妄想少年セヴェンくん


IDAの生徒に頼まれた依頼を終えIDAシティの公会堂の前で依頼人に報告をし、その場で現地解散となってから。めいめいに別れの言葉を告げて、帰路につく仲間たちの背中を見送り、最後まで残っていたセヴェンとアルドが二人きりになったタイミングで。
いつもならそのまま、お疲れ様と笑って去ってゆく筈のアルドが、場にとどまったまま興味深そうにきょろきょろと辺りを見回している。
どうかしたのか、と尋ねれば、好奇心でキラキラと輝いたアルドの瞳が真っ直ぐにセヴェンを捉えた。

「セヴェンもこの辺りの寮に住んでるのか?」
「ああ。イスカみたいな立派なとこじゃないけど」

アルドの言葉に、ああ、と頷けば一層瞳の輝きが強くなったから、表情には出さなかったものの、セヴェンはどきどきと胸を高鳴らせる。なぜならセヴェンはアルドに恋心を抱いていて、二人きり、見つめ合っていると言っても差し支えないこの状況、何も感じずにいろと言う方が難しい。

「あのさ。良かったら、セヴェンの部屋、行ってみたい」
「……別に、面白いもんは何もないぞ」
「オレからすれば、この時代の建物ってだけでどこも面白いよ」
「……まあ、いいけどさ」

そうして続けてアルドの口から飛び出た希望には、辛うじて頷いて了承を告げたものの、内心では突然の展開に大混乱状態だった。

(アルドがオレの部屋に?! へ、へへへ部屋デート、ってやつ……? さ、誘われてる? いや、うん、誘われた、おねだりされた、部屋行きたいって、アルドから。うん、間違いない。えっ、つまりアルドはオレの事が好きってことか? り、両想い? マジで? へ、部屋で二人っきりってことは、そういう……そういうやつ!!!)

思考の一部、冷静な部分は「いやただ単純に部屋に行きたいって言われただけで特別な意味はないだろ」と淡々とツッコミを入れているものの、暴走する思考は止まらない。気づけばセヴェンは瞬きほどの間に、部屋のベッドに並んで腰掛け、いい感じのムードの中手に手をとって見つめ合う自身とアルドの姿を脳内に描ききっていた。

「いいのか? ありがとう! それじゃあ行こうか」
「えっ? い、今から来るのか?」

しかしながら妄想の中では完全に出来上がっていたとはいえ、現実はまだそこまでいっていない。そもそも気持ちを伝えてすらいないので、スタートラインにすら立っていない。
そんな状況でいきなり、今から部屋に行くと言われればさすがに動揺を隠しきれなかった。出来ることなら一週間ほど心の準備をさせてほしい。妄想と同時に、カーテンとシーツをクリーニングに出すことを計画していたセヴェンは、どうしたものかと狼狽える。

「うん、ダメか? すぐ帰るからさ」
「……ご、十分、片付ける時間くれ」
「あはは、別に気にしないのに」
「オレが気にするっ!」

けれどセヴェンが即答を躊躇った途端、わくわくと期待を滲ませたアルドの表情がしゅんと落ち込んだものに変わったから、その瞬間セヴェンの中から断るという選択肢が消える。未だ浮かれあがった混乱の中にいたものの、アルドにそんな顔をさせる道はどうしたって選べない。己の心の平静とアルドの希望を天秤にかけるまでもなく、圧倒的に後者の方がセヴェンの中では優先順位が高い。
さすがにそのままアルドを入れるのは躊躇われて、少しだけ時間が欲しいと切り出せば気にしないと言われたけれど、そこはどうにかこちらの主張を押し通した。
楽しみだな、と表情を明るくしたアルドに、素っ気ないふりで期待するようなもんはないぞ、と念押ししつつ、セヴェンは心の中で帰宅してからの掃除の算段をつけはじめる。

(そんな散らかってなかったは、ず……いやいや待て待て待て、昨日あれ片付けないまま寝落ちして、朝もそのまま出てきたような……うわああああ、ヤバいアルドにあれ見られたら死ぬセルフダストデビル決めるしかない!)

基本的にセヴェンは、普段からこまめに掃除をする方であるし、目も当てられないほど部屋が散らかっている事はないに等しい。
はず、なのだが、時々は例外もある。その例外がよりによって今日、ばっちりと当てはまることを思い出してしまったセヴェンの背中に、だらだらと冷や汗が流れ始めた。
あれ、とはつまりあれ、ナニである。言葉を濁さずに言うならば、オナニー用の道具、もっとぶっちゃけるならオナニーホール、所謂オナホと、ディルドのことだ。
一人暮らしの寮の部屋、しかも滅多に人が訪ねてくる事も無いとくれば、その辺の道具を殊更に隠してしまい込む習慣もなく、取り出しやすい場所に置いてある。それでも一応、洗って引き出しの中にはしまっているのだ、いつもなら。
しかし、今、現在。セヴェンの記憶が正しければ、その二つは完全に使用済みの状態でベッドの上に転がっている。
だって昨日は、一人遊びがちょっぴり盛り上がりすぎたのだ。今日アルドと共に過ごす予定があったから、その分前を扱く手にも後ろを突く動きにも熱が入ってしまって、勃たせるのが難しくなるまで何度もイッた後、疲れきって濡れた下半身も拭わないままぐっすりと寝入ってしまった。
朝は朝でかぴかぴに乾いた身体をシャワーで洗い流しているうちに約束の時間が近づいてしまったから、放り出した玩具は帰ってから片付けようとそのままにして部屋を飛び出してきてしまった。
全てはセヴェンの勘違いで、ちゃんと洗って片付けた可能性にかけようと思っても、記憶を辿れば辿るほどその確率がゼロに等しい事が確定してしまい、絶望が体を支配する。

(急いで洗って、どっかに隠せば……! 落ち着け、焦るなオレ。十分あれば余裕だろ、いける、大丈夫、バレない、絶対大丈夫)

寮が近づくにつれしんしんと体温が下がってゆくのを自覚するも、おかげで多少頭が冷えたのも事実だった。うきうきとセヴェンに話しかけてくるアルドに上の空で生返事をしながら、頭の中で帰ってからの行動をシミュレーションする。
大丈夫、オレはやれる、やれる、と自身を鼓舞しながらきゅっと拳を握りしめたセヴェンに、だんだんとアルドの口数が減ってゆき、ちらちらと気遣わしげな視線を向けられているのには気が付かないままだった。

「なあ、嫌なら無理しなくていいんだぞ、本当に」
「嫌じゃない! ちょっと待ってて、すぐ片付けてくる!」

そんなアルドの申し出をセヴェンが認識したのは、寮の部屋の前に到着してから。口ぶりからして、道中も何度か同じような言葉をかけていたのだと分かった。
しかし度重なるシミュレーションの結果、きっちりと十分以内に片がつく最適ルートを見つけて若干テンションの上がっていたセヴェンは、アルドの言葉にぶんぶんと首を横に振ってから、勢いよく部屋の中に飛び込んだ。
駆け足で窓に駆け寄り全開にして、同時に空気清浄機を稼働させる。そのまま勢いでベッドの上に転がったオナホとディルドを引っ掴み、バスルームに飛び込んだ。ここまではシミュレーション通り。
じゃああ、と勢いよく流れ出る水でざぶざぶと玩具を洗いながら、セヴェンはそっと安堵の息を吐く。これなら問題なく間に合いそうだ。後はタオルに包んで洗面台の下にでも放り込んでおけば、絶対にバレないだろう。
これが終わったら、ベッドを整えて、消臭剤を振りまいて部屋の臭いを誤魔化せばミッションコンプリート。何事も無かったように、アルドを中に招き入れる事が出来る。
何だよ、焦ることなかったじゃん、と多少余裕を取り戻し、水を止めて玩具をタオルに包んだところで、はたとセヴェンは動きを止めた。

(待てよ……これ、アルドに見つかったら、もしかして……)

ふと、思ってしまったのだ。魔が差したと言ってもいい。
絶対にアルドには見つかりたくないと思っていたけれど、逆に。もしもアルドにこれが見つかってしまったら、どうなるだろうか、と思ってしまった。

『なあ、これ何だ?』

あからさまにそれと分かるディルドはともかく、オナホの方はぱっと見ただけでは何に使うものか分からないに違いない。それなりに好奇心の強いアルドのこと、見つければ興味を示す可能性が高い。セヴェン愛用のオナホを手に持って、不思議そうに首を傾げるアルドを想像すれば、それだけでかっと頬が熱くなった。

『知りたい? なら、教えてやるよ』

想像の中のセヴェンは、現実のセヴェンよりも随分と肝が座っていた。およそ500パーセントほど美化されていたりするが、すっかりと妄想にのめり込むセヴェンに自覚は無い。
オナホを手にしたアルドににんまりと笑いかけ、肩を抱き、耳元に小声でその用途を囁いてやる。脳内アルドはそれを聞いて驚いたように目を見開き、恥ずかしそうに俯いて薄く頬を染める。

『すごく、気持ちいいんだ。アルドも、使ってみるか?』

勢いづいた脳内セヴェンは、照れる脳内アルドに追い打ちをかける。二人きりの部屋、アルドとセヴェン以外は誰もいない。恥ずかしがらなくていいんだぜ、と絶好調で主導権を握った脳内セヴェンの言葉に、脳内アルドは少しの躊躇いの後こくりと小さく頷いた。

(……完璧じゃないか、これ)

どこが完璧だよ馬鹿じゃねえの、と普段のセヴェンなら己の思考に呆れ果てていただろう。
しかし現時点におけるセヴェンは、全く尋常ではなかった。
アルドに部屋に来たいと言われて舞い上がって慌てて浮かれて慌ててを繰り返していたせいで、思考がおかしくなっていた。ある意味では、錯乱の状態異常が継続しているようなものだ。
故にセヴェンは、穴だらけの未来予想図に待ったをかけるどころか、重々しく頷いて一言、小さく呟いた。

「……いける」

現実にはアルドに想いの欠片すら告げられていない事も忘れ、セヴェンは己の妄想に根拠の無い希望を抱いて、ごくりと唾を飲む。上手く行けばそのまま流れでなし崩しに、もっとえっちな流れまで持ち込めるかもしれない、と更に妄想を重ねて、思わずぎゅっとディルドを握りしめる。
一から丁寧に教えてやれるくらいには、オナホもディルドも使い方は熟知している。
元々は淡白な方だったのに、アルドへの恋心を自覚してからは、アナル仕様のオナホを手に入れてアルドを思い浮かべながら日々勤しむようになり、いっそ繋がれればどちらでもいいと考えるようになってからは、ディルドも購入して後ろを弄るようになった。まだ後ろだけでイけるまでには至ってないけれど、それなりに快感も拾えるようになってきている。
まずはアルドにオナホを勧めて使い方を教えて、セヴェンの手でイかせてやる。それからもっと気持ちいいことがあると嘯いて、ディルドでアルドのアナルを開発してもいいし、セヴェンの尻に挿入してずぼずぼと出し入れしてみせて、アルドを誘ってもいい。或いは、その両方でも。それで、それで、それから。

そこまで考えたところで、ぴたん、水の止まった蛇口から落ちる水滴の音がして、はっとセヴェンは我に返った。
そうだ、こんな事を考えている場合ではないとぶんぶんと首を振り、急いでバスルームから出て部屋に戻りベッドを整える。洗面台の下に放り込むことなく持ってきた玩具二つは、少し悩んでからオナホはベッド横の棚の上に飾り、ディルドは整えたベッド、枕の下から微妙に先端が覗くように設置した。妄想から脱して我に返ったかのようにみえてその実、依然として絶賛錯乱中であった。
最後に部屋をぐるりと見回して、うんうんと満足してセヴェンは頷く。配置した二つは、絶妙に気になる感じで視界に飛び込んでくる。これならきっとアルドの目にも入るに違いない。
再びもわもわと湧き出してきそうな桃色の空想を、首を振って追い出しパンと頬を叩いて気合いをいれる。「っシャ!」と意味もなく声を出して、すうはあと深呼吸を繰り返す。頭の中に展開した妄想のせいで、昨日散々出した筈の下半身は既に緩く熱を持ち始めていたから、ズボンを少しずり下げて目立たないように誤魔化した。
そしていよいよ。外で待つアルドを中へと招き入れ、頭の中でこねくり回した妄想を現実にすべく玄関の扉を開く。


しかし現実は出だしから、セヴェンの妄想を大きく裏切って始まった。

「あっ、セヴェン! 悪い、たった今エイミから連絡が入って、廃道の一部を合成人間が占拠して暴れてるから、応援に来てほしいって。セヴェンも一緒に……いや、やっぱり顔色が良くないし、オレ一人で大丈夫だから、セヴェンはゆっくり休んでくれ。せっかく掃除してくれたのに、ごめんな、無理言って悪かった。今日はありがとうな! じゃあ!」
「……ウン」

顔を出したセヴェンを見るなり、勢い込んで話し出したアルドは、一息にそこまで言うとぶんぶんと手を振って駆け足で去っていってしまう。圧倒されたセヴェンが返せたのは、ぎこちない頷き一つだけ。
すぐには思考が追いつかなかった。だって今からセヴェンの部屋でアルドと楽しいことをする筈だったのに、一から十まで妄想でしかなかったけれど、二人でやらしい事をして遊ぶ予定だったのに。肝心のアルドがあっさりと踵を返して去っていってしまう。
急展開に心がついてゆかず、オレも行くとは言い出せないままぼんやりとアルドの背を見送ったセヴェンは、無言で玄関の扉を閉めると、はああああ、と長い息を吐いてずるずるとその場に座り込んだ。

(……っぶねー! 何考えてたんだオレ! ありえないだろばっかじゃねえの!)

うきうきわくわくそわそわもんもん、膨れ上がった期待に、ばしゃりと一気に冷水をぶっかけられて、ようやく長い長い夢から覚めた気分だった。
改めて考えてみれば、なぜあれでいけると思ったのか全く分からない。完璧どころか、自信を持てる要素が一つも存在していない。童貞かよ、童貞だよ、自虐気味に己につっこみつつ、セヴェンはがっくりと項垂れる。
アルドを部屋に招けなかったのは非常に残念ではあったものの、あのままゆけば取り返しのつかない失態を犯していたかもしれないとようやく気がつき、心の中でエイミに感謝の念を送る。

(まじ危なかった……いや、でもあれ、展開自体は悪くなかった。現実にすればやべえけど、妄想の中なら、うん、うん……いいかも……)

しかしながら、深く反省と後悔を繰り返しつつもセヴェンは、完全には打ちのめされてはいなかった。現実にまでもちこむとなれば正気かよとドン引きするより他ない妄想だったけれど、あくまで妄想だけに留めるならそれはけして悪いものではなかった。普段使っている玩具をネタにしているのと、アルドがセヴェンの部屋に遊びに来たいと言った事実を練りこめば、そこそこリアリティもあって興奮する。先程は時間の関係で途中で切り上げたけれど、その先を空想すれば自然と呼気が荒くなる。
まずはアルドを誘って挿入してもらうか、それともアルドの尻をじっくり開発してセヴェンが挿入するか、どちらのパターンもいけそうで一粒で二度美味しい。
落ち込んでいたはずが、いつの間にかスライドした妄想の続きにじんじんと腰が熱くなってゆく。しばらくそのまま玄関に座り込み空想に耽っていたセヴェンは、よし、と頷いて立ち上がり、よたりよたりと部屋の中に戻り、洗ったばかりの玩具を手に取った。

そうして。
「部屋に招いたアルドに玩具を使ってえろいことをする」という仕入れたばかりの新しい妄想をオカズに励んだその日。
セヴェンは初めて、後ろだけで極める経験を積んだのだった。