すやすやセティーさん
すっかりと上がり切った息は、部屋の中に二つ分。
散々擦られて捏ね回された腹の中はずくずくと熱を帯びていて、ずるん、ぬめりを帯びた塊がぬちぬちと出入りするたび、ぴんと伸びた足の指先、痒みに似た快感が突き抜けて、堪えきれずきゅっと足の裏を丸める。
いつもより早急になされた挿入のせいで、初めのうちは閉じた体を強引にこじ開けられるのが少しだけ苦しかったけれど、粘りを帯びた水薬の助けを借りてぐっぐっと穿たれ、セティーのものが出入りするにつれ、ぱつぱつに伸び切った穴の縁が咥えた肉茎の形にぴたりと馴染み、内壁を削ぐような勢いをだんだんと受け入れるようになる、その感覚はけして嫌なものじゃない。己の体がセティーを受け入れてゆく過程をまざまざと思い知らされるようで、多少の気恥しさはあるものの、まさしく身体を重ねている、二人で交わっている気がするから、少しの苦しさは伴うものの、普段よりも幾分乱雑に始まる交合も、アルドは案外嫌いではなかった。
奥ばかりを執拗に突かれれば後ろだけで達してしまうこともあるけれど、浅い部分を刺激されれば後ろだけでなく前も一緒に気持ちよくなってしまう。時々セティーは意図的に、アルドの射精を制限することもあるものの、今日はそういう気分ではないようだ。
大きく腰を引いてギリギリのところまで抜いては、ぎゅうと一気に奥まで捩じ込まれる先端、張り出した亀頭がごりごりと前立腺を擦るたび、痛いくらいアルドの前も張り詰めていって、こころなしかずっしりと玉が重くなってゆく気がした。
そしてあと数度擦られれば、我慢できず射精してしまいそうなほどに追い上げられたタイミングで。突然、ぴたりとセティーの動きが止まった。
もう少しでイけそうだったのに、急に取り上げられた刺激に瞬間的に不満は覚えたけれど、抗議の声をあげる前にずしり、背中にかかった重みにアルドはなんとなく事態を察して、首だけで後ろを振り返り名前を呼んでみる。
「セティー? おーい、セティー」
「……」
「や、やっぱり寝てる……」
向い合わせですることも多いけれど、今日はベッドにうつ伏せて寝転がったアルドに、セティーが覆いかぶさる形で交わっていた。その格好のまま、脱力して全体重をアルドの背中に預けたセティーからは、よくよく聞けばすうすうと規則正しい寝息が発せられている。
何度か小声で名前を呼んでみたものの、ちっとも起きる気配がないことを悟ったアルドは、非常に中途半端に追い上げられて燻る熱に不服を抱きつつも、ため息をついてからセティーの体を引き剥がしにかかった。
脱力したセティーの体はいつもより重い気がしたけれど、眠る人間相手に太刀打ちできないほど鍛えていない訳では無い。ふん、と腕に力を入れて体を持ち上げ、そのままセティーごと体勢を横にしてから、ずるずると中からセティーのものを抜き出した。すっかりと限界まで高められた体にはそんな些細な刺激も毒で、そのまま抜き去らずに腰を振ってしまいそうになりはしたが、断腸の思いでセティーから離れる。
(だから今日は止めとこうって言ったのに……)
そうして改めてセティーと向き合ったアルドは、その目の下にうっすらと刻まれたクマを見つめて、そっと息を吐き出した。
そもそもセティーは他人に自身の不調を悟らせない方で、それは恋人となったアルド相手に対しても変わらない。体調が悪くたって普段と同じ顔で笑ってみせるし、ギリギリまで一人で抱え込んで無理をしてしまう。
だからこんな風に、目の下にクマを作った姿を晒している時点でそれを隠す余裕もないほど疲れきっているということで、次元戦艦宛に届けられたメッセージに従って訪れたエルジオンの宿の一室、先に来ていたセティーの顔色が悪いことにすぐに気づいたアルドは、言葉より先にキスの雨を降らせようとしたセティーを必死で押し留め、今日はそういうことは止めとこうと告げたのだ。
いつもなら、無茶を言い出すのはどちらかといえばアルドの方で、セティーは年上の顔をして諌めることの方が多い。だからいつものままならば、アルドの言葉にそうだな、とあっさりと頷いて引いてくれただろう。
しかし今日のセティーは、いつもとは全く違っていた。
止めるアルドをひどく不服そうな顔で睨みつけ、むっすりと唇を曲げる。いやだ止めない絶対にする、と、頑是無い子供のように駄々を捏ね、ぐりぐりと額をアルドの首筋へと擦り付けながら、口寂しいのかがじがじと肌に緩く歯を立てたり、ちゅうちゅうと吸い付いてくる。そして同時進行でアルドの服の中に手を突っ込み、隙あらば脱がそうと仕掛けてくる。
先に折れたのは、アルドの方。
アルドにだって、眠かったり疲れている時に限って、妙にムラムラして落ち着かないことはあった。だからぐずるセティーを見て、そういうこともあるよなと一度思ってしまえば、突き放すのは難しい。それにぶすりと膨れたセティーがこんな風にアルドに甘えてみせるのは珍しいから、出来るだけ要望に応えて甘やかしてやりたい気持ちもあった。
一度出せば寝るだろうとは思っていた。早くセティーを寝かせるために、自ら後ろを解して積極的に受け入れた部分はある。
だけどまさか、こんなタイミングで寝てしまうとは思っていなかった。
(……疲れた顔してる。最近忙しそうだったもんな)
中途半端に高められて放り出された体を抱え、恨めしさを少しも感じなかったと言えば嘘になるけれど、すやすやと眠るセティーの顔を覗き込んでいるうち、仕方ないかとの気持ちが大きくなってゆく。
一目で分かるほどに限界を迎えていて、その状態でアルドを呼んでくれた事を思えば、たとえ眠気で思考が鈍っていたとしたって、以前より心を許されている気もする。そう考えれば悪い気もしない。
眠ってくれたならそれでいいか、と気持ちをすぐさま切り替えて、セティーを起こさないように近くにあった布でその体を拭いてゆく。普段のセティーは眠りが浅い方だと知っていて、実際一緒に眠った時でも、アルドが少し身動ぎするだけで覚醒する気配があった。
なのに今は全く目覚める素振りがない。気をつけてはいたけれど、寝息と共に萎んでゆく下を慎重に拭っても響き続ける寝息に、よっぽど疲れてたんだなあと改めて思った。
そうして一通りセティーを綺麗にしてやって、服を着せる代わりに掛け布を肩までかけてやってから、アルドもその隣に潜り込んだ。横向きで眠るセティーとちょうど向かいあわせの格好で、至近距離で顔を付き合わせる。
最初、まじまじと眺めていたのはやっぱり、目の下のクマ。それから、肌ツヤの色。心做しかくすんでみえる肌は、深い疲労を如実に表していたから、どうしたって心配になってしまう。
そんなすぐに消えるものではないと分かっていても、目が離せなくて、じいっとセティーの目の下を眺めるうち、ふと。
(睫毛、長いな)
視線が少し、上にずれた。
なんとなしに思ったのは視界に入った情報そのままで、ぼんやりと睫毛を眺めているうち、唐突にアルドはセティーの顔が整っていることを思い出す。
セティーと恋人になったのは、顔を好きになったからではない。アルドよりよほど器用なくせに、どこか不器用な生き様が危なっかしくて、気づけば目が離せなくなっていて、セティーから想いを告げられた時、自分の中にも同じものがあると気がついた。だからきっと、セティーが今と全く違う姿かたちをしていたとしたって、同じように好きになっていたと思う。
(セティーって、こんなに綺麗な顔してたんだな……)
それでも、顔を好きになった訳では無いとはいえ、改めて間近でセティーの顔を見つめていれば、それがひどく整っていることに気がつかざるを得ない。
知らなかった訳では無い。セティーってかっこいいよな、とは想いを抱く前から感じていたし、好きになってからは一層格好よくみえるようになった気がする。
しかし今、アルドの目の前にあるセティーは、アルドが認識していた以上に綺麗な顔立ちをしているように思えてならなかった。
すっと通った鼻筋も、左右で均整の取れた眉も、閉じた目の形も、薄い唇も、顎の作る線も、どこをとっても非の打ち所のないほど整っている。
それほど人の見てくれ、美醜にこだわりのある方だとは思っていなかったけれど、眼前に突きつけられた綺麗な顔を眺めていると、なぜだかどきどきと胸が騒ぎ始める。こんな綺麗な顔と唇を重ねたり、互いの体に口付けたりしていたのだと思えば、胸の鼓動はより速くなってゆく。
寝落ちたセティーの世話を焼くうち自然と収まったと筈だったのに、放たず仕舞いの体に再び熱が灯るのは早かった。どきどきと速まる鼓動に合わせて、むくむくと自身が屹立する気配を感じて、アルドはごくりと唾を飲み込む。
視線はセティーの顔に向けたまま、おそるおそる指先で足の間に触れれば、自身の指の筈なのにセティーに触れられている気もして、恐ろしく気持ちがいい。
最初のうちはゆっくり慎重に、すぐに夢中になって手のひらで握り込み、セティーの顔を眺めながら手を上下に動かした。口を開けばその名を呼んでしまいそうで、喉奥で絞め殺しても残骸がみっともなく喘ぎ声になって漏れてしまいそうで、ぎゅっと唇を閉じて吐息すらも押し殺す。すると吐き出せなかった熱が、内に跳ね返ってぐるぐると体内を駆け巡るようで、ますますと快感が募ってゆく。
ぱちり、瞬きをすれば目の中に痛みが走り、瞬きも忘れてセティーの顔に見入っていた事に気がつく。だって、瞬きの間とはいえ、視界から外してしまうのはあまりに惜しかったから。
その唇を見つめていれば、それがアルドの唇に吸い付く時の湿った熱が蘇ってきて、なだらかな額の形を見つめていれば、眉の間、達する瞬間苦しげに顰められ刻まれる皺を思い出して、体の奥が熱くなる。
こんなに綺麗な顔なのに、眠る今はともすれば整った人形のようにも見えるのに、快感に歪められ、薄く開いた唇から覗いた舌、滲む汗、ひどく切羽詰まった表情を見せてくれるその、人間臭さをよく知っている。
寝顔の上にそんなセティーの表情を重ね透かしてみれば、いつしか自然と後ろにも指が伸びていた。
まだ解れたままのそこはアルドの指を二本、あっさりと飲み込んで、陰茎を擦る手の速度を上げてゆけば、ぎゅうぎゅうと締め付けがきつくなってゆく。指先に掠めた凝りをぎゅっぎゅと押さえつければ、操り人形のように意志とは裏腹にびくびくと体が震え、足先が引き攣れたように何度も跳ねた。
ふうふうと部屋に響くのは、鼻から漏れた息の音。声を出さずとも荒くなった息はやけに部屋の中、大きく響いているように聞こえ、セティーを起こしてしまうんじゃないか、起きて目の前、すっかりと興奮しきったアルドを見つけたらどう思うだろうか、想像するだけでぞくぞくと背徳感が背筋を駆け登り、期待するように指を食む肉がうねうねとまとわりつく。
限界に達するまで、さして時間はかからなかった。
ぐ、と指先を凝りに押し込んだ瞬間、キリリと痛いくらいに足の根元、屹立の付け根が引き絞られ、あ、と思った時には一際強い快感の衝撃がずんと腰を揺らし、目の前にちかちかと白い火花の幻想を見る。咄嗟に先端にかざそうとした手のひらは間に合わず、勢いよく飛び出した白濁はそのまま、シーツとセティーの肌を湿らせた。
射精の後、浸る間もなく快感の余韻はすぐさま引いていった。軽い疲労と虚脱感を覚え、沸々とした思考は急速に明瞭さを取り戻してゆく。指を咥えた後ろは未だじくじくと熱を訴えていたけれど、冷えて落ち着いた頭は至極冷静に現状を把握しはじめ、罪悪感と後悔が徐々に頭をもたげだす。
寝ているセティー相手に、無防備で無抵抗の相手に、とてもいけないことをしてしまったようで後ろめたく、穏やかな寝顔に一人で興奮してしまったのが気まずくて恥ずかしい。
そっと後ろの穴から指を抜いたアルドは、掛け布をめくって汚してしまったセティーの腹を粛々と拭いた。微かに上下する筋肉のついた腹は、未だセティーが眠りの中にあることを示していて、そこにべたりとこびり付いた白濁は、眠るセティーの綺麗な顔とはあまりにもそぐわないから、ますますと申し訳なさが膨らんでいった。
「ごめんな」
小さな声で謝ったものの、当然返事はない。聞こえるのは、穏やかな寝息だけ。
(セティーが起きたら、ちゃんと謝ろう)
己が汚した分を綺麗にしたあと、再びセティーと並んで横になったアルドは、ひっそりと決意する。
黙っていればもしかしてバレないかもしれないけれど、隠したままでは罪悪感でセティーの顔がきちんと見れなくなりそうだ。変態だと軽蔑されてしまうかもしれないけれど、後ろめたさを抱え続けるのは恋人に対して不誠実である気もする。
何を言われてしまうか、不安はあったけれど、それでも謝ると決めた途端、胸を重く締め付けていた罪悪感が少しだけ軽くなった気がする。
気まずさへの解決策を見つけて、ほうと小さく安堵の息を吐き出したアルドは、目の前のセティーに倣ってゆっくりと瞼を閉じた。
そして数時間の後。
眠りから覚め、こころなしか顔色のよくなったセティーに対し、己のしたことを包み隠さず告白して頭を下げたアルドへと返ってきた反応は、変態と罵る言葉でも軽蔑の眼差しでもなく。「なんだそれすごくエロい興奮する」と、なぜだかすわった目ぼそりと呟いたセティーのぎらつく眼差しで。
明日は一日オフだからと主張するセティーの尋常でない勢いに押され、ぶっ続けで数時間繋がり続け、ついには二人して繋がったまま寝落ちることとなった。
それ以降、何かが吹っ切れたのか以前よりもセティーがアルドに甘える頻度が増えてゆき、疲れた姿をアルドだけに無防備に晒してくれる事が多くなってゆく。
それと共にセティーからアルドへと恋人へのおねだりも増えてゆき、二人でいる時にセティーがアルドへと殊更年上の顔をしてみせることも少なくなってゆくのだが、それはまた別の話である。