疑心伝心


「ひっ、ぐぅっ……!」

ずるり、汗で湿った足の裏が、すべすべのシーツを滑る感覚があった。まずいと思うよりも先にガツンと腹の奥に衝撃を感じて、アルドは呻き声を上げる。
跨って馬乗りになったセティーの体の上、ずっぽりと中に嵌りこんだ陰茎は、自重も手伝って普段なら届かない奥まで入り込んでしまっていた。内臓を下から圧迫されているようで言いようのない気持ち悪さが喉奥にせり上がる。奥をこじ開けられた瞬間ざあっと体温が下がり、肌に当たる空気が冷たくて仕方ないのに、ぶわりと全身に汗が吹き出ていた。
カチカチと震える奥歯をぐっと噛み締めて、衝撃を流そうと目を瞑ってはっはと短く息を吐き出せば、ゆさゆさ、と緩く下から何度か急かすように突き上げられてしまって、またひゅっと息を呑む羽目になる。
一気に奥に衝撃が叩きつけられれば、快感を追う前に鈍い痛みや恐怖でしゅんと身が竦んでしまうけれど、一度嵌りこんだそれをじわじわと動かして奥を優しく撫でられれば、感じるのは気持ち悪さだけじゃない。ゆさり、跨った腰が揺れて微かな振動が奥に伝われば、その僅かな動きに見合わない鋭い快感がぴりぴりと背筋を焼き、ゆさりゆさり、とんとんと奥をつつかれれば湧き出した甘い疼きが、すっかりと冷えた身体の底にぼっと火をつけ、あっという間に体温を上げてゆく。

「ふぁ、あ、はあ」

知らず知らず半開きになった唇から、ぽたぽたと零れるのは鼻にかかってくぐもった喘ぎ声。まるで自分の声のように思えなくて、ぼんやりともやがかかったような頭の中、アルドが他人事のようにそれに耳を傾けていれば、男の声が鼓膜をふるりと震わせた。

「二十。ほら、あと十回残ってるぞ」

催促の言葉にアルドが薄く目を開ければ、後ろに肘をついて上体を僅かに起こし、にこやかにアルドを見つめるセティーの姿を見つけた。アルドがセティーの目を捉えると同時、今度は大きく腰を揺らされたから、思わず零れた呻き声にはたっぷりと唾液が塗れていた。
ほら、ほら、と急かすよう、断続的に揺らされる腰の動きから逃れるように、しゅっと息を吸ったアルドはゆっくりと足に力を込めてのろのろと腰を上げてゆく。
身体の内側から熱い楔が引き抜かれてゆき、繋がった穴の縁がめくれてぬるぬると撫で上げられ擦られゆく感覚に、かあっと身体が熱くなったけれど、新たに生まれゆく快楽を努めて無視しながら、アルドは慎重に足の裏を踏ん張った。けして、先程のような失敗をしないように。
手が使えればもう少し楽に出来ただろうけれど残念ながら、両腕は背中でまとめてセティーのベルトで拘束されてしまっている。
今、アルドは、後ろ手を拘束された状態で、寝そべったセティーの上で自ら腰を振る事を要求されていた。

三十回。それがセティーの出てきた要求で、それくらいならと受け入れたアルドは、ちょうど十回辺りからその難しさを悟り始めた。手が使えないせいで微細なコントロールをするのが難しく、腰を振るたびに生まれる快感は下半身を直撃して支えた足を震わせて、自分で動いている筈なのに予定外の動きで自身を責め苛んでしまう。
回数を重ねる毎、足の踏ん張りが効かなくなっていって、やけに肌触りのいいシーツの上をつるりと滑ったのは、さっきので二回目。まださほど暴かれた事の無い最奥を、何の加減もなく一気にぶち抜かれた一度目は、目の裏から火花が散った幻覚を見て、一瞬、息が止まった。衝撃で胃の中身が喉元まで逆流しかけ、中から快感を拾う余裕すらなく、反射的に噴き出した涙がだらだらと頬を濡らした。

それでもセティーは笑っていた。
ひくひくと身体を引き攣らせたアルドに、もういいよ、と終わりの言葉をかける代わりに、ほらあと十四回だ、と優しげな声で続きを促しただけ。
もういやだ、つらい、やめて、と。なりふり構わず懇願して、縋りつけば或いは、止めてもらえたかもしれない。
けれどアルドはそれを選ぶ事はしなかった。滲む脂汗で冷えた身体を叱咤しながら、ゆるゆると腰を動かす事を選択した。

時々セティーは、こういう事をする。
何が引き金になっているのかアルドにはさっぱり心当たりがないけれど、まるでアルドを試すように無茶な要求を笑顔で突きつけてくる。笑っているのに目の奥にちらちらと疑いと怯えを滲ませて、アルドがどこまでなら許すのかを見定めるように。
もしもアルドが本気で嫌がったなら、きっとセティーもどうしてもと無理強いはしないだろう、多分。けれどそうしたらおそらく、セティーは何かを諦めてしまいそうだとアルドは何となく察していた。それが何かは分からないけれど、セティーの中の柔らかい部分、アルドに向けて開きかけている部分が、ぱたんと閉じて二度と開いてはくれなくなってしまいそうだ。そうか、じゃあいい、と諦めた以降は、アルドに当たり障りのない笑顔しか向けてくれなくなる気がする。

「んっ、ひっ……ふあああ、あ、ああ……」

二十四回。
内腿、密着した肌はべっとりと汗で濡れていて、少し腰を上げるだけですうと二人の間を埋める空気の冷たさが、力の入った腿の筋肉をふるりと震わせる。
なるべく気持ちよくなりすぎないよう、余計な所を刺激しすぎないよう、注意していたつもりだったのに、それでもどうしたって中を突かれれば教えこまれた快感が顔を出す。回数の分だけ積み重なった疼きが、じくじくと身体の内側を苛んで追い上げてゆく。
引き攣った喉で必死に空気を取り込もうとすれば、勢い余って腹の筋肉まで連動して、ついで、ずぷりと飲み込む途中だった先端がぐぬりと弱い部分を狙い撃ったように抉りこみ、反射的にぴんと背中が反った。その状態で足だけで体重を支えるのは難しく、崩れ落ちると同時に中程にあった陰茎が容赦なく奥を叩く。
衝撃はあった。けれど既に二度強引にこじ開けられ、更にはすぐに動けなかったせいでなし崩しに異物を嵌め込んだ状態でしばらく慣らされたそこは、三度目ともなれば拒むことなく容易に開いてくぷりと先を咥え込む。
自らの身体の内側、下腹の辺り。きゅうきゅうと肉がひくつく動きと、くぽり、閉じようとした肉の間に差し込まれた陰茎、先端ががちりとはまりこんでいる感覚がまざまざと伝わってきて、荒い息を吐き出しながらアルドは頬を赤く染めた。
セティーはちっとも腰を揺らしていないのに、アルドだって息をするので精一杯なのに、勝手に蠕動する中がちゅうちゅうと咥えこんだ亀頭に吸い付いて、終わりのない甘い波をこれでもかというくらいに中から外へと叩きつけてくる。

いっそ、浸ってしまいたかった。快感に全て身を委ねて、浅ましく腰を擦り付け、ぐりぐりと奥を捏ねてもっと気持ちよくなって、羞恥も息苦しさも何もかも忘れてしまうくらい、堕ちてしまいたかった。
けれどすっかりと上がった息、茹だった頭、火照る身体でひたひたと快感に震える最中、つきりと差し込まれるセティーの視線が、すんでのところでアルドの理性を留めていた。
張り付いた笑みはそのまま、咥えた陰茎は力を失ってはおらず、アルドの痴態にそれなりに興奮していることは実感として分かる。
だけど、たぶん、きっと。

(……セティー、つらそう、だ)

本当はこういうの、そんなに好きじゃないんだろうな。
細められた目の隙間、覗く瞳が苦しげに陰った気がしたから、はふはふと舌を突き出して息をしながら、アルドは頭の片隅で考える。
ちゃんと興奮はするみたいだけれど、同じぐらい胸を痛めてもいて、やりたくない筈なのにアルドにそれを要求する。アルドがそれを受け入れるかどうか用心深く観察して、いつ拒絶されるかと怯えながら待ち構えている。いつもそうだ。
大抵要求されるのは、ベッドの上でのこと。それも少し変わった交わり方で、最初は抵抗を覚えても徐々に気持ちよさが募ってゆく類のものばかり。
それに完全に浸ってしまえば、快感の渦に飲み込まれてそんなセティーに気づくことも、隠された苦しげな表情を覗き見る事がないと分かっている。溺れてしまえば、何も考えなくてすむだろう。
だけどそれを分かっていてアルドは、いつも最後までなけなしの理性を手放さない事に決めている。
だってアルドがぐちゃぐちゃになってしまえば、突きつけられた要求をこなし終えたあと、セティーを抱きしめる手がなくなってしまうから。
大丈夫、オレは平気だと何度も言い聞かせて、罪悪感で縮こまったセティーの心を解す仕事が残っているから。
どこまでなら許されるか、どうしたら許されないか、どのラインを超えたらアルドがセティーに嫌悪を抱くか。慎重に測っているのをアルドに気がつかれていないつもりの彼に、何も知らぬふりで、大好きだよ、と囁くまでが、この儀式めいた要求の本当の区切りだと分かっているから。

「うあっ、んぎっ、ぐっ……ふうう、んんっ……」

慣れて快感を追えるようになったとはいえ、一番奥を突かれるのはなかなか大変であることに変わりはない。押し潰された内臓が肺を圧迫して、苦しげな呻き声を勝手に喉が絞り出す。
その度、セティーの笑んだ唇が微かに強ばるのを、アルドの目はしっかりと捉えていた。腕さえ自由ならば、すぐに手を伸ばして頭を抱いてやれるのに、ぐにぐにと指でつついて固まった頬の筋肉を解してやれるのに、ぎっちりと固定された手の拘束は外れてはくれそうにない。
ならばアルドに出来るのは、さっさとこの茶番を終わらせて拘束を解いてもらうことだけ。そうしたら思いっきり、セティーに抱きついてやる。力が入りすぎるかもしれないけれど、少々の事は我慢してもらおう。それでセティーの瞳の奥から陰りが消えるまで、ずっと抱きついて離れないで、それで好きだって。しばらくは言葉を喋るのも難しいくらい、息は上がったままだろうけど、それでも好きだって、何度でも伝えるのだ。
根負けしたって許してやらない。しつこく何度も、何度でも。あの綺麗な形の耳に、アルドの気持ちをたっぷりと注ぎ込んでやる。

「はあ、はあ、んっ……あああ、ふ、あ……」

さしあたっては、あと数回。
すっかりと思考はぐずぐずに溶けていて、腰を浮かすために少し足に力を入れたその動きだけで、きゅうっと締まった尻の穴がくっきりと咥えたセティーの形を浮き彫りにして、ぞわぞわと肌が泡立つ。さわりと柔らかな羽根で身体の外も内も優しく撫でられたような心地良さに、とろんと蕩けた音が鼻を抜けて外に出た。
けれど思考の片隅、押しとどめた理性の部分をかき集めて。

(覚悟、してろよ……っ!)

奮い立ったアルドは目の前の男にこっそりと宣戦布告を告げてから、深く腰を落とし、ぴんと足の指を伸ばして仰け反った喉を戦慄かせた。