※アルド君は寝ています
ふわり、意識が覚醒に近づいたのに気がついて、眠気覚ましに欠伸を一つ。
閉じた瞼を半分だけ開けて、壁の時計を確認すれば、目覚める予定の時間よりもまだ随分と早い。
ふわぁ、もう一度欠伸をしながら瞼を閉じて、二度寝をしようかどうしようかぼんやり考えていれば、背中に触れた体温が身じろぐ気配があって、腹に回った手にきゅっと力がこめられた。
二人で並んだベッド、マイティを抱え込むようにして眠るアルドの寝息が、ふすふすとつむじの近くに吹きかけられるのが擽ったくて、マイティは目を閉じたままくすりと笑う。
やっぱりもう一度、寝てしまおう。
布団の中、二人分の体温で温まった空気はうとうとと微睡むのに丁度いい温度で、とくとくと伝わるアルドの心音は優しい子守唄みたいだった。こんなにも気持ちよく眠るのにぴったりなシチュエーションで、起きているのはもったいない。
そう決めたマイティは呼吸を落ち着かせ、とろりと意識を眠りに移行させようとした。
の、だったが。
「……アルド?」
マイティの意識がもう少しで闇に沈むという手前。腹に回ったアルドの手が、ごそごそと動いたせいで重くなった眠気がぱちんと弾け飛ぶ。
身じろぐにしては大胆に腹を撫でたその手は、しばらくはさらさらとマイティの腹の上を緩やかに移動していたかと思えば、おもむろに服の隙間からがっと大胆に中に侵入する。
ベッドに入るからと着替えた部屋着は簡素なシャツとズボンだけ。ぺらりと捲れば素肌が露わになるその頼りない衣服の隙間に、アルドの手は狙ったようにぼすりと突っ込んできた。
薄布一枚とはいえ、その上から触れられるのと直接触られるのでは、かなり具合が違う。温められた指先にさわり、へその周りを撫でられて、マイティは擽ったさにぴくりと身を竦ませた。
もしかして起きてるんだろうか、浮かんだ疑念は一瞬で掻き消えた。後頭部に吹きかかる微かな寝息のリズムに乱れはなく、心臓の音に変化もない。完全に寝ている人間の気配しかしなかったからだ。
仕事柄、その見極めを間違う気はしない。特にアルドは寝たふりが下手くそで、そのわざとらしさはマイティでなくとも見破れるくらいだから、眠っているのは確実だった。
寝惚けているのか、夢を見ているのか。眠りの気配とは裏腹に、執拗に腹を撫でるアルドの手を、どうしようか迷いながらマイティはぱちりと目を開ける。
夢魔の気配はしない。他におかしな気配もなかった。分かってはいたけれど、改めてそれを確認して安心をしたマイティは、きゅっと唇を引き結んで思案を巡らせた。
もしも夢を見ているなら、邪魔をするのは少し躊躇ってしまう。マイティは夢魔に邪魔されず紡がれる誰かの夢が好きだったから。それがアルドのものとなれば尚のこと。
けれどこのままこれが続くのも、少し困る。擽ったさには慣れたけれど、それ以外の問題が浮上しつつあったから。
アルドの手がくるくると円を描くようにマイティの腹を撫でるうち、じんわりと身体の内側が熱くなり始めていた。普段は人の手が触れることの無い肌に直接、マイティのものとは別の、アルドの体温を感じてしまえば、どうしたって意識してしまう。まだ大人しいとはいえ、挟みこんだ内ももの間には何かのきっかけで簡単に火がついてしまいそうだった。
微かに腹を引きその手から逃れようとしたけれど、アルドの手は離れていかない。手を掴めばきっと止まると分かっていても、起こしてしまわないか気になってしまう。
それに、単純に。まずいことになると分かっていても、やわやわと優しく撫でられるのは気持ちがよくって、終わらせてしまうのは少々名残惜しくもあった。
そんなマイティの逡巡を眠るアルドが感じ取ったかは定かではないけれど、徐々にその手が腹から上へと這い上がってゆき、何かを探るようにあちこちと忙しなく指を動かし始める。
「ちょ、アルド、待って……ひゃっ」
さすがに慌てたマイティは、ぽんぽんとアルドの手を軽く叩いて諌めようとしたものの、僅かばかり遅かった。
アルドの指、恐らくは人差し指の先。
つん、と触れたのは胸の中ほど、周りの皮膚よりも柔らかな場所。なだらかに潜んでいたそこをアルドの指先が数度掠めるだけで、中心があっというまにむくむくと芯を持ち硬くなってゆくのを、触れた指になぞられる感覚で理解してマイティは、かあぁっと頬を染める。
「アルド、起きて、ねえ、起きて……んっ」
小声で何度も呼びかけたけれど、アルドが目覚める気配はなく、胸元を這い回る指が止まる素振りもなかった。
とんとん、と指の腹で勃ち上がった芯を叩かれると、じわり、そこから甘やかな痺れが滲んでくる。とんとん、とんとん、叩かれた数の分だけ、ぽつぽつと内側に火が燻ってゆき煽られてゆく。
まるで確認のように何度か叩いてから、あっさりと離れた指にほっと息をついたのも一瞬のこと。芯を外したその周り、ぷくりと僅かに盛り上がった部分を撫で付けるように、執拗に指が這い回り始めた。
緩急をつけて揉み込むように、やわやわと軽く撫でてはつうと押し込んで離れ、繰り返し、繰り返し。時折爪の先で真ん中、硬く勃ちあがった芯の根元の形を確かめるように、縁にそってかりかりと柔らかく引っ掻かれる。
羽のような軽さでさわりさわりと擽られ、時にぎゅうっと押し潰され、交互に異なる刺激を与えら続ければ、中心を直に触られた時ほどではなくても、弱い快感がじんじんと生まれては内側に積み重なってゆく。
ふ、ふ、と吐き出す息は次第に粘り気を帯びてゆき、小声でアルドの名を呼ぶ合間、堪えきれない快感の余波が滲んで、ますます頬が熱くなった。
もじもじと擦り合わせた太ももの間は緩やかに勃ちあがり始めていて、押さえつけるようにきつく足を閉じたけれど、逆にそれが刺激となって一気に硬さが増した。いっそ自分で触ってしまおうか、下半身に伸びかけた手の行先を途中で変えて、すりすりと焦れったく胸を撫で続けるアルドの手にそっと重ねた。
「ね、アルド、だめだって……ん、っ、だめ、もっと、ちゃんとぉ……」
囁く制止の言葉とは裏腹に、マイティの手はアルドの手の動きを止めようとはしなかった。むしろその指先が触れる場所を移動させ、もっと真ん中、一番気持ちよくなれる場所に導こうとさえしていた。
けれどマイティを甘く苛む指先は、なかなか思い通りにはなってくれない。
それほど力が入っている訳ではなかったから、導くこと自体は難しくなかった。なのに誘導が成功して一瞬、硬く尖った先端に触れて、一際強い刺激にきゅんと下半身が疼いても、すぐに脇に逸れてふにふにと薄い膨らみを撫でつける。もっといっぱい、ぷくりと膨れて痛いくらいに凝った芯に触ってほしいのに、何度挑戦してもちっともうまくいかない。
失敗を重ねるうち、逆に弱い刺激の中に時々走る強い痺れがアクセントとなって、解放できない熱が内側に渦巻いてますます追い上げられてゆく。
こんなに焦らされるのは、初めての事だった。
丁寧にマイティを拓いてゆく指に、触れられるだけでよくなってしまう場所は身体を重ねる度に増えていったけれど、アルドはいつだってマイティが気持ちよくなる事を優先してくれた。触れながら逐一マイティの反応を確認して、ほどほどに追い詰めて限界が来る前に解放してくれる。我慢を強いられることも無く、触ってほしいとねだればちゃんと触ってもらえて、お預けを食らう事もない。最初から最後までずっと気持ちがいいだけのセックスしかした事がなかった。
なのに今は、そんないつもとは全然違う。
直接触られなくてもじくじくと腫れて痛いほどに疼く尖りにちゃんと触ってほしいのに、もっといっぱい気持ちよくなれるそこを触ってほしいのに、与えられるのは望みとは違う弱い刺激ばかり。達するには余りにも弱いのに、けれど散ることなく内側にしんしんと積もってゆくそれは、痒みにも似たもどかしさで熱の燻る身体をいがいがと苛んでゆく。
突き抜ける快感で一気に溜まった熱を放ってしまいたいのに、きっかけにするには足りなくて、でも、どうしようもなく気持ちよくて、苦しい。
弱い火で炙られ続けてじわりじわりとかさを増してゆく刺激は、快感ではあったけれど同時に、終わりの見えない拷問のようでもあった。
「アルド、アルドぉ……んっ、やっ、やだぁ、もっと……お願い、ねぇっ……」
いつの間にか潜めていた筈の声は部屋に響くほどに大きくなっていて、吐き出す息はびしょびしょに湿っていた。なのにアルドの場違いなほど安らかな寝息は、変わらず眠りが続いてる事を示していて、マイティはぐすりと鼻を啜ってじわりと瞳を潤ませる。
気持ちいい、つらい、気持ちいい、つらい。
交互に頭を占める感情にぐらぐらと心が揺れ、もどかしさを悲しさと誤認して、胸がつきつきと痛くなる。気持ちいいのに悲しくて、悲しいのに気持ちがいい。異なる二つの感情で占領された頭では、自分で触れることすら思いつけず、お願い、もっとと懇願の言葉を繰り返す事しか出来なかって。
やがて、その時は突然に。
「あっ……あ、あ、ああぁっ!」
ぎゅうううう。
何の前触れもなく、唐突に。ふわふわと芯を外した刺激を与え続けていたアルドの指が、中心を摘んだかと思えばそのままきつく捻りあげた。痛みに竦んだのは一瞬、待ち望んだ刺激を与えられて悦ぶ身体は、すぐにそれを余すことなく快感として受け入れる。突如降ってきた強い快感に、燻り続けた熱が一気に膨れ上がって内側を駆け抜け、脳天を突き抜けた。思わず閉じた瞼の裏がちかちかと白く光り、重かった腰がふわりと浮いたように軽くなる。
たったの、一摘み。
マイティはそれだけで、あっさりと達してしまった。
「ふぁ、や、まって、だめ、まって……ひんっ」
けれど射精の余韻に浸る間もなく、次いで刺激が与えられる。
ぎゅっと摘んだ指の力はそのまま、指の腹で先端を優しく撫でられて、マイティはびくびくと身体を跳ねさせて仰け反る。達したばかりの下着の中身はまだ力を失ったままで、重ねて何かを出した感覚はない。
けれど、イッた。イッてないのに、イッた。射精さずに、イッてしまった。
直感的にそれを理解したマイティは、ぶわああ、と全身を赤く染め上げる。
「だめ、イッちゃう、からぁ……! また、イッちゃ、ああぁっ!」
凝りを摘む指の力が緩んだと思えばまた強くなって、きゅうきゅうと強弱をつけて揉まれれば、背筋を心地良さが這い登る。ぺこんと中に埋め込むようにぐっと押し潰されて、また引き出されて外気に晒されれば、腹の底から次から次に甘い疼きが湧いて出て仕方ない。ころころと指先で転がすように捏ね回されれば、じゅわりと口の中に湧き出た唾を飲み下しきれずにたらりと口の端から垂らした。
マイティの知る快感とは全く別のものが、身体の内側、暴れ回って仕方ない。尻の奥を擦られればじんじんと仄かに身体が疼くことはあっても、射精すれば熱はある程度落ち着いてくれて、いつまでも後を引くことは無かった。
マイティにとっての気持ちよさは、そんな終わりがきちんと存在しているものだった筈なのに、今感じてるものには終わりの気配すら見えない。
「や、や、も、むりぃ、イッてる、イく、イってるからぁぁ……」
確かに達しているのに、射精と同じくらい、もしかしたらそれ以上に、気持ちのいい快感の波が突き抜けてゆくのに、全然終わらない。引かない波は重なって更に大きなうねりとなって、マイティを何度も飲み込んでゆく。
もう何度達したか分からない。イきすぎて辛いのに、アルドの指は全然止まってくれなくて、止めようと触れた自身の手が与えた僅かな振動さえ快感に変換されて返ってくる。
「や、あっ、うあ、んんんっ、んーーーっ!」
そうして、また。
ざりり、柔らかな先端にくい込んだ爪の痛みに仰け反ったマイティは、喉を震わせて新たな快感の渦に飲み込まれる。
依然として終わりの糸口すら見えないまま、悲鳴にも似た嬌声が部屋に響き続けた。
しばらくの後。
ようやくアルドが目を覚ました時には、目の前にはなぜか気だるげに肌を赤く染めたマイティがいて。
その妙な色っぽさにどきりとしたアルドをよそに、ひどく不満げな色を隠そうともしないマイティにより。
「……しばらく、アルドとは一緒に寝ない」
訳もわからぬまま、当面の同衾禁止を申し渡される事となったのだった。