だいじょばない
「も、だいじょぶ、だからぁ……っ!」
息も絶え絶えに、喉の奥から必死で絞り出した言葉は、「まだダメだって」とのにべもない言葉で、あっさりと却下される。
マイティの部屋、ベッドに深く腰掛けたアルドの膝の上に、ちょうど尻の部分を乗せる格好でうつ伏せに横たわったマイティの息は、もうすっかりと上がっていて、顔を伏せた部分のシーツをじとりと湿らせていた。
息の音に混じってぐちゅぐちゅと響く水音は、アルドの膝に預けた自身の尻を解す音だと知っていて、ぶちゅり、一際大きく鳴ったそれに堪らず耳を塞いだけれど、音は消えてはくれない。
外から取り込む音を遮断した手のひらの内側にあるのは、けして音のない世界ではなかった。
くぐもった息の音、どくどくと脈打つ心臓の鼓動、雑音を払った分だけよりくっきりと浮かび上がった自身が生み出す音の中に微かに聞こえるのは、ぶちゅぶちゅと中を掻き回すもの。
一番聞きたくなかったものが、体の内側から響いてくる現実に、びくりと体を震わせたマイティが耳を塞いだ手を外せば、タイミングよく、ぽつりとアルドが呟いた。
「うーん、まだちょっと不安だな……」と、おそらくマイティに聞かせるためではないアルドの独り言を、しっかりと捉えてしまったマイティは、アルドからは見えてはいない顔、半開きになった唇の端をひくひくと引き攣らせる。
事の発端は、半月ほど前まで遡る。
その日も場所は同じ、IDAの寮のマイティの部屋で。
二人きりになれたのは久しぶりで、かつ、一緒にいられる時間はあまりなかった。部屋に入る前から互いにちらちらと目配せをし合って、無言のうちに二人を包む空気はちりちりと炙られて盛り上がっていたから、部屋に入るなり性急にキスをして、そのまま玄関先で服を脱がせあったのは、至極当然の流れだった。
けれど前戯まで慌ただしく済ませてしまったのは、いくら早く繋がりたかったとはいえ、良くなかったと思う。
結果として、マイティの尻の穴の縁が少し切れてしまったのだ。
気づいたのは交わったあと、果ててくてんと萎んだ竿を引き抜く段階で。ローションに混じって細い赤の筋が混じっている事に気づいたアルドは、大げさなくらいひどく慌てていた。
確かに、気づいてみれば少し痛くてヒリヒリもしたけれど、それほど大した怪我ではなかったとマイティ自身は認識している。興奮していたせいか、最中にはちっとも自覚がなかったし、二三日すれば痛みも消えて以降は特に不自由を感じる事もなくなった。
だから、そんなこともあったな、くらいの軽いハプニングとして受け止めていた。
しかしアルドの方は、マイティの思う以上に大いに気に病んでいたらしい。
それが分かったのは、今日、マイティの方から誘って部屋に入ってから。
マイティの誘いに見せたアルドの顔が、いつもと少し違うのには気づいていた。いつもなら少し照れくさそうに、だけどどこか期待を覗かせて笑ってくれるのに、今日のアルドは真面目くさった顔で考え込んで、躊躇う素振りをみせた。重ねてマイティが誘えばようやく頷いてくれたけれど、道中、ちらりと視線をやっても硬い表情は変わらない。
(うーん、今日はダメかも)
別に、四六時中ヤッていたいなんては思わないけれど、たまの二人きりの時くらいそういう事を期待してしまうのは、仕方がない事だと思う。繋がる心地良さを知って、回数を重ねるほどに深くなってゆく快感を覚えてしまえば、すまし顔で欲を押さえつけるのは難しい。
それでも、アルドが乗り気じゃないなら今日は諦めて、一緒に映画でも観よう、とマイティはさっと気持ちを切り替えることにした。とても残念ではあるけれど、それはそれで悪くないと思ってもいた。
けれど事態は、マイティの予想とは違った方へと進んでゆく。
部屋に入ったアルドは、映画をみようとマイティが言い出す前に、かしこまって体の具合を尋ねてきた。
それについてはもう、この半月の間、散々に聞かれたことだったから、答えるよりも先に苦笑いが浮かんでしまった。
「大丈夫だよ、ほんとだってばー」
きちんと言葉にして改めて告げれば、ようやくアルドの硬い表情が少しだけ緩む。
しかしまたすぐにきりりと表情を引き締めて、アルドは厳かに口を開いた。
「あのさ、今度はちゃんとするから」
「……うん?」
「絶対、前みたいにならないようにする。だから、マイティが嫌じゃなかったら、したい」
てっきり、今日はそういう流れじゃないと思っていたのに、そういう流れだったらしい。予想外の言葉に咄嗟に反応出来ないでいれば、アルドの表情がしゅんと寂しげに陰り、やっぱり嫌か、と肩を落としたから、そんなことないよ、僕だってしたいよ、と慌てて口にする。
それでもアルドの表情は優れないまま。無理はさせたくない、なんて言うもんだから、焦れったくなったマイティはアルドの傍に駆け寄って、二人きりの部屋、他の誰の耳もないのに、内緒話をするように小声で囁いた。
「あのね。僕だってしたかったから、もう、準備してるんだ」
何の、とは言わなかったけれど、アルドにはきちんと伝わったらしい。ちょっぴり目を丸くしたあと、ようやく笑顔を見せてくれる。
それでもまた、ちゃんとするから、と何度も念を押すアルドに、埒があかないと悟ったマイティはその手を握り、少々強引にベッドへと連れていった。
初めのうちは、いつもとさほど変わりがなかったと思う。
どちらともなく寄せた唇を、ちゅ、ちゅ、と軽く触れ合わせ、次第に深いものへと変えながら、互いの体を触り合う。裾から割り込んだ指に、くるくると円を描くように胸の尖りを撫でられれば、むず痒さの中にぞわぞわとした疼きを感じて、ふにふにと柔く指先で揉まれれば、擽ったさを快感が上回り始めた。
してやられてばかりではつまらないから、マイティからも仕掛けてやる。噛み付くような口づけの合間、舌先でアルドの弱い部分、舌の裏をねとりと舐めあげれば、胸に触れた指がびくんと強ばった。連鎖的にマイティも、強く芯を摘まれじわりと熱を溜める羽目になったけれど、構わずもっとと口の中に舌を伸ばす。
角度を変えて何度も口づけを交わす合間、邪魔になった上着を脱がせあって、欲求のままに肌に触れるうち、いつしか二人の唇は唾液でべたべたに濡れそぼっていた。
いつもから逸脱していったのは、そのあとから。
揃ってすっかり上がった息を軽く整えながら、手早く下も脱いで再び触り合い、その流れで一緒に後ろも解すのがいつものやり方だったのに、今日はそうならなかった。
アルドはズボンだけ脱いで下着は履いたまま、マイティだけ脱がせるとベッドに腰掛けてぽんぽんと膝を叩き、そこにうつ伏せるように言う。
言われた通り寝そべれば、アルドがいつの間にか手にしていたらしいローションの蓋をあける音がして、次いでぬちゃぬちゃと手のひらに馴染ませ温める音が聞こえる。
何をされるか、予想はついていた。いつもより念を入れて後ろを解してくれるつもりらしい。
そんなに気にしてたんだなあ、と俯いて小さく笑ったマイティは、そんなアルドの行動を微笑ましく受け止めていた。すぐに治ってしまった傷のことを、アルドがいつまでも気に病んでいた事に、少しの罪悪感と嬉しさを覚えて、体の力を抜き、しばしアルドに全てを委ねてしまうことにした。
だがしかし。
微笑ましい、だとか、嬉しい、だとか。
思っていられた時間はそう長くはなかった。
ぬるぬるとぬめったローションを馴染ませるように、表面を何度もすりすりと指で擦られた時点で、あれ、もしかしてヤバいんじゃないかな? との予感はあった。
いつもならある程度馴染めばすぐにするりと中に潜り込む指が、なかなか入ってきてはくれず、執拗に表面だけを這い回る。
刺激としては物足りないのに、ゆるゆると撫でられるうち物足りなさの中に淡い熱が生まれてゆく。くるりくるり、縁にそって指が辿れば、指の熱が移ったような心地を覚えてゆく。
そんな控えめなノックのような柔らかな刺激に釣られたのか、ひくり、ひくり、異物を咥えることを快感として教えこまれた穴が、強請るようにひくつきはじめ、まだ中に触れられてすらいないのに先走って、ローションの一部を内に飲み込みはじめる。ちゅぷりと浅い部分を濡らした液体の感覚に、きゅんと腹の奥が疼いて、そのせいで勝手にきゅううううっときつく引き絞られた中の肉が、取り込んだ液体を更に内へと引き込むのが分かった。
もう、早く、挿れてほしい。
シーツにぐりぐりと頬を押し付け、マイティは心の内で叫ぶ。実際、何度か声に出してアルドにも告げた。
だって、こんなの、まるで。
どれほど自分の体がそれを欲しているのか、まざまざと思い知らされるようだったから。
ようやく指が一本、侵入してきた時には、ほっと安堵の息を吐いたほどだった。
クセになったかのように、意志とは裏腹に収縮を繰り返す穴には、何も嵌っていない状態よりも締め付けるための何かがある方が自然な気すらして、ぎゅっと締めた穴の内側、返ってきた硬い感触が心地よかった。
叶うならばそのまま一気に指の根元まで突き込んで、めちゃくちゃに掻き回してほしかった。
けれどまたしても、アルドの指はマイティの思うように動いてはくれない。
ほんの指先、おそらくは第一関節あたりまで。少し入れては引き抜いて、ちゅぷちゅぷとごく浅い部分で抜き差しを繰り返しながら、ぐるり、指の腹で丹念に縁の裏側、皺の一つ一つを伸ばすような執拗さで、ローションを塗り込めてゆく。
ごくごく弱い刺激はむず痒さを募らせるだけ、あんまりにも焦れったくて自ら手を伸ばして掻きむしってやろうとすれば、何か誤解したらしきアルドにやんわりと手を包まれて、きゅ、きゅ、と優しく握られてしまい、それは叶わなかった。
たぶん、これまでだって。
繋がった入口、限界まで伸び切った縁をごりごりと擦られる動作にも、快さは覚えていたけれど、それはある種の苦しさが転化したものだった。有り得ないくらい拡げられて、内から押し広げる圧迫感の異様さに興奮して、アルドと繋がっているのだと実感してこそ、得られる類いの快感だった。
なのに、今与えられているものは、それとは全く違う。既に指一本では苦しさも覚えなくなったそこを、ゆるりと刺激されて募ってゆくこそばゆさと、背中にはい登ってゆく痒みは、たぶん、そうだ、乳首を撫でられた時のそれと似ている。
最初のうちはちっとも気持ちいいだなんて思えなくて、くすぐったいだけで、どちらかといえば不快感すらあったのに、いつのまにかその中に熱が混じっていたもの。
似ている、と思った途端、緩慢に背中を上っていたそれが一気にぐわりと体中に広がって、ぽうっと火をつける。名前のついていなかった感覚が快感の芽と結びつき、急速に育ってゆく。既にいくつもの場所でそれを学んでいた体は、さすりさすりと優しく縁を刺激される動作に、明らかな快感を拾い始めていた。
もしかして、なんてものじゃない。
確実に、ヤバい。
ぐるり、指の腹が縁を一周しただけで、びくんと背中を反らし、鼻から抜ける息だけではとうとう内にこもる熱を逃がしきれなくなって、薄く唇を開いたマイティは、ねえ、必死にアルドに強請る。
もう、大丈夫だから挿れて。
辛うじて揺らがなかった声に、アルドは曖昧な返事をしながら、確かめるようにくるり、指でもう一周。ひ、と飛び出しかけた悲鳴を喉奥ですり潰し、ねえ、重ねて呼びかける。
分かったよ、と微かに笑って応えたアルドの声に、ふ、と体の力を抜きそうになったけれど、油断するにはまだ随分と早かった。
「んあぅっ……!」
ゆるゆると奥へ向けて差し込まれた指、先端がちょんとある一点を掠めただけで。
元々触れられれば強い快感を得ていた場所、前立腺。
ただでさえ気持ちの良いそれに加え、じわじわと募っていた熱までも巻き込み、ぶわりと膨れ上がった甘い疼きが一気に脳天を突き抜けて、ちかちかと目の前に火花が散る。一瞬ずんと重くなった腰は、痛いくらいにぎゅっと引き攣れてから、びゅうっと弾けた。
尻を乗せたアルドの膝、僅かに触れた布の感触。それがじとり、自身の出したもので湿る気配を感じてマイティは、はあはあと荒い息を吐き出しながら、耳を赤く染める。布越し、自分とは違う熱を今更ながら意識して、もぞり、膝を擦り合わせた。
アルドは一瞬動きを止めて、「良かった、痛くはないみたいだな」なんて、呑気に呟いて再び指を動かし始める。
痛いなんてとんでもない。気持ちよすぎて、苦しいくらいなのに。
「あ、あう……」
「んー? 大丈夫だからな、痛くないように、マイティの好きなとこもいっぱい触るから」
アルド、と呼びかけようとした言葉は、縺れた舌のせいでうまく音になってはくれなかった。マイティの言葉をどう受け取ったか、安心させるような穏やかな声色で、全然安心できないことを語りかけながらアルドは、宣言通りこりこりと指の腹でしこりを撫で付ける。
まだ余韻の残るそこを、重ねて刺激されてはたまったものではない。すぐさま吐き出すような余力がない分、ずくんずくんと生み出されてゆく疼きは内に燻ってゆくばかり。びくびく、反射的に震える足の裏の振動にすら甘さが付加されてゆき、あ、あ、と切れ切れに絞り出す声は、シーツに吸い込まれ消えていった。
一本、二本、三本。
指が一つ増えてゆくたび、アルドはたっぷりと時間をかけて形を馴染ませていった。
ぐちゅりぐちゅり、抜き差しする指の形に違和感を覚えなくなって、擦れる熱で二つの体温の境界が曖昧になってしまうまで、執拗に。
けして急こうとはしない、あまりにも緩慢な動きは、優しすぎて拷問のようだった。
許容量をこえた快感にくらくらと眩暈がし始め、何度背が跳ねたか分からない。数えきれないくらいイッた気もするし、もしかしてずっとイキっぱなしだったのかもしれない。一体どれがイくという事なのか分からなくなって、何もかもが苦しいぐらい気持ちよかった。
視覚でもわかりやすく、吐精した二度目。
「あんまりイキすぎるとつらいよな」とそこでようやく、気づいたらしいアルドがしこりを触るのは止めてくれたけれど、それっぽっちじゃ、燻った熱は冷めてはくれない。
だって穴を、入口を、ごしごし擦られるのも気持ちよくって、きゅうう、中が収縮を繰り返す度、アルドが触らなくったって勝手に前立腺がじんと痺れて、ぐ、と指の根元で少しずつ拡げてゆかれるのもたまらなくって、内壁、柔らかい肉をアルドの指がそろりと撫でるたび、体中を刷毛で撫でられたような柔らかな快感が喉元までせり上がってきて、全部、全部、気持ちがよかったから。
それなのに。
イっているのとイっていないのの境目が分からなくて、おそらくはずっと緩やかな絶頂を繰り返していて、指先まで気持ちいいのに、物足りなくて仕方ない。
指では届かない、もっと奥。偽物の作り物でも、そこを突いたことはない。アルドだけが知っている、アルドだけに許したそこを、思い切り突いて欲しかった。奥までいっぱいにして、全部、アルドで埋めて欲しかった。
気持ちいいのに足りなくって、甘い絶頂の波に包まれているのに、じわりじわり、悲しさが胸に込み上げてくる。
だいじょうぶ、ねえ、もう、おねがい、はやく、ほしい、あるど、ちょうだい、いれて、あるど。
きっと半分も、うまく紡げてはいなかった。口にした筈の言葉が、不可解な音の羅列になって自身の耳に届くのをどこか不思議な気持ちで受け止めながら、マイティは何度もアルドに懇願した。
それでもアルドはなかなか、願いを聞いてはくれない。
もうちょっとだからな、まだ少し心配だから、とあやすような口ぶりでマイティを宥めながら、指でぐ、ぐ、と慎重に縁を押し広げてゆく。
やがて四本目まで挿入された指をくぷりと包み込み、腹をひくつかせて、あるど、呼びかけたマイティの声が、涙混じりに濁って潰れるに至ってようやく。
ゆっくりと指が引き抜かれた。
途端ににすうすうと落ち着かなくなった尻を微かに左右に振ると、小さな笑い声のあと、アルドに抱き上げられてベッドに横たえられる。
最初、うつ伏せにされてしまったから、いやいやと首を振って抗議をする。
「この体勢の方が楽じゃないか?」と気遣わしげな声がしたけれど、それでもゆるゆると首を横に降り続ければ、ぱたんとひっくり返されて、ようやくマイティの視界にアルドの姿が目に入った。
マイティの出したもので濡れた下着を脱いだアルドは、ベッドの上に膝立ちで乗り上げながら、片手で自身のものをゆるゆると扱いている。
既に体に対して垂直まで勃ちあがっていたそれが、アルドの手が動くたびにぐ、ぐ、と反りあがってくのを見たマイティの口の中に、じゅわりと唾液が溢れ、知らず知らず足が開いていた。
「じゃあ、挿れるぞ。痛かったら隠さずに言ってくれよ」
向かい合った体、ぴとり、ぐずぐずに解れた穴にアルドの切っ先が宛てがわれただけで、ぞくりと体に震えが走る。収縮を繰り返す縁は、もう待てないとでも言うように軽く先っぽの肉を咥え込み、内へ引き込もうと忙しなく動いている。マイティはそれに最早羞恥を感じることもなく、むしろ後押しするように、つ、と尻を揺らして、はやくはやくとアルドをねだった。
本当は、一気に奥までぶち抜いてほしかった。足りない中をすぐにいっぱいにしてほしかった。
だけど今日のアルドは、どこまでも緩やかだった。
くぷん、飲み込んだ亀頭の形に一気に閉じた縁が拡がり、きゅんと腹を疼かせるも、すぐさま劇的な快感は押し寄せてこない。
ゆっくり、ゆっくり、のろのろとアルドの陰茎がマイティの中を進んでゆく。じわ、じわ、少しずつ進むせいで、突かれているというより、自身が拓かれてゆく気がしてたまらなかった。アルドのものに沿って形を変える肉壁は、誂えたようにぴたりと隙間なく寄り添い、焦がれた熱に夢中で吸い付いている。
少し進む度に、確かめるように指先でぱつぱつに拡がった縁をなぞられる。そのたび、アルドを咥えた穴の形を意識して、ぼう、と思考が心地良さで犯されてゆく。
どろどろに蕩かされた中、あまりに遅すぎる侵入は摩擦を生むことなく、にゅるりと滑らかに異物を受け入れていくせいで、いつも感じていたような衝撃と混じった快感を覚えることはない。
その代わり、奥を暴かれた分だけ、柔らかな甘い疼きが波のように押し寄せて、引くことなく積み重なってゆく。膨らんだ快感は一欠片も零れ落ちることなく、中に燻り渦巻いてゆき、少しずつ少しずつ、天頂に向けて押し上げられてゆく。
そして、ついに。
とん、と。
「っ、あ」
奥を軽く叩かれて、口から漏れたのは短い一音。
声に合わせてきゅっと腹の奥が引き絞られ、狭まった最奥に、アルドの形をまざまざと感じ取った。
その、一拍の後。
風船のように膨れに膨れた快感の塊が、ぱん、と弾けた気配がして。
「ーーっ! あ、あ、あ、あー……、あ……」
溜まりに溜まった快感に、一瞬で体の全てを支配された。
中も、奥も、腹も、指も、頭も、唇も。
それぞれに気持ちが良いものだから、体が快感でバラバラになってしまったようで、なのにどこかしこも気持ちがいいから、全部溶けて一緒になってしまったような気もして、訳が分からなくなる。
頭のてっぺんから足の先まで、ひたひたの快楽に一気に浸されたマイティは、確かにそれが気持ちがよいと分かっているのに、溢れては湧き出る快感の処理に頭が追いつかず、虚ろな目で開いた口から意味のない音をひたすらに漏らし続けた。
「……か? 大丈夫か、マイティ?!」
はっと正気に返ったのは、焦ったようなアルドの瞳を眼前に見つけてから。
「あ、るど……っ、んん、ひゃ、あっ、ーーっ!」
視覚が捉えた目の前の彼を、アルドと認識したと同時。ようやく追いついた頭に、快感の渦を一気に叩き込まれ、跳ねた声を上げながら、びくん、びくん、小刻みに体を痙攣させた。
「らい、じょっ、ぶっ……、きもち、きもひ、っだけぇえ……ね、もっと、もっと、してぇ……っ!」
腹の奥底から突き上げる快楽に翻弄される合間、心配そうなアルドに何とか告げれば、陰った瞳が柔らかく緩んだ。
ちゅ、ちゅ、と汗に濡れたマイティの額に柔らかなキスを落としたアルドは、動くぞ、と低い声で囁いて、ゆっくりと陰茎を引き抜いた。ずるり、吸い付く肉まで一緒に引き抜かれたようで、衝撃に喉を晒して仰け反った。かと思えば、再び奥まで抉られて、鋭い快感に身の内を引き裂かれる。たまらずアルドの首に手を回してしがみつけば、やんわりと抱き返されて、そのままごつごつと、いつもに比べれば遅いペースで、浅い部分から最奥までを丹念に舐るように嬲られる。
ひゃんひゃんと啼きながら、与えられる刺激にうっとりと浸っていたマイティだったけれど、抜き差しされる回数が増えてゆくうち、頭の片隅に残った理性が一抹の不安を囁いた。
「ある、あるど、っは……きもち、よく、ないっ?」
しがみついた耳元、湧き上がった不安をそのまま口にすれば、アルドの動きがぴたりと止まる。
だっていつもなら、アルドだってとっくに達している頃合いだった。多少ピストンの速度が遅いことを鑑みたって、何度も体を重ねた間柄、ある程度ペースは把握しているつもりだ。
だからもしかして、気持ちいいのはマイティだけで、アルドは全然よくなかったんじゃないか、生まれた不安が茹だったマイティの頭にヒヤリと水を差した。
気持ちいいことは好きだけれど、アルドだって気持ちよくなければ意味が無い。ちゃんと、一緒によくなっていなきゃ、あまりにも独りよがりで寂しい。
「すごく、気持ちいいよ」
そう答えたアルドに、しがみつく腕の力を少し緩めたマイティは、至近距離からアルドの瞳を覗き込む。そこに優しい嘘が潜んでいないか、確認するために。
するとアルドは、なぜだか照れたように笑って、実はさ、と先を続けた。
「マイティとする時、いつもオレ、がっついちゃうからさ。今日は絶対そうならないように、先に抜いて来たんだ、二回」
「……え?」
それを聞いたマイティは、一瞬だけ、完全に冷静さを取り戻した。
抜いてきた、二回。つまり、今は実質、三回目。
アルドのペースは大体、把握している、つもりだ。
いつもはしたって、二回で終わり。
三回したことあるのは、たった一度だけ。
その時は確か、そうだ。先の二度に比べて、なかなかイッてはくれないアルドに途中でマイティの体力が尽き、寝落ちてうやむやで終わった記憶がある。
「……さんかいめ?」
「大丈夫、さすがに一回しか無理そうだけど、ゆっくりやるから!」
思わず聞けば、返ってきたのはいい考えだろと言わんばかりのアルドの笑顔。それを見たマイティは、今度はアルドから全て見えている顔、さんかいめ、呟いたの形のまま固まった唇の端を、ひくひくと引き攣らせた。
既に体力は風前の灯火。しかしこの分だと、まだまだアルドは達しそうにない。
(あるど、それ、ぜんぜんだいじょうぶじゃないよ……)
ヤバいなんてもじゃない。
とんでもなく、ヤバかった。
心のうちでそっと呟いて、思わず遠い目をしたマイティは、とても正気では付き合っていられないと瞬時に悟り。
とりあえず、残った理性をまとめて彼方にぶん投げて、眼前の快感に流されてしまうことにした。