後戻りはできない
誰にでも臆することなく声をかけて笑いかけるくせして、その実、無条件に甘えることは滅多にない。
頼み事をすればその分だけ相手のために動こうとするし、距離が近いと見せかけて無意識に相手の機微を察して不用意に近づきすぎたりはしない。
だからこそ、そんな幼馴染みが珍しく駄々をこねてみせたりこちらの事情おかまいなしに甘えてくるのは、自分がアルドの中の特別にあるからだと知っている。
村長やフィーネとはまた違う特別。メイやノマルとも違う特別。
親代わりや妹、仲の良い友人たちにはけして話せない事を話せてしまえる、友達で幼馴染で兄貴分の、特別な立ち位置。
ダルニスだけがアルドと共有する秘密は、一つや二つではない。そういうものを預けても大丈夫だと、心底思われているのは言葉で聞かずともアルドの行動がわかりやすく示している。不機嫌を顔に出してかまって欲しいと擦り寄ってくるアルドは、ダルニスの傍以外ではなかなか見ることができない。
そんなアルドの気質は本人が自覚する以上にダルニスの方が理解していた。本人が思う以上に、周りが気づいている以上に、甘えるのが下手な幼馴染。甘えているようにみえて、大抵は相手を甘やかしているアルド。
だからこそ。
そんな幼馴染に甘えられてしまえば、頼られてしまえば、ついつい何でも言うことをきいてやりたくなってしまう。
たとえそれがどんな事であったとしても。
「ダルニスー! ね、ちょっと鎧の強度実験に付き合ってよー!」
警備隊が休みの日、鍛冶屋の前でメイに声をかけられたダルニスは、すぐさま頷こうとして動きを止める。
手招きするメイの後ろにはアルドとノマルの姿。
いつもならメイと一緒ににこやかにダルニスの名を呼ぶはずのアルドが、何やらもの言いたげな視線を向けている事に気がついたダルニスは、少しの沈黙のあと首を横に振った。
「悪いな、今日はアルドと月影の森で罠の調整をする予定だ。なあ、アルド?」
「えっ、あ、う、うん!」
「えーっ! アルド、予定ないって言ってたのに。もう、約束があるならちゃんと言ってよ!」
ダルニスの言葉に一瞬目を丸くしたアルドは、すぐに何かに気づいたように何度も頷く。メイはそんなアルドに目を吊り上げたものの引き留めはせず、さっさと行ってきなよ、あたしの方はノマルに付き合ってもらうからさ、とあっさりとアルドの背を押してくれた。ノマルもその後ろでぶんぶんと勢いよく首を縦に振っていた。
「ごめん……今度はちゃんと付き合うから」
「はいはい、行ってらっしゃい。二人とも気をつけてね」
バツが悪そうにメイたちから離れるアルドの引き攣った表情の理由は、けして先約を忘れていた事への後ろめたさではないと知っている。当然だ、ダルニスとアルドの間に約束なんて最初から存在はしていなかった。
けれどそんな事は顔を出さないままダルニスは、さも当然といった素振りで、悪いな、と二人に声をかけてさっさと月影の森へと歩き出す。
メイやノマルには悪いと思っている。嘘じゃない。
だけどちらりとダルニスを見たアルドの目が、何かを訴えるようたったから。ちかちかと瞳の奥に潜んだ熱に、気づいてしまったから。それはアルドの甘えだと、知ってしまっているから。悪いなと思いつつも、作り物の先約の撤回はしてやらない。してやれない。
迷いのない足取りでヌアル平原を突っ切るダルニスの後ろ、慌てて追いかけてくる足音に、知らず知らず唇の端が上がっていた。
けして、このままでいいと思っている訳じゃない。
月影の森の、中程辺り。背の高い草で隠された向こう、ぽかりと開けた場所には巨木が一本立っている。囲んだ草からはゴブリンやアベトスたちが嫌う臭いが出ているらしく、よほどの事がなければ近づいてこない。月影の森にやってくる村人たちもわざわざ草を分けいってくる事はなく、巨木がある以外は特に何もないからはぐれた悪党たちの根城にも向かない。
だからそこは、もう随分と前からアルドとダルニスの秘密基地だった。二人以外誰も来る事の滅多にない、秘密の場所。
そんな場所に連れ立ってやってきた二人が、何をしているかといえば。
「ん、あっ、ダルニスぅ、そこっ」
巨木の幹に手をついてズボンを膝までずりさげ、後ろへと腰を突き出すアルド。その剥き出しの腰を両手で掴み激しく己の腰を打ち付けるダルニス。ぱんっ、ぱんっ、と乾いた音がさやさやと葉擦れの音に混じって静かな森の一角に響き渡る。
腰を引くたび、アルドの内からずるりと引き出された己のものがてらりと光っているのが見えて、腰を突き出しそれを全てアルドに埋め込んでしまえば、手の中に掴んだ腰が戦慄くように震えた。抜き差しを繰り返せば繰り返すほど、ぬめった媚肉がますます粘り気を帯びてじゅるじゅると絡みついてくる。
誰かに見つかれば、言い訳は出来ないだろうな。
赤く色づいたアルドの首筋に柔く歯を立てて噛みつきながら、すっかりと沸いた頭の片隅、ぼんやりとダルニスは考える。考えながらも、揺れる腰の動きは止まらない。
立てた歯に少し力をいれながら、意識的に腰の角度を変えて擦りあげる位置を変えれば、うぁん、と気持ちよさそうに啼いたアルドの内側が、きゅうっとダルニスを包み込んで締め付けた。
昔、二人で見つけた秘密基地。ずっと二人で遊んできた場所で。
アルドとダルニスは、一分の弁解も許されないほどあからさまに、とっぷりと交わっていた。
無理強いをした訳ではない。と、思う。
言い出したのはアルドからで、それすらも元を辿れば原因はアルドになかった。
村では十六を迎えた暁には、成人として祝う風習がある。男衆で連れ立ってユニガンの花街にゆくのも祝いのうちの一つだ。ダルニスも何年か前に連れてゆかれて以来、定期的に世話にはなっている。
そして連れていかれた先、アルドの相手をした娼婦に少しばかり問題があったらしい。
筆下ろしの方は問題なく済んだものの、借り上げた時間はそれでは済まなかった。アルドを気に入った娼婦が、もっと気持ちよくしてあげると張り切って尻の穴まで丁寧に可愛がりすぎたのが発端となった。
もともと、筆下ろしよりもそういう方面の行為が得意だったらしい。ダルニスは興味が無かったけれど、店によって趣向が大いに違うとは聞いたことがあるし、男でも尻を使う事があるとは知っていた。知っていたけれどそれだけで、尻で気持ちよくなるなんて話については懐疑的だった。
しかしながら、そのダルニスが真偽を疑っていた件の娼婦が施した性技は、どうにもアルドと相性が良すぎたらしい。
花街から帰ってきてしばらくしてから。
珍しく深刻な顔をしたアルドに連れられてやってきた、秘密基地。巨木にもたれかかって座り顔を赤らめたアルドは、俯きながら花街での一夜のこととその影響についてぽつぽつと語り出した。
初めての交わりは確かに気持ちが良かったけれどそれより、尻の穴を舐められて浅い部分を指でくぷくぷと弄られたのが、気持ちよすぎて自分でするのに支障が出ていること。前なら普通に竿を擦ればそれなりに気持ちよくなっていたのに、今はいまいちうまく快感を拾えず尻の穴がむずむずするという。
どうしよう、ダルニス、と心底困ったようにアルドに縋られたダルニスは、表情には出さなかったものの内心ではアルド以上に困惑していた。
だってそんなもの、ダルニスは知らない。知らないものをどうにかしてやれる気がしない。それに関しては確実に、アルドの方が詳しい。
けれど結局、何も出来ないと突き放すのではなく一緒に考えてやる事になったのは、不安げにしながらもダルニスなら何とか出来るはずだと全幅の信頼を寄せてくる幼馴染に絆されたのと、もう一つ。
尻の穴を弄られて気持ちよくなるアルドをちらりと想像して、ぐつりと腹の底が疼いたから。
始めはこわごわ、恐る恐る。
自らの指で尻穴を触るアルドを手伝ってやって、段々とダルニスの指でも弄ってやる機会がふえて、そして。
ダルニスの股間が熱く膨れているのに気づいたアルドに触られて、触って、煽られて、揃って夢中になっていって。
すっかりと息の上がったアルドに上擦った声で、ためしてみないか、と誘われたダルニスは。
兄貴分の顔を貼り付けて、諌めることが出来なかった。
けして、このままでいいと思っている訳じゃない。
誘われる前より、欲情していた。
もっと言えば相談されるより前、アルドが花街に連れてゆかれるよりももっとずっと前から、ダルニスにとってアルドは特別だった。
その特別が、じわじわと炙られた欲に浸されてゆく。
手伝うに留まっていた際に、ぐちぐちと指で掻き回してやればぐずぐずと柔らかく蕩けてゆくそこに、猛った己を突き刺せばどんなにか気持ちいいだろうと、何度も妄想した。
夜、眠る前、瞼の裏にふいに達する瞬間のアルドの表情が浮かんで、寝付けなくなったことも一度や二度ではない。慌てて浮かべた幼馴染の顔を、馴染みの娼婦の顔に摩り替えようと試みても無駄だった。追い払おうとすればするほど、鮮やかに脳裏に蘇ってくる。
記憶の中、ダルニスの指をくわえてふうふうと短く喘ぐアルドは、かわいくていやらしくてたまらなかった。
一度それを浮かべてしまえば、他の人間を代わりにすることなんて出来なかった。自然、元よりそこまで頻度の高くなかった娼館通いは、完全に途絶える事となった。
だけど、いつかは止めねばならないとも思っていた。
紛れもなくアルドに欲情している自身を自覚する一方で、ダルニスはこの幼馴染が可愛くて仕方なかった。
欲を孕んでも孕まなくても。どちらにしろ、ダルニスにとってアルドは可愛い幼馴染だった。
可愛くて仕方ないから抱きたくて、可愛くて仕方ないから終わりにしてやりたい。
少しずつ頻度を減らして、尻よりも前で気持ちよくなる事を思い出させてやらなければならない。そうじゃなきゃアルドは、いよいよ女を抱けなくなってしまう。
湧いた懸念に一瞬、ほの暗い愉悦と独占欲を抱かなかったかといえば嘘になる。けれどダルニスは、それを理性で振り払った。
ダルニスは、アルドがかわいい。頼りになって、憧れていて、大事で、大切で、可愛くて、可愛くて可愛くて仕方の無い、幼馴染だった。
メイか、それとも他の誰かか。いつかはこの幼馴染も、連れ合いを作って新たな家族を村の中で作ってゆく。それを邪魔する存在にはなりたくなかった。アルドが穏やかに健やかに、日々を暮らす様を見守ってゆければそれでいい。そんな幼馴染の背中を守りながら、何年何十年とずっと、肩を並べて森を駆けられればそれで十分だ。
だから、本当はすぐにでも止めてやるべきなのに。止めなければいけないと分かっているのに。
抱いたはずの決意とは裏腹に、ダルニスの眼前には今も、荒く息を吐き出すアルドがいる。
ずるり、引き出して再度深く差し込んだ孔の縁には、既に一度出した白濁が滲んでいて、ぶちゅんぶちゅんと腰を動かすたびに粘った水音が響く。
止めなければいけないのに。
浅ましく動く腰の動きが止まってはくれない。
始めのうちは。
気持ちよさそうにするのは浅い場所を引っ掻いた一瞬だけで、奥の方までねじ込めば苦しそうに呻いていた。掻き分けて進んだ中はただただ狭いばかりで、十分に解したとして抵抗するようにきつく締め付けちっとも馴染まなかった。受け入れるための場所として、存在してはいなかった。
けれどアルドが苦しいと溜まった熱を訴えるたび、手伝ってやるうち、いつしか。
慎ましく窄んでいた穴が、軽く尻たぶを広げてやるだけで、くぱくぱとひくついて内に閉まった赤い肉を晒すようになった。頑なに閉じていたはずの肉がまるで自分から内へと誘い込むように、蠕動を繰り返して奥へ奥へと陰茎を導いてゆく。柔らかくダルニスのものを包んでも、拒絶するようにきつく締め上げる事はなくなった。まるで形を覚えてしまったかのように、ほどよい加減でやわやわとダルニスのものにそってしっとりと柔肉が絡みついてくる。
けして、このままでいいと思っている訳じゃない。
けれど、誂えたようにぴったりと埋め込んだ肉棒の形をとったアルドの内側、突き当たった奥に触れた途端。
ちゅう、と優しく吸い上げるように、蠢く肉に埋めた切っ先を柔らかく包まれて、ダルニスはかあっと思考を真っ赤に染めた。
幹についたアルドの手はもう随分と下の方に移動していて、足はがくがくと震えている。どうにか腰を支える手で立っているだけで、離せばたちまち崩れ落ちてしまうに違いない。突くたびにふぅん、と甘く喉を鳴らすけれど、意識は半分どこかへと飛んでしまっている。
外側はそんな風にかわいそうなくらい、疲れきってぐったりとしているのに。くわえ込んだ内側はまるで甘えるように、媚びるように、ちゅっちゅと先端に吸い付いてくる。少し腰を引いただけで、抜かせまいとでもするようにじゅわりと絡みついて追いかけてくる。少なくない交合の果てにそこは、すっかりと作り替えられてしまっていた。
それがどうしようもなくいやらしくて、扇情的で。
可愛くて、可哀くて、かわいくて、仕方がなかった。
二度と手放してやれそうにないくらいには、どうしようもなく可愛くて、愛しくて、たまらなかった。
そうして、とうに戻れる段階を過ぎてしまっていた事を唐突に自覚したダルニスは。
小さな声でごめんな、と呟きながら、朦朧とするアルドの中に勢いよく吐精した。