可愛いこねこ


向かいあわせの膝の上、一際強く腰を突き上げたタイミングで。
目の前、仰け反ってさらけ出された喉の尖りにがぶりと軽く歯を立てれば、ひゅうひゅうと息を飲み込む音の気配が変わる。
気づかない振りで喉仏から顎の下までねっとりと舐め上げると、びくびくと震えた身体が上に逃げようと腰を浮かしたから、脇腹をぐっと掴んで引き戻した。くぷりと奥の奥、狭く閉じたその先まで嵌った切先を、もっと奥まで捩じ込むようぎゅうぎゅうと、腰を押さえつけながら小刻みに前後に揺すってやると、がくがくと太腿が大きく痙攣しはじめた。

「うっ、ぐうっ、んーっ!」

いやいやと首を振って苦しげに呻く姿を見るのは、ほんの少しだけ心苦しい。けれどここで止めてやるつもりは毛頭ない。
ぱたり、ぱたり、湿った黒髪の毛束から。首の動きに合わせて胸元に飛び散った汗を拭うことなく、ロベーラはずりずりとアルドの奥を丹念に捏ね続ける。
奥を舐りがてらゆさゆさと腰を揺らすと、アルドの陰茎が時折ロベーラの腹にぶつかってぺちんぺちんと高い音を立てた。些か元気がなく柔くなったそれは、しかしとぷとぷと先端から透明な液体を絶え間なく垂れ流し続けている。

「あ、あ、くうっ!」

何度目か。ぐっと腰を押し付ければ、きゅうっと吸い付くように奥が蠢いて、入り込んだ亀頭を強く締め付ける。たっぷりと送り込んだローションでぐちぐちとぬめり、ほどよく蕩けてぬくぬくと竿を包む手前の部分とは別物のような、ぎゅうぅ、ときつく絞って吸い取るような動きに一瞬、果ててしまいそうになった。ぶちまけてしまいたい欲がなかったわけではないけれど、まだ頃合いではない。だからロベーラはしばし動きを止めてくっと奥歯を噛みしめ、強烈な快感の波が引くのを待った。
動きが止まったのは、アルドも同じ。あ、あ、と断続的に掠れた声を漏らしながら、かちりと固まってしまった身体は、それでも内側だけは変わらず熱いままで、ひくんひくんと収縮を繰り返す。
薄暗い室内に響く荒い息の音は、二人分。小刻みに上下を繰り返すアルドの胸を見つめながら、ロベーラも大きく息を吸っては吐いて、乱れた呼吸を整える。
やがて多少の射精欲が引いた頃合を見計らい、再びゆらゆらと腰の上のアルドを前後に揺すぶれば、開いたままの唇から零れる嬌声の質が明らかに変わった。

「ふぁ、ん、ん、やあん」

つい先程までは。
内側に燻る快感を逃すために、その口から漏れ出る声は鮮やかに色めいていたけれど、それでも常に真ん中には芯が通っていた。ふわふわと蕩けて甘く響いても、ぐずぐずに溶けて形を失ってはいなかった。
それが、今や。
ひゅっと芯を抜き取ってしまったがごとく、ぱきぱきと表面にヒビが入ってゆき、じわり、水気が滲んでゆく。それを包んでいた殻がぴしりと破れて、中から柔らかなものがひたひたと溢れだしてくる。
そうして、隅々まで声に湿りが行き渡ると同時に。
ぱちんと大きく開かれたアルドの瞳が、みるみるうちに水の膜で覆われたかと思うと、ぶわりとせり上がり目尻からぽろぽろと幾粒もの涙が零れてゆく。

ようやくだ。
はらはらととめどなく流れ落ちるアルドの涙を確認したロベーラは、薄く笑って顎先に伝った水滴に舌を伸ばして舐めとってやる。そのままあやすように涙の筋に沿ってちゅ、ちゅ、と短いキスを贈りながら、埋め込んだ自身の動きを少しずつ大きくしていった。
初めはベッドのスプリングの反動に任せて小刻みに揺らして。徐々に抜き差しする間隔を広げてゆき、ぐぷぐぷと奥の括れに張り出した先端を引っ掛けてわざとらしく刺激して。掴んだ腰をゆさゆさと動かしながら、ずぶ、ずぶんと自らも腰を引いては突き上げて、きゅうきゅうと絡みつく肉を一気に抉って擦りあげる。

「やだ、も、ぼく、やだ、やだぁ……」

未だ涙が止まる気配はなく、むしろ勢いは増してゆくばかり。ついにはひっくひっくとしゃくりあげ始めたアルドの口から紡がれた、まるで幼い子供のようなたどたどしい物言いに、ロベーラの浮かべた笑みは一層濃くなった。
ただ闇雲に抱くだけではこうはなってくれない。気持ちよさそうに甘い声で喉を鳴らしても、アルドそのものは崩れずしなやかさを保ったまま、時にきらりと悪戯っぽく瞳を煌めかせてロベーラを翻弄さえしてみせる。
ゆっくりと時間をかけて丁寧に身体を拓いていって、つま先からてっぺんまで隅々までたっぷりと可愛がって、何度も何度も昇りつめさせて吐き出させ、先からぺしょぺしょと薄い液体が滲むだけになってもまだ足りない。しつこく内側を擦って、揉み込むように舐って中だけでイかせて、終わりのない快感の余韻に浸らせる間もなく畳み掛けるように新たな快感を与えて、強すぎる熱に身体が追いつかなくなって、ろくに言葉も発せなくなったら、ようやく。
ぴしぴしとアルドを覆う殻が破れて、剥き出しになったそれが現れる。
涙どころか泣き言さえ滅多にこぼさない、普段のアルドからすればとても信じられないような、あまりにも無防備な姿。目にすれば背筋がびりりと甘く痺れ、優しく宥めてやりたいようなめちゃくちゃに掻き回してやりたいような、相反する気持ちで思考が千々に乱される。
現に、今だって。

「ひうっ、たすけて、たすけて、やだっ、ねえっ」
「大丈夫だ……っ! ほうら、気持ちいいだろう?」
「ん、んんんんー! やあっ、きもちい、ぼく、きもちいいの、も、やあっ!」
「……大丈夫、大丈夫だ……気持ちいいのは、いいことだから、なっ!」
「そ、な、あっ、あああっ!」
?
ひ、ひ、と喉を引き攣らせて涙をこぼし、たすけてと呟く幼子にむけて柔らかに笑んでみせるけれど、それでも激しく突き上げる腰の動きは止めてはやれない。過ぎた快感から逃げ出そうとしてかロベーラの胸に手をついてたアルドが一瞬、上半身を僅かに仰け反らせたけれど、腰を掴む手に一層力を込めて奥を嬲りつづければ、あっさりと力がぬけてだらんとロベーラの胸に力なくアルドが凭れ掛かってくる。
近くなった額に何度も唇で触れ、鼻先で擽るように頬を撫でて宥める素振りを見せながら、大丈夫だと優し気な声色で囁いてずるりと入口近くまで切先を引き抜いてやれば、えぐえぐとぐずるアルドが微かに安堵を滲ませてほっと息をつきかけた。けれど当然、完全に抜いてやる筈なんぞなく、アルドの纏う雰囲気が緩んだ直後を狙って、躊躇いなく一気に肉を抉って奥まで叩き込む。
口先では優しげに装って、けれど行動は言葉を裏切って容赦なく。
騙されたと分かってもなお、再び大丈夫だと耳に注ぎ込めば緩む表情が愛おしい。
しつこく何度も何度も、宥めては抉ってを繰り返すうち、段々と声に滲んだ怯えは薄らいでゆき、代わりに陶然と蕩けた色が濃くなってゆく。

「あ、あ! きもちいい、ぼく、ぼく、きもちいいよう!」

かわいそうに。
遂には助けを求める事も拒絶する事も忘れ耳に何度も注いだ言葉を鸚鵡返しに繰り返し、うっとりと表情を溶かす。
ついさっき胸板に突き立てた筈のその腕を、しどけなくロベーラの首に回して甘えるように擦り寄ってくる。
艶めいた喘ぎ声を吐き出す合間、はくはくと息を吸い込む瞬間すんすんと鼻をうごめかせてロベーラの匂いを嗅げば、苦し気な呼吸の合間に安心したように目元を和らげてみせる。
そんなアルドの姿を目の当たりにしたロベーラは、口には出さず胸の中でそっと呟く。
かわいそうに。
こんな、訳が分からなくなるまで追い上げられて、小さな子供のように泣いて、舌っ足らずに喘いで、それが気持ちいいことだと刷り込まれてしまうなんて。
それでいて原因であるロベーラを頼るように縋って、一番信じてはならない男の腕の中で笑ってみせるなんて。
かわいそうで、哀れで、かわいくて、どうしようもなくて、たまらない。

「んっ、んっ、きもちいい、きもちいい、もっと、もっとぉ」

とうとう。すっかりと塗り替えられてしまって、ゆさゆさと自ら腰を振り始めたアルドの腰からようやく手を離してやれば、掴んだ指の形がそのままくっきりと、赤い跡となって肌の上に残っていた。しばらくは消えないだろう。赤味が引けばいずれ、青黒い痣となって残ってしまうかもしれない。
かわいそうに。もう一度呟いて、指先で慈しむようにそっと残した痕を撫でてやると、ぴくぴくと身体を震わせたアルドがくぅんと心地良さそう喉を鳴らす。
そのまま腰から脇腹を擽りつつ徐々に上げていった指先で、揺れる顎先を掴みがぶりと唇にかぶりつく。んっ、んっ、とくぐもった声が口の中に注がれて反響するのがひどく心地よかった。
あやすように舌を絡めてゆっくりと舌先を吸って、ちゅぱりと大袈裟に音を立てて離れれば、とろんと蕩けた目をしたアルドとばちりと目があった。
快感でどろどろに溶けているくせして、ひたとロベーラを見つめる瞳はあまりにも無防備に真っ直ぐで、ぴたりと目が合った瞬間ふっと安心したように緩んだ色が、ひどく無垢だったから。
ぎゅう、と締め付けられるような胸の痛みを覚えたロベーラは、触れるだけのキスを顔中に降らせてゆく。

大事にしたい。優しくしたい。守ってやりたい。望むこと全てを叶えてやりたい。
けして、嘘じゃない。
全部、常々アルドに対して心の底から思っていることで、そのためなら何だってしてやろうとも思っている。
ぎゅうぎゅうと痛む胸を締め付けるの半分は、泣きたくなるほどの愛しさだと分かっている。

その筈なのに。
真正面、覗き込んだ瞳の奥には。
ひどく嗜虐的な笑みを浮かべた男の顔が写っていたものだから。

かわいそうに。
何度呟いたかしれない言葉を飽きもせず繰り返してロベーラは、もう半分。ちくちくと良心を突き刺す罪悪感に包まれた身勝手な薄暗い独占欲の甘い疼きに、とぷりと身を浸す。
最後にもう一度。
その唇に柔らかく唇を押し当ててから、懸命に腰を振るアルドに刻んだ赤い指の跡に、そっと己の手のひらを重ねて。
ぐぷん、繋がった隙間がなくなるくらい、勢い奥まで先端を埋め込んで、ひぅんと高く啼いたアルドの声ににやりと唇の端を吊り上げた。