幻の夢で遊ぶ
(あ、れ……?)
ぴとり、切先を宛がった後孔の縁、いつもと微妙に違う感覚にアルドは動きを止める。
ふかふかのベッドの上、自ら膝裏に手を差し込みぐいと太ももを持ち上げ、アルドを受け入れやすい格好で待っていたマイティが掠れた甘い声で、どうしたの、と囁いた。
「いや、何だか違和感がある、ような……?」
何かが違う気がするのに、何が違うのか分からなくて、正体不明の違和感にアルドが戸惑っていれば、ふすり、マイティが笑う息の音が響いたかと思うと、とろりと蕩けていた瞳を悪戯っぽく煌めかせた。どうやらマイティには心当たりがあるらしい。
けれどマイティはそれをアルドに説明することなく、ぐ、と微かに尻を揺らしてアルドの方へと押し付けてくる。ねえ、息の音だけで呟いたマイティの声は、ひどく艶やかで、誘っているのが明白だった。
違和感の正体は気になるけれど、そんな風に誘われて反応しないでいるのは難しい。
アルドはごくりと唾を呑み込んでから、片手は自身の陰茎に添えて、片手は膝裏に差し込まれたマイティの手の甲ごとそっと押さえながら、ぶちゅり、一気にカリ首まで中に埋め込む。そうしてゆっくりと絡みつく内壁を掻き分け、先端が前立腺の辺りまで進んだところでまた、アルドはぴたりと動きを止めた。
「なあ」
マイティに呼びかけるアルドの声は、少し固い。眉尻はへにょりと下がり、開いた唇は困惑の形をしていた。
「い、いつもと、違うんだけど……ええと、マイティの中がなんだか……」
動揺を滲ませながら、気づいた違和感の正体について口にすれば、はぁあ、と心地よさそうに深い息を吐き出したマイティが、くすくすと笑って小さく顎を動かし頷いた。
「うん、違って、当たり前なんだぁ……だってこれ、僕の体じゃなくって、アバターだからね」
悪戯が成功した子供みたいに、にいと目を細くしたマイティは、アルドが支えていない方の足を伸ばしてアルドの腰に絡めると、催促するように踵でこんこんと腰を叩く。未だ理解の及ばぬまま、目を白黒させていたアルドだったけれど、急かされるままに腰を奥へと進めてゆくと、今度はマイティの手がせがむようにアルドの方へと伸びてくる。それにつられて上半身を屈めれば、途端にするりと首に絡んだ手にぐっと引き寄せられ、あっという間にマイティの頬がアルドの頬にすり寄せられた。
「ほら、ここ、VR……幻の、夢の世界だからさ。体の外側は、細かい部分までトレースして、再現してるけど。ナカまでは、僕のままじゃないんだ」
近づいた唇で、耳元に囁きこまれて、ようやくアルドはここが現実の世界ではなかったことを思い出す。
たまにはこういうのもいいかと思って、とマイティに誘われて、今日はばーちゃるなんとか……幻の夢の世界で、体を重ねる事になったのだ。最初のうちはちゃんと覚えていたものの、あまりに思い通りに動く上にベッドでマイティといちゃつくうち、すっかりと頭から抜け落ちていた。
だって外側の輪郭は、ほぼ生身の肉体と遜色がなかったから。腕を回した腰も、鼻先を押し付けた首筋も、握った手のひらも、アルドのよく知るマイティの形をしていたから、幻の夢を意識させられる事がなかった。
(ああ、でも、そうだ)
頬にくっつくマイティの肌は温かいけれど、ずっとぴたりと触れたままなのにさらさらしていて、汗ばむ気配がない。すん、と鼻を動かして匂いを確かめても、汗の匂いもマイティの匂いもしなかったから、アルドはこれが本物ではないのだとまじまじと理解する。
そうして一度理解してしまえば、そういえば確かにちょっと変だな、と本格的に違和感を覚える前から、あちこちに点在していた些細な引っかかりが掘り起こされて、そういう事だったのか、ともう一度納得した。
と、そこまで考えたところで、改めてアルドは今の状況を思い出し、少し慌てる。
ずぶり、根元まで埋め込んだ陰茎の先端は、一番奥にこつりと当たり、閉じた柔らかな肉を緩やかに押し潰していたけれど、それ自体いつもと大きく違う。いつもならマイティの奥、突き当たりはもう少し手前にあって、根元まで埋めれば先が曲がった管を強引に押し広げ、ちょうどカリ首の部分までしっかり咥えられてしまうのに、今は鈴口がちょっと埋まるくらい。
いつもとは全然違う感覚にまるで、違う誰かを抱いているみたいな心持ちになって、言い知れぬ気まずさと罪悪感が込み上げてくる。
急いで首に回った腕からやんわりと逃れ、少し距離を置いてその持ち主の顔を確認すれば、そこにはアルドのよく知るマイティがいた。汗ばんではいないものの、頬はうっすらと色づき、細められた目は心地よさを示している。
恐る恐る、一旦腰を引いてから数度抜き差しをしながらその表情を確認すれば、アルドの動きに合わせて目の前の顔、半開きになった唇から、あ、あ、と切なげに短い喘ぎ声が漏れだし、強めに奥を叩けばひ、と仰け反った喉が露わになる。その反応は全て、アルドのよく知るマイティのものだった。
マイティと体を重ねるのは単純に気持ちがいいから好きで、だけどそれだけじゃなく、気持ちよさそうにしているマイティを見るのだって同じくらいか、それ以上に好きだ。
だから、アルドの動きと連動していい反応をしてくれるマイティの顔を至近距離からじっくりと見てしまえば、それだけで興奮してしまうのに、別の人間を抱いているような違和感を未だ消し去る事が出来なくって、ゆるゆると腰を動かしつつ、アルドは混乱し始めていた。
気持ちいいのに変で、マイティなのにマイティじゃなくって、この場には二人だけしかいないのに、全く別の誰かを間に挟んでいるような気もして、快感が深まるのに比例して言い知れぬ後ろめたさが心の中に広がってゆく。
そんなアルドの内心を見透かしたように、は、ふ、と短い吐息を零す合間を縫って、マイティが切れ切れに言葉を紡ぐ。
「アルド、の、かたち、んっ……、いつもと、ちが……っ」
「……気持ちよく、ない?」
「んんん、きもち、いっ」
アルド自身、自分のものがそこまで変わっている自覚はなかったけれど、アルドのものもマイティにしてみれば違う形に感じられるらしい。もしかして受け入れるマイティのナカの具合が随分と違っているから、違うように感じるのかもしれない。
勝手が違うせいで、気持ちいいのは自分だけだったらどうしようかと一瞬過ぎった不安は、すぐに否定の言葉で打ち消されたけれど、直後。
――違う誰かに抱かれてるみたい。
小さな声で囁いたマイティの声に、ぶちり、何かが切れる音がして、かあっと脳が焼けるように熱くなる。
気づけば、ぱんっぱんっ、と皮膚と皮膚がぶつかる乾いた音が高らかに鳴り響くほどに激しく腰を打ち付けていた。ぐつぐつと腹の中で何かが煮えたぎっていて、喉の奥が詰まったように苦しくてたまらなくて、激しい感情の波が皮膚のすぐ下から突き上げるように、体を苛んで仕方がない。
そんな行き場のない激情を全てぶつけるかのように、アルドは荒々しくマイティを突き上げる。
目の前の開いた唇から零れるのが、うっぐっと苦しげな呻き声に変化したのに気づいても、止めなきゃと思う理性とは裏腹に、ますます打ち付ける力は強くなってゆく。まるで腹を殴られでもしたかのような低い声を出しながら、それでもマイティの中はひくひくと妖しく蠢いてはアルドを包んで刺激して、制止の声の代わりに、もっともっと、悲鳴のように強請る声が、ごつごつと鈍く骨がぶつかる音に混じって部屋の中に響く。
止めないマイティが、苦しげに呻くくせに気持ちいい時の眉の寄せ方をしているマイティが、違う誰かに抱かれてるみたいだと言ったマイティが、憎らしくてたまらなくて、苦しくて仕方ない。
なのにアルドのものは萎える気配もなくむしろマイティの中、ますます張り詰めていっていて、煮える腹の底に溜まった暗い塊に脳髄まで焼かれてしまいそうなのに、気持ちよくってたまらなくて。
紛れもなくアルドは、興奮していた。
嫉妬だ。
そうして、身の内に渦巻く激情の名前を見つけた瞬間。
アルドは最奥に精を放ち、そのままマイティの上へと倒れ込み、ベッドの隙間に差し込んだ腕できつくマイティを抱きしめる。
「アルド、怒っちゃった?」
「怒ってない」
「……ごめんね」
幻の夢の中だからなのか、いつもならしばらくは快感の余韻から抜け出せずびくびくと体をひくつかせているマイティなのに、すぐに呼吸を落ち着けて、アルドを抱き返しながら、落ち着いた声色でそっと囁く。情交の名残もないその声には、隠しきれないバツの悪さが滲んでいた。
怒っていない、と告げた声は想像した以上につっけんどんに響いてしまい、続くマイティの声はますますしゅんと萎れてしまっている。
マイティに怒っていないのは本当だ。
ただアルドだって後ろめたくって、どこか不貞腐れている自分がいるのも自覚していた。
嫉妬をしていたくせに気持ちよくなっていて、もしかしたらいつも以上に興奮してしまっていた気もして、そんな自分が後ろめたくて納得がいかなかった。マイティには怒っていないけれど、そんな自分自身が腹立たしくはあった。
心を落ち着けようと深呼吸の代わり、大きくため息をつけば、背中に回ったマイティの指がぴくりと震えて、ごめんね、ともう一度小さな声が耳元に響いた。
それを受けたアルドは、苦笑いを浮かべて、怒ってないよ、とさっきよりは和らいだ声で告げてから、抱きしめる腕に力を込める。
「ここから出たら、今度はちゃんとマイティを抱きたい」
「……うん、僕も。したい」
真面目な声で囁けば、照れたようにマイティも同意してくれて、数拍の後、どちらともなくくすくすと笑い合う。
嫉妬交じりの情交にひどく興奮したアルドがいたのは事実で、気持ちを落ち着けて振り返ってみれば、嫉妬に煽られて感情にまかせて好き勝手に動くことに快感を感じてもいたけれど、それでもやっぱり本物のマイティがいい。激情と共に性急に果てるより、本物のマイティを緩やかに蕩かしていって、じっくりと体を繋げる方が好きだ。
すん、と蠢かせた鼻には、いつもなら情交後、濃くなった汗交じりのマイティの匂いでいっぱいになる筈なのに、味気のない空気が通り抜けるだけで、いよいよ物足りなさできゅうっと胸が切なくなる。
ほんの少しの間感じていないだけのマイティの匂いが、既に焦がれるほどに懐かしくてたまらず、早く取り戻したくて仕方がなかった。