身を数度見比べたあと、深呼吸を一つ、二つ。
いろいろと考えなきゃいけないことも、自制しなくちゃいけないこともあるけれど。今はそれも、自身をどうにかするのも、ひとまずは横に置いておくことにして。

まずはマイティの身体を清めてやるのが先だと決めたアルドは、音を立てぬよう柔らかなバネを軋ませて眠りを妨げないよう、そろそろと慎重にベッドから抜け出した。