すう、はあ
「大丈夫か、セヴェン」
ずぶりずぶり、内側を拓いて緩やかに進んでいた熱の先端が、前立腺を軽く擦って過ぎた辺りで、ぴたりと動きを止めた。
十分に慣らしたとはいえ、それでも自分とは違う体温を持つものが、身体の中に入ってきた衝撃は大きい。尻だけを高く突き出した格好、柔らかなマットについた膝がふるりと震え、無意識のうちシーツを掴んだ指先に力が入る。詰めた息で喉がひくひくと引き攣ったせいで、空気を肺に送り込む途中、ひゅっと甲高い息の音がした。
腰の動きを止めたアルドは、そのまま強引に先に進むことなく、やんわりと後ろからセヴェンに覆いかぶさった。触れた肌から伝わるのは体温だけで、体重はほとんどかけられていない。セヴェンの顔の横、ついた手で自身の重みを支えるアルドが、脇に流した髪の付け根を鼻先でまさぐり、奥に潜んだ項を探り当てる。剥き出した皮膚にすりすりと擦り付けられた頬の柔らかさがくすぐったくて、ほんの少しだけ指先から力が抜けた。
いつもそうだ。アルドは性急に事を進めない。
挿れる前にもたっぷりと時間をかけて後ろを解されるし、そこだけじゃなくて、胸も腹も足も指も余すとこなく優しく撫でて舐めてしゃぶられる。おかげで繋がる前からどこもかしこもくたくたに溶けてしまって、少し空気が肌を撫でるだけでぽうっと熱が内にこもってゆく。
それだけ念入りに解されて融かされてしまえば、思考はすっかりと色めき染め上げられてしまっている。広げられた尻たぶの間、ちょんと熱い切っ先が触れるだけで、そわそわと落ち着かなくて期待で背筋に逸った快感の予兆がかけ上り、つぷり、先が少し中に埋め込まれただけで、痛いくらいに張り詰めた前がより一層硬度を増して反り返る。
そのまま一気に奥まで突き込まれて無茶苦茶に中を抉られたら、違和感も異物感も衝撃も何もかも快感に流されて、ぶっ飛んでしまえる気がするのに。
アルドはいつだって、そんな風にセヴェンを扱ってはくれない。
動きを止めたアルドは、セヴェンの耳元で気遣うように囁いてから、ゆったりとしたリズムで深く呼吸をし始めた。
すう、はあ、すう、はあ。
わざと大きく響かせた規則的な息の音が、耳元で何度も繰り返される。
ほら、オレの呼吸に合わせて。
直接言われた訳じゃないけれど、アルドのそんな声が聞こえてくる気がして、小刻みに吐き出す息が自然とアルドのものに倣ってゆく。法則もなく四方八方に荒れて飛び出した息が、アルドに合わせて深く落ち着いたものに変化してゆく。
すう、はあ、すう、はあ。
次第にアルドの息の音と、セヴェンが吐き出すそれが、重なるタイミングが増えてゆく。
部屋の中に響く二つの音がだんだんと一つになってゆき、やがてぴったりと一致すれば、そこには一つの生き物しか存在しないような心持ちになってゆく。
ぴたり、抱え込まれた直後は、冷えた背中に当たる熱気を感じていたのに、いつしか移った熱で温められたせいで、境界がぼんやりと滲んでいた。ぱらりぱらり、脇に流れきらず間に巻き込んだ数本のセヴェンの髪だけが二つを分ける導となっていて、けれどそれも温められるうちにどろりと溶けて形をなくしてゆく。
すう、はあ、すう、はあ。
寸分の狂いもなく、初めから最後まで同じ長さ、同じ量で。
セヴェンが息を吐き出すと同時に、触れた腹が微かに上下するから、それがまるで自分の身体のような気すらしてくる。
アルドが息を吸えばセヴェンの肺が膨らんで、セヴェンが息を吐き出せばアルドの胸が萎む。
腹の中、埋め込まれたアルドの一部は内側の熱に均されていて、呼吸に合わせてきゅうきゅうと柔く包み込んだ形に、最早違和感はない。そこにそれがあるのが正しい気がして、もっと同じものになれるようにと欲張った肉が勝手に、ぴたりと吸い付いて離れなくなってゆく。
本当は。
もう少し、うまくやれる、と思う。?
最初のうちは確かに何もかも分からなくて、ただぜえひゅうと荒い息を繰り返し、息の仕方を忘れるほどに無我夢中だったけれど。さすがに、何度も繰り返せば、体も心も随分と慣れて多少の余裕も生まれてきた。
どこで息を詰めれば一番楽に呑み込むことが出来るか、どのタイミングで息を吐き出せばさほど呼吸を乱さぬまま、ずんと腹の奥に響いた楔の熱を包むことができるか、きちんと把握している。そうすればわざわざ休息を挟まずとも、スムーズに進めることが出来ると、知っている。
けれどそれを、実行することはない。少なくとも今のところは、実行するつもりはなかった。
一から十までアルドの好きなように、やりたいように、セヴェンの事はちっとも考えないで動いてほしいと思った事が無いとは言わない。
だけど結局は今日も、大袈裟なほどに呼吸を乱してしまった。
だって。
「大丈夫か、セヴェン」
気遣わし気なアルドの声が、耳だけでなく触れた項から直接、じんわりと響いて体を揺らすのがひどく心地よくてたまらないから。
重なった息で、一部だけでなく頭のてっぺんからつま先まで全部、アルドと繋がっている実感を得られるから。
それに、それだけじゃなくって。
深い呼吸を繰り返すのに合わせて、やわやわと収縮をする内壁。ちゅうちゅうと肉茎に吸い付いて馴染んでゆくにつれ、ぴくん、ぴくん、包んだそれがセヴェンの中で小さく震え始める。
乱れたセヴェンの息が落ち着いてゆき、アルドのものとぴたりと重なってしばらくしたら今度は、アルドの息が少しずつ苦しげなものに変化してゆく。
わざと大きめに息を吸って、下腹に入れる力を僅かに強めれば、びくびくびくっ、身体の内側から小刻みな振動が響いてくる。
真っ白なシーツに埋めた顔、アルドからは見えないのをいいことにセヴェンは薄く微笑んだ。
同じ男として、気持ちは分かる。達するに足りない、焦れったい刺激を与えられ続けるのは、生殺しのようなものだ。物足りなくて歯がゆくて、さっさと動いて擦って出して気持ちよくなってしまいたくなる。
それでも素知らぬ顔で、アルドの呼吸に合わせていたら。
とうとう堪えきれぬ様子で大きく息を乱したアルドが、それでも腰を突き動かすことなく、小さな声で囁いた。
「……そろそろ、動いても、いいか?」
つん、と控えめに肩に鼻先を擦り付けたアルドに、やわやわと蕩けた甘やかな声でねだられる。普段はけして聞くことの無い、どこか幼げなたどたどしい声色。ギリギリに切羽詰まっていて、懇願の色が浮かんだ音。
いつもは。
アルドとセヴェンの間に横たわる実際の年齢差以上に、年が離れている気がすることが多い。その大きな背中に追いつける気がしなくて、隣に並んでもアルドだけ随分と先に行ってしまっているように感じることも少なくない。
子供のようにあっけらと笑ってる姿を目にしても、その深すぎる懐に包まれれば安心感しかなくて、自身の子供っぽさと比べて落ち込むこともある。頼ってくれても、なかなか甘えてはくれない。
そんなアルドが。
何もかもとっぱらって、理性と欲求の狭間、ギリギリのところでしてくるお願いが。
なあ、頼む、頷いてくれ。
言葉にならない諸々の感情が浮かんだ生々しい声で、ねだられる瞬間が。
セヴェンは、たまらなく好きだったから。
動いて、嬲って、抉って、突いて、無茶苦茶にして。
直接口にするのは気恥しくて、こくり、小さく頷けば、ごくりと唾を飲み込む音がして、吐き出す息の孕む色が変わる。
宥めるような落ち着いた優しい色から、欲の宿った熱の篭る色へ。
ぴたりとくっついた肌が離れた途端、ひやりと間に滑り込んだ空気を割いて、ふうう、吹きかけられた息は湿っぽさを増し、均された温度をより熱く昂らせてゆく。
アルドの纏う空気が劇的に変化したのが、振り返って見なくても手に取るように分かった。背中に突き刺さる視線はぎらついていやらしく、ぐ、と腰を掴んだ手のひらは、汗でうっすらと濡れている。
もどかしいくらいに丁寧にセヴェンの身体を拓いていって、繋がってからもセヴェンのペースに合わせようとしていたアルドの箍が。
限界を迎えて、ぱちん、はじけ飛ぶ瞬間を、言葉ではなく肌に触れた気配だけで、まざまざと感じ取るのがとりわけ好きで、だから素知らぬ顔で焦らすのを止められない。
自分も苦しいのが分かってて、下手くそな息継ぎをやめてしまえない。
ああ、喰われる。喰われてしまう。
ぴりぴりと尖ってゆく空気に、ざあ、と鳥肌が立った。本能が引き起こした自衛の反応は、セヴェンに警戒心を抱かせるどころか火照った肌を炙る事しかしない。ざわりと開いた毛穴でひりつく空気を掴み取り、セヴェンは埋もれたシーツの中、うっとりと目を細め、アルドを食んた尻の穴を、きゅう、と締め付けた。
瞬間、ばちん、打ち付けられる乾いた音。
どくん、重い衝撃が腹の奥に広がって、少し遅れてちかりちかり、目の前が真っ白になってぐわんと甘い痺れが一気に身体中を駆け巡った。
じわじわと呼吸を重ね一つになった身体は、やっぱり二つの別のものだったのだと、ぐちゅり、ぐちゅり、忙しなく前後して新たな快感を生み出してゆく動きに、まざまざと思い知らされる。
それが少し寂しくて、嬉しくて、セヴェンは。
悲哀と歓喜の滲む嬌声を、あられもなく部屋いっぱいに響かせた。