そういうとこ


どうして毎日毎日朝がやってくるんだろう。
それはアルドが長年抱えている疑問だった。
意識のはっきりしている時ならば、そんな自分に対してそんなの当たり前だろと諌めることも出来るけれど、生憎とこの疑問が浮かぶのは決まって朝、布団の中でぼんやりとした眠気に襲われている時に限られているから、その理不尽さを咎める思考はまるで生まれては来ない。
まだ半分夢の中と言ってもいい、心地よい微睡みから抜け出すのが、アルドはひどく苦手だった。重い瞼を無理矢理にこじ開けるのはなかなかに難しいことで、そんな思いをしてまでどうして目覚めなければならないのかちっとも分からない。眠すぎればいずれ寝飽きて目覚めるように出来ているのだから、もう少し待ってくれればいいのに朝はいつだってアルドが自然に起きるのを待たずに訪れてしまう。
だから大抵はアルドが目覚める前に誰かに起こされるのが常で、その前に自発的に起きる事は滅多にないと言ってよかった。

けれどその日、アクトゥールの宿屋にて。
珍しくアルドは、誰に声をかけられたでも肩を揺すられたでもないのに、ふっと眠りから覚めてまだ暗い部屋の中、薄く目を開けた。微かに首を傾け窓の方を見れば、朝に差し掛かってはいたけれど、まだ起きるにはかなり早い時間だと分かる。
何でこんな時間に目が覚めたんだろう、ある意味では自身の寝起きの悪さを一番よく理解していたアルドは、不思議な事もあるもんだなあとふわぁとあくびをした所で、はたと異変に気づく。
どうしてだか股間がひどく熱くて、ぬるぬるとぬめったもので覆われている感覚があった。やけに気持ちのよいそれこそが寝起きの悪い自身を起こしたものだと直感的に理解したアルドが、おそるおそる視線をそちらへ向ければ、どうして起きてすぐに気が付かなかったのか不思議なほどに分かりやすく、掛け布が不自然にこんもりと盛り上がっている。
自身の置かれた異様な状況に慌ててはね起き、手でばっと掛け布を取り去ればそこには。
ズボンをずり下げられて丸出しになった下半身と、その中心、ぱくりと口の中にアルドの陰茎を咥えこんだマイティの姿があった。

「ふぉはほ~」
「……えっ?」

視界に飛び込んできた光景が全く理解できなくて、アルドはマイティを見つめたままぴしりと固まった。しかし真っ白になった思考とは裏腹に、認識してしまったせいかぼんやりとした気持ちの良さが一気に何倍にも膨れ上がって形を成し、ちょうどそのタイミングでべろんと先端を舐められたせいで、びくびくと陰茎が跳ねるように数度震える。
マイティはそのまま狭めた咥内で竿の真ん中辺りをやわやわと揉み込むように刺激すると、舌でたっぷりと唾液を撫でつけてから、ちゅぽん、大きな水音を立てて口の中からアルドのものを引き抜いた。
湿って赤く色づいた唇とすっかりと硬くなった先っぽを、粘り気を帯びた透明な糸がつっと結ぶ。思わずまじまじと見つめれば、途中でぷちんと切れたそれがぺとんとマイティの唇に張り付くまでの軌跡を一部始終捉えてしまい、アルドはごくんと唾を飲み込んだ。
そのマイティが、舌を出してぺろりと唇についた水気を舐めとる動作でようやく、はっと我に返ったアルドは慌ててマイティの肩に手をかけて、引き離すようにぐっと力を込めた。

「なっ、なにやってるんだマイティ!」
「しーっ。そんな大きな声出したら、隣の部屋のみんなが起きちゃうよー?」

思考の巡りが再開したとはいえ、まだ混乱の最中である事は変わらなかったらしい。あわあわと吐き出した声は少しひっくり返っていて、静かな部屋の中によく響いた。
マイティは体勢はそのまま、アルドの太ももに顎を乗せた格好でにっこりと笑い、しぃ、と口に当てた指の間から息の音を響かせる。本人にその意図があるのかは分からないけれど、アルドの視界にはちょうどマイティの顔と猛った自身の陰茎が並んだ形で映っていたから、なんとなく気まずくて居心地が悪い。

「そもそも何でマイティがここに?」
「今日、合流するって言ってたでしょ。仕事が思ったより早く終わったから、仮眠とってから合成鬼竜に送ってもらったんだ~」
「そうか……あれ、鍵は?」
「……アルドさ、鍵、かけ忘れてたよ。いつものことだけど、気をつけてね」
「うわ、ごめん」

本当はそんなことを聞く前に、勃ったそれをどうにか処理すべきだったのかもしれないけれど、やはり依然として混乱から脱しきれてはいなかったアルドは、極力マイティを視界に収めぬようちろりと視線を外しながら、ぼそぼそと小さな声で尋ねる。

昨日宿に泊まった時点で、マイティは同行してなかった。一緒にいた他のメンバーはアルド以外は全て女性で、二人と三人に別れてそれぞれに部屋をとってもらっていて、アルドの部屋にはアルド一人だけしかいない筈だったのに。
そんないる筈のない場所になぜかいるマイティから返ってきた答えは、一応はアルドを納得させてくれた。
確かに今日マイティと合流する予定はあって、気を利かせた合成鬼竜がアルドが頼む前に仲間を送り届けてくれるのも初めての事ではない。
途中で部屋の鍵の存在に気づいて言及すれば、逆に呆れた顔のマイティに深々とため息をつかれてしまう。バルオキーでは村人同士を警戒することもなく、基本的には家に鍵をかける習慣がなかったから、宿に泊まった時にアルドが部屋に鍵をかけ忘れるのもまた、よくある事だった。
そうか、そういうことか、と頷いたアルドだったけれど、そこではっと気がつく。マイティが宿の部屋にいるのはおかしくないとしたって、今のこの状況はやっぱりおかしい。

「……だからって、なんでこんなこと……」
「だってアルドが全然起きないから」

視線を戻せば、変わらず勃ったままの自身の陰茎とマイティの顔が並んでいる。改めてすごい眺めだな、とぽうっと耳を赤くしながらアルドがおずおずと切り込めば、ふふふ、と笑んだマイティがつんつんと指先で竿をつつき、べろんと竿の裏を舌で舐め上げる。不意打ちの刺激に上がりそうになった悲鳴をくっと喉の奥で噛み殺せば、ちゅっと柔らかな口づけが雁首に落とされて、じわりと鈴口に先走りが滲んだ。くりくりと指の腹で先を撫でてその先走りをすくったマイティは、堪えきれないといった様子でくすくすと笑った。

「これ、二発目だよ」
「ウソだろ?!」

アルドってば本当に全然起きないんだもん、と呟いてふうっと先っぽに息を吹きかけるマイティは、いたく楽しげではあったけれど嘘をついているようには見えなかった。ホントだよ、と囁く言葉を裏筋に響かせて、ぱかんと口を開けて中を見せつけるようにアルドの方を向けたから怖々と覗き込めば、唾に混じって僅かに白いものが混じっている気がして、とうとうたまらずアルドは両手で顔を覆いがくりと肩を落とす。

「アルドー!」

その時。扉の向こうからアルドの名を呼ぶ声が聞こえて、びくんとアルドは肩を震わせた。
フォランだ、と気づいてすぐに返事をしようとした瞬間、ぱくん、と陰茎が咥えられる感覚があって、アルドはぎょっとして視線を下半身に向ける。見れば頬を窄めてきゅうっと竿を締め付けるマイティがいて、呆然と見下ろしたアルドに気づけばいたずらっぽく瞳を煌めかせて、ぐちゅんぐちゅんと頭を前後に動かし始める。
コンコン、コンコン、控えめなノックの音が部屋に響くのに、マイティが離れる気配は一向にない。それどころかぐぽりと深くまで咥えた亀頭を喉の奥できゅうきゅうと締め付けながら、同時に舌の付け根でざらざらと竿を舐る。どれもこれもアルドの弱い所を完全に熟知した動きで、やめさせなきゃと焦る頭はあるのに突き放そうと肩を掴んだ手に入る力は弱々しかった。

「起きてる? 寝てる? ……あ、開いてる。入るよー!」

そしてとうとうノックの音が止み、再び声をかけられてしばらく、微かに扉が開かれようとする気配があったから、さすがに肝を冷やしたアルドは必死で制止の声を上げた。

「ままま待ってくれ! 起きてる! 起きてるから入ってくるのは待ってくれ!」

果たしてその願いは、ギリギリの所で通じたらしい。ほんの少しの隙間を開けてぴたりと止まった扉はそれ以上開く様子はなかった。

「えっアルド起きてるの? 珍しいね。てか何でそんな慌ててんの?」
「えっと、あの、うっ、着替えてるからっ! ……、っ、あ、開けないで、くれ……っ!」

意外そうなフォランにどうにか返事をして言い訳を見繕う間も、マイティの動きは止まらない。かり、と雁首に沿って軽く歯を立てられてびくりと身体を震わせれば、すかさずそこを丹念に舐められる。あやすようにずぶずぶと軽く頭を前後に振ったかと思えば、頬の柔らかな肉に亀頭をふわりとめり込ませる。ぽこんと亀頭の形に張り出した頬の形は、控え目に言って絶景だった。

「ああ、なんだそういうこと。分かった、二度寝しちゃだめだよー!」

必死で変な声を上げないように言葉を途切らせながら、フォランとの会話を成立させる事に集中すれば、どうにか最後まで言い切る事が出来た。多少不自然になってしまった気がしないではなかったけれど、フォランは特に追求することなくぱたんと扉を閉めて去っていった。
ぱたぱたと駆けてゆく足音が消えてもしばらくは、息を詰めて扉の向こうの気配を探る。そうして誰もいないと判断してほっと安堵の息をつこうとすれば、落ち着く間もなくじゅっと強く先端を吸われた。
思わず責めるような目付きでマイティを睨んでしまったけれど、ちっとも通じている様子はない。ほんのりと赤らんだ目尻を下げたマイティは、ずぼぼぼ、とわざとらしく濁った音を立てて竿に吸い付き頬をべこりと窄めると、吸い付く力はそのままに激しい抽挿を始める。
いつしか限界まで追い詰められていたそれは、長くは持たなかった。数度目、喉奥をがつんと突いたタイミングで「出る」と告げてマイティを引き離そうとしたけれど、当然のように離れてはくれなかった。
びゅくびゅくと吐き出した精を零すことなく口の中で受け止め、促すようにじゅうと管に残った精液を吸い取って舌で丁寧に舐めとると、止める間もなくごくりと飲み込んで満足そうにさすさすと喉を擦る。そんなマイティの様子に、アルドはしっかりと興奮しつつも脱力して長々とため息を吐き出した。

「……どきどきしたね~」
「……勘弁してくれ……」
「あれ、気持ちよくなかった?」
「……気持ちはよかった」

どきどきした、と言うマイティはちっとも焦っているようには見えなかったから、ため息を追加して控えめに苦情を申し立てる。するとわざとらしくそんな風に聞かれたから、迷った挙句正直な気持ちを告白すれば、あははと楽しげな笑い声が部屋の中に響いた。
気恥しさを誤魔化すように頭を振って無理矢理に思考を切り替えたアルドが、フォランにああ言った以上、さっさと身支度を済ませなければとベッドから降りようとすれば、マイティはそれ以上を仕掛けてくることなくあっさりとアルドから退いた。
着替えを始めればちくちくとマイティの視線が突き刺さっているようで落ち着かず、さっさと済ませてしまおうと無心で手を勧める。
そうして着替えを済ませ、細かな装飾品をつけようとしたところで、アルドを見つめるマイティの視線が、すっと真面目なものに変わった。

「ねえアルド。一人部屋に泊まるの、なるべくやめた方がいいよ。アルドってば鍵かけるの忘れるし、ここまでされても全然気づかなかったし」

ここまでしたのはマイティだろう、と反論しかけたアルドの言葉は、その真剣な眼差しによって喉奥に押し込まれた。どうやら真面目に心配されているらしい。鍵については全面的にアルドに非があったから、分かった、と頷いて神妙な顔で受け止める。
だけど、一つ誤解がある。それはきちんと訂正をしておかねばならない、と思い立ったアルドは、でも、から始まる言い分を口にする。

「さすがにオレだって他のやつだったら気づいてたよ。起きなかったのは多分、寝ててもそれがマイティだって分かってたからだと思う」

だから大丈夫、とアルドが断言すれば珍しくぽかんとマイティが惚けたように動きを止め、それから片手で顔を覆ってほんのりと頬を染めた。
別に特におかしな事を言ったつもりはないのにどうしたんだろう、とアルドが首を捻れば、さっきまではついぞ見せなかった恥ずかしそうな顔をしたマイティが、どこか拗ねたように口を尖らせた。

「……アルドのそういうとこ、ずるい」
「そういうとこ?」
「うん、そうだよね、アルドってそういうとこあるもんねー……」

そういうとこって何なんだとますます困惑するアルドに、マイティは一人で納得したように頷いてそれ以上詳しいことは教えてくれない。
さっぱり訳が分からなかったけれど、時々こういう事はある。
そういう時は決まって、いつもどちらかと言えばアルドを飄々とした態度で翻弄する事の多いマイティが、たとえばさっきみたいなことを平然とした顔でしてみせ、慌てるアルドを見ていかにも楽しそうに笑うマイティが、珍しく恥ずかしそうにしている姿を見せてくれるから、何が琴線に触れたかはちっとも分からないけど、案外嫌な気持ちにはならない。どちらかといえば、好きな方だ。
そんな思いを正直に口にしてマイティに告げれば。

「だから、そういうとこだよ~……」

くしゃくしゃに丸めた掛布を拾ってそこに顔を埋めたマイティの耳が、ひと目でわかるほど鮮やかに赤く染まった。