もっと深く


剥き出しの首筋、浮いた血管に狙いを定め、一切の躊躇いを捨てて歯をつき立てる。食い込んだ皮膚、柔らかな肉を噛みちぎればそれだけで、致命傷たり得るとよく知っている。
特別な道具なんて何も必要ない。その気になれば身一つで、人は人を殺せる。腕でも、足でも、頭でも。使い方次第でどれも、十分凶器に変わり得る。
その中でも歯は、とりわけ殺傷力の高い部分だ。
そんな凶器がずらりと並んだ場所へ、骨も通っていない柔らかな急所を無防備にも含ませるなんて、正気の沙汰ではないと思っていた。

そもそも、手入れの行き届いた細い指ですら、そこに触れられるのは好まなかった。自分以外の体温に優しく触れられるのが気持ちよくないとは言わないが、どうしたって心地よさより警戒心が先に立ち、気が散っていまいち集中できない。
それは軍人であった時からで、怪我をきっかけに除隊して便利屋じみた仕事を始めてからは余計に、その傾向が強くなった気がする。
なにせ真っ当な仕事とは言い難く、あちこちから恨みも買いやすい。夜の酒場で偶然を装い誘いをかけてきた女が刺客や殺し屋だったなんて一度や二度のことではなく、ここ数年は人肌と触れ合う事すら避けていた。
多少味気なくともバーチャルの世界に飛び込めば安全にそこそこ楽しめる。わざわざ危険を冒してまで、生身に拘る必要を感じてはいなかった。


その筈だったのに。
エルジオンのホテルの一室、キングサイズのベッドの上。
積み上げた枕に背中を凭せかけて座り、軽く開いた足の間。
猫のように四つん這いになったアルドが、うっとりと目を細めてすりすりとまだ柔らかな陰茎に頬ずりをして、ぺろりと唇を舐める姿を見たロベーラが抱いたのは、不快でも嫌悪でも忌避でもなく。
肚の内がぐつりと煮えたぎるような、興奮ただ一色。

じゃれつくように鼻を寄せて、ふんふんと匂いを嗅ぎながら鼻先でつんと竿をつつくアルドは、まるで無邪気に遊ぶ子供のように見えなくもない。けれどひくり、鼻をひくつかせるたびに、薄く色づいてゆく目尻の紅が、けしてそれが幼子の振る舞いではないことを明確に示していた。
先端から根元までたっぷりと匂いを嗅いでアルドは、付け根、繁った毛に潜りこんでふすふすと鼻息でくすぐったそうに笑ってから一度離れ、ちろりと視線でロベーラを窺う。
それに応えるように伸ばした手で頭を数度撫でてやれば、見せつけるようにロベーラへ向けて口を大きく開いて赤い口内を曝け出してから、ぱくりと一気に竿の中ほどまでくわえ込んだ。

ぬめった熱い口の中、ぐうっと開いた唇の裏。硬い歯が柔らかな急所に当たらぬよう注意を払っているのは分かるけれど、それでも時折こつんと当たる粘膜とは違うものの存在は感じ取れてしまう。
しかしあれほど忌避した筈の、今まさに噛みつかれてもおかしくない状況に瀕してなお、ロベーラの心には一抹の懸念も過ぎらない。
もし、突然アルドが牙を向いて、容赦なく歯を立てられたら。
試しに考えてみても、想像した不穏に不安を抱いて萎えるどころかむしろ、激痛の向こう、てらりと唇を赤で染めて笑うアルドの幻を見て、高揚した気分が更なる上へと昇ってゆくばかり。
アルドになら何をされても構わない。何をされたところで、歓喜と興奮で埋め尽くされてしまう。
それくらい、この随分と年の離れた若い恋人に、骨抜きにされている自覚はあった。

現実のアルドは当然のこと、想像した不穏をもたらすことなく、器用に舌と上顎で陰茎を挟んで、ずりずりと擦り付けながら奥へと呑み込んでゆく。
以前は少し深く咥えるだけで喉を引き攣らせて咳き込んでいたのに、今やその影は微塵も残ってはいなかった。ちゅうちゅうとたっぷりと舌で唾液を塗りつけてはうまそうにしゃぶって、ざらついた上顎にカリ首の張り出した部分を引っ掛けて小刻みに揺らしては心地良さげにゆらゆらと突き出した尻を揺らす。
熱い柔肉に挟まれるロベーラが感じる心地良さは勿論、最初の拙い技巧に感じたものとは比べ物にならないけれど、慣れたのはそれだけではない。アルドもまた、ぴちゃぴちゃとしゃぶりながらしっかりと口の中で快感を拾える、どころか下手すればそれだけで達してしまう程度には、いやらしく成長していた。
上顎、少し奥まった部分。内側の骨が引っ込んで、ぴんと伸びた筋肉がざらついた柔肉に覆われた場所。
そこが一等お気に入りらしいアルドは、何度も何度も含んだ先端を押し付けては背筋を反らせて、閉じた太ももをもじもじと擦り合わせる。緩く腰を撫でてやれば、達しはせずともふぅんと心地よさげに鼻を鳴らして啼いた。

そうしてしばらくお気に入りをつついで遊んだあと。
ごくり、喉を鳴らして唾を飲んだアルドが、ず、ず、と更に深くへと陰茎を呑み込んでゆく。
突き当たり、揺れる口蓋垂を潰して喉奥、とんと先が突いた瞬間。ひくりと喉が引きつってきゅうっと亀頭が締め付けられる。けれど含んだそれ吐き出してしまうことなく、不意打ちに歯を立ててしまう事もなく、何度か喉を揺らしてうまく反射を逃がしたアルドは、また少しずつ少しずつ、切っ先を奥へと導こうとする。
ひくん、身体が異物に抗って追い出そうとすれば、僅かに動きを止めてやり過ごして、時に少し引き返しながら。
喉奥を擦られるたび、じゅわり、湧き出した唾液が一層粘り気を帯びてゆき、どろどろと竿に纏わりついてゆく。その滑りを利用してまた、深く深く、内側にロベーラを迎え入れていった。

きゅうきゅうと締まる肉、合間にごくりと唾を嚥下する喉の動き、隙間を縫って吐き出される息の熱。
時々ずるりと引き抜いて舌の中ほど、唇はふにふにと濡れた竿をやわく刺激しながら、ふーっふーっと鼻を抜ける息の音は明らかに呼吸を止めたあとのもので、再び呑み込んだ切っ先、先走りが湿らす肉がより奥へと移動する毎、「ん゛う゛っ」と潰れた呻き声が包んだ肉茎ごと刺激して震わせる。
見下ろした先。
寄った眉毛の形はそれがひどく苦しいことだと教えているのに、同時に。
赤く色づいた目尻が、どろどろに蕩けた瞳が、しなった背中が。
それがとても気持ちいいのだとも、分かりやすく示していた。

ぎゅっと亀頭を包む粘膜の温かさは心地よくて、少しだけ焦れったい。やわやわと掻き分ける喉の奥、アルド自身の指すら触れたことのない場所を暴く興奮はあっても、昂った竿は更なる刺激を求めていた。
いっそのこと後頭部を掴んで、思い切りぶち込んで好き勝手動いてやろうか。
思ったのは一度は二度ではない。
粘性の高い唾でたっぷりと湿った熱い中を、思うままに蹂躙して奥を抉ってやれば、今よりもっと強い快感を味わえる事は想像に容易い。

けれどロベーラは、懸命にしゃぶりつき竿をぐぷぐぷと呑み込んでゆくアルドの頭に乗せた手に、けして力を込めようとはしなかった。
手っ取り早く気持ちよくなる方法が分かっていたとして、性急に事を進めてしまうのはあまりにも勿体無い。
なぜならアルドは、強制されるでもなく無理強いした訳でもなく、言葉尻に滲ませて暗に催促してすらいないのに。自らの意思で、ロベーラのそれを喉奥深くまで咥えこんでいるのだ。
ひくつく喉も、粘つく唾液も、荒い呼気も全て、身体が無意識のうち異物を押し戻そうとしている証拠なのに、アルドは何もかもを自らの意思でねじ伏せて更なる奥へとロベーラを押し込んでゆく。もっとロベーラでいっぱいにしたいと欲張って、苦しいくせに突き上げた腰、猛った陰茎は硬度を保ったまま、いやらしく尻を揺らす。
ロベーラの事もちゃんと気持ちよくしたいとの献身から始まった行為は、徐々にアルドの身体を作り替えてゆき、息を吐き出し言葉を紡ぎ食べ物を飲み込むための場所は、今やただの性感帯と化してしまっている。浅い場所も深い場所もどこを擦られても、心地良さげに垂れた陰茎からほとほとと先走りを零す。
それでもまだ物足りないとでもいうように、もっと奥、もっと内側。ぐりぐりと擦り付けるたび、また一つ、気持ちいい場所を見つけていって、淫らに自身を嬲りながら拓いてゆく様は、率直に言って絶景だった。横から手を出して邪魔をするのは、あまりにも無粋だ。

それに、そんなアルドの姿はロベーラの目を楽しませて興奮させるだけではなかった。
必死でロベーラを喰らうアルドを見るうち、ひたひたと温かなものが内から溢れ、身体が感じるのとは別の、精神的な心地よさが心を満たしてゆく。柄にもなくじんと目尻が熱くなって、多幸感に脳髄を焼かれて貫かれる。
不安も懸念も嫌悪もなくそれを受け入れている己が信じられなくて、けれどぴちゃぴちゃと触れる熱は紛れもなく現実で、愛おしさに胸を掻きむしりたくなる。
一欠片の警戒もなく、他人に全てを委ねてしまう心地よさ。少しも疑うことなく、身を寄せてもけして裏切られることのない安心。
己の疑り深さは、ロベーラ自身がよく知っている。
いくら建前、自身を言いくるめようとしたって深い部分、納得していなければ自然と身体は強ばって、意識の外で警戒を続けてしまう。僅かでも警戒を手放せなければ、いくら愛しいと思い込んでいる相手であろうと、やんわりと拒絶したはずだ。
なのに今、ロベーラの猜疑心は完全になりを潜めている。ただひたすらに施される奉仕が気持ち良いだけで、その頭を掴んで振り払う気は欠片も沸いてこない。
あれほど忌避した筈の行為をあっさりと受け入れている事実が、それほどまでに心を寄せて預けられる相手を得られた現実が、泣きたくなるほど幸せだった。
必死でロベーラを受け入れるアルドが可愛くて愛おしいのは勿論のこと。そんなアルドへ向けた自身の気持ちが上辺だけの作り物でないことを、ぐぷりと陰茎を奥深くまで咥えられる行為で客観的に認識して、ロベーラは喉を熱く焼く雫をぐっと飲み込んで湿った息を吐き出す。

ゆるりゆるり、根元まで咥えては引き返すうち、徐々に慣れ始めたかアルドは、少しずつ頭を前後させるスピードを速めてゆき、しっかりと咥え込んだ先端が一番奥まで到達した瞬間に合わせて、器用に喉を締め付けてきゅうきゅうと刺激する。
張った喉元を指でくすぐってやれば、それだけでふるふると腰を震わせとろりと目尻を下げて、んっんっと短く鼻息で喘ぎながら喉仏を何度も上下させる。

「アルド、そろそろ出すぞ」

はあ、と吐きだした吐息とともに一言、声をかければいよいよ、アルドの動きが激しくなった。勢いよく頭を前後に振りながら、ぐっぐと奥に押し付けた亀頭を喉で柔く食んで、それでも達しないとみるとまた、頭を前後させて刺激を重ねてゆく。
そうして何度目か、根元まで咥え込まれたタイミング。
頭に添えた手に少し力を入れてそのまま、胃の底に向けて思い切り精を放つ。びくびくっと苦しげに喉を震わせたアルドも、逃げることなく大人しく受け止めて、しばらくの後、ぷはあ、と詰めた息を吐き出しながらようやく、ずるりと萎えた陰茎を喉奥から引き出して離した。
見ればロベーラが果てたとほぼ同時。アルドのそれからも飛び出した白濁が、ロベーラの足の間、シーツをべったりと湿らせていた。
塞ぐものの無くなった口を開いて、はっはっと刻む呼吸は短いけれど、咳き込む様子はない。
そのまま無言でよしよしと頭を撫でてやればアルドは、まだ息も整わぬうち、ロベーラの萎えた陰茎の先に唇を寄せて、じゅううっと管に残った白濁を吸った。
一体どこでそういうの覚えてくるんだ、教えた記憶のない行為を呆れ混じりにからかって咎めれば、だってまだちょっと垂れてるのが見えたから、と少し得意げに笑って答えたアルドが、名残惜しげにもう一度先っぽに吸い付いてから、上目遣いでロベーラを見上げて甘えるようにすっと目を細めた。

「なあ、コレ。もう一回、きもちよくしてもいい?」

どこかわくわくとしたように瞳を輝かせたアルドは、ロベーラの返事を待たずちゅうと唇を竿に寄せて、ぺろぺろと舌先で舐め始める。相変わらず四つん這いのまま、突き出した尻からは、長い尻尾が生えて機嫌よくゆらゆらと揺れているようで。
仕方ないな、と苦笑いで身体の力を抜いたロベーラは、ふと思いついてアルドの腰の上に手を乗せる。
そして、ゆらゆらと揺れる見えない尻尾の付け根、尾骨の少し上あたり。
何度か撫でてやったあと、ぴしゃん、からかうように軽く叩いてやれば。
にゃああ、とまるで猫のようにアルドが、ひどく嬉しげに色めいて啼いた。