カウボーイ


「無理しなくてもいいんだぞ?」
「無理じゃないってば。……アルドは、何もしちゃだめだよ」

気遣うようにアルドがかけた言葉に、少しだけつんと尖った声が返ってくる。それはマイティにすれば珍しく拗ねたような色を孕んでいて、ごめんごめんと謝りつつも、可愛らしさにアルドは堪えられずゆるりと頬を緩める。
ニルヴァの宿、広いベッドの上に素っ裸でごろりと仰向けになったアルドの太ももに、同じように服を脱いだマイティが跨っている。いつもはどちらかといえば、ふわふわと柔らかな表情を浮かべている事が多いのに、今はまるで強敵に相対した時のように僅かばかり緊張を孕んだ顔つきで、じっとアルドの下半身を見つめていた。

今日は僕がアルドの事を気持ちよくしてあげる、と言い出したのはマイティの方で、それを聞いたアルドは抱かれる事も視野に入れた上で、分かったとすぐさま頷いた。
いつもはアルドがマイティを抱くばかりで、受け入れる側に回ったことは一度も無かったから、不安に思う気持ちが無かった訳では無い。けれどマイティの方からそういった話をしてくる事自体滅多にない事だったから、それが何であれ聞いてやりたいと即座に不安を飲み込んで、マイティの言い分に従うことに何の躊躇いも覚えないほどには、アルドはマイティの事を愛しく思っている。

しかし思っていたのともしかして違うのかもしれない、と気がついたのは、宿の部屋に入って交互にシャワーを浴び、ベッドの上に仰向けに寝転がるように指示されてから。アルドは何もしないでね、と宿までの移動の最中も何度も念押しされたから、後ろの準備すら済ませてはいなかったアルドの上に、よいしょと跨ったマイティの姿を見て、アルドは思わず首を捻る。

「マイティ、これは……?」

さすがに何の準備もないまま受け入れるのは難しく、それはマイティだってよく分かっているはずだ。けれどこの体勢ではそんな準備すらも始められそうにない。
だからこんな格好でどうするつもりか、と言葉少なに尋ねたつもりだったけれど、そんなマイティは別の意味に受け止めたらしい。

「アルド、もしかして知らないの? こうやって僕が上に乗って動くの、騎乗位っていうんだよ」

どこか得意げに笑って答えたマイティの言葉にようやく、気持ちよくしてあげる、の正確な意味を理解したアルドは、いっそ無邪気にも見えるマイティの笑顔に、半勃ちだった陰茎が一気に張り詰めびよんと跳ねように反り返ったのを自覚して、かっと頬が熱くなる。

共に旅をする中で仲間として見るマイティは、のんびりとした空気とは裏腹に案外としっかりとしていて、飄々として掴めない所もあって、面倒事に巻き込まれた時ものらりくらりと躱す強かさも持ち合わせている。戦闘の時は勿論のこと、日常の様々な場面でもアルドよりも余程大人びて見えることだって多い。
けれどアルドと二人きり、服を脱いだベッドの上のマイティは、ひどく拙くて稚く見える。

そもそも未来の世界においては、アルドたちの村でそうだったように、酔っ払った村の大人達に絡まれて女性の悦ばせ方の講釈を延々聞かされることもなければ、下卑た猥談でからかわれることもないし、成人の折に花街に連れていかれるような風習もない。最低限の知識は学ぶけれど、自然とそんな話がどこかしこでも聞こえてくるような環境ではなく、特に未成年の目にはむやみと触れないように気を配られているらしい。
それでも知ろうとすれば知る術はアルドたちの時代以上に存在しているけれど、逆に言えば積極的に知ろうとしない限りは増える知識ではなく、マイティは特に興味もなく自ら知ろうとはしなかった部類に入っていたという。
だって性欲より仕事と睡眠の方がずっと重要だったし、とそんな話になった時に少しむくれていたマイティに、仕事でそういう夢に鉢合わせる事はないのかと疑問に思ってこっそりと尋ねてみれば、そちらも随分と少ないらしい。夢魔は陽の気より陰の気に惹かれやすいから、という説明を詳しく聞けば、淫夢の類は陽の気を発している事が多いから、夢魔もあまり好んで寄り付かず、必然的にマイティたちがそんな夢に当たることも殆どないのだという。

だから、と言っていいのか分からないけれど、マイティの性的なものに対する知識は、下手をすればバルオキーの村のちびたちよりもささやかで可愛らしいものしかなかった。アルドと体を重ねるようになってから、段々と詳しくはなってきたけれど、最初のうちは何をするにもおっかなびっくりで、今だって以前に比べれば随分と慣れたとはいえ、まだまだ物慣れないところがある。正直に言って、すごく興奮する。

騎乗位についてはアルドも知っている。確かまだ精通もしてなかった頃に、村のおじさんたちから様々な体位について聞いてもないのに教えられた記憶がある。名前の響きが面白くって、わらべうたの節に乗せて替え歌にしてダルニスたちと歌っていたら、爺ちゃんたちにものすごく怒られたのでよく覚えていた。
けれどアルドはマイティの言葉を訂正することなく、そうか、と頷いた。
マイティ自身、そういった事に疎い自覚はあるのか、たまに新しい知識を仕入れて披露する時、更にはそれをアルドが知らない素振りを見せると、とても得意げに笑う、その顔を見るのが好きだからだ。普段、仲間たちといる時はけして見られないその、少し子供っぽい無邪気な顔は、アルドだけの特別の一つだった。

にこにこと機嫌よく騎乗位の説明をしてから、またマイティはきりりとした顔つきに戻ってアルドの下半身を見つめる。アルドは急かすことなく、その様を見守った。
何度か大きく胸を上下させて息をして、ごくり、喉仏を動かして唾を飲み込んでから、ゆっくりとマイティの指が反り返ったアルドの陰茎に、そっと触れて優しく側面を擦る。微かな刺激は焦れったく、とても快感を拾えるほどのものではなかったけれど、真剣な顔でそろそろと手を動かすマイティを見ているだけで、じわりと先走りが溢れた。

「アルド、気持ちいい?」
「ん……気持ちいいよ」
「へへへ、そっか、良かった」

ちらりと上目遣いでアルドの表情を伺ったマイティに、こくりと頷いてみせれば、ぱあっと明るい色が顔中に広がった。本当はもう少し強く握ってほしかったけれど、今日は全てマイティに委ねると決めたのだ。何よりマイティが自ら何をしてくれるのかが楽しみで、迂闊な言葉で変に歪めてしまいたくない。
そのまま何度か陰茎を擦ってから、ふと思い出したように手のひらでやわやわと袋を揉まれた。それはアルドがマイティによくしてやる事の一つで、真似をしているのかと思うとそれだけで極まって達してしまいそうになる。刺激はやっぱり少し物足りないままだったけれど、合間にちらりちらりとアルドの様子を確認するマイティが可愛らしくって、ある意味では視覚からの情報だけで十分すぎるほど十分だった。

一通り撫で回してから最後、先走りを指ですくって満足そうに笑ったマイティは、すぐにはっとした顔になって体を捩り、近くにあったローションの器を手にすると、蓋を捻ってとろりとした液体をアルドの陰茎に垂らしていった。

「あ、違う、ごめんアルド……! あっためなきゃ……」

その冷たさに思わずびくんと身体が震えれば、すぐに察した様子で焦りを顔に滲ませたマイティが、両手で陰茎を包み込む。少し驚いただけで放っておいてもすぐに慣れるものなのに、魔物に不意打ちをされた時より余程焦った顔をしているマイティが新鮮で、アルドは沈黙を貫いた。大事そうに両手で陰茎を包むマイティが、温めようとしているのかにゅるにゅると上下させる手の動きが、さきほどよりも刺激が強くて気持ちがよく、うっかりと達してしまわないように奥歯を噛み締めて、声を出す余裕が無かった事もある。マイティ本人は至って真剣に温めようとしていて、いやらしい思惑なんて全く潜んでない事が分かるからこそ、その落差がますます興奮を煽ってきてなかなかにタチが悪い。

ようやくローションが体温と同じ温度に温まった頃には、アルドは半分己の欲求に屈しかけていた。
もうこれ、このままマイティの腰を掴んでぶち込んで、思い切り腰振っちゃだめかな、だってもう十分気持ちよくしてもらったし、これ以上我慢するのも厳しいし、オレがやりたいようにやっちゃだめかな。
焦らしに焦らされたせいで鋭く尖った欲がぴしぴしと理性にヒビを入れてゆき、今にも脳裏に描いた通りの未来を実現させるべく、手がマイティの腰を掴まんと伸びかける。
けれどそんなアルドの行動を制したのは、ガタガタの理性ではなく、もう一つの欲求だった。
だってまだ、重要なものが残っている。マイティがどういう風に、アルドを自ら内に迎え入れてくれるのか、それを見ていない。今までの前戯のようなあれこれでされ、あんなにも煽ってきてくれたのだ。絶対に可愛いし興奮するのは分かっている。ものすごく見たい。
マイティに捩じ込むのはいつでも、いや、いつでもは言い過ぎかもしれないけれど、またの機会がある。しかしマイティが自分からしてくれるのはこれが初めての事で、今後もあるかどうかは分からない上に、仮にまた頼めばやってくれたとして、多少の耐性がついて同じような可愛らしい振る舞いを見せてはくれないかもしれない。つまりこれは一回限りの僥倖かもしれないのだ。絶対に見逃せない。
だからアルドは耐えた。伸びかけた手をぎゅっと握りしめ、ぎりぎりと削れそうなほどに奥歯を噛み締めて、じっと耐えながらマイティの次の行動を待った。多少目が怪しい感じにギラついていたかもしれないが、そこは許して欲しい。

そんなアルドの状況に気づいているのかいないのか、玉にまできっちりとローションを馴染ませたマイティは、ふう、と大きく息を吐き出してから、おもむろに腰を上げて、ぴとり、切っ先を自身の穴の縁に触れさせる。

「あ、あれっ?」

しかし、慎重に落とされたマイティの腰、添えられた先端はずぶりとその柔らかな肉に飲み込まれることなく、するん、と滑らかな尻の表面を滑ってゆく。

「えい、あれ、待って、ん、ん、ううう……」

ずるん、ずるん、ずるん。
再び分かりやすく焦りを表に出したマイティが、何度も何度も腰を落とすけれど、狙いはなかなか定まらず、滑りのよくなった陰茎はずりんずりんとその肌の表面に擦りつけられるばかり。

「マイティ、手伝おうか?」
「ダメだよー、今日は僕が全部やるって、だから」
「でも、一人じゃ難しくない、か……っ?」
「無理じゃ、な、……あ、ああっ!」

さすがに手を貸そうかと申し出たけれど、マイティはいやいやと首を振って受け入れてはくれない。ムキになったように腰を落とし、失敗してはまた腰を上げる。尻の肉に挟まれて滑る感触は、中ほどのキツさはなくてもほどよい締めつけがあって、腰を振るマイティの視覚的な効果も併せて擬似的に挿入しているような心地を錯覚させ、アルドの方が限界が近かった。
けれどあと数度擦られれば、我慢も虚しく果ててしまいそうだというタイミングで。何の具合が良かったのか、何がうまく噛み合ったのか、偶然にもつぷりとカリ首が穴の縁に引っかかり、奇跡的にずっぷりと挿入が果たされる。
どうにか挿れようとはしていたもののまさか本当に入るとは予想してなかったのか、突然の衝撃に仰け反って喉を晒したマイティは、がくがくと足を震わせてあ、あ、と短い音を断続的に漏らして動きを止めた。
散々焦らしに焦らされた陰茎は、熱いくらいに脈打つ柔らかな肉に四方を囲まれてきゅうきゅうと吸いつかれ、腰を動かさずとも奥へと誘い込むような動きで誘い込まれている。一瞬で意識が持っていかれそうになるほどの気持ちよさに、アルドも思わず唸り声を上げてそのまま腰を突き上げそうになったけれど、尋常でないマイティの様子に僅かな理性をかき集めて欲求を押し留める。

「あ、はは、入っちゃ、ったぁ……」

しばらくして衝撃をやり過ごした様子のマイティが、はふはふと短く息を吐き出しながら、嬉しそうに呟いてさすりと自身の腹をさする。そしてぺとり、アルドの腹の上に手をつくと、ぎこちなく腰を上下に揺すり始めた。

「ん、ふっ、んっ、きもち、いっ?」
「……ぐっ、う、ん……っ!」
「ふふ、アルド、かわいっ……」

よいしょ、よいしょ、との声が聞こえてきそうなほど緩慢な動きは、純粋な刺激としては些か物足りない。けれどアルドはとうに限界を越えていて、気力だけで保たせているようなものだった。
加えて、腰を振るマイティの姿は、ひどく官能的なのにあまりに無防備だった。腰を少しだけ上げる瞬間、アルドの腹に置いた手にぐっと力が入り、そろそろと腰が下りるにつれて手の力が弱まってゆき、代わりにみちみちと広がってアルドのものを飲み込んでゆく肉が、ひくひくと痙攣してぎゅっと締めつけがきつくなる。
マイティの動きに合わせてふるんと揺れる肉茎は触れてもいないのに勃ち上がっていて、腰を落とす度にぺちんと小さな音を立ててアルドの腹を叩く時、先端からぽつぽつと滲んだ先走りが細かな水滴となって飛び散った。
根元まで飲み込むのは怖いのか、アルドの両脇についた膝で浮かした尻は、中を穿つ先端が浅い部分、ぽこりと固くなったしこりを掠める瞬間、小刻みに前後に揺すられる。それが気持ちいいのか、腹の上に置いた指先がくっと腹の肉に食い込むのに、そのくせ瞳はじっとアルドを見つめたまま。とろりとろりと蕩けて快楽を宿してゆく瞳が、アルドが気持ちいいと頷いた途端、嬉しそうに細められて愛しげに揺らめいている。

回数にして十度にも満たない緩慢な刺激で、アルドは呆気なく果てた。びゅるると勢いよく飛び出た精液が中途半端な中ほど叩きつけられると、目を見開いたマイティが一気に頬を紅潮させて、あ、あ、と小さく震えてから、まるでアルドの後を追うように、ぴゅっと白濁を吐き出して、一気に脱力してアルドの上へと倒れ込んでくる。
はあはあと荒い息は胸に当たって跳ね、まだ息も整わないままアルドを見上げたマイティは、唇の形だけで、気持ちよかった? と呟いて、うっとりと笑ってみせたから。

もう十分堪能したじゃないか、依然としてせめぎ合っていた二つの欲求が、手に手を取り合って思いを等しくするのは、当然の流れだった。
アルドの胸に体重を預け、ようやく少しだけ呼吸が整ってきたマイティには申し訳なさと罪悪感を覚えない訳では無いけれど、仕方がない。
二つ分の欲求も、砕け散って狂った理性も、全てがそうしろと囁いて全力でアルドの背中を押してしまっている。
故に。

「あれ、また硬くなって……あ、アルド、待って、待ってって、……ひゃああああん!」

がしりとマイティの腰を掴んでそのまま、ぐっと下に押し付けながら自らの腰を突き上げて、一気に奥まで叩きつける。悲鳴のような嬌声に痛ましさよりも恍惚感を覚え、上体を起こしながら抱き込むようにマイティを抱えなおし、一番奥、深いところまで抉るように、二人の間の距離を押し潰すように埋めてゆく。
近くなったマイティの顔、開いた唇からだらだらと零れる唾を舌で舐めとって、噛み付くような口付けで嬌声ごと飲み込んだ。
喉の奥、響くマイティの声。自分のものでない音で上舌が震えるのを心地よく甘受したアルドは、もっともっとと強請るように、更に激しく腰を突き上げる。

(これ、あとで、絶対怒られるな……)

頭の片隅に残った良心の宿る理性の欠片でそんな事は考えつつも、すっかりと焦らされたせいで押さえつけられないほどに膨れ上がってしまった欲求は、まだまだ萎える予兆の切れ端すら見えてはいなかった。