Fxxk you!


かさり、手を差し込んだ胸の内ポケットの中、指先に小さく畳まれた紙が触れて、セティーはむすりと不機嫌そうに形のいい眉を顰めた。
取り出した紙片を開けば、中に書かれてあったのは日付と時刻、そして場所を指定する文字。それもCOAで利用される暗号に倣って書かれているから、どうにも気に食わない。
びりびりに引きちぎって捨ててしまいたかったが、誰に拾われるとも分からない。可能性は低いとはいえ、千切れた紙くずを集めて復元されないとも限らないのだ。
面倒くさいが後で燃やすしかないか、とため息をついて、せめてもの腹いせにぐしゃぐしゃに丸めて潰した紙を、もう一度胸の内ポケットにしまい直す。

差出人は分かっている。直前に会っていた男、それもホテルの部屋で一晩共に過ごした男からのものだ。
それなりにいい歳をした男が二人で、ホテルの部屋で一晩何をしていたのかと聞かれて、酒盛りをしていただの映画を見ていただの、そんな誤魔化しで濁せるほどの親しい仲でもない。
セックスをしていた。それ以外の事は何もしていない。
男、ロベーラとセティーを繋ぐものは正しくセックスだけ。それはアルドと出会う前からのことで、アルドの仲間となってからも変わってはいない。
ホテルの部屋で落ち合って、甘い言葉を交わすことなく、欲求の発散に互いの身体を利用する。ただそれだけの関係だ。二人の関係を表すのに一番相応しい言葉は、セックスフレンド、まさにそれだと思っている。

一晩の相手を探す店でたまたま引っ掛けた相手が、まさか自分の立場とは対極にある存在だと知った時はさすがに驚いたが、そういう場所に表の顔を持ち込まないだけの分別はあった。勿論それは逆も言えることで、何度寝た相手だとしたって、COAとして、枢機院の手駒として、ロベーラが敵対するならば一切の手心を加える事無く捕まえるつもりである。今のところうまく立ち回ってけして尻尾を掴ませはしないが、その時がくれば是が非でも捕まえてやろうと意気込んでいるくらいである。

その、ロベーラから。
知らぬうちに脱ぎ捨てた服のどこかに紙片を放り込まれるようになったのは、定期的に寝るようになってしばらく経ってからのことだった。
初めは何のことか分からなかった、と言いたいところだけれど、残念ながらそうではない。セティーにとって非常に悔しく恥ずかしいことに、ロベーラからの誘いなのかと思ってしまった。
いつも夜だけ落ち合うホテルとは違う、昼間、人通りの多い場所を指定する文字。もしかしてそれは、昼も会いたいというロベーラからの意思表示、つまりデートの誘いではないかと、みっともなく勘違いをしてしまったのだ。全く、叶うならばあの時に戻って自分自身をぶん殴ってやりたい。

馬鹿じゃないか、と鼻で笑って無視をしてしまえば良かったのに、何を血迷ったかセティーは指定された場所に向かうべく、猛然と仕事を片付けて予定の調整に苦心した。
けして認めたくない事ではあるけれど、どこかで、楽しみにしていたのだと思う。
男と、ロベーラとの間にはセックスしか存在していなかったけれど、ロベーラの少し低い体温は嫌いではなかったから。二つ分の荒い息が響くベッドの上、触れる指は無骨なくせにひどく優しげだったから。もしも、で仮定した明るい光の中、二人で並ぶ想像は、思いの外しっくりと馴染んでセティーの心をふわふわと浮き立たせたから。
割り切ったつもりでも、体温を分け合ううちに育った情のようなものがあったことは、悔しいが否定出来ない。

けれど、だ。
強引に作り出した空き時間に、COAの制服を脱いでクロックとレトロも連れず一人で指定の場所に向かったセティーの目の前に現れたのは、ロベーラではなかった。代わりにいたのは、COAがずっと追っていた、指名手配犯。そいつが間抜けにも変装もせずそこに突っ立っていた。
一体どういうことか、考える前に男を確保して、応援を要請し司政官に連絡を入れて指示を仰ぐ。その間辺りを見回してロベーラを探したものの、彼の姿はどこにも見つからなかった。
指名手配犯を捕まえたセティーを、大手柄だと仲間たちは賞賛の声で受け入れたけれど、結局最後までロベーラは現れないままで、約束を反故にされたのか、それともセティーがCOAのメンバーに応援を要請したせいで現場に近づけなかったのか、それすらもはっきりとせず、セティーの気分は晴れなかった。どうにも釈然とせず、すっきりとしない。
どういうことだ、原因のロベーラに問い詰めたくとも、普段から密に連絡を取り合う仲ではない。互いに情報のやり取りには気を遣う身の上、連絡先の交換すらしてはいなかった。
確実に会えると分かっているのは、前回寝た時に取り決めた次の約束、指定したホテルの部屋の中でだけ。
そうしてもやもやとした気持ちを抱えたまま迎えた次の約束の日、部屋に入るなりロベーラにその意図を問い詰めれば、珍しく微笑みを浮かべた男が言った。「役に立っただろう?」と。

ああ、全く、本当に、忌々しくってたまらない。
つまりあれは、デートの誘いなんかではなく、セティーと昼間に会いたかった訳でもなく、純然たる、情報提供でしかなかったのだ。「あの男、仕事の邪魔だったからな」としれっと付け加えたロベーラのすました顔をぶん殴ってやりたかったけれど、それはセティーのプライドが許さなかった。
一瞬でも血迷って心が揺れたことが悔しくて、少しでも楽しみにして予定を調整した自分がいたことが腹立たしくて仕方ない。
そもそもロベーラとの間にそんなものは、欠片だって存在していなかったのに、分かっていたくせにそれ以上を期待しようとしていた自分が耐え難いほどに許せなくて、屈辱だった。羞恥で喚くことはまさにロベーラに惹かれていた自分がいることを認めるようでけして出来るものではなく、かといってしてやられたままでいるのも業腹だ。
結局、その日はわざとロベーラの背中に爪を立てて引っ掻いてやるくらいの意趣返ししか出来ず、二度と妙な勘違いをするまいと心に誓うことで辛うじて自身の心の体裁を取り繕うことに成功した。


それから、ロベーラは定期的に一方的な情報提供をしてくるようになった。
腹が立つことにそのどれもがCOAにとって有用なもので、指定された日時に指定された場所に行けば、毎回何かしらの収穫がある。あと少しで取り逃した犯罪者がいたり、足のつかめなかった違法な薬の売買現場に立ち会ったりと、痒いところに手が届くような情報ばかりで、こんなものと紙片を捨ててしまうことが出来ない。
ロベーラに手を貸されるような状況は不本意極まりないが、けれどそれを利用しない手もない。紙片を見つけてしまう度、咄嗟に表情に浮かぶ不愉快を腹の底に押し込めて、セティーはそれを利用する道を選択した。
いずれ情報提供の見返りに何かを要求される可能性も考えて、ヤっている最中、間抜けに腰を振っているロベーラの姿を密かに撮影して押さえている。いざとなればそれを突き付けて、取引の材料に使ってやるつもりだった。

セックスフレンド、そしてそれなりに利用価値のある男。
ロベーラとの逢瀬を重ねる度、セティーは何度もそう自分に言い聞かせ、二人の関係を頭の中に叩き込んで、刷り込んでゆく。そうすることで、一番初めの忌々しい勘違いを無かったことにするように。いつも部屋に入ったセティーを見るなりふっと柔らかに笑む男の微笑みに、再び絆されないようにときゅっと気を引き締める。

わざわざ自分に言い聞かせずとも、一番てっとり早いのは、きっぱりと関係を切ってしまうことだとは分かっている。そうすればもう、これ以上この男に振り回されることもなく、不愉快な思いをすることもない。
けれど、そうだ、利用価値があるから。放り込まれた紙片を見つける度に眉を顰めても、次の約束を絶やしはしない。その理由を述べる自身の言葉に、どこか言い訳がましいものを感じながら、利用価値のある男だから、と繰り返す。小さな紙切れを見つける度、まだあの男に会う必要があるとどこかでほっとしている自分に、気づきたくなんてなかった。



「明日、昼の十二時、ニルヴァの博物館の前で待っている」
「……明日? また急な話だな」
「休みだろう?」

いつもと同じ、情事後の気だるさ漂うベッドの上で。
いつもなら紙片に託される筈の情報を、口頭で伝えられたセティーは反射的に眉を顰める。いつもはもう少し猶予があるのに、今回は随分と性急だ。しかし表情も変えず明日のセティーの予定まで口にする男に、唇が不機嫌に歪むのを止められない。

「……人数は必要になるのか」
「人数? いいや、お前一人で十分だ」

それでも可能な限り情報を引き出しておこうとセティーが質問をすれば、返ってきた言葉に頭の中で明日の予定を素早く組み立ててゆく。
行かないという選択肢はない。だってそれは犯罪者を捕まえる手がかりになるかもしれないものだから。休みだが仕方がない。
一応、罠という線への疑いも残しているものの、可能性は低い。ロベーラの言葉に嘘がないことを前提に、クロックとレトロを連れて単身向かうことに決める。
分かった、と頷けばロベーラがゆるりと目を細めて、ちゅ、とセティーの唇に軽くキスをした。
まるで恋人のようなそれに一瞬、ざわりと胸が騒いでしまったから、ふいと寝返りを打ってロベーラに背を向けると、顔を埋めたシーツの布の冷たさで、唇に残る感触を上書きして忘れてしまうことにした。



日は変わって、翌日。昼の十二時、十分前。
ロベーラに告げられた通りニルヴァの博物館にやってきたセティーは、困惑していた。

「ねえ、セティーあれってさ……」
「……クロック、周囲に怪しい人間の姿はあるか」
「該当する対象はありません……彼以外は」

困惑していたのはセティーだけではない。連れてきたレトロとクロックも、目の前の光景に戸惑うような素振りを見せている。
博物館から少し離れた場所、物陰に隠れて二体とひそひそ話をしていたセティーは、見間違いじゃないよな、ともう一度よく目を凝らして博物館の前を確認する。
そこには、いつもはいないロベーラがいる。それだけでも十分おかしなことなのに、異常はそれだけではなかった。
まず、ロベーラの格好がおかしい。
いつもの装甲を身につけてはおらず、代わりに羽織っているのは黒のチェスターコート、中にはグレーのスーツ。シャツではなく白のハイネックを着ていて、ネクタイはしていない。似合ってはいるが、大柄かつ片目にスコープは装着したままのせいで、どうみてもカタギに見えない。いや、正しくカタギではないのだが。
そして、一番おかしなところ。それはロベーラの手に、なぜか花束が握られているところである。
そう、花束だ。それも真っ赤な薔薇の花束を片手に携えている。まるでこれから現れる恋人にでも渡すような、大きな大きな花束を。

どう見てもデートの待ち合わせにしか見えないのだが、そんなはずは無い。浮かんだ考えをすぐさま否定したセティーは、クロックに周囲の状況を確かめさせたが、近くに潜む人間の陰は何一つ見つけらない。
その間にも、視線の先のロベーラは心なしかそわそわと何かを待っているように見えて、一分おきに時間を確認している。完全に待ち合わせにしか見えない。
それでもまだセティーがロベーラの前に出てゆく事を躊躇っていれば、なぜだかレトロまでそわそわと落ち着かない様子でセティーの事をせっつき始めた。

「ねえ、待ってるよ、行ってあげなよ」
「いや、だがな……」
「怪しいやつが近づいたらすぐ知らせるから! クロックが!」
「勝手な事を言わないでください、ポンコツ。……しかしセティー、ここで彼を眺めていても事態が動かないのは事実です」

クロックとレトロは、ロベーラとの関係の一部を知っている。詳しく話したことはないが、少なくとも情報の提供を受けていることは伝えているし、なんとなくではあるが夜のことも察して黙認されている気配があった。そんな二体から行ってこいと勧められてしまえば、見なかったことにして帰るのもやりにくい。

仕方がない。
腹を括ったセティーは、さっさと用件を聞き出して終わらせるべく、ロベーラの前に姿を現すことにする。まだ約束の二分前、遅刻ではない。

ゆっくりと近づくセティーに気づいたロベーラは、上から下までさっと視線をやると、ふう、とため息をついてやれやれと首を振った。

「休みの日も制服を着る趣味があるのか。仕事熱心なことだな」
「わざわざ休日に呼び出したのはあんただろ」

その表情と口調にかちんときて、憮然として睨みつけたが、ロベーラはひょいと首を竦めてみせただけ。軽くあしらわれてしまったようでまたムカムカと腹が立ち、手短に用件を聞き出そうとすれば、その前にロベーラの口が開く。

「その格好は目立つ。まずは服を買いに行くか」
「……どういうつもりだ」
「どういうつもり? デートに制服で現れた野暮な恋人に、服を買ってやるつもりだが?」
「は?」

こ、いびと、と言わなかったか、この男。
当たり前のようにさらりと吐き出された言葉に、ぴしりとセティーが固まる。

(デート……恋人、服、デート……? で、デートだと?!)

だって、これはいつもの情報提供で、指示に従えばなにかしら仕事に関わる成果が得られる類のもので、けしてデートとかそういう、私的なものではなかった筈のではないか。
だってセティーとロベーラの間にある関係はセックスフレンド、それだけで間違っても恋人と呼べるようなものではなく、それはアルドの仲間となった今だって変わらないもののはずなのに。

なのに目の前の男はまるで、以前からずっと恋人であったかのような、当たり前の顔をしてそれを口にする。
まさかの言葉に、すぐに反論することも出来ずぽかんと呆気にとられていれば、さすがにロベーラも異変には気づいたらしい。
おかしいな、と呟いて、何かを考え込むような目付きになって、親指と人差し指で自身の顎を揉んだ。

「待っている、と言った筈だが」
「そっ、れだけで分かるか! それに、恋人ってなんだ、俺たちはそんな関係じゃないだろう!」

どうやら待っている、がロベーラの中ではデートの誘いの意だったらしい。あまりにも言葉が足りなさすぎる。思わず声を荒らげ、ついでに意味のわからない恋人扱いにもしっかりと訂正を入れれば、今度はロベーラが指で顎を摘んだ形のまま、びたり、と固まってしまう。
驚いたように見開かれた片目をじろりと睨みつけ、「恋人なんかじゃない」ともう一度、念を押すように告げてやれば、ふっと遠い目になったロベーラがぼそりと小さな声で呟いた。

「……いたいけな中年の心を弄んだのか……」
「なっ! 人聞きの悪いことを言うな!」
「わー、セティーってばひどいオトコ!」
「……否定は出来ません」
「レトロ、クロック! お前達まで……」

全く心当たりのないとんだ言いがかりに大声で反論するも、いつの間に近づいてきたのか、レトロとクロックがちゃっかりと会話に参加してきた。それもなぜだかセティーではなくロベーラの味方をするような言葉を二体が発するものだから、セティーは思わず心の中で叫んだ。

(弄んだのは、そっちだろう!)

絶対に、言ってなんてやらないけれど、一番最初にデートの誘いじみたやり方で肩透かしを食らわせて、馬鹿みたいに浮かれた気持ちにさっと冷水を浴びせたのはそっちのくせに。まるでセティーがロベーラのことを好きだったみたいで、一人舞い上がって振られたみたいで、勘違いをして傷ついたみたいで、それだけロベーラに心の動かされてしまっていたようで、それを全部、認めてしまうみたいだから、絶対に、絶対に、言ってなんてやらないけれど、誤解させるようなことをして散々気を揉ませたのはそっちのくせに!
しゅん、と落ち込んだように目を伏せて、被害者面をしているのが許せない。だらんと垂れた手に握られた薔薇の花束も少し萎れて見えて、哀れっぽさが引き立つのがあざとくって、ますます癇に障ってたまらない。

なんで今更、なんで今頃、なんでそんなことを。
ムカつく、腹が立つ、許せない、認めたくない。
何が一番我慢ならないか。それは非常に憤ってる一方で、ロベーラの言葉で一気に浮かれる思考の一部、満更でもないと受け入れそうになってしまっている自分自身。
もう少しで、全部認めてしまいそうになっている心。

「ふっっっざけるな!」

それでも、あっさりと受け入れてやるのはどうにも癪で、我慢がならなかったから。
積もりに積もった鬱憤を全て、拳に乗せて自称恋人の顔面にぶち込んでやることにした。

「くたばれ! この××野郎!」







人生というのは、何が起こるか分からない。
生身の体が使い物にならなくなった時も、軍を辞めた時も思いはしたけれど、まさかこの歳になって年下の美人の恋人が出来るなんて想像もしていなかった。
声をかけてきたのはあちらからで、すぐさま相手がCOAの人間だと分かって驚きはしたものの、誘いに乗ったのは単純に顔が好みだったから。そうしていざ寝てみれば、体の相性は悪くなかったし、ぐずぐずになってひんひんと啼いて擦り寄ってくる姿はとてもかわいくて、柄にもなく夢中になってしまった。
一度きりの関係でなく何度も寝るうち、これはもう付き合ってるんじゃないかと思い始め、五度目くらいからは完全に恋人のつもりでいた。お互い、わざわざ付き合おうだなんて青臭い告白から始めるような子供ではなく、口に出して確認をしたことはなかったが、他の相手と寝ている気配はなかったし何より、最中に好きだと囁けばどろどろに蕩けた顔で微笑んでくれたから。
だからロベーラとセティーは付き合っている。間違いない。

出来るならばかわいい年下の恋人をもっと構いたかったが、残念なことにセティーもロベーラもそれぞれに仕事があって、立場上、明確な繋がりが分かるような連絡手段は極力少ない方がいい。本当なら毎日でも連絡をしたかったが、それは渋々諦めた。
ならば何か恋人にしてやれることはないだろうか、とロベーラは考えた。まず一番に思いついたのは、プレゼントだ。幸い金はある、何だって買ってやれる。
しかしセティーは物欲はさほどないようで、何を贈ってやれば喜んでくれるのか分からない。せっかくなら、恋人がとびきり喜んでくれるものを贈ってやりたいと思うのは、誰しもが持つあたりまえの気持ちだろう。
そこでロベーラが思いついたのは、COAの業務に役立つ情報を渡してやることだった。さすがにロベーラも自身の仕事にプロとしての矜恃を持っているから、何もかも明け渡してやることは出来ないが、ロベーラの仕事に支障がないものを見繕って渡してやれば、優秀な男はチャンスを逃さず全てをものにしてゆく。その際にこちらが持つ情報との擦り合わせを行うためにCOAのデータベースを少しばかり覗かせてもらって、利用出来るものはちょいちょいと摘んでいるが、恋人に迷惑はかけるような事はしていないので許してもらいたい。
恋人の役に立つ最高の贈り物だ。紙片に託したプレゼントに、ロベーラは非常に満足していた。一度も突き返されたことのないそれが、恋人に喜ばれているのだと信じて疑っていなかった。

そして、さて次は何の情報を渡してやろうかとCOAのデータベースを漁って、自分の持つ情報と照らし合わせている最中。ちらりと覗いた勤務表で、たまたまセティーとロベーラの休みが重なっている日を見つけた。アルドの旅に付き合う予定も確か、どちらにも入っていない筈だ。毎日忙しく過ごす二人の休みが合ったのは、覚えている限り付き合ってからこれが初めてのことだった。
この機会を逃す手はない。張り切ったロベーラは、まだ恋人を誘う前から、いそいそと花屋に電話をかけて薔薇の花束を注文する。少々気障かもしれないが、薔薇の花束を抱えた恋人を想像すれば驚くほど絵になっていたから、少しぐらいなら構わないだろう。そう結論づけたロベーラはうきうきしながら、予定したデートコース上にある監視カメラに映るだろうロベーラとセティーの姿を、別人にすり替える細工にせっせと励む。二人きりの時間、野暮な横槍が入るのを防いで、かつ、後々セティーの立場を悪くしないために必要なことだと思えば、面倒くさいプロテクトの解除もハッキングも、ちっとも苦にはならなかった。

だがしかし、肝心の恋人は、二人の関係を恋人どころかセックスフレンドとしか思っていなくて、デートの誘いをいつものプレゼント、セティーからすればただの情報提供だと誤解している。
そんな大きなすれ違いが二人の間に発生していることに、恋に浮かれるおじさんは、全く、全然、ちっとも、気づいてはいなかった。